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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
41/55

セブンアップキノコ


 翌日も同じ方針だ。

 北の道沿いの木立の中を、エイジと一緒に蛇行運転していく。

 ただし今日のお鼻のメインターゲットは、キノコ。エイジが嗅ぎ分けられたときにはやっぱり俺がひとっ走りする。

 なんかトリュフ豚のさらに使いっぱしりになったみたいで微妙なんだけど、嗅覚のない俺はきちんと目で生えてるところを確認しとかないと、自分で採集ができなくなってしまうからねー。


 エイジは昨日の納品でミィノさんに褒められたので、いまも大層ご機嫌なご様子である。

 曰く、「やればできるんだね! これって普通よりだいぶ多いよ?」「採集得意なんだ、助かるなー」「薬草ってその時々の病気の流行とかで需給にバラツキが出やすいんで、