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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
48/55

上がり框の下がり話


 やっぱ(かまち)、座るよねー。

 うんうんうん。分かる。


 ギルドへのおつかいを済ませてきた俺は、生暖かく頷きながらコバエが飛んでるエイジの隣に座った。つい最近にも、そこでそんな風にしていたゴブリンがいたよねー。

 ポケットからひょいとコインを取り出して、指先でくるくると手遊びを始める。俺も一休みということで、このまましばらくは三人並んで店番をすることにした。


 あれ? ってことはいま、勘定台には店との同化を進めつつあるばーさんがいて、すぐ後ろには小柄でグリーンの映えが強い俺と、エイジ(コバエ)、という並びなわけか。

 えらい籠屋だな。俺だったら知らずに入店したらまず小さな悲鳴を上げそう。


 なんて思いながら、指から指へとコインを回し移し、ピンっと上に弾き、またそれを指先で捕らえる。

 暇さえあればコインいじりをやってたおかげで、結構指先が器用になってきてる気がする。それっぽいスキルは何か生えないのかな。

 そのうち手品にチャレンジしてみるのもいいかもなー。さあさあ皆さんご注目、この何もないところから、コバエが発生。とかね。


 ギルドには、昨日まで採集していた余りの分をまた1.5日分とって、今日分ということで俺が納品してきておいた。

 一人で行ったのでカウンターまで椅子を持って行ってその上に飛び乗ったのだが、ミィノさんは挨拶の前に「ふふ、かわいい」と笑ってきた。

 もう、美ウサギ獣人の無邪気な微笑みといったら。

 ったく。自分が緑色の醜ゴブリンじゃなかったら結構危なかった気がする。ミィノさんは見境なくチャーム、テイムを使うのは自制すべきだ。


 報酬は1ラルーナと70ラル。まあ、うーん、という額だね。これで2人がかりの通常納品の1.5倍の量なのだから、採取メインの冒険者はほんとにその日暮らしになるんだろう。

 俺は逆ポケットに入れていた報酬をちゃりちゃりと取り出して、目視しないようにしてエイジのポケットに勝手に移した。じゃあね、グッバイ。

 エイジの反応はない。


 しばらくすると、入口の向こうを行き交っている雑踏に混ざって、外からじーさんの足音が近づいて来た。

 ゆっくり目の、最初にちょっと踵をこする蟹股歩き。踵をほかの人より気持ち踏みしめる感じ。あと、3歩に一回「フン」が拍節のように差しはさまれている。気がする。


「じーさん、帰って来るでゲスよ」


「あら。ふふ。また当たるかしら」


 じきに入口に、のっそりと不機嫌そうな姿が現れた。

 ばーさんがくすくすと、嬉しそうにこっそりと笑う。

 じーさんは顔を歪めるためだけに吸っている風にしか見えないチビた煙草をくわえていて、そのまんま店の中に入ってきた。東京育ちのマナーだと考えられんけど、まあ昔はお店どころか電車やバス、飛行機でも自席で吸ってたって言うからなー。前提の常識が違うんだから俺が眉をひそめるアレでもないんだろう。


「ふふふ。おかえりなさい、お父さん。今日の用事は終わったんですか?」


「また、出る。……おい、エイジ」


「……」


「エイジ」


「……す」


「明日なんじゃが、あそこの、庭木を抜くのを頼んでもいいか?」


「…………す」


「ん、おい」


「あ、こいつ明日には動くと思うんで、今日はソラマメの方で承るでゲスよ」


 俺は横から言葉を挟んだ。じーさんが俺と目を合わせる。


「えーと裏庭の、あの二本の木のことでゲスか?」


「いや、向かって右側の一本でいい」


「あら。まあまあ。あれを向こうへ持っていくんですか? 一本、丸々?」


「うむ。……持っていく」


「まあ、…まあ。そうですか」


「で、どうだ? お前らで出来そうか」


「んー、やったことないけど、出来るんじゃないかとは思うでゲス。エイジが。でもあれって、まあまあ大きいでゲスよね? 引越しでずっと持ってくんでゲスか。エイジが?」


「都合が付いた。馬車に載せられりゃ、後はこっちでやる。掘る道具を明日までに借りてきておいてやる」


「ふーん、了解でゲス。まあ明日は荷作りとかも手伝うでゲスよ。エイジが。じーさんとばーさんの二人なんだから、力仕事系なら何でも言ってくれていいでゲス。エイジに」


「……フン」


 じーさんは二文字を使って丁寧にお礼の感情表現を表してから、勘定台に入って行って中にあった帳面を取り出した。何枚か選んでから何も言わずに踵を返して、帳面を手に外へと出て行く。

