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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
7/55

木登り

 ふむ。走っても疲れん。バネの割に、体重がめちゃくちゃ軽いから? だから飛び蹴りも威力がなかった、と。けど、一歩一歩が結構な距離行けるし、走行距離の割にスタミナ使わずに済んでる、って状態かな?


 俺は丘の上に立って周りを見渡す。

 後方にエイジを置いてきたかたちで、もう点に近いくらいに距離を開けてる。

 この距離走って丘を登り切った今も、息は上がってないね。用心のため、視界が開けて草が低いところだけを選んで走ってきたのに、だ。

 どうやら、確実にスタミナ強い設定か。ゴブリンの持久力をいままで意識したことなかったが、これはかなり助かる。


 とりあえず視界内の草原には目ぼしい変化はない、ね。

が、今回ここに上った目的は別だ。

 俺は振り向いて、丘の上に生えた二本の木のうち高い方の真下まで来て、見上げてみる。


 むう……。

 登れるイメージが沸かない。

 まあ俺人間のとき超文科系だし、木は登るものでも無口な友達でもなく、何かそこらへんに勝手にあるものだったし。俺そういう距離感で木とはやってきたし。


「こんにちわー」と小さく挨拶する。今日は登ってみようとね? 思うんですけどね?


 でもなんか、いまの俺が7人分くらい上の方にやっと枝があるんだよねー。幹にも取っ掛かりは、あまり、見当たんないかな。


 よし! と気合を入れる。

 いまの身体能力は変わってる。前の常識で考えたらいけないはず。

 チャレンジだ、トライアンドエラーだ、行くぞ!


 俺はピタッと幹に張り付く。


 ぐっ。

 オラ。

 ヨッ。

 オゥ、オゥラ。

 ………


サアよ いしょ、よっこい!

…………

 やっしょー! まかしょ!



 …………

 ムッ。ムッ。



 ふう。


 なんか幹にしがみついてむにむに動いただけになってしまった。エイジがいなくて良かった。


 おいおい、身体が全然持ち上がらないぞ? 何だこの筋力。こっちでももやしっ子か。

 掴める。幹は掴めるというか、爪が意外と強くて、力をかけても危なげがない。後半ではかなり力を込めたが、折れるとかペロンとめくれちゃうかもみたいな心配はいらなそうだった。

 だが、幹をつかめても身体を持ち上げられない。

 爪に体重はかけれるが、その上に自分を持って来て乗っけるのができない。


 さっき自分はウエイト超軽いかもーって思ったんだよなー。

 てことは、それさえ持ち上げられない腕力ってこと?

 え、何それ。なんか超ゴブリンぽい。

 ぽさなんて追わないでいいんだけど。そこは裏切ってほしかったんだけど転生者だし。


 幹に手を付いたままちょっと考える。


 足。足か。

脚力はありそうだよな、俺。

 今度は手を広げず幹の前側に爪を立てて引っ掛ける。そして片足を上げ、木に裸足の足裏をかけてみた。

 あ、そうそうなんと俺裸足設定。

 ここまで全部裸足。多分これからも裸足。

 いまんとこ特に困ってないんだよねこれが。

 そういう生まれと育ちで来たらしいよ。


 よっ。よいしょっ。

 あ、さっきよりいい感じ。身体浮いてるし。

 足の指の爪は手ほどには派手じゃないが、一応指を曲げれば引っかかる。

 二歩目いけるかー? 

 よいしょっ。行けた! が! これは!! あああ!


 ぴょいと地面に降りる。


 ダメだー。

 圧倒的に筋力がない。筋力っていうか、筋持久力? ゆっくり持ち上げる力もないし、維持する力もない。

 これは……異世界なんだよねここ? で、この紙の筋力? 死んだかなー。


 精神的ダメージを喰らって、あきらめ気味に下がり、もう一度木を見上げる。


 あ。


 あー。

 いや、こええな。

 む、でも試してみる価値はある、か?


 えー、ビビりなんだけどなー。俺って口ばっか野郎なんだけどなー。

 とりあえずさらに七歩下がる。

 えーマジ行くのこれ。

 いいや、行くか。


 せーの。


 俺は木に向かって全力疾走する。

 木の目の前あたりでスピードがピークに達する。

 当たる! 前に! 上に飛びつつ、足!

 タンと思ったより軽い音で木の幹に足がつく。

 そしてここから本番、足の次、すぐ足! 手は添えるだけ!

 すぐまた足! 足! そう足! 足足足!

 ラスト足! とっさに手!


