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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
51/55

何だこれ別れの言葉か



 声を張る張る。

 何回も店に戻るのがめんどいなー。仕方ないけど。

 俺の数少ない強みと言える【スタミナ】をここで活かせばいいんだし。シアンテ? 大したことないね。たぶん。

 もう、全道路踏破してやるぜーという気構えだ。


 結局カツアゲはやっぱりされたけど、こまめに売上を置きに戻ってたから20ラルで済んでるぜ。

 フラフラするぜ?

 ククク。

 一発でわざと吹っ飛んだから大丈夫。その一発でHP半分だけど元気。

 だってまだ歩ける。



 ◇



 日が沈んで各商店が店を閉め終わった頃、俺は台所の椅子に座ってばーさんに治療をしてもらっていた。

 二回、されるとはなー。

 まさかなー。マップの各所にゴロツキーズを散りばめてたか。町め。


 ああ疲れたなあ、目も口の中も痛いし沁みるなあと目を閉じて顎を上げていると、赤チンみたいなのを塗ってくれていたばーさんの手が止まり、俺の頭頂部のひと房ヘアーがほわんと撫でられた。

 頬のあたりにほたりと一粒落ちてきた。確かに今すげー痛いけど俺んじゃないし。おばば涙もろいなー。


「ごめんねえ。ちゃんとした回復薬なんてなくて……」


「ゲスゲス。お気遣いなくー」


「……みんな、優しいですねえ」


「ばーさんほどじゃないでゲス」


「うふふ。まさか」


 二人黙り込む。俺は目を開けてないけど、多分お互いにほんのり笑顔のはずだ。

 ほたり。だから泣くなー、ばーさん。


「今日、娘から書返しが来てねえ。高いのに」


「書返し?」


「遠くとやり取りするときの魔法ですよ?」


「へえー。そういうのもあるんでゲスね」


「町同士の郵便屋さんを介して送り合うんです。自分と相手の声が石に順々に入るようになっていて、自分宛に届いたときにね、郵便屋さんが持って来てくれるんです」


「なるほど」


「お父さんがいなかったから、最後だけ聞かせてもらったんですけどね。石には娘のぷりぷりした声が入ってて。『旦那子供いるんだから二人が来たらもう一杯に決まってるでしょ』って。『庭木のついでに男一人とゴブリン一匹、って、駄目に決まってるでしょ何考えてんの』ってねえ」


「……」


「ごめんねえ」


「ゲス? ゲス」


「いつのですかって郵便屋さんに聞いたら、ついお昼頃に送った分の返信です、ってね。昨日の晩ご飯の時にはあんなこと言ってたのに。ねえ、みんなみんな、ほんとに不器用でねえ」


「……」


「あら」


 俺とばーさんが店の方を見ると、そこの真ん中に立ってるのはなんだか呆然とした顔のじーさんだった。

 がらんどうになった棚に囲まれてる。

 フフン。

 ざまあ見さらせ。





 店の目の前に止めた牛車の荷台の上に、生活用品が入った籠を次々と乗せていく。エイジが。


 その後、元から頼んであったのか近隣から若手衆が四人集まってきてくれて、掛け声を合わせながらエイジが掘り出した庭木を通りへと引っ張って来た。

 どさりと荷台の上に乗せて、エイジといっしょに荒縄で固定していく。


 これで家の中もがらんどうになった。

 店には空っぽの棚があるだけだ。


 最後にじーさんが一番大事な荷であるばーさんのことを御者台へよっこいしょと引っ張り上げて、俺とエイジのことをじろりと見下ろした。

 何か言ってくるのかと思ったが、一呼吸分目を合わせると、手綱を手に取って前を向いてしまう。


「お見送りの人たちって南門にいるんすよね。じゃあ、俺らはここで。本当に色々お世話になりました! グラントさんの職人っぷり、かっこよかったっす!」


 エイジがぴっと頭を下げる。

 じーさんは道の向こうを向いたまま。くわえ煙草の煙がふーっと上がる。

 うんうん、そうそうそう。会ったときのアレね。ブレないね?


「……ふん」


 ハイハイ、そうねそうそうそれそれ。ハーイ常連様から『ふん』頂きましたー。


「こんなんで報いを受け取れるとかいう舐めた発想は、前にも言った通り、やっていけんぞ」


 ん? 引っ越しの手伝いのことか、それとも昨日のことかな。

 まあどっちにしろ、うんうん。

 俺は相も変わらず貫かれているスタイルに対してうっすら生暖かい笑顔を向けておく。


 ふいにじーさんがこちらに向き直り、俺に向けてホワッと御者台に置いてあったらしいものを放ってきた。


「まあ、これぐらいはやっておく。お前も非力だろうが自分のもんを入れる袋ぐらいは持っとけ」


 思わず受け取った布地を広げてみると、冒険者用の背負い袋だった。


「お、おおー。これは……ゴブリンサイズでゲスかね?」


「ああ、もしかしてお爺さんが昨日作ってたやつ?」


 俺はミニサイズになった袋のポケットなどを確認する。エイジのと違って、前紐が普通サイズより一本余分に付いてる。おー、俺はよく動き回るから助かる。ぺったんこで中身は入ってないみたいだが、一応どうなってるのかと開けてみる。


 え、あれ? 

