野っ原にて
俺たちは空き地の真ん中で向かい合って、それぞれ棍と鉈を構える。
前半の『運動』は終わりで、ここからは武器に慣れ、戦いに慣れるための稽古だ。
向こうは木棍なので鉈は逆手に持って峰側。さらにぼろ切れを巻いてひもで縛ってある。最初は腕だけ振るゆるーい打ち合いから、徐々にパターンを増やし、足を使い体を回し、スピードも上げていく。相手にも読みやすい打ち込みから、相手の隙をついた打ち込みへ、少しずつ変えていく。
俺はいま両利きを目指しているので、タイミングを読んでは鉈を持ち替える。たまに両手持ちもやり、グリップを右前左前の両方を適時切り替える。まだぎこちないんで本番では未使用だが、一番力が入る持ち方へ、最適なタイミングで持ち替えられるように訓練していく予定だ。
相手に明らかな有効打が届いたときは、寸止めか肌の上に置く程度に留めて、一歩下がってまたすぐ打ち合いを始める。
二十分、三十分と、体力よりも集中の切れ目が生まれそうになるのを意識的に律しようとしながら、地稽古を続ける。
しばらく経ったところで俺は大きく後ろに飛んで距離を開けた。五分休憩。エイジは息を整え、俺は軽く飛び跳ねながら腕の筋肉をほぐしたりする。お互いここは話さず、そろそろかな、というところでエイジと俺はまた目線を合わせる。エイジが軽く頷く。
瞬間、俺は真っすぐエイジに向かって飛んだ。
もう型の確認みたいな練習じゃなく、ここからは勝ちに行く。試合っていうか、闘いだ。
エイジの間合いに入る手前で着地して、エイジと棍と自分の位置、そして迎え打とうとする予備動作の軌道から、直感も使いつつ一瞬の判断で左前へと飛ぶ。
向こうもすぐに俺の動く方向に反応して、棍を、じゃない、おお、距離を詰めてきた?
俺は牽制も込めて半回転を入れ鉈を振り上げて、さらに左へと地を蹴って中長距離に戻す。
そういえばさっきの型稽古みたいな打ち合いのあいだにも、エイジはこれまでより距離を詰めての攻撃を増やしていた。
あれか。昨日リオン先生に聞いた『無手』の話を取り入れ中か。武器としては最大距離を持つ棍の使い手が、これからはゼロ距離の無手も取り入れていくなんて、ムカつくほど心強いじゃないの。
でも、いまは思わず距離を取ったけど、近距離やゼロ距離なら鉈のが有利に決まっている。稽古でのエイジの無手は鉈でどんどん咎めるべきか? それともじゃんじゃん打たせて攻撃パターンを伸ばしてってもらうべきかな?
んー、モンスターがいるここなら、そりゃあ咎めていくべきか。なんせ壁の向こうはガチだしね。少なくともこの『闘い』の時間帯ではしっかり咎めて鉈で付き合うとしよう。そこらへんは全部あとの反省会で喋っとけばいいし。
エイジが上段から棍を振り下ろしてきた。引かずに右前に一歩踏み込む。そのまま斜め振り上げへ切り返してくるのを膝も腰も屈めて避け、もう一歩距離を詰める。蹴り上げてくるが、この距離で初めて俺は遠慮せずにジャンプができる。蹴りを避けつつ棍をくぐる方向へロンダートして、着地した足をすぐ踏み切って斜めに【円】を入れ、鉈の峰を使って切り上げる。エイジはそれを……。
そんな感じで、鍛錬は続いた。
お互い棍と鉈だけを相手にして強くなるわけには行かないが、それでもやっぱり打ち合いに勝るものはない。自分の得手不得手を掴みながらも攻撃パターンを増やしていくことができる。
例えば、棍を傷めないよう峰側で打ち合ってるといっても、そもそも向こうの攻撃を鉈で受けるのは割合的には1,2割ぐらいに抑えるようになってきていた。受けずになるべく、回避で対応する。
だって俺はほとんどの相手に体重負けするんだから、相手がエイジじゃなくたって、俺が鉈で攻撃を受け続けるってのはイコールすでに不利に入り始めてるっていうことになるのだ。
軽くて小柄なゴブリンちゃんである俺は、どれだけうまくよけて、その回避行動をそのままどれだけうまく攻撃に繋げるか、というスタイルで伸ばしていかなくては、どうやらまともに戦いにもならない。
そのときに大事なのが、この体格にしては重めの鉈を、『重し』じゃなくってうまく『重り』として、いかに回避行動へ、【円】へと役立てていくか、だ。俺の強みである『筋瞬発力』と、絶賛使い慣らし中の『重り』と【円】。自分の体格にしたらちょっと重めのこの武器を、逆に回避時や攻撃時の強みに変えられる目については、すでにしっかり感じている。出来ているかは、まあ、むにゃむにゃ。
一発逆転に使いたい【円】については、戦いでの扱いがまだかなり難しかった。
回転する、ということは敵とある瞬間においては正対していないということになるので、無策にやったらただのお間抜けな隙だ。例えばエイジの刺突を突き方向にいなしてその回転をそのまま裏拳的な鉈攻撃へと繋げる、というのは回避と攻撃を隙なく連動できてるから有効と言えるが、エイジが細かい連続攻撃をとってきてるときにこちらがぐるんと回りながら飛び込むのは、【円】の隙の面だけが増大した自殺行為となる。
うまく回転と移動、回転と遠心力とを全て合わせられると、大きなチャンスにもしやすいんだが、ね。
