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妖精姫の幸福

肩の力を抜いてお読みください。

さる伯爵家で開かれた夜会。そこに集った人々は皆そわそわとしている。

今日この夜、伯爵が妖精王から預かり、今の今まで大事に慈しんできた

妖精姫がついに姿を現すというのだ。まだかまだかと浮足立つのも無理はない。



悪役令嬢は、さぁヒロインよいつでも来いと身構えていた。

彼女が『フェアリープリンセスドリーム』という【乙女ゲーム】の世界に生まれ変わって十六年。

攻略対象たちは半数が彼女の味方になっている。

ツンデレ義弟は先日婚約が決まった同じくツンデレの令嬢と色々あってラブラブだし、

女嫌いに由来し浮名を流していた商人はたくましい冒険者の妻の尻に敷かれているし、

学園の教師も先日無事に事務方のお姉さんとお付き合いを始めたところだ。

逆ハーレムなど築くつもりはない。彼女は前世からお見合いババアタイプのオタクだった。

王子とその周辺は何故か自分から距離を置いているのでどうにもならなかったが、

半数を味方につけているし、おまけに妖精姫はとびきりの美少女。

王子とは互いに一目ぼれをするに違いない。


「きっと、王子様と幸せにしてあげるから待ってなさいよ妖精姫」


扇の下で独り言ちる悪役令嬢は、自分以外の転生者の存在を知らない。



王太子は、さぁヒロインよいつでも来いと身構えていた。

彼が『妖精姫は王宮の夢を見る』という【ギャルゲー】の世界に生まれ変わって十六年。

ただし彼は自身が後手に回ったことを悔いている。

金髪ドリルツンデレ令嬢も、すらりと長身で美しい黒髪の女剣士も、

着やせする眼鏡っ娘事務のお姉さんも気付けば他の男のものになっていた。

まぁ全員幸せそうなのでそれはそれでよい。前世はオタクだが寝取り趣味はなかった。

その裏で糸を引いているのがグフグフ笑いの気持ち悪い自分の暫定婚約者と気付いた時は

随分と怒り心頭し、あれにはけして近付くなと友人たちに声をかけている。

だがまあいい、まだメインヒロインが残っている。ゲームの中で随一の美少女だ。


「きっと、幸せにしてあげるから待っているよ妖精姫」


そう脳内で独り言ちる王太子は、自分以外の転生者の存在を知らない。



伯爵様は、さぁヒロインよいつでも来なさいと身構えていた。

彼が『妖精少女育成計画』という【美少女育成シミュレーション】の世界に生まれ変わって十六年。

政略結婚の妻に結婚初日に逃げられ嘆いていたら、妖精から慈悲を与えられたのだ。

『哀れだがしかし心優しいお前に、この娘を託す』

『慈しみ、育て、幸せにすればこの国もまた幸せになるだろう』

『娘が十五になる年に、娘は己の運命の相手を見つけることだろう』

妖精王からそう告げられたときに『あ、これOPでめっちゃ聞いたな』と過去の記憶を思い出した。

それ以降前世の記憶をフル活用し家を富ませ娘を完璧な教養を持った、

それでいて王子が好むようなふわふわとした娘に育て上げたのだ。

もののついでに、王子が助けに入れるように最近親との間でギクシャクしているという噂の、

少々懐が寂しい男爵家の三男にいくばくかの金を握らせてチンピラのふりを頼んでいる。


「きっと、幸せになるときを待っていたよ妖精姫」


喜色満面独り言ちる伯爵様は、自分以外の転生者の存在を知らない。



妖精姫、と呼ばれた娘は従者に連れられて扉の前にいた。

彼女の胸は高鳴っている。幼い頃より父から聞かされ続けてきたのだ。

今日この日、自分は運命の相手と出会うのだと。


「(運命の相手、ああ、こんなゲームや漫画みたいなことがあるなんて!)」


