ポギャムスヴァラララライコゥエンジ
じりじりと距離を取った俺たちにもう一度舌を出して見せ、ツチノコは首を引っ込めて縦に折りたたまり、力を溜めて折れた幹から跳躍してきた。
俺とエイジは回避に向けて身構えるが、ツチノコは1メートルぐらいの距離に土を散らしながら落下した。
「ジャンプは不得手、ね。絞め技がやばいと。あとは…」
「ああ。どんな動き持ってるんだろうねー」
エイジがぼやく。そして棍の先端を膝下に構えてから一歩前に出た。
え、うわ、そんなあっさりと。
俺は驚いてエイジの背中を見上げる。
好戦的とかバトルジャンキーっていう感じでもないんだけど、それにしたって兎に角エイジはビビらな過ぎる。自分より幅を持った大蛇を相手に簡単に一歩を踏み出せてしまうのだ。
それを『無謀』と評するには確かにまだ彼我の戦力についての情報が出揃ってはいないんだが、そうだとしても普通は人はもう少し『恐怖』という感情に囚われながら行動するはずなのだ。
しかしそういう一般人の感覚のままでエイジと付き合ってると、様々な場面で「ビビリ」とは真反対の行動をとるその様子に何度も驚くことになってしまう。
「そこらへんところちょっと異常なぐらいだぞ」といつかもしエイジに突っ込んでみたとしても、「え? 恐怖?」というキョトン顔を返されてしまいそうな気がしてしまって怖い。
確かに俺たちは先日、今後のポイント稼ぎを目指していくための話し合いで『まずモンスターを色々動かしてみよう。そこから逃げるか詰めるかを冷静に判断しよう』『但し明らかに手強そうな敵のときには接近せずすぐに逃げよう』なんてことあたりを基本方針として決めていた。
……でもこの状況を見ると明らかに『明らかに』の部分が詰め切れてない気がする。多分いま俺たちの意見はサンアンドレアス断層ぐらいには割れている。
エイジが巨大ツチノコと数歩の距離を挟んで真正面から対峙したところで、こういうモンスターも捕食対象が臨戦態勢をとったかどうかってのが分かるんだろうか、ツチノコは這いずりによる接近をすぐに中断し、胸を反り鎌首をもたげて、エイジのことを睨みつけた。
俺は先程の立ち位置に残ったまま、奥歯をぐっと噛み込んで恐怖を抑えながら鉈を握り込む。
「シッ!」
いきなりエイジから動いた。まずは様子なんか見ないんだねそうだそういう奴なんだうん何回だってびっくりする。
エイジは大きく一歩を踏み出し両手の棍で相手の頭部を狙う。
ツチノコは首を更に下げてそれを避け、そこからその反動を使って一気にエイジへと首を伸ばす。エイジはすかさず横っ飛びでそれを躱す。
一度伸び切った首を引っ込めることなく、ツチノコはそのまま頭部をエイジとは『逆方向に』グルンと回した。
え? あ。
「尻尾ぉ!」
悲鳴のように叫んだが、エイジはしっかり大きく跳び上がり、その直撃を避けた。
高速で旋回した尻尾は地表の土くれを巻き飛ばし、その塊のひとつが俺の顔にかかる。咄嗟に目を閉じたが右目に少し入ってしまった。
「やっば!」さらに二歩後ろに跳んだ俺は辛うじて無事だった左目で、エイジが再度の鎌首攻撃を避けながらツチノコの首の横あたりに突きを入れているのを見た。
攻撃を一発当てたエイジは「硬って!」と短く感想を言ってから、一歩二歩とバックジャンプでこちら側に移動してきた。
俺の前に構え、「ソラマメ、平気か?」と背中越しに聞いてくる。
「土が入った。んー、大丈夫だ」
瞼の上下を押しながら、目の中の砂粒を涙で少しずつ押し出す。
「とりあえず、牙の攻撃と、尻尾で回転攻撃だったねえ」
たった今確認した攻撃パターンを挙げてきたので、俺も「尻尾の方は距離とってると目潰しに注意、ね」と付け足した。
「ふふん。まあ、パターンは見えてきそうな感じよ?」
「いやー…、すげえなお前」
「え、普通にソラマメより遅いし。ま、でも、超硬い」
「通らないんか」
「硬いし、重いねえ。いまも首の軌道がほとんど動いてないし」
鱗は滑らか系じゃなくて鎧系ってことね。体格通りパワータイプの蛇ってことなんだろう。
「んー、じゃあエイジ、退却は?」
「ん? ああ今のは入らなかったんだけどね。逃げるほどとは、思わない」
おおう。
おおう、そっかーじゃあ俺も腹をくくらねば、なのか。
連続攻撃を躱されたことが警戒を呼んだのか、ツチノコは鎌首を上げた状態でこちらを睨みつけている。というより主にエイジと睨み合っているんだろうね。緑の小っちゃい鬼の方は完スルーな状態。
「そうなるとー。俺も加わったほうが、いい感じよね?」
俺は瞼の砂を出し切って、目をしばたたかせながら尋ねた。
「んー。ふふふ」
鉈、かー。確かに刃物だから通るかも知れないが、鉈は何分近いんすよね、敵と。
「大丈夫。とりあえずお前ならあっさり避けれるよ」
このモンスターを打倒するという方針で俺も覚悟を決めて、エイジに声を掛けようとしたその時。ツチノコが次の攻撃動作へと移った。