 おおおおお。

 おー、おー、ぱちぱちぱち。


 俺は最初の枝の上にしがみついていた

 このやり方なら登れるのか。筋持久力がなければ、筋瞬発力? て言うっけ? まあ白筋とかそういうやつだ。

 幹ダッシュのラストで、このまま足だけだと角度的に枝に登れない、となったときに、とっさに枝へと手を伸ばした。

 か弱い腕に力を籠めつつ、勢いを殺さないようにして、くるんと回って枝の上に登れたのだ。

 くるんっしゅたっじゃなくて、くるんっヒイッがしっという感じにはなったが。エイジの擬音も加えれば多分、てゅるるるるるっくるんっヒイッがしっ。

 まあ何にせよ上出来上出来。


 さて、こっからですが。

 俺は上を見上げる。まだ、3合目くらい? そうだよなー、高い木だったから目指してきたんだもん。


 下を見てみる。

 うわあ高い高い高い高い。

 えーと、ビルの三階くらい? で太くもない枝にしがみついてると、人間時代に高いところが得意じゃなかった恐怖感が持ち上がってくる。

 うわー怖い。高いわー。

 あっちのときの感覚は、やっぱ持ち込みのままですか。


 しかし、と思い直す。

 一回自分への追い込みを開始してみよう、試しに。

 俺は、俺達は、こっちに向こうの感覚持ち込みのままで、どんだけやって良いのか?

 異世界やぞ。エイジはもう自然に死なないための話をしている。まだいまのところ笑って話せてはいるが、俺達って死に近い場所にいちゃうのかもねという疑惑のことは、しっかりお互い肌で感じている。


 前の世界ではジェットコースターやバンジー、その他スリリングなキャッキャプレイスについて、必要もないのに怖くなる場所によく行くわー、と思っていた。まあ死に接近して気持ちよがるっていう趣味は、人の自由なんだけどさ。とにかく、そういうのは以前では趣味、だよね。趣味、嗜好。


 でも今は違うだろう。

 どこまで、いつまで続くのかも分からないだだっ広い草原。ここでは高い場所で遠くまでを見渡すことが、実の益だ。高所から落ちて死ぬかもなのはもちろん怖いが、むしろ「こわーい」とか言って何もやらない方がきっと死には近くて、俺はエイジにつられて平静を装えてはいるが内心でとてもそれを恐れている。前の世界のままのテンションでいると、危ない気がする。何が? 危険が。

 実益があることはとにかくやっておかなくてはいけなそうなのだ。今は。


 さらに言うと、だ。

 

 俺、これ落ちると死ぬっけ?

 まだ感覚が掴めてないが、あの、幹ダッシュの一歩目。

 確かに前とはまったく違う体格、違う身体能力になっていることが体感できた。言葉にできないが、実感として。


 身軽。あの俺の動きは人外の身軽さだった。

 要は猿みたいなもんだ。今の俺に猿はNGワードだけど、まあそれが一番分かりやすい。

 人間がこの場所から落ちたときの死傷率と、猿の場合での割合は大きく違うはずだ。

 もちろんもっと高くから空中ダイブで落ちたら平等にヤバいのだろうが、木に沿って落ちて、足や手をきちんと使えたなら、危険度はすごく下がるような気がしていた。

 試してはないけど。怖いのはもう怖いんだけど。


 よし。

 まずは、∴、逃げんのはなし。

 そしたら、さらに登る。そのために考えられるのはふたつ。


 選択肢1:この場所から、同じ方法で次の枝を目指す。ただし助走できず反動とかだけなのが新たな挑戦。


 選択肢2:一回下に降りて、もう一度さらに上の枝にチャレンジ。さっきの感触としては幹ダッシュでまだ上に行けそうだった。


 2かなー。

 イキったセリフで色々自分を追い立ててみたけど、リスク少なく済むなら当然そっちを選びたいなー。もっかい登ること自体練習になるしね。あと降りる練習にも。

 アドレナリン出たからって選択間違えちゃいかんよね。


 俺は降りる経路のイメージを付ける。

 ぶら下がる、慣性や反動を利用する、足を素早く使う、ここら辺は勘が働くので、そのイメージをせーの、で実際になぞってみる。


 しゅたっ。


 おーぱちぱちぱち。今度はしゅたっだった。


 さあ今度はさらに上に登る経路を考えよう、と俺は木を見上げた。

 で、ここで気づく。


 選択肢3:まずは根元から助走なしでどこまで登れるか。それを反復練習する。そして、本番では本気ダッシュを使ってぎりぎりまで上に行って、そこからまたぎりぎりまでを助走なしで登る。


 はーい、3! 3やります!

 とってもいいアイデアよ! 現実的だね!

 そうと決まれば練習練習!





 20分後。


 俺は、さっきまで丘の後方で小さく見えていたエイジが、今度は前方で同じくらい小さい後ろ姿になっているのを、木の上から見ていた。


 にんにん。



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