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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
44/55

『胡桃の中の鳥』亭 3


 エイジは定宿が決まったことと魔法袋の話を明日ソラマメに話さないとな、と考え、そこでそもそもの本題の方を話していないことをやっと思い出した。


「うわ、忘れてたー。俺も聞きたいことがあったんだ」


「ああ、そうだったな。フ、俺らも酔い出しているようだ」


「アハハ。そっすねえ」


 セブンアップがジョッキを置いてエイジの方を向く。


「ん、なんだ、エイジが聞きたいことがあるのか? そういうのはどんどん聞くといい。聞きたいことは聞いて答えてもらうのが何よりだから、エイジも聞きたいことは聞いた方がいいぞ。そうすれば、何よりだからな」


「はい。えっとー、いくつかあって、忘れそうなんで先に題名だけ上げてくとー」


 エイジは思い出すように目線を上げながら指折り数えていく。


「一個目は、『長生きゴブリンさんについてもっと知りたい! 大作戦』で、あと『ゴブリンってドラゴンどうなの? 質問箱』か。そんで最後に『神話についてお勉強ターイム』っすね」


 指の一本ずつに対してしたり顔で頷いていたセブンアップは、最後に両眉を上げて「何が聞きたいんだ?」と言った。


「ゴブリン続きだな。ずいぶんいい主人、いや、友人か、いい友人っぷりじゃないか」


「あー、てか普通にソラマメが聞きたいらしくて、代理で。最後のは俺が聞きたいんすけど」


「いいぞ、エイジ、ゴブリンか。どんどん聞くといい。ゴブリンを聞きたいんだな。ゴブリンか。確か知り合いにソラマメというゴブリンがいたぞ。まああれは変わった奴でな。ちょっと詳しくないかも知れないが、ソラマメについて知ってることを俺が話そう」


「あ、ソラマメは俺も知ってるんで、ゴブリン全体っす」


 セブンアップがそれに「ゴブリンか。ゴブリンってのはアレか、知り合いに」と返していこうとするのをリオンが肩に手をやって抑えて、「まあ、エイジの話を聞いてみよう」とエイジに向かって促した。


「うっす、お願いします。えっとー、まず前にリオンさんに聞いた長生きしてるゴブリンについてなんですが、もうしばらくしたら探しに行こうっていう話にソラマメとなっててですね。だから、その長生きゴブリンの情報を改めて集めたいんす」


「あの話か。いまは行方不明って言っただろう。探してどうするんだ」


「えっとー」


「長生きのゴブリンってのは、あれか。もしかするとあの、長生きのゴブリンのことだな?」


「あ、はい。セブンアップさんもご存知で」


「長生きのゴブリン。知ってるぞ。首都で学者をやってたゴブリンだ。魔法生物学の学者の長生きのゴブリンの学者の魔物を探すのか。魔物のくせに魔人だか亜人だかの第一人者だという、あの変わり者だ。でもお前ゴブリンはもういるだろう。何とかという奴が」


 エイジはセブンアップに向かって「そうっすそうっす。まあもういるんですけどねー」と答えながら、頭に魔法生物学、魔人、学者、と刻んで、リオンの方へと向く。


「その、100か200か生きてるゴブリンに、直接長生きの理由ってのを聞きたいなーって」


 リオンはエイジの顔を黙って見て、口を開きかけ、一回閉じた。

 手を首に当てて、天井を見上げながらゴリゴリと回す。


「……ふむ……。理由ってのは、前に話した噂のことなんじゃないのか。あれも想像の話だが」


「まあでもそれも含めて聞きたいかなーって。いつまでデルガにいたとか、どこに行ってそうとか、そのゴブリンについて何でもいいんで知ってますか?」


「む……俺も直接会ったことはないし、滅多に表に出てこないから詳しくないんだがな。魔人の専門ということで魔人戦争や神話にも詳しいのか、そいつの話が出るのは中央の神官や、王族が関わる学術会議の頃だったな」


「ほー。名前って分かります?」


「いや…。セブンアップは知ってるか?」


「ダソだ」


「ダソ?」


「ダソだ。変な名前だよ。可哀そうだ。セブンアップみたいに普通の名前ならよかったのに、ダソみたいに変わった名前もこの世にはあって、そしてそいつはダソなんだ。そうだ、ソラマメっていう変わった名前もあるんだぞ。そしてそいつは…」


「あーソラマメは俺も知ってるっす。そのダソさんの方は、何とかして会うのはやっぱ難しいんすかね?」


「ダソ? あのゴブリンの学者の話か? そうだ。俺もリオンも会えない。立場というか、仕事が違ったからな。だから会うことはないんだ俺も。あとリオンもだ。人間嫌いだからだ。人間はいいのに、ダソは人間嫌いだ。名前と見た目が変わってるからって人間嫌いになどならなくても、人間はいいんだ」