 おじいちゃーん? 人にものを頼むたーいーどーー、と心の中で唱える。まあ俺は何もしないしできないんだけどね。

 やっぱじーさん、会った頃より不機嫌だよなあ。


 ばーさんを見上げると、それに気づいたばーさんにフフと笑って見つめ返される。

 何となく照れ臭くなって、俺は適当に思いついたことを口にした。


「あのじーさんは、煙草は止めなかったんでゲスか? 商品に匂いが移るんじゃ」


「煙草ですか? ええ。匂いよりかは、袋と籠屋が煙草だなんて火事になるからやめたらってことは、若い頃に言ってたんですけどねえ」


 そりゃあそうか。もろに木造建築だし、言われてみたらこの店はとりわけ何から何までよく燃えそうだ。


「その頃は『ふん』としか返してくれなくって、お店の中でも普通に吸ってたんですけどね。でも、そう、子供が産まれた年にね、一度ぱったりと止めたんですよ? あらどうしたんですかって聞いたら、ねえ。ふふふ。籠屋は火事になると危ねえからって。真顔で」


「へえー」


「そういうのも、嬉しかったんですけどねえ。あの頃は今と変わらずに貧乏だったけど、色んなことが毎日嬉しかったんですよ。お父さんも手先以外は不器用な人なんですけど、子供とあたしらには、一生懸命良くしてくれて」


「……煙草やめるくらいには、じーさんも、そうだったんでゲショウねえ」


「ふふふ。今は、ダメですねえ。ぽっかりと空いちゃった分ができたから。きっとそこを、煙で埋めてるんです。考えてみたらお父さんは、帰ってくるか、いつ帰ってくるのかって思いながら、ずっと煙草を吸ってたんですかねえ」


 ばーさんはしばらく両手で包んだお茶のカップを見つめたあと、また少し寂しげに笑ってから、ゆっくりと一口飲んだ。

 ふう、と息をつく。

 その後ろで俺はコインをいじりながら、コバエイジと並んでやたらと光が強い往来の様子をぼんやり眺めている。


「あの木も、ねえ」


 独り言のようにばーさんは続ける。


「フフ、誕生樹ってわけじゃ、ないんですけどね? ほんとにたまたま同じ年に、気が付いたら庭に生えだしてたやつでねえ」


 ばーさんも目を細めて往来を見た。

 雑踏の音は俺の耳にとったら十分大きいのに、何の仕切りもない店内が不思議に静かに感じる。水槽の中みたいだ。

 人通りはこんなにも多いのに、やっぱり店には客がまるっきり入ってこない。


「そういうの、『未練』っていう人もいるかもしれないけど、まあ、いいじゃないですか。ねえ? もうあたし達老い先だってあれなんですし、ふふ、あとは好きなものを好きなだけ持ってたらいい、って、そう思うんですよ」





 店を閉めるのを手伝ってから、ばーさんが夕食の準備をし始めたところで框にいるエイジのところへと戻る。

 軽い感じで声をかけた。


「エイジー?」


「………」


「これからだけど、シオ、探してみるんでゲスよね」


 エイジはふ、と俺を見る。


 大して間も開けずに、「…いや」とエイジは答えた。


 ん……ええ?


 実は聞く前から、エイジは探したいって答えるに決まってるし、まあいいっしょどっぷり付き合おう、どこから手を付けよっかなー、とまで考えていたので、エイジの回答はかなり意外だった。

 彼は頭を板塀にもたれさせたまま、再び目線を下げる。


「あの、さ。ソラマメ……。お前は、シオがアベちゃんだって言うのは、信じてる?」


 その問いには「うん」と短く答える。


 当人のことを俺は見てないけど、そりゃまあ、思春期が前のガチ恋相手を間違うはずはないからなー。エイジが見たシオの所作やらアイコンの話からして異世界的ドッペルゲンガーの線が薄いとしたら、あとはあの電車にたまたま乗っていた、ってことなんだろうね。