 なんだこれ。


「これ、中ってどうなってるんでゲス?」


「袋の中に、袋があんのかな? あれ真っ暗?」


 エイジも覗き込んで首をひねる。

 袋の中に間仕切りがあるんだが、その片側に黒い袋が縫い付けてあるっぽい。そこまでは分かるんだが、その黒い袋の中が、なんというか、闇? え、何これ意味分かんない。ちょっと怖い。


「……袋屋、だからな。手に入ることもあるんだが、まあ使い道がねえんだ」


 意味が分からず見上げると、ばーさんがじーさんの横顔を仕方なさそうに見ながらうふふと笑っていた。

 俺たちはまだよく分かっていなくて、御者台と袋とを交互に見る。


「人には、絶対見られないようにしろ。ギルド職員も本当に最低限だ」


「ふふふ。お父さん、良かったですねえ。ずーっと探してとっても苦労して、やっとこさ手に入れたものでしたものねえ」


「え、お爺さん。これってもしかして、魔法袋?」


 エイジの言葉に俺は仰天する。

 じーさんは否定も肯定もせず煙草をくゆらせていた。


「え、これが!? ええ?」


 黒い袋の口から先には一切光が差し込まない。ぽかんと空いた闇の感じは、確かに魔法っぽい。

 これが、まだ見たこともないラルーバス硬貨が必要な?

 つまりウン百万円? それでも手に入らないって、エイジがリオン先生経由で言ってなかったか?


「いや、いやいやこんなん、もらえんでゲス」


「お父さんも、きっと売れないし捨てられなかったんですよ? 代わりに受け取ってくれる人が見つかって、良かったんじゃないかなーって。ねえ?」


「いや、でも」


「ソラマメ、いやこれ、もらっとこうよ。滅茶苦茶助かるんじゃないの?」


「バカ、すげー価値だってお前が聞いて来たんだろう」


「でも、これから大変なんだろ俺ら。なんかで返そう」


「いや、しかしだな」


「要らん!」


 じーさんが、突然声を上げた。


「自分で精いっぱいじゃろうがお前らは。しがらみなんか作るな。効率よく、小狡くしていろ。儂も、儂らももうこれ以上しがらみなんか要らん。たくさんじゃ」


「じーさん……」


「忘れろ。勝手にやっていけ。儂らも忘れる」


 言い切ったじーさんに何と声をかけていいかが分からず、呆然と見上げた。

 ふふふ、とばーさんが微笑む。


「まあ、この一週間のことなら、夫婦合わせて何百回も思い出すんでしょうけどねえ」


「お前も忘れろ!」


「ふふ。ね? こんなじゃあ、忘れられっこないでしょう?」


 最後に言ってもいいかしらね、とばーさんが続ける。


「二人とも、これから大変だし危ないことだってあるんでしょうけど、ほんとに気を付けて、ね? もうどうなったか私たちには分からないんだとしても、どうか道半ばで倒れてないでねえ? 死んだりなんて、してないでねえ? いつだってずっと、お父さんも私も、願うのはそればっかりなんですから」


 困ったような笑顔の、まっすぐな心配。


 目が、ぶわっとなる。


 じーさんがこっちを向いて、口をあうあうさせている俺のことを見て呆けたような顔になった。


「ゴブリンの泣き面なんて、あるんじゃな。……ふん。しかし、何じゃ。まあ、お前ら精々、やっていけ」


「ふふ、ねえ? ありがとうね。お元気でねえ。エイジさん、ソラマメさん」


 じーさんがおもむろに手綱を取り、牛車にゆるく鞭うって、進みだす。

 え、もう行くの?


 いや待て、待てってもっとなんか言わせろ。


「待て! おい待てゲス! じーさん! ばーさん!」


 町に入れてもらって泊めてもらってとんでもない価値のものをもらった。

 俺たちのことを心配してるからと言っている。


 その後ろ姿に向かってうまく言葉が出てこない。じーさんが前を向いている。ばーさんが手を振っている。咄嗟に思いついたのは、何だこれ別れの言葉か、というものだったが俺は浮かんだままに叫んだ。


「俺、意外と生きてっから! あんたらが思うよりずっと意外と生きてっからな!」


お読みいただきありがとうございます。


第一章はこれにて終了です。

魔法袋ゲットの経緯を書くつもりでしたが、長くなり過ぎて転生モノから少し離れてしまったかも知れないですね。すみません。


第二章ではちゃんと新たな仲間や色んなバトル、今後の因縁の敵などを盛り込んでいきたいと思っています。

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