コミュ障対戦
夕食の席、じーさんばーさんと、まだ少し暗いエイジと俺でテーブルを囲む。
今日の料理は魚のムニエル、というか、白身の魚に小麦粉をまぶした素揚げだな。塩と少量のハーブでほんのり味付けしてあって、しゃくっとした歯ごたえの後に魚の脂のうまみが感じられて結構美味い。
ちなみにあれ以来猪は取れてないんだよなー。食ってもらいたいけど、日程的にはきついかなー。
普段はあれこれ話しかけるエイジが黙りがちなので、逆にじーさんが声をかける。
「おい、依頼で失敗でもしたのか」
「……いえ」
「友人関係でゲスよ。青春の残滓でゲス」
「……ふん。まあモンスターなんて相手にする商売だ。じきに失敗するだろうがな。依頼をなのか、命をなのかは分からんが」
「あー。そうでゲスかねー」
お? なんだじーさん絡み酒か?
いまは主担当のエイジがちょっと故障中なのよ。
ばーさんいつも通りにこにこしてるし、げ、俺しかいないのかな? 面倒くさいなー。とりあえず話ずらしとくか。
「明日でお店、閉めるんでゲスよね。そっちはなんか俺たち手伝うでゲスか?」
「いらん」
「あ、ゲスか」
「ギルドに行って紙切れ一枚出せばそれで終わりじゃ。商品は家が空いた後に商店の者が持っていく。36年の籠売りも、明日いっぱいで仕舞いじゃ」
わーお饒舌。こっちのコースも失敗だったくさい。
「ふん。二束三文よ」
手酌でじーさんが酒を注ぎ足した。
俺はばーさんを見る。にこにこしている。いつもの放っておく路線だな。
「真面目に黙ってやって来た。腕を上げて来た。だから、いま店に並んでる最後に作ったやつらが、一番上手に仕上げた品じゃ。しかしそんなもんは町の奴らには関係ないんだ。ハッ、ちょっと丁寧でも籠は籠じゃ。冬の手仕事で似たようなもんなら作れちまう。二、三年でほつれちまうような、汚ぇ籠をな」
「ふーん。人間様は卑屈に笑いやがるでゲスねえ」
普通に感想を言ってしまう。
こういうとこ、なんだよなー。
対話系は俺に任せちゃ駄目で、毎回エイジに担当してもらう理由。特に、対コミュ障戦はろくなことにならない。
さすがにエイジが俺を咎めるように見る。
「何じゃと?」
「ソラマメ。すんませんお爺さん」
「ゲスー」
「…ふん。冒険者なんざどうせ俺より早死にするような奴らだ。しかも笑っちまうことに、自分の寿命を延ばす方法を探しに行く? 大層な馬鹿らしい夢なこったよ。そうやって寿命も迎えずに死んじまうんじゃ」
カッチーン。
という音が俺の中で響いた。
それと同時にエイジに俺の一握りの毛髪が握られて、エイジはそのまま「俺らは大丈夫ですよ。慎重にやってきてますし、これからも無理はしないっす」とじーさんを安心させるように言う。ところでエイジ、カッチーン来た人の抑え方が少し違う。
「ヌシの前に飛び出しといてか?」
じーさんがじろりと睨む。
「礼は、儂がたまたまこうして気が向いたので、返しとる。じゃがこんな世の中じゃ。あんな風に命を張っても普通は何も返ってこんし、それに文句も言えん。なぜそんなお人好しの若もんが、命を懸けるような仕事につかにゃならんのだ。ただの早死にじゃ。無駄死にじゃ」
「俺は」
「ソラマメ」
エイジの右手に力が入るが、構わず喋る。
「俺はやりたいからやるでゲスよ。危険があってもそれ込みで決めて動いたんだ。死なないように本気で注意するけど、それでも何かあるってなんなら、別に仕方ないでゲス」
「ふん。簡単に死ぬと言う。お前は分かっとらんのだ。無謀なガキのたわごとじゃ」
「ほんとに死ぬんだってことの意味が分かってるのは年取ってるそっちの方かも知れないけど、一個じーさんが間違ってるのは、じーさんがそれを声高に言ったからって止まるもんでもないってことでゲス」
睨むじーさんを俺も睨み返す。
売られた喧嘩はちゃんと買わなきゃ『口だけ戦闘民族』の名折れだ。
「こっちの特権でゲス。若い奴が無謀なことを追って命を散らす。爺の言うことが分からないで動く。全部特権だ。こっちが権利使って死にたくなかったのに死んだら、爺はほら見ろバカだなあって言うんだろ。それが爺の特権なんだから」
「ソラマメー? ゲス語抜けてる」
「爺は求めて店を持ったんだろ。俺らにも求めさせろよ。危険な確率がどーだとか効率がどーだとか、どうでもいいわ」
「俺は……婆さんがいるからいいんだ。家族がいてくれりゃいいんだ。それが一番いいもんだ。作った品が二束三文でも構わねえ。なんで家族が一人減ったりすんだ」
「ふん、気持ちわりい」
「ソラマメ!」
エイジが俺を抑えこむ。俺は身をよじらせて避ける。
「自分が一番のもの見つけたからってこっちに押し付けんな。まだなんだよ! 袋も籠も最後に安い扱い受けたからってじじいん中で安くすんな。ぜんぶ気持ちわりいんだよ!」
「てめえ!」
ターンとじーさんが酒を置く。
「ハッ。どうせあと二日だ。こんな老いぼれともうまくやれねえゴブリンが、まともに生きていけるわけはねえ。とっととくたばっちまえ!」
掴みかかってくるかと思ったがじーさんは席を立って俺にそう吐き捨てると、居室の方に戻って扉をバーンと閉めた。
残った俺たちは、その扉の方をしばらく見つめる。
「おーまえ、やめろよ最後にー。世話になっといて」
エイジに頭をはたかれる。「お婆さんも、すみません」
ばーさんはその扉の方を見やってからこちらに向き直り、小首を傾げた。
「ねえ? 心配まで、下手な人でねえ」
「ばーさんは、怒らないのかよ。怒らないんでゲスか」
「ええ? ふふふ。だって。その通りですものねえ」
気持ちゆったりと身体を揺らしながら、そういう節の歌を歌うようにゆっくりと言う。
「私たちには願ったり祈ったりしか、もうできませんものねえ。いなくなってしまわないことを、とか。いなくなった人の、冥福とかをねえ」




