一新する日
「二人の結婚を祝して、乾杯!」
大声を上げて、健太郎がグラスを掲げる。周りの仲間達は満面の笑みで彼の音頭に応えて、グラスを掲げた。
「乾杯!」
全員が一口ドリンクを飲んでから、座った。皆に少し遅れて、僕も席に着いた。
正直なところ、このような場は好きではない。始まって数分ですっかり疲弊してしまっていた。横に座っている美優も同じはずだ。
横をちらりと見ると、僕と同様に、本日の主役と書かれたタスキをかけた美優が少しぎこちない笑みを浮かべながらレモンチューハイを飲んでいた。元々こういう場が得意な方ではないし、多少緊張しているのもあるだろう。
「大丈夫?」
僕は美優に小さな声で耳打ちした。
「平気。せっかくみんなが用意してくれたんだから楽しまないとね」
「あんまり気張らなくていいよ。どうせ、みんなこれを口実に集まって騒ぎたかっただけなんだから」
「嫌な言い方」と言って美優は笑った。釣られて僕も少し笑う。
二人でひそひそと話していたが、本日の主役のタスキをかけさせられた僕達二人には、不思議なことに視線は集まっていなかった。みんなの視線の先では、健太郎がマイクを持って歌っている。曲は米津玄師の『Lemon』だった。
「あいつ、プチ披露宴なんて言っておいて、なんであんな悲しい曲歌ってるんだ」
この曲は、忘れられない恋人への思いを綴った曲だ。一説には、死別した恋人へ向けた曲という見方もある。恐らく、本当の結婚式でこの曲を歌う人は少ないだろう。
「いい曲だけど、結婚式には合わないね」
美優が苦笑した。
健太郎が歌い終わると、拍手と歓声が上がった。クラスメイト達は皆、笑顔を浮かべている。気にしているのは僕達だけのようだ。
この会のきっかけは、身内だけの挙式のみで披露宴を行わなかった僕らに、健太郎は、同級会を開いてプチ披露宴をやろう、と持ちかけてきたからだ。しかし、話は紆余曲折し、クラスの活発な人達にこねくり回され、なぜかカラオケ大会と化してしまっているようだ。
「なんか、聞いてた話と違うよね。私は綾ちゃんから、披露宴の代わりにって聞いてたけど」
「僕もそんな感じに聞いてた。まあ、集まるの久しぶりだしね。楽しければいいんじゃない」
談笑している僕らの前に、マイクが差し出された。見ると、マイクを持って健太郎が笑っている。
「亮太も何か歌おうぜ」
「いや、僕はいいよ」
「じゃあ、天音歌う?」
結構です、と言いながら美優が頭を左右に激しく振った。その動きに周りから笑いが起こる。
「まあ、いいか。カラオケやりに来たわけじゃないしな。じゃあ、そろそろ人生の先輩達にお話を聞こうか」
健太郎が一度マイクを引っ込めて、僕の隣に座った。
「これより、新婚のお二人への公開インタビューを始めます」
まばらに拍手が起こった。
インタビューといっても、一体何を聞かれるのだろうか。僕は少し緊張しながら、チラリと横を見た。
美優の顔が明らかに強ばっている。彼女は目立つのが余り得意ではない。それを理由に、披露宴も行わなかったのだ。
リラックスだよ、と囁くと、彼女はコクコクと頷いて、肩を一度大きく上下させた。
「そうだな、まずは結婚の決め手とか聞いちゃおうかな」
楽しそうに、健太郎が僕の前にマイクを差し出した。周りを見ると、興味深そうな表情でクラスメイト達がこちらに視線を向けている。
「ええと、そんな事言われても。これといったきっかけがあった訳では無いし・・・・・・」
実際のところ、きっかけはあるのだが、この場で言う話ではないので、適当に誤魔化すことにした。
「つまらねえ」
ボソリと健太郎が呟いた。僕は思わず、彼の方を睨みつける。
「じゃあ、美優ちゃんはどう?」
いつの間にか美優の隣に座っていたクラス委員の進藤玲子が、美優の前にマイクを向けた。
「私も、特には・・・・・・」
「二人揃ってないのかよ」不満そうな声で健太郎が言った。
「逆にあるものなの?そういうの」
「いや、無いかもしれないけど。ただ、俺らまだ二十四だろ。うちのクラスではお前らが一番なわけでさ。まして、地味さではクラスで一位二位を争うお前らがそんな早くに結婚するっていうのは、何か理由があるのかなと」
