始まった日(幕間)
「不思議な男子?」
「うん、クラスの人なんだけど、急に話しかけられて」
美優から男子の話を持ちかけるなんて、珍しいと思い、柳原綾は頬を緩めた。その表情は、電話の向こう側の彼女に伝わることはない。
お互いに暇なとき、綾と美優は電話で話すことがよくある。昨今では、無料の通話アプリが普及し、何の抵抗もなく長電話をすることができる。
「で、どんな話したの」
「・・・・・・」
美優から返答は返ってこなかった。綾はいつものようにふざけてみる。
「もしもーし、聞こえないよ、電波悪い?」
そういうと、いつもだったら控えめな笑い声が聞こえるのに、電話の向こうの彼女は黙りこんだままだ。
綾はふざけるのをやめて、優しく問いかける。
「どうしたの?」
「急に話しかけられて、どうしたらいいかわからなくなって、逃げちゃった」
美優の声はいつもより、か細く、沈んでいた。声だけでも、少し落ち込んでいるのがわかる。
しかし、綾はそんな友人の様子に違和感を覚えた。美優は、その容姿のせいか、これまでに何度も男子に話しかけられることがあった。しかし、たいていの場合、彼女のそっけない態度のせいで脈無しと判断され、告白まで至ることはない。そして、彼女がその態度を悪びれる様子は無かった。本当に悪気がなく、素で接しているだけだからだろう。
しかし、今、彼女は明らかに反省している様子だった。今までとは違う。
「なんだ、まんざらでもないのか」と、心の中で呟いて、綾は再び頬を緩ませる。
「ねえ、その不思議な彼ってかっこいいの?」
「何言ってんの、綾ちゃん。全然そういうのじゃあないから」
慌てて否定している彼女の表情が、綾には手に取るようにわかる。多分、真っ赤だ。まだ、無自覚なのだろうが、明らかに不思議な彼のことを意識している。
「頭いいの?それとも運動できる人?あ、本好きとか?」
矢継ぎ早に質問していると、美優はすっかり拗ねてしまった。
内気で地味な性格の彼女でも、やはり年頃の女の子だ。興味も憧れもあるのだろう。それに、彼女が大学に入ったり、社会に出てからもこういうことはあるだろう。この際、不思議な彼とくっつこうがくっつくまいがどうでもいい。将来、変な男に捕まらないように、多少の勉強は必要だろう。勝手に納得し、理由をでっちあげ、綾は満足げな様子で頷く。
「お節介してあげますか」と、呟いた綾に、「何?聞き取れなかった」と、少し慌てた様子で美優は言った。