父と従者やメイドくらいとしか接して来なかった彼女は、

世界の大半のことを本でしか知ることがなかった。

だから彼女が時折妙なことを口にしても召使いたちは誰も気にすることはなく。

彼女がこの世界ならざる世界を知る転生者だと、彼女の父は知らないまま。

ましてや、悪役令嬢も王太子もこの夜会で初めて姫に会うのだ。知る由もない。


「(一体、私の運命の相手とはどんな方かしら。私を愛してくださるかしら。

いいえ、私が愛せるかどうかが問題よ)」


彼女がこの異世界に生まれ変わって十六年。前世でも相応に甘やかされ、

相応に教育を与えられたがとうとう生身の人間を好きになれないまま

独り身でぽっくり逝ってしまった身としては、今度こそ生身の相手を好きになりたい。

妖精姫がそんな希望を抱いているとも知らぬまま、扉は開かれる。


ほぉ、と最初に息を吐いたのが誰かさえ分からない。

美しく波打つピンクブロンドに、世界中のどの石よりきらめくサファイアの瞳。

薔薇色に照る頬に、雪のように真白く光り輝くレースたっぷりのドレス。

ああ、これは間違いなく妖精だ。でなければこのように美しいものか。

悪役令嬢も、王太子も、伯爵も、まるで芸術品のような娘に見惚れるばかり。


「へぇ、すげぇな。あんたが妖精姫か」


だから、誰もそんな風に姫に声をかける人間がいるなんて想像もしていなかった。


「ひゃあ、こいつはすげぇな、ええ、ああ、すげぇいいツラだな」

「あ……ありがとうございます……」

「俺が見てきた中で一番の別嬪だぜ。どうだ、向こうで酒でも飲まねえか?」


妖精姫は呆然と男を見上げた。美青年、ではない。

鍛え上げられた体は長身で、肩幅も広く胸板も厚い。

窮屈なのか礼服のボタンを二つも開けている。黒いボサボサ髪もセットしてあると言い難い。

がっしりしているのは体だけではなく顔も。グラスを掲げた指先は傷だらけだ。


悪役令嬢は「こんなイベント知らないんだけど?!」と内心叫んだ。

王太子は「無礼だって止めに行けば好感度上がるんじゃね?」と閃いた。

伯爵は「いや頼んだけどもうちょっとこう、タイミングをさぁ」と項垂れた。


「あ、あの、わたし、ええっと」


顔を真っ赤にする妖精姫を見て男爵家の三男は釣られて頬を赤く染めそうになった。

自身が素行不良だと思われているのはわかっている。だがそういう店に行き、

気持ちよく酒を飲んで帰ってくるだけで泊まったことは一度もない。

頼まれたので口説くふりなどしてみたが、誰も止めに入ってこない。

居たたまれないでいるので、いっそ拒絶してくれお嬢ちゃん等と思っていた。


「お……お酒は飲めないので、オレンジジュースをいただきます……」

「へ?」

「あちらのテーブルかしらさぁさぁ参りましょうあなた様ああそういえばあなたのお名前は?

爵位は?まぁ素敵なお名前ですね男爵様のご子息でいらっしゃるのですね

すいませんわたし教わりましたマナーがすべて吹き飛んでしまいました。

はしたないでしょうがお許しくださいませわたしのことは国内に知られておりますでしょう?

おりますよね?わたしを妖精姫と呼ばれましたものね、ええ、確かにそうですわ。

そしてわたしが今日運命の相手を見つけるということも知っていたはずですわよね?

見つけました!見つけましたわー!お父様ーわたしの運命の相手見つけましたわー!」


グラスを持ったのとは反対側の腕をしっかと握って、もう片方をぶんぶん振り回して、

ずんずんと父親の元へと歩いていく。先程までの浮世離れした愛らしさはどこへやら。

まるでお気に入りの玩具を拾った子犬のような在り様である。


「というわけでお父様わたしこの方と結婚いたしますので!