失礼なやつだ。彼は昔から全く変わらない。いつだって、遠慮なく物を言う。でも、それは彼の美点で僕も魅力に感じてしまう。彼のように話せたら、彼のように人と関われたら、もっと別の人生になっていただろう。
そして、時々思うのだ。もし、彼が美優と一緒になっていたらどうだろうかと。別に彼でなくとも、彼のように真っ直ぐに向き合える人が、彼女の隣に立っていたら、彼女の人生はどう変わっただろうか。僕のように、全てを知ってしまって、彼女と真っ直ぐに向き合うことが怖くなってしまった人間ではなく、何も知らず、何の色眼鏡もなく、彼女を真っ直ぐに愛せる男性がいたとしたら、その方が幸せなのではないか。
いつの日か彼女が言った、幸せに定義がないという言葉を、結婚を決めてから時折思い出すようになった。自分で良かったのか、彼女を幸せに出来るのか。考えても仕方ないことなのに、頭の中をぐるぐると回り、からかうように僕の中に留まり続ける。
そして、彼女もまた、同じなのだろう。二人でいる時、不意に彼女は不安そうな顔で尋ねるのだ。一緒になったことを後悔してないか、と。
普通ならば伴侶に選んだ相手にそんなことを言われたら怒るだろう。しかし、僕には彼女の気持ちが痛いほどわかっていた。だから、何も言えないでいた。否定しても、彼女の気持ちは晴れない、そんな気がしてならなかった。
結局のところ、二人で幸せになると決めたのに、二人揃って自信がないのだ。
恐らく、引っ込み思案の新婚夫婦が、同級会に顔を出したのは、僕も美優も、心のどこかで友人達に迷いを晴らしてもらいたいと思っていたからだろう。僕達は結婚したと宣言することで、自分たちの逃げ場をなくしたかったのだ。
「・・・・・・太、亮太」
美優の声で我に返った。心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫?」
「あー・・・・・・大丈夫。ちょっとぼんやりしてた。なんだっけ」
「天音の好きなところ十個」
健太郎が僕の前にマイクを差し出す
「はあ?言うわけないだろ。恥ずかしい」
「私は言ったからね。十個」
「絶対嘘でしょ」
周りからクスクスと笑い声が上がる。どうやら図星らしい。
「ほら、天音も言ったんだし早く言え。あの天音が言ったんだぞ。十個も」
どうやら意地でも言わせたいらしい。彼女の見え透いた嘘に便乗して、健太郎が煽り始めた。
「七個で勘弁してくれ」
ボソリと呟いた声に、周りから歓声が上がった。
***
七個言い終えた頃には、僕の顔は真っ赤に染まっていた。横にいる健太郎を睨みつけると、彼は顔を背けて口笛を吹き始める。
「美優ちゃんも一個くらいどう?」
玲子が、再びマイクを美優の方に向ける。
「本当に無理だから」
美優は頬を赤らめながら、俯いた。
「うーん、恥ずかしいならしょうがないか」
意外にもあっさりと玲子はマイクを引っ込めた。
「何だよ、真面目に言った僕がバカみたいじゃないか」僕は口を尖らせて言った。
「乗せられて言う方が悪い」と美優がボソリと呟いた。
僕は大きくため息を着いた。
インタビューは飽きたのか、クラスメイト達は、再びカラオケに興じ始めた。その様子を二人でぼんやりと眺める。
「でも、言ってもらえて嬉しかった」周りには聞こえないような小さな声で、美優は言った。
「え?」
「私、幸せだね」
美優が頬を緩ませる。その表情を見ただけで、恥ずかしさは吹き飛んでいた。
「なら、良かった」
***
しばらくしてから、綾が近づいてきた。美優に何やら耳打ちする。
「え、もうやるの?心の準備がまだ」
「でも、あんまり時間ギリギリになると、カラオケの利用時間もあるしさ。それに早く終わらせちゃった方が良くない?さっきから緊張してるのこれのせいでしょ?」
「うん・・・・・・」
不承不承と言った様子で、美優が頷く。
「じゃあ、ちょっと美優借りるね」
そう言って、綾は美優の手を引いて連れていった。向かった先では、健太郎と玲子が何やら話し合っている。目で追っていると、向かい側にクラスメイトの女子が座った。
