竹やさお竹
「タクタクうるさいよ? ソラマメ」
土を掘るエイジを縁台に座って見ていると、背中越しに言われた。
「えー?」
「一定おきに後ろで『ったく』って時間刻むの、ちょっとやめて」
ん? 俺そんなん言っていたか。ほーん。
今朝、エイジ曰く『地獄の朝飯』というのを食べ終えるとじーさんとばーさんは一緒に店番に出た。から俺はそっちに行かずにここでエイジを見守っている。
店の方からはカタンカタンという編み機の音が聞こえてきていた。じーさんはいまのいま袋作ってどーするのかと。あほかと。なんすかー? 最終日に情緒的なやつっすかー? とからかいに行きたい。エイジに毛髪掴まれるまで語りかけてやりたいしダンスなどもお見せしたい。
もう俺の性格はこうなんだ。ここまで来たら存分に輝いてやりたい。
「…ったく。……お、うおお、ほんとだ言ってた」
「ハハッ」
引っ越し準備にしたって、俺鉈より重いもの持てないしー。高いところにジャンプで届いても落としちゃうだけだしー。
仕方ない。ゴブリンネイルで根っこ掘りを手伝うとするか。
根っこが意外と広がっていて二人で苦労してるうちに、昼前になってしまう。
まだまだかかりそうだ。
気付いたらじーさんはまた外出していたらしく、ばーさんによるとギルドの閉店手続きやらほかの用事やらを済ませて帰りは夜になるそうだ。
穴掘りは穴が深くなってきたところで、今度は俺が土を地上にあげる腕力がないのでまた役立たずになってきていた。
エイジが「あとは俺やるよー。お婆さんと話でもしてきたら?」と言うので俺は店先に出て框に座る。
「結局じーさん、今日も袋作ってたみたいでゲスね」
「そうみたいですねえ。ふふふ」
「どれでゲス」
「さあ。どこに置いてたかしら。小ちゃいやつみたいでしたけど」
俺は框から飛び降りて、店内を歩いた。棚の一つ一つを見ていく。
最高傑作、ねー。まあ確かに籠も袋もほつれひとつなくて、籠なんて最初からそういう形だったみたいにぴったり揃った折り目でできてやがるもんだねえ。
籠は蓋付きや棚型、袋は肩掛けやリュックサック、布団でも入りそうなやつなど、大小さまざま。まあ編み上げたり組み上げるんだろうけど、細かいところはどうやって作るのか想像もつかん。
へー、ふうん、と。
こんな綺麗なもんが二束三文とか。それを胸張って最高傑作とか。
なーにが効率よく、かと。
「これってこの値札の十分の一って、言ってたでゲスっけ」
「引き取りですか? まあ、一個一個計算っていうより、まとめて数ラルーナ、みたいですねえ。もっと安いかもしれません」
「ふうん。ゲスかー」
俺は足を拭って框に上がる。
庭を見ると、エイジがでっかくなってしまった穴と格闘している。意外に根が広く深くまで広がっているようだ。
「エイジ、前に使ってた方の棍、借りるでゲスよー」
「んー? おー」
「ばーさん、結わい紐をまた借りるでゲス」
俺は棒と紐を持って店内に戻る。
棚の間にしゃがみ込んでチマチマと作業を始める俺に、ばーさんがおっとりと「どうしたんですか?」と聞いてくる。
「ばーさん。今日はお客は何人来たんでゲスか?」
「お客ですか? 最後なんでねえ、もう4人も来てくれたんですよ」
「へえー、買ってったでゲスか」
「ふふ。どうでしたっけ」
「あー、ふふふ、でゲスねえ」
ばーさんとにっこり笑い合ってから、エイジの先代の棍を担ぎ上げる。
「よっこいしょー!」
ぐわ、重。
だが、バランス感覚は負けてないはず! 誰にか分からんけども!
「ばーさん、ちょっと散歩行ってくるでゲスよー」
少しふらつきながらも外に出ようとしたら、棒の両端が入口にガン!と当たって「ぐえ」と蛙みたいな声を出しながらコケてしまった。
「あらあら。ちょっと、ソラマメさん」
「ハイいま何もなかったやり直し」もう一度棒を持つ。いぃよっこいしょー!