「そか。……良かった」


 エイジは再び俺のゴブリンフェイスに目を向ける。表情全部、元気ないなー。原因は明らかだが、実際エイジがこうなるのは珍しい。


「うん。ほんとにあれはアベちゃんだったのよ。だったんだけど。……でもさあ彼女、俺を知らないって、言ったんだよねー」


 はー、と息を吐いて体育座りの膝に顔を埋める。


「知らない振りか記憶喪失なのかは分かんないんだけど、俺はいま当然、シオと滅茶苦茶話したいっていう気持ちはあるのね。でも、それって俺の気持ちでしかないじゃん。…そんで、向こうは俺と話したくないって気持ちをもう、出しちゃってんじゃん」


 もう一度ため息。今度はふすー、と、駆動系がダウンして停止してしまった中古メカみたいな音を口から漏らす。

 シオに認識してもらえなかったことまではまだ耐えられたけど、『胡桃の中の鳥』亭から逃げるように出られたことは本当にきつかったんだろう。


「それって、俺にとったら意味分かんないし、すげーショック、なんだけどね?」


「ん……まあ、そうだな」


「何とかしてあげたい、何か助けになれないのかって、いまもすげー思うよ? 思うけど、なんでいなくなったかが全然分からない上に、俺、いま、こっちの世界でちゃんと持ってるものって特に何もないんだよね。金も能力も、あとまともな仕事とか? こっちの世界の情報とかもさ」


「まあ、そう、だなあ」


「それって考えてみたら、向こうでだって、同じだったんだよなー。だから振られたのかもなあ……」


「ん? ふむ」


「特に何も持ってないのにいっちょ前の振りしててさ。自分で自分を『やれる』って思い込んでて。まあ向こうの世界だったらそれでも良かったんだろうけど。でもこっちでは、通じない。と、思う。いくら想いだけあっても」


 さして離れてない台所からは、ばーさんが料理を作る音が聞こえる。

 ばーさんの耳は遠くなってるようには見えないけど、今框でしてるこの話は聞こえてるんだろうか。

 あの人だったら聞こえても大丈夫か、なんて気もしていた。あまり良くない油断なんだが。


 やっともう一度顔を上げ、エイジは言葉を続けた。


「もうちょっと、頑張らんと。彼女にとって気持ちを勝手に押し付けてくる迷惑な奴って上に、半人前未満の無駄な奴になんか、なりたくないしさ。だから、考えながらやるしかないかなって。俺らもこの世界にどんどん詳しくなって、どんどんやれること分かることが増えだしたら、助けになることも見つかってくかもしれんし」


 こいつ、偉いなあー……。

 ずっとそういう奴だった気もするけど、ぬるい高校生活を送ってたら隠れた一面なんか見る機会もそんなにない。改めてエイジ自身が関わる問題でもこうやってきちんと考えられることが、敬っちゃうくらいに偉い。尊い。まだコバエはその身にまとってるけど。


 エイジの言うことには納得だし、尊重したいところだ。

 でも、ひとつ俺は気になってたことを確認する。シオを急いで探すのに協力しようと思った決め手ともいえる部分だ。


「エイジ。すげー大人で、いや、マジで偉い判断だと思うんだけどさ。ひとつ、『時間が経つほど見つけづらくなるかもしれない』っていうのがあって、それは大丈夫なのか?」


 町を出られたりしたらもうかなりきついだろう。シオという名前と、17の女の子という情報だけで果たしてこの世界から相手を見つけ出せるものなのか。


「……ん」


 エイジはまたふすー、と息を吐き、ちらりと顔をあげる。


「そうなんだけどさ。でも、ソラマメだって時間ないっていうか……お前の場合、死ぬかも知れないんだよね?」


「俺? んーまあ、俺は、どうとでも」


 エイジは首を振る。


「いいって。死ぬかもってのと大変かもってんじゃ、やっぱ優先度が全然違う。でも、もーちょい経ってソラマメのこととかも落ち着いたら、俺探したがると思う。俺の個人的な話なんで無理は言えんし、そんときは一人でやるけど」


 そっか。

 んー。うん。そっかあ。


「いや、そんときは付き合おうじゃないの。当然」


「ん」



作者の百号です。なかなか女性キャラ増えなくてすみません。

シオとの再会はまたしばらく後のこととなります。

グラントの行方不明になった息子の後日譚も、いつか閑話で書ければと思っています。

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