第19話 詳細不明のワタシの記憶
今回で、第2章完結です!
目覚めたとしても、全てが元に戻る訳では無い。
……私は、誰から産まれてきたのか。私の本当の名前は秋野楓なのか。
それらが絶対に正しいと証明する方法は、ない。
あの夢は私の経験したものなのか、それとも全くの空想なのか。
結局なにもわからない。
仮に真実を知ってたとしても、私は結局その真実から目を逸らしてしまうだろう。
だから、私は嘘をつく。
兄や友達、私自身にも。
……もし、過去をやり直せるなら、私は何度やり直しているだろうか。
あぁ…、また頭が痛くなる。
痛みという感覚にさえも嘘をつく。
結局、私は前の自分と決別することなんて出来ていない。
今日もまた、偽りの仮面をつけていつも通りへ再出発だ。
*
退院してから一週間が過ぎ、梅雨もすっかり明けて、そろそろ蝉が鳴き始める頃。
「……えで……楓」
ゆさゆさと体を揺さぶられ、目を少しずつ開ける。
「おはよう。早く起きないと学校、遅刻するぞ?」
いつも通りの兄の姿。元通りの大きさで、正義のヒーローと言うよりごく普通の高校生だ。
「んっ……おはよ。…今日って、何月の何日?」
「今日?たしか、6月29日だけど」
兄は自分のスマホをちらっと確認し、日付が合っていたことに安堵している。
「そっか…。よしっ、朝ごはんにしよっ!」
両手で頬を軽く叩き、眠気を吹き飛ばす。
「オッケー。今日は焼きたてのトーストだから期待しとけよ〜!」
こう言い残して兄はキッチンへと消えていった。
カーテンを開けると、いつも通りの景色が広がっていた。
*
程よく焼けたトーストにバターの香り。
サクッとした歯ごたえとそれに合う牛乳。
兄が作るトーストはいつの間にか手から消えているくらいには美味しい。
「……そう言えばさ、雪子先輩の事なんだけど」
一瞬、心臓が鉄の鎖で縛られたようにギュッとなった。
(……また、苦しくなるの……?)
「しばらくは忙しくて先に登校するってさ。」
……苦しみを悟られる訳には行かない。何とか誤魔化さないと…。
「ア、ハハ…もしかして雪子さんと喧嘩した?」
「…心当たりはないなぁ」
苦しみは柵が断ち切られたように、次第に薄れていく。
「………雪子さんとはちゃんと付き合ってるの?」
考えるよりも先に言葉が出ていた。なぜ私は今それを言ってしまったのか分からない。
「…分からない。 だから、今度ちゃんと話をしようと思ってはいる」
「…そっか。困ったことがあったらいつでも自慢の妹を頼ってよね!!」
困っているのは私の方だ。また、嘘をついてしまった。
「ありがとう。流石は僕の妹だな」
誰かに伝えたい。この苦しみを。
理解して欲しい。この悲しみを。
「あっ、そうだ、週に2回またあの病院に言って欲しいんだ」
「…通院?それとも何かのお手伝い?」
「んー…まぁ、桜木さんって人に話をするだけだ」
……?一体何が目的なのかは分からないけど、兄ちゃんが言ったことだし、安全なのは確定だ。
「分かった。いつ行けばいい?」
「えっとな…たしか、いつでも良かったと思う」
「うん、分かった!」
まぁ、今日の放課後に行ってみようかな。
コップに残った牛乳をゴクリと全て飲み干し、鞄を持った。
「……よしっ!じゃあそろそろ学校に行きますか!」
「了っ解!」
こうして、私のいつも通りの日常がまた帰ってきた。
重くて苦しい見えない鎖を装備して。
真実に目を向けた時、彼女は本物を見つける。
そして、全てを取り戻す。