短く鎌首を引いてからエイジに噛み付こうと飛びかかって来たのに俺たちは即座に合わせ、左方向へ飛ぶ。ツチノコはそこから身をくねらせ、エイジの方を追う。ヘイトが完全にエイジ単体に向かっている状態だ。
エイジはそのままビョンビョンとバックステップで距離を取った。バックステップであっても単純な移動速度はエイジのほうが速いことが分かる。
ツチノコは相手が素早いと見るや、飛びかかるために再び鎌首を持ち上げようとした。そのタイミングを狙ってエイジは逆に一気に前に踏み出す。恐らくツチノコの片側の目に狙いを定めて棍を打ち出したのだ。
「ゥラ!」
十分に勢いを乗せた突きだったが、ここでツチノコは腐っても蛇という柔軟さを見せ、体をくねらせてエイジの突きを掻い潜り、棍の先端を避け切った。そしてそのまま棍に巻き付くような形を取ったかと思うと、そこから一気に首を横方向に振る。
ツチノコの丸めた体に引っ掛けられたエイジの棍が、その巨体の後方へと飛んでいってしまった。
「うお」
エイジは飛んでいった棍を見て、思わずといった感じで身を屈め、取りに行くようなモーションを取る。ツチノコはそれを見切って狙いすますようにその鎌首をもたげる。
そして、そう、その瞬間。
「ヘーイ! ポギャムスヴァラララライコゥエンジ! ウエノトーヨコサイキョーセーン、セーン! ゲッスー!!!」
もちろん俺は手の平を頭の横でヒラヒラヒラ、とはためかせ、高く高く足踏みを打ち鳴らし奇声を発した。
エイジの危なっかしかった予備動作は思わず止まり、ツチノコ側の危険極まりない予備動作もピタッと止まって、一瞬全員の注意がこちらへと向く。
俺は続ける。
石仮面の金髪貴公子になったつもりで不愉快な蛮族どもの時間をクールに止め続ける。
「ジャラスキャトモノイオカチマチ! オーミヤサイタマニッポポニッポリ……!」
ツチノコの向こう側の木の上で、マモーがそのヒョロ足を伸ばして立ち上がり、こちらを見つめてるのが見えた。
おいおいベンチのオーディエンス? お前は今までそこに座ってたはずだぞ。無料見はちょっと、いただけないぞ?
エイジが動き出した。一瞬ツチノコを見上げてアテンションが完全に俺の方に向いてることを確認。こっちを向くツチノコの逆側から大回りでダッシュして、後方に転がってしまった棍を目指すようだ。
ツチノコも動く。目線をエイジと俺へと素早く動かしてから、近くにいる俺の方を攻撃対象として選んだようだ。鎌首を振り上げて、真っ直ぐ、縦攻撃。俺は自分の冷や汗をぐっとシカトして、相手側の軌道修正が効かないタイミングまで待ってから地面を思い切り蹴り、落ちている棍に手をかけたエイジのところまで三歩跳んで合流する。
「うはは! いいねー、ソラマメ。助かった」
「おう」
「超ウケたし」
「おう? おう」
そしてほんとに満面笑ってやがるのだこいつは。結構しっかりピンチだったと思うんだが。
「ちょっといい? ソラマメはさ、鉈で狙うのはいいや。代わりにその、ヘイトだっけ? をもうちょっとやってくれる?」
「いいけど、狙いは? 倒せる一撃なんてありそうなんか?」
「んー、ウサ。と、口の中って赤くて柔らかそうだったんだよねえ」
兎化、使うのか。確かに兎状態でのフットワークは自主練習で続けてはいたが、本番はまだ危なっかしくて封印しとくと言っていたはずだ。
「ちょっと怖いんだけどね」とエイジはツチノコの方を向いたまま微笑む。
「口ん中への突き、狙ってみるわ。一発、一点集中ってことであの脚力を一瞬だけ使いたいのよ」
確かに今回の敵は自らの攻撃後であってもかなり良い反応を返してくるため、ただの突きや振り下ろしではさっきと同じ事態になりかねないだろう。攻撃しても硬い鱗で跳ね返し、しかも機敏に次の動作でこちら側の武器か命を狙ってくる。ならば、囮を使っての弱点特攻はたとえリスクがあっても理にかなってるように見えた。
「…そばで鎌首攻撃を俺が出させて、その瞬間だか戻りだかをエイジが斜めから狙う、でいいか?」
「いいねえ。そんな感じ。できる?」
「ウヒィー。…まあじゃあヘイト稼いでくるから、一旦離れるか。兎で待っとけ」
二人は散開し、そして俺は再び俺の固有の偽スキル、【ゴブリンダンス】を始動した。最後に言った「兎で待っとけ」が格好良さげだったので、どのような節で歌ったのかは割愛したい。
ともかくそこから数分、一通りのくだりの後で、ツチノコは完全にエイジを忘れて背を向けたまま少し怒った感じで鎌首ラッシュ、鎌首ラッシュとだいかいてーん、を俺にかましてくるようになっていた。
大蛇に相対した踊り子は肌も露わに情熱の舞台を駆け上がっていく。
もう完全に嫌われたね、そろそろ行けるか、と尻を振りながら思い始める頃合いになって、この緊迫し切った戦場に突如異音が響き始めた。