一発逆転狙いということでギャンブル性が高く見えるが、むしろ【円】の扱いに博打は一切なくて滅茶苦茶戦略性が高いんだ、と最近気づいてきた。運ゲーじゃなく、正確な状況認識と、自分の体術のパターンという持ち札。そして咄嗟の判断力。
とにかく『うまく避けてうまく返す』が成功するパターンを一瞬でイメージして、イメージと同時に動き出してるようでないと、相手に有効なダメージを負わせられない。
ただ、負わせられた時は、でかい。
あと私事ではあるけれど、超、気持ちいい。『ヒョオオー!』だの『ゲッス!』だのと、思わず叫んでしまう。
と、まあそんなふうにイキってみたが、実際のところは平地での棍との対戦勝率は2割程度。
逆に、それが分かっておいて良かった。
エイジが棍での攻撃をすぐに引いて連続で次の一手を繰り出せる場合だと、俺の跳躍力が活かせない。そして跳躍力が活かせない、ということは【円】が半分は死んだということになる。
相手の間合いの中で大きく跳んで避けたり攻撃しようとすれば、相手には俺がどういう放物線を描いて動くかが当たり前で分かってしまうのだ。向こうは落ち着いて攻撃を引き、次の地点へ俺が避けられないような攻撃を放てばいい。
だから平地の戦いで、リーチの長さから得意のジャンプも抑えられ、鉈での受けも控えた方がいい前提だと、俺には前後左右の細かい転回とスタミナしか残らない。相手の細かい攻撃をさらに超える細かい体術を身に付けて、いかに相手に接近するかが今後の課題となっている。
ちなみに、木や壁がある場所では事情が変わる。三次元での切り替えしが可能となるのだ。
木に向かって飛ぶかどうか、三角飛びの三角の角度を大きくするか小さくするか、後ろに飛ぶか前に飛ぶか。俺には木が密集するほどその選択肢が増える。逆にエイジは木が密集するほど、長物の弱点として攻撃方法の選択肢が減る。こちらがわざと木が邪魔になるような動きをしたり棍に可能な攻撃を限定して読み切ることができるほど、棍の弱点を最大化していくことができる。
そうやって俺たちは自分に適した戦い方を学んでいった。
例えばエイジにとったら【ロンダート】はあってもいいくらいのスキルだが、俺にとっては生命線、とかね。
何かを学び身に付けるたび、その実感と少しの嬉しさ、あとは「言うても俺バトルジャンキーには絶対ならんぞ」「引くぞ、なんせフィジカル紙だからな」とか、そんな言い聞かせを積み重ねつつ。
◇
七半になる少し前、俺はエイジの後ろについて、『胡桃の中の鳥』亭の前まで来ていた。
エイジはといえば、心の浮つきを意識的に抑えつけた後、周囲を緊張感でふんわりコーティングしたような出来栄え感だ。
大丈夫かな。急に告んねえかなこいつ。
エイジがスイングドアを押して、俺も続けて入る。
昼下がりという時間帯でもテーブルは半分ほど埋まっていて、すでに酒を飲み始めている客もいた。控えめで上機嫌そうなさざめきが店内を満たしている。
エイジは店内を見回した。
ホールに店員らしき人は見当たらない。厨房から火を使ってる音がするので、そちらには誰かいるようだった。
「すんませーん」
エイジが厨房とホールを挟むカウンターの方へと歩いて行って声をかける。
カウンターの向こうではいかにも女将! な恰幅をした女性と、もう一人赤い癖っ毛の若い女性が小さな椅子に座って賄いらしきものを食べていた。
女将がエイジに気付いて腰を上げ、自分が座っていた椅子に食器を置いてこちら側にやって来る。
「ああ、昨日のルーキー君じゃない。あれ、こっちに入るのは明後日じゃなかったかい。今日はご飯かね?」
「あ、いえ。今日はあのア……、シオさんと、この時間に約束してるんす」
「ん?」
「今日七半に、シオさんからここに来るようにって。少し俺らと話があるだけなんすけど」
女将はきょとんとした顔でエイジを見てから、少し考えるような表情になった。
「はー。ああそう。ほーん」
顎の下にほんのり出てるお肉を自分で撫でる。
「あんたさ、言いにくいけどまあ、振られたんじゃあないのかい?」
「え?」
「あの子なら辞めて朝方に出てったよ。それを、聞いてないんだろう?」
「え?」
「昨晩遅くになってペコペコしながら言いに来てね。こっちにしたら突然だったけど、まあねえ、女給が辞めるのなんて突然じゃなかったためしがないからさ。理由を聞いても『いえ……』しか言わないし、こっちだって無理に問いつめたりはしないさね」
エイジの後ろ姿がピクリともしない。
今なら何本でも連続で打ち込めそうだった。
「迷惑かけるから昨日分の日給は要らないなんて言ってね。まあそこはきちんと受け取らせて、従業員部屋にも昨晩は泊めてやったよ。朝早くには、すまなそうにまたペコペコしながら、どっかへと出て行ったね」
「……え?」
「まあ、お気持ちは察するけどね、そういうことさ。今朝がた商業ギルドに募集を出して代わりの子には昼から来てもらってるし、もうあの子はここにいないんだよ」
「……え?」
あちゃー。エイジー……。
脳が小停止を起こして『え…』だけ発する器官みたいになってるが、こりゃどうしたもんなのかね。
俺はエイジの背を見上げながら、アベちゃんの大人しい子リスのような顔をぼんやりと思い浮かべていた。