「ばーさん、ちょっと散歩行ってくるでゲスよー」
カニ歩きをして店の外へと出る。
日が沈むまでは小径にもそれなりに人通りがあるから、まだまだ時間はあるってことだ。
俺は通行の邪魔にならないように進行方向向きに棒を担ぎ直した。
ゴブリンが荷物を担いでるのはそう珍しくないのか、特に注目もされずに人々は通り過ぎていく。
さあて、あそこの区画から行くかなー。
十字路で俺は立ち止まった。
心の中で一回、『もったいないって思っただけなんだからね! 別にじーさんのことなんか何でもないんだから!』と唱えてから、思い切り息を吸い込む。
「ナントォ!! ナナント!!!」
ゴブゴブの高い声が町なかに響いた。うーんまだ小せえな。もっと、もっともっと。声を張る張る。
「皆さまご存知『グラント籠・袋店』のジジババが悲しみの引退!」
もっと張る、張る。全ての通行人が何だ何だと振り返るくらい。
「シアンテ随一のぉ、袋と籠! 袋屋籠屋を50年! 店を閉めたらもう手に入らない高品質の袋と籠が、さあて閉店セールでゲス!」
「えーい持ってけ五割引でゲスよ! 職人歴は50年、引退するのはこの一瞬! 確かな実力に裏打ちされた、パチモンなしのしっかり縫製! 袋と籠! 袋と籠が! 長年住んだジジババに代わって、これからアナタと50年のお付き合い!」
「二、三年でほつれたりしないでゲスよー! 袋と籠! 使って嬉しい、袋と籠! 見事見事な袋と籠が、半額でゲス! 半額でゲスよ!」
「ゲスよーお、でゲスよー!」
最後はたけやさおだけみたいに節を付けて張り上げる。
休みなく、思いつくままに口上を付け足していく。
口ゲンカマシンガンの俺が、いっときだけ口上マシンガンになって昼下がりの町を練り歩く。
「さあて皆さま知ってるでゲスかー!? シアンテ南東の『グラント籠・袋店』! ずっとこの町を陰から支えてきたあのお店がついについにの閉店でゲス!」
「かの有名な冒険者様を支え続けた背負い袋! 奥様方の毎日を支えてきた肩掛け袋! あの商人も、あの商店も使い続けた、『これちょーど欲しかったのよう』的サイズなこの籠も、あの袋も! ぜーんぶぜんぶ五割引!」
「ちょいと手仕事で作れるようなやつじゃあないでゲスよ! 何度か出し入れしたらほつれる様な作りじゃないでゲスよ! 持つのは十年、二十年じゃないんでゲス! これからずーーっと使える籠が! 袋が! 突然のお客や町なかで会う人に見られても恥ずかしくない籠が! 袋が! ええい持ってけ泥棒、五割引! 半値だ半値、半値ゲス!」
「ゲースよーお、でゲスよー」
少し驚いて立ち止まるおばちゃん。笑ってこちらを見る冒険者風。ぽかんとする工房親方と見習い。
構うもんかよ、聞け、と。
半値だぞ半値。絶対お得なんだ。
「例えばこいつは冒険者用のしょい袋! 改良に改良を重ねて、破れない! を目指したでゲス! 取り出しやすい! を目指したでゲス! 動いてずれない、素材をもっと入れたい! も叶えたでゲス! 火打石やちっちゃな魔石を入れるポケット! 素材を分けて入れやすい内側の間仕切り、ラルーナたんを隠す内ポケット! もっと入るもっと入るを叶えた底の折り畳み加工! ぜーんぶ一個に入れ切って、結局半値で大放出! もうほとんど魔法袋だって言える、これがでゲスよ! 半値でゲス! どうでゲスかー冒険者のお兄さん方。いまの袋にゃ、ちょっと文句がないでゲスかー?」
食事処の店先にいた二十歳そこそこの冒険者の一団にターゲットを定める。
集団は一瞬あっけにとられたような顔をしたが、その中にいたローブ姿の男が口を開いた。
「それはこういったローブでも担げるのか」