「見た目が、変わってるって? ゴブリンってことっすか?」


 リオンも首をひねる。どうもダソについてはセブンアップの方がよく知っているようだ。酔ってると話す内容に少し空転は入るが、記憶力もいいように見える。


「ゴブリンはゴブリンの見た目だ。お前ソラマメは知っているか? あれがゴブリンだ。ゴブリンのゴブリンの見た目から見て変わってる見た目に見えるから見た目が変わってるというんだ。人間はいいのにな。ああ、と言ってもそいつはゴブリンだからな。見た目も変わってるし」


「はー。見た目が、ソラマメみたいな普通のゴブリンとは違うっぽい、と。で、誰が行方というか、まだご存命かとかどこ行ったかあたりを知ってそうですかね」


「それは分からんな。なんせ十年は前だし、そもそも首都でも籠っていた人なんでな。詳細にいつ見なくなったかは、なんとも言えん」


「十年っていうのは長いからな。十年といったら、そりゃもう、どれぐらいだ。十年分にもなるかもしれない。見た目も変わってることだろう。ゴブリンは人間に比べて見た目が変わってるしな。あとそいつは、どうやら見た目が変わってるらしい」


「了解っす! 見た目に注意っすねー。とりあえずここで修業積んでから、俺らもいつかデルガ目指すかも知れないです。じゃああと、『ゴブリンってドラゴン苦手なの?』なんすけど」


「む……ゴブリンがか。そんな特徴はないと思うがな。ソラマメがそうなのか?」


「ええ。怯えようがほんとすごくて。あの騎龍兵って奴を見たときっす。駆け去ってからもずっと動けなくなってて。ほかのモンスターにはそうでもないんすけど」


「そんなに? いや、普通のゴブリンは大丈夫なはずだぞ。例えばデルガと対立してるマーキュアの黒角騎竜団という兵団だったら、人とゴブリンのペアで竜に騎乗しているぐらいだ」


「人と! ゴブリン! へええー」


「ランス持ちの騎兵と、レアなアサシン持ちのゴブリンと、竜とを合わせて一騎だ。少人数の部隊なんだがな、少々相手の数が増えたところで、対ランス戦では負けなしだな」


「ああ。リオンが上と揉めたやつか。『騎士の誉れがないのか!』と堅物が叫んだやつだ。『邪道だ!』だな。あとこうも言われてたな。『騎士の誉れがないのか!』と。リオンが上に怒鳴られていた」


「セブンアップ、その話はいい」


「そうか? リオンが上と揉めた話はいいか。まあ揉めた話だ。俺も話さなくてもいい。リオンが上と揉めた話をこういう楽しい飲みでは話さない方がいいんだ。揉めるのはリオンだって嫌だから。なんせ上とだぞ? 頑固な、古い、頑固な上司がいたものだよ。それに一つの意見を出しただけだ。確かにリオンには理ごあった。それを『敵国の真似なぞ!』『ゴブリンなどと!』と。全くあいつに理はなかった。どうだ、ひどいだろう」


「セブンアップ」


 エイジはセブンアップの話の方に色々好奇心をくすぐられたが、二人からは目を逸らして自分は突っ込まないことにしておいた。

 心の中では(リオンさんって、元、騎士? えーセブンアップさんもなのかな)というのと、(まあとりあえずゴブリンにそういう苦手な相性ってのはないってことだなー)の二つを思いながら、木組みのジョッキに鉄がねを打ったふちを何度か指でなぞる。


「まあ、あれだ。騎竜隊はちょくちょくシアンテに来るぞ。大丈夫なのか?」


「あー、駄目なくらいにひどかったっすけど、まあそばに行かなきゃいいんで。俺らも最近は十傑草原の方には用事はないですしね」


「そうだな。騎竜は南門の裏手に繋がれるから、嫌ならそこを避けておけばいい」


 エイジは頷いた。


「あと、最後は神話とか魔人戦争について、常識的なところを二人に教えてもらえたら嬉しいかなーっていうところっす」


「ふむ。エイジはものを知らんからなあ。いいだろう。前に門のところで十傑物語のあらすじは教えてやったよな? じゃあ魔人戦争そのものから話をしてやるとするか……」


 そう言ってリオンは昔起きた人間と魔人、亜人やモンスターを巻き込んだ大規模な戦争の話を始めた。その戦いの中でどんな英雄が生まれ、どのような裏切りが起こり、竜や巨人とどこでどのような戦いがあったのか。途中でセブンアップの二周目も終わったらしく、細かい補足を挟みながらひとつの大きな物語について話を進めていく。

 壮齢でほろ酔いの男たちにとって、壮大な歴史譚というのは極上のつまみであり、かつ強い酒精の入った酒そのものともなった。


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