お集まりの皆様はこのままわたしの結婚をお祝いしてくださるとありがたいですわ!」

「あ、はい」


妖精姫の勢いに呆気に取られて、悪役令嬢も、王太子も、伯爵も全員頷いた。


『姫よ……運命の相手を見つけたのだな……幸福におなり……

お前の幸福の脅かされぬように……千年の祝福をこの国に与えよう……』


涼やかな声が会場に響き渡る。会場内の三名が、その声によく似た声優の名を脳内で叫んだ。


「……妖精王から祝福をいただきましたわ旦那様!」


男爵子息はさっぱり状況が理解できなかった。小遣い稼ぎに悪漢の真似をしたら、

あれよあれよというまに国一番の美少女が腕の中に飛び込んできたのである。


「ええと、俺の、どこがよくて……?」

「顔! あと体!」


『びっくりするほど推しに似ている』

一目見た瞬間雷が落ちたような衝撃が妖精姫を襲った。

彼が傷を負うことなく豊かな世界で暮らしていれば目の前の男の姿になったに違いない。

この人を逃せば次に好みの相手が見つかるとは思えなかった。


「……人となり、とかは」

「あなたのその姿ならどのような人でも受け入れますわ!」


妖精姫は前世で現代パロでやたら料理が上手い設定にされるのとかイけるクチだった。

鬼畜外道設定盛りに盛られてもそれはそれで受け入れられるタイプだった。


「じゃあ、例えば俺が大怪我を負って、顔に醜い傷がついたら?」

「妖精姫を妻に迎えれば、そんなことは起こりませんわ!」


あ、と間の抜けた声を悪役令嬢と王太子が揃ってあげた。

『フェアリープリンセスドリーム』に、『妖精姫は王宮の夢を見る』に、

とある少年漫画の悪役のそっくりさん悪漢がいたことを思い出したのだ。

それはちょうど、妖精姫にうっとりと見上げられている男に、瓜二つではなかったか?

違いはそう、傷の有無くらいで。


「きっと、幸せになりましょう運命の旦那様」


そうしてまるで世界中の花を集めたようにはにかんで笑って見せるものだから、

男爵子息は実は自分が今の父とは血が繋がっていないことを知って

大いに苦悩していたこととかが全部吹き飛んだ。

運命の激流には逆らわず流される方がいい、という古い格言が脳裏をよぎる。


「……ああ、妖精姫。どうぞ俺を貴女のものに。そして貴女を俺のものに」


抱きかかえて、暫くしていなかった満面の笑み――街で子供に泣かれたりした――を

見せれば、妖精姫はうっとりしながらその太い首に両手を回す。

そうして開いたままの扉から館の奥へ去っていくのを、

誰もがただただ呆然として見送っていた。



「……って待て待てー! お前が幸せならそれでいいけどねー! パパはねー!」


いち早く正気に戻った伯爵は、どうにか後を追うだけの気力を振り絞った。



妖精姫が望み、妖精王が祝福した婚姻が無効になることはなく、

伯爵家に婿入りした元男爵子息は相思相愛の妻と共に

幸福な人生を送った、と千年後の世まで伝わったということである。



その後


妖精姫

乙女ゲーの、ギャルゲーの、育成シミュレーションのヒロイン

……によく似た少女。転生者。前世は恋に憧れながらも恋愛することなく死んだ。

少年向け作品を女性の観点から楽しんでたタイプ。

推しにそっくりの旦那様をもらって幸せに暮らした。


男爵子息

小遣い稼ぎしたら棚ぼたした人。父との間に血の繋がりがないことを知って

少々遅めの反抗期になっていた。ガチムチマッチョで年上に見られがちな二十歳。

後になって妻が『好きだったが二度と読めない物語』の好きな人物に

似ていたことから自分を選んだことを知った。もっとも、三人も子供を産ませた後で

「幸運だったなー」と思うくらいにまで心穏やかになっていた。


悪役令嬢・王太子

ヒロインが思った通りに動かずに呆然とするしかなかった人たち。

ちょうどよい年頃で婚約者の席が空いていたので王家の事情で婚約させられた。

顔合わせのときに互いが転生者であることを知ったが、元になったゲームの

ジャンルが違ったため『よく似た別の世界からゲームによく似た世界に転生した』と

結論付ける。その後はウマが合い幸せに暮らした。


伯爵

育てた娘の好みを見切れなかったことに落ち込んだ人。

長年娘に仕えてくれたお付きの女官(独身)と愚痴りながら酒を酌み交わし、

二人して娘が幸せならそれでいいかな、と遠い目をし、

そのままつい気分が盛り上がって一線を超えてしまった。責任を取って再婚。

元々すっかり気心が知れた仲だったのでよい夫婦になった。

王太子夫妻と娘も転生者なんじゃ?と数年後に気付いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 丸く収まってめでたし!
[良い点] オタ夫婦がなんだかんだくっついてよかったです。 解釈違いで夫婦喧嘩してるんじゃないかと心配しました。 [一言] wkmt------------------! (で、妖精王の声あってますか…
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