「担げるでゲッスー! しょい紐の長さは調節可能! 前紐だってついてるでゲス! しょい紐を緩めにしておいても、前紐側で固定しちゃえば、そのオシャンなローブのシルエットも崩れないでゲスよ!」
「フフ、これの良さがお前も分かるか。まあ、俺だけ素材袋がないのも居心地が悪かったんだよな。それ、幾らなんだ?」
「えーとこいつは、25ラルでゲス!」
「ほお。半値と言うのはほんとなんだな。んじゃ、ひとつ買おうか」
「ありがとゲッスー! おおきにゲッス―! いやお兄さんは、お目が高い!」
俺は棍から冒険者用の袋を外す。
ローブの男が出した1ラルーナを見たところで、ゲ、お釣りを用意してないやと気付く。
ええと、と言おうとしたところで戦士姿の男も口を開いた。
「確かに良さそうだし、安いな。縫製が頑丈そうだ。俺も一つもらおうか」
いまの袋は使いづらいんだ、と言いながら、「合わせて50ラルでいいのか」と手渡してくる。
「ありがとゲス! ええと、お釣りが今なくって、そちらさん方でやってもらってもいいでゲスか?」
「ふん、まあいいだろ。釣りぐらいはちゃんと用意しとけよ」
「申し訳ねえでゲス。まいどどうも! お兄さん方の冒険にいいことがありますように!」
一団と手を振って別れる。「変わった売り子だな」と笑いながら戦士たちは去って行った。そして俺は気付いている。冒険者と商売してるときに後ろの方で、興味深そうに立ち止まってるおばさん達がいることに。俺はラルをしまって、ぐりゅんと首を回す。
「あいやー綺麗な奥様方、どうでゲスか? この籠もこの籠も、今日だけ半値で手に入るでゲスよー。ほんとに今日だけ今日いっぱい! お上品な奥様方にお似合いな、美しい編み込み、ほつれのない縫製でゲス。台所用の籠でゲスか? 買い物袋も変え時だったりいたしまゲスか? ほらごらんくだせえ……」
◇
1ラルーナ行ったら商品が残ってても帰る。ゴブリンの行商だなんてカツアゲ巻き上げフラグは立てねえっす。この町にはジャンだっていやがるのだ。
俺は出るときより軽くなった棒を持って帰り、店の入口に置いた。
「ああ、ソラマメさん、お帰りなさい。さっきは……」
俺はどや顔半分不安半分で1ラルーナと20ラルを勘定台に置く。
「勝手ながら半額で売ってきてみたでゲス。大丈夫でゲシたか? で、よければここで売ってる残りの商品も半額にしてほしいでゲス。口上聞いた客が自分で来るかもしれない」
「え? まあ、まあまあまあ」
ばーさんは驚いた顔で台の上の硬貨を見つめる。
「とりあえずまだ売れそうな感じでゲス。……半額で売ったら、じーさんとか怒るでゲスかね?」
「いえ、それはないですよ。でも…」
「商店の方もたくさん売っても別に怒らないでゲスか」
「それも、ええ。そうですね。でもねえ。私も挨拶回りがあるから、今日はお昼で閉めるつもりで……。それに悪いですよお、ソラマメさんはお店と関係ないのに」
「あ、出かけるんでゲスね。じゃあ丁度良かったでゲス。俺は庭から出るので入口は閉めて構わんでゲスよ。あ、それともエイジに店番やらせてもいいかもでゲスね」
「いえいえそんな」
俺は振り向いて商品にまた紐を通していく。
「ソラマメさん?」
「まあまあまあ。あ、エイジー!」
「んあー」
「根掘りはそろそろ終わるでゲスか? 終わったら、引っ越しの手伝いでもいいし、やることなければ店番してくれゲスー。いまは半額で行商やってくるんで、店でもその値段で」
「お、何? 行商?」
「あ、売上のラルーナたんもちょいちょい持って帰るんで預かってほしいゲス」
「んー、ハハハ。よく分からんけど頑張って」
「ゲスー。んじゃばーさん、ちょっと行ってくるでゲスよ! ゲエエァ」
棒がさっきより思いっ切り入口にぶつかった。