「ねえねえ、二人って一緒に住んでるんでしょ?色々教えてよ。というのがさ、彼氏に同棲しないかって誘われてて、どんな感じなのか聞きたいなって。部屋の広さとか、家事はどうしてるか、とか」
質問に答えるため、美優達から目を離した。
ただ、答えている最中も、一体何が始まるのかが気になって、あまり集中できなかった。
***
「みんな、ちょっと聞いて」
玲子が皆に声をかけた。談笑していたクラスメイト達が、一斉に静かになる。
玲子の横には、どこか緊張した面持ちで美優が立っている。
「今日は、プチ披露宴と題して集まったのに、なぜかカラオケ大会になってしまいました。それは全てこのアホが、安いからカラオケボックスでやろうと言い出したせいです」
玲子が健太郎を指さした。健太郎がニヤニヤしながら頭をかく。クラスメイト達が笑った。
「そこで、ただのカラオケ大会にならないように、私達はサプライズを用意しました。それは、披露宴の定番、花嫁からの手紙です。じゃあ、美優ちゃんどうぞ」
玲子が美優にマイクを向けた。美優は服のポケットから、一枚の紙を取り出した。それを見て、クラスメイト達が静まり返る。
しかし、美優は沈黙したまま、困ったように後ろにいた綾の方を見た。
綾は、少し微笑んで、ポンと優しく彼女の背中を押した。意を決したように美優が前を向き、息を吸い込む。
「山崎亮太様へ、結婚おめでとうございます・・・・・・あれ?これ私が言う言葉じゃないか。でも、おめでとう」
クラスメイト達から笑い声が漏れる。張り詰めていた雰囲気が、じわじわと弛緩していった。
「あなたと出会って、七年近く経ちました。出会った頃のあなたには、私の事はどう映っていましたか?私はと言うと、残念ながらあなたのことは眼中にありませんでした。別に、他に好きな人がいたわけじゃないよ。ただ、男の子と関わるの、得意じゃないから。あなたのことも大勢の中の一人としか認識していませんでした。多分、当時の私は腰を抜かしてしまうと思います。将来、山崎良太と結婚すると聞いたら」
クラスメイト達が笑った。それを見て、少し美優も頬を緩める。
「どうして、あなたが教室の隅っこで本ばかり読んでいる私のことを好きになったのかは、結局よくわかりません。あまり、考えないようにしています。余計なことまで考えてしまうから。ところで、亮太君はウエディングドレスが何故白いか知っていますか?」
ちらりと美優がこちらを見た。反応しろということなのだろう。僕は黙って首を傾げた。
「色々、あるらしいですが、一つは全てを一新するという意味があるらしいです」
へー、と感心する声が漏れる。
「結婚する時、色々な事をゼロにしてまた一から、真っ白から始めるということらしいです。だから、私もそれに便乗しようと思う。実は、私はあなたに謝りたいことがある」
美優の顔が、少し曇った。一体何だろう、と僕は思った。
「私は・・・・・・いつも自信がなくて、あなたに何度も『私なんかのどこがいいの』とか、『私と一緒になったこと、後悔してない?』とか言ってしまった。多分安心したかったのだと思います。優しいあなたなら、『そんなことない』といって、私を慰めてくれると思ったから。そんな、身勝手な理想を押し付けて私はあなたに甘えていたの」
弱さを吐露する美優の姿を見て皆が息を飲んだ。
結婚するということは、パートナーの人生と深く関わることが不可避となる。今までのような恋人関係とはわけが違う。複雑な事情を抱える彼女にとって、結婚とは難しい問題であるのだろう。まして、心配性の彼女のことだ。僕の邪魔になってしまうことだけは避けたいのだろう。
「でも、あなたはいつも困ったように笑うばかりで、聞いた私もモヤモヤしてしまって・・・・・・。けれど、この前あなたに同じ事を聞かれて、私も返す言葉が思いつかなかった。『なんでそんなこと聞くの?後悔なんてするわけないじゃない』って、心の中では思うのにね、よくわからないけど胸がキュッと苦しくなって、何も言えなかった」
「起きてたのか」
僕は呟いて、こめかみを手で押さえた。あの時、彼女は眠っているものだと思っていた。
