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始まった日(後編)

「柳原」

 健太郎の呼びかける声に呼応するように、黒い尻尾のようなポニーテールが揺れる。

「何?」

「こいつが用あるって」

 健太郎に背中を押されて僕は前につんのめる。顔を上げると、色素の濃い茶色の相貌がまっすぐにこちらを見つめていた。

 柳原綾に協力を仰ごうと健太郎が言い出したのは、天音に話しかけた日の夜のことだった。話しかけたものの、失敗に終わったという僕の報告を受けて、健太郎が、一番仲の良い人に協力してもらった方が早い、と言ったので、僕自身はあまり気が進まなかったのだが、健太郎に連れられるままに、彼女に会うことになったのである。

「えっと、四組の山崎って言います。ちょっと相談、というか聞きたいことがあって」

「いいけど、手短にお願い。友達を待たせているから」

 綾は机に置かれた白いビニール袋を持ち上げて、気怠そうに揺らした。袋には、大手コンビニチェーンのロゴが印刷されていた。おそらく、これから例のベンチに向かって、美優と昼ご飯を食べるところだったのだろう。

「それで、聞きたいことっていうのは何」

「天音さんのことなんだけど」

「美優・・・・・・、あれ、もしかして不思議な男子って君のこと?」

「不思議?」

「昨日の夜、美優と電話で話したの。不思議な男子に話しかけられたって」

 不思議、という形容のされ方には、多少不満があったが、その言葉から推測するに、美優の僕に対する印象は、そこまで悪いものでもないらしい。そのことに心を躍らせつつ、僕は綾に質問した。

「天音さんって、今、付き合っている人とかいたりする?」

「なるほど」

 綾は僕の顔をじっと見つめた。まっすぐに見つめられるのが、少し気まずくて、僕は彼女から目をそらした。すると綾はどこか納得したように「大丈夫そうかな」、と呟いて、頬を緩めた。

「美優に恋人はいないよ。美優のことが好きなら、協力してあげようか」

「え、いや、協力まではいいよ。教えてくれただけで十分」

 本当のことを言うと、彼女に協力してもらえるのはとてもありがたいのだが、それは頼みづらかった。僕に協力することで、彼女達の関係が悪化するのを避けたかったからだ。

「私のことなら、気にしなくていいよ。そのくらいで私と美優の関係は崩れないからさ」

 綾が得意げに胸を張った。羨ましいだろう、と言わんばかりだ。

「よし、じゃあ放課後に体育館裏に集合ね。作戦会議しよう」

 そう言うと、綾はビニール袋を持って立ち上がり、後ろ手で手を振りながら、教室を出て行った。

 その日の放課後、言われたとおりに体育館裏に向かうと、綾はまだ来ていなかった。体育館裏は、人がおらず、ひっそりとしていた。時折、アップを始めた運動部の掛け声が聞こえてくる。

 体育館の壁にもたれかかって待っていると、足音が聞こえてきた。

 綾が来たのだと思って足音の方向に顔を向けると、歩いてきたのは綾ではなく、美優だった。目が合った瞬間、美優が足を止めた。所在なさげに視線を宙にさまよわせた後、ゆっくりと口を開いた。

「あの、綾ちゃん、見てないですか?」

「柳原さんだよね。見てないよ」

「そうですか・・・・・・。じゃあ、まだ来てないのかな」

 美優は、少し離れた位置に立ち、僕と同じように体育館の壁にもたれかかった。どうやら、このまま綾を待つようだ。

 しばらくの間、これといった会話もなく、並んで綾を待ち続けた。しかし、彼女は一向に来る気配はない。

もう帰ろうかと、壁から腰を離そうとした瞬間、美優がおもむろに口を開いた。

「あの、山崎君。この間はごめんなさい」

「えっ、何が?」

 彼女に謝罪される心当たりがなく、僕は困惑して、頓狂な声を上げた。

「話しかけてくれたのに、逃げちゃったから」

 美優が横を向いて、こちらの表情をうかがう。

「私、男子と話すの、慣れていなくて。だから、あの時どうしたらいいか、よくわからなくなって・・・・・・」

「ごめん、僕の方こそ。びっくりしたよね」

「うん、でも、話しかけてくれて、嬉しかった。これは、本当。でも・・・・・・」

「でも?」

「できれば、次はクラスの人がいない時がいいな。なんか、恥ずかしいから」

 少し顔を赤らめて、美優は微笑んだ。

 僕の心臓がドクンと音を立てて、飛び跳ねる。目の前に広がる、彼女の笑顔が、僕の心を掴んで、より深い所へ引き込んでいく。

 美優の笑顔と、鬱陶しいほどの胸の高鳴りを受けて、自分の中に巣食う何かが、「もう一歩進め」と、囃し立てる。雰囲気と勢いに任せて、僕は美優に提案する。

「じゃあ水曜日の放課後に、ここで話さない?」

「え?」

 天音が不思議そうに、首をかしげる。

「水曜日の放課後、いつも教室にいるでしょ?だから、あの時間にここで。この場所なら、クラスの人もいないし」

 そこまで、まくしたてるように言ってから、僕は少し後悔した。こんなこといって、変な奴だと思われただろうか。

 恐る恐る、彼女の表情をうかがうと、目が合った。丸い目が、横長に細められる。

「わかった。じゃあ、水曜日の放課後に、ここで」

 その瞬間の彼女の表情は、今まで以上に愛らしかった。その笑顔に毒されて、もう一歩進みたいという気持ちと、今日はここでやめとけという気持ちが、僕の中で葛藤を始める。

 そんな僕の気も知らないで、美優は「綾ちゃん、まだかな」と、呑気に呟いたのだった。


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