G線上のタマ
すわ新手か、と俺は更に緊張度を高める。新手だとしたらすぐエイジに声をかけて完全撤退を取らなくてはいけない。
「ヒヨンヒヨンピョンヒヨヒヨンピヨ」
…
「ヒヨヒヨピョヒヨンヒヨンピヨヒヨ」
ツチノコから届くか届かないかという上空から、小さな動物が漂い、近づいてきていた。
てかマモーだし。形容不能な音を発してるし。
俺は飛んできた鎌首を避ける。ツチノコが再び体をたたむ。
「ヒヨンピョヒヨンヒヨヒヨンピヨヒヨ」
無視だ。
「ヒョヒョヒョヒョピョヒヨンヒョヒヨ」
毎回ちょっと変えるな。無視だ。
改めてツチノコへと集中しようとしたとき、ツチノコが首を伸ばせば届きそうな距離へとマモーが降下してきた。
そしてツチノコ側を向いて、手足を揃えながらピッタリ二回、左右に振る。
それを終えるとまた『ヒヨンピヨ』と鳴きながら高度を上げた。
え?
お…。
お、おお……! おおう!
お前、そうか…! 分かってくれるのか!
俺はマモーがしようとしていた事に気づいて、筆舌に尽くしがたい、大きくて不思議な感動に身を震わせた。
同志だ。こいつは、このマモーは間違いなく俺の同志だ!
再度マモーがヒョピョりながら高度を下げてきた。
両手両足を同時に何度も大きく屈伸しながら俺のすぐ前まで降りてきて、ちょうどムカつく感じで横へと漂い始める。
うおお。後ろ姿であっても十分ムカつく。素晴らしい才能を感じる。
証拠にほらツチノコも気になりだしてる。いつの間にか俺に、マモーに視線を分散させてる。
唐突に登場人物が増えた今、ふ、と俺は現在のこの状況を見渡してみる。
対面するのは、直線と曲線を織り交ぜて鎌首を振るう殺意の大蛇。
そして森の色を身に纏う情熱の踊り手、俺。
軽妙な調べを奏で、ステップを踏む新たな仲間、ヒョロ足のマモー。
そしてすぐ向こうには柑橘系ラビット姿を惜しみなく見せつける眉毛男子。
…あれ? ついさっきまではシリアスな戦闘シーンだったのに。
そうか。そうなのか。これは、いつのまに始まっていたのか?
間違いない、これは…。
パーティだ!!!!
ひゃっほう!! 俺は左に飛び、右へ飛び、胸と尻を回転させる。
マモーは棒線の手足を折り曲げ、滑空し、上昇する。
光る汗を飛ばして踊りながら俺は、傍らにいるマモーへと語りかけた。
「やあやあ、小さな音楽家。君の名前を決めようじゃないか。いいや、僕に、君にふさわしい名前を贈らせてくれないか?」
「ヒヨンピヨピヨピョンヒヨ」
「君の見た目はハムスターそしてバット。そうだね? そして戦場に響くこの旋律はまさしくバッハ」「違う」「僕は君を、バッハと呼ぼう! さあ、バッハ!」
「ヒヨンピヨピヨピョンヒヨ」
「気に入ってくれたんだね、嗚呼バッハ! バッハ!」
「ソラマメ」
「アハハハハハ、アハハ! さあ踊ろうバッハ! アハハハハ!」
さらに興が乗ってきたのか、俺の呼びかけに応えるためか。バッハは螺旋を描きながら今までにない速度を取って巨大ツチノコに向けて滑空し、その頭部に飛びついて見えなくなった。
うお、大丈夫か! と俺は側面に飛びすさって、彼がどこに消えたかを確認する。
いた。
ツチノコの左目に飛びついて細い両手両足を上下の瞼にかけ、その状態のまま丸々とした腰を左右に振っている。彼のそんな後ろ姿が見える。
……嗚呼、バッハ! タマだ、それタマだよ!!
OP知らずにやってるんだよね、素晴らしい! でもそこまでいったら攻撃してもいいんじゃ……まあいっか!
左眼球のゼロ距離にOPタマが取り憑いてる状態っていうのは簡単に想像はできないけど、まあ手がない蛇にとったら余分に地獄なんだろう。
ツチノコはすぐに伸び上がり、自分の頭部を地面へと躊躇いなく振り下ろした。
ドン! と短く重い音が響く。
グラッと辺りも、ツチノコ本体も揺れ、少しふらついた様子でツチノコはゆっくりと頭を上げる。
打ち付ける直前に当たり前のように離脱していたバッハは、いまは俺とツチノコとの間を浮遊していた。
朦朧としながら憎悪に囚われた狂人のように俺とバッハとを睨みつけるツチノコ。
「もう十分な様子だね。さあ来い、乗るんだバッハ!」
あっさり言葉が通じたかのようにバッハがこちらを向き、俺の紅のカーペットの上に降り立つ。
軽妙なる音楽家を乗せて再び幾度も迫りくる鎌首を軽やかに避け、二人は二つの尻を振りながらエイジが立ちすくむみたいに立っている場所へと駆け寄っていった。
「さあエイジ、誇り高きバレンシア=ネーブルのウサギよ! いまここに、伝説の大蛇が来るぞ!」
「もう何か…。何だろうまだやるの」
「どうしたエイジ、ここからフィナーレじゃないか! エイジ! エイジフィナーレだよエイジ!」
「…喋り方やめてくれー」
俺は不敵に笑いながらエイジの一歩横にスチャッとヅカ立ちで構える。
もう脳内物質がばっしゃばっしゃに溢れてて、さっきまでの恐怖が上段みたいだ。俺を7分前の俺とは一緒にするなよ?
あのツチノコの目にはもう俺とバッハしか見えてない。
いま改めて観察すると、こちらを睨みつけながら開けたその口の端の方からは涎を伝わせていた。口の開きも最初と違って下顎側を下ろしてる感じで、なんだか活力が感じられない。
楽隊が心からパーティーを楽しんでるうちに大分お疲れにさせてしまっていたようだ。もう「君じゃあ役不足だったようだね! ハハハハハ!」とか叫んでやりたい。
ツチノコがこちらを見下ろしながらやや緩慢に、ぐっとその鎌首をもたげる。
怒気を湛えた目でこちらを睨み上げる。
…来る!
瞬間、視界を斜めにオレンジが走った。
俺は目の端にそれを捉えつつ、落ちてくる鎌首から左前方へと跳び、加えてもう一歩を蹴り込んで、【円】のモーションへと入る。