僕の呟きに、彼女はフッと笑みを漏らした。
「まあ、幸い私は狸寝入りの真っ最中だったから、助かったけど」
クラスメイト達がクスクスと笑った。
「あなたに言われて、自分の間違いに気づいたの。多分言うべきことは、自分を安心させるための確認なんかじゃなかった。たった一言、いつもありがとうって、そういえば良かったんだって」
僕は顔を上げた。これ程前向きな彼女を久しぶりに見た気がする。内気な彼女でも、頭の中では色々なことを考えている。当たり前のことだけれど、それを改めて実感した。
「嫌な思いをさせてごめんなさい。今度からは気をつけるね」
美優が小さく頭を下げる。耳にかけた髪がハラリと前に垂れた。
「私は、自分がひねくれてて、面倒くさいという自覚がある。でも、こんな面倒くさい私でいいなら、ずっとそばに居させて下さい。ずっと傍にいて下さい。ずっととか、永遠とか現実味がないって思ってたけど、あなたとならちょっとだけ信じてみようって気持ちになる。このちょっとはとても大きいちょっとです。何言ってるんだろう、私。これ以上続けると読む時に自分で恥ずかしくなりそうなので、このくらいにしておくね。最後に、私の事好きになってくれてありがとう。大好きだよ」
少し、はにかんで彼女が手紙を読み終えた。手紙をゆっくりと畳んで、一礼する。
クラスメイト達が、拍手する。美優は安堵したように肩を下ろし、振り返って後ろにいた人物を見て、ギョッとしたように目を見開いた。
「な、なんで綾ちゃんが泣いてるの」
綾が目を真っ赤にして泣いていた。
「だって・・・・・・」
言葉にならない声を発した後、綾が美優に抱きついた。
笑いながら美優が綾を抱きとめる。クラスメイト達の笑い声が、カラオケボックスを満たした。その喧騒のおかげで、僕の頬を伝う涙に気づくものは誰もいなかった。
***
カラリ、とグラスの中の氷が音を立てる。先程までの騒がしい雰囲気は落ち着き、クラスメイト達は思い思いに談笑している。
カラオケボックスを出た一行は、玲子の知り合いが経営しているという洋風居酒屋にいた。皆がテーブル席で、料理をつつきながら談笑する中、僕は一人、カウンター席で烏龍茶を飲んでいた。
クラスの女子達に囲まれて、少し居心地悪そうに、でも楽しそうに話している美優の姿をぼんやりと眺めていると、横に誰かが座った。顔を見ると、玲子だった。彼女の手元のグラスにはカラフルなカクテルが入っている。
「それなに?」
「この店のオリジナルカクテルよ。シェフは昔、ホテルでバーテンダーやってたこともあるらしいわ」
「ふぅん」
「それよりどうだった?サプライズは」
「すごく驚いたよ」
「それなら良かった」
玲子は満足気に頷いた。
「ところで、最初からここでやれば良かったんじゃない?なんでわざわざカラオケに行ったの」
「元々サプライズやりたいって言ったのは美優ちゃんなんだけど、なんか、手紙の内容的に雰囲気悪くするかもって心配してたのよ。それならカラオケにすれば、いくらでも俺が雰囲気作ってやるって、あいつが」
テーブル席で談笑している健太郎を指さした。
「多分、美優ちゃんが緊張しないように、ガヤガヤしてた方がいいって意味もあるんだろうね」
「確かに、ここだと余計緊張しそう」
大人な雰囲気の店内を見回して僕は言った。
「人の事指さして、仲良く陰口ですか」
いつの間にか、目の前に健太郎が立っていた。
やべ、と顔をしかめて玲子はテーブル席に逃げていった。空いた席に健太郎が腰掛ける。
「あの委員長、全部ネタばらししやがったな」
健太郎が顔をしかめる。
「聞いてたの」
「ああ」
健太郎はグラスを傾けた。グラスの中には玲子が飲んでいた物と同じカクテルが入っている。
「それ、美味しいの?」
「めっちゃ甘いよ、飲むか?」
グラスを差し出してきたが丁重にお断りした。
「お前、酒飲まなくなったの?」
僕のグラスを指さして、健太郎が訊ねる。
「車だから」
「そっか。今のすげー既婚者っぽいな」
「なんだよそれ」
二人で顔を見合わせて笑う。彼と面と向かって話すのも、久しぶりだった。
「そうだ、これお土産」
「お土産?」
「北海道の。タラバガニは無理だったから、代わりにカニせんべい」
「おお、マジで買ってきてくれたのか。ありがとな」
「あのさ、色々ありがとな。今日は」
「別に、俺は騒ぎたかっただけだし」
「そうか」
「でもさ、意外だったな」
「何が?」
「天音があんなこと言うなんて。普段はあんな感じなのか」
「いや、僕も驚いてる。結構色々考えてるんだなって。当たり前かもしれないけど」
「俺さ正直、天音とちゃんと話したことなかったからさ、今まで何考えてるのかよくわかんなかった。でも、さっきの手紙聞いてなんかわかった気がする色々」
「色々?」
「おまえらが結婚した理由とか。まあ色々だよ」
「わけわからん、酔ってるの?」
僕は茶化して言う。
「ああ、酔ってる」
そう言って、健太郎はニコリと歯を見せて笑った。
***
「ふにゃあ」
よくわからない声を上げて、帰ってくるなり美優はソファに倒れ込んだ。
「コート、脱がないとシワになるよ」
美優は面倒くさそうにコートを脱ぐ。それを受け取って、クローゼットの中にしまう。
「ありがと」
美優は再びソファに倒れ込んだ。僕は床に座って、彼女が寝転がっているソファに背中を預けた。
「疲れた?」
「うん、ちょっと飲みすぎちゃった。ごめんね、私だけ」
「いいよ、元々そこまでお酒が好きではないし」
「次は私が運転するから」
「いいよ、美優の運転怖いし」
普段ほとんど運転しない美優の運転技術は、事故さえ起こしたことはないが、非常に危なっかしい。お酒を飲んで判断能力が鈍った状態で、彼女の運転する車の助手席に乗るのは、極力避けたかった。
「うるさいなあ」
美優が頬を膨らませる。彼女の頬を指先でつつくと、プシュッと溜めていた空気を吐き出した。
「大丈夫だったかな、あんなこと言って。みんな引いてないかな」
「手紙のこと?」
「うん」
不安そうな顔で美優は頷いた。
「少なくとも、僕は嬉しかったよ」
「うん」
「それと、この間はごめん。僕も実を言うと自信がなくてね、あんなこと言ってしまった」
僕は手紙で彼女に言われたことを詫びた。
「あのさ、少しいびつでもいいと思うんだ。自分たちがそれでいいって思えれば。披露宴で悲しい曲歌っても、花嫁の手紙の内容が暗くても、結婚することに自信が無くても」
「最後のは、どうかな・・・・・・」
美優が目を伏せる。
「人間ってさ、珍しい生き物だよね」
唐突な言葉に、美優は首を傾げる。
「人間だけだよ、生まれてから一年以上、一人で立てないのは」
「そうだね、それがどうしたの」
「僕らは今、夫婦としては生後一ヶ月未満だ。自信が無いのも不安なのも、当然だよ」
「うん」
「今すぐに、一人前の夫婦になれなくたっていい。少しずつ進んで、乗り越えていけば、それでいい」
そこまで言って、自分がとてもクサいことを言っていると気づいた。恥ずかしさを隠すために、顔をそらして、話題を変える。
「そういや、柳原凄かったね。あんなに泣くとは思わなかったよ」
「まあ、いつも一緒にいたし。私たちのこと、一番近くで見てたからかな」
「そうだね」
「でも、亮太も泣いてたよね。感動した?」
「気付いてたか」
僕はバツの悪そうな笑みを浮かべた。まるで、イタズラがバレた子供のようだ。
「顔が赤いよ。そんなにバレたくなかったの?泣いてたこと」
美優が体を起こして、顔を覗き込んでくる。
「うるさいなあ」
そう言って、僕は彼女の体を抱きしめた。
「わっ、どしたの」
美優は驚きつつも、僕の背中に手を回す。
「本当はさっきこうしたかったけど、柳原に取られちゃったから」
「へへ、焼きもち?」
「そんな感じかな」
右手で美優の後ろ髪を撫でる。美優はふっと力を抜いてこちらに、体を預けてくる。
「美優」
「うん?」
「僕からも、結婚おめでとう。愛してる」
クスクスと静かに美優が笑う。
二人のじゃれ合う声と共に、夜は更けていった
すみません、先に新婚旅行編を書きたかったのですが、書き直しているので、こっちを先に上げました。北海道云々の記述がありますが、また補填しますので聞き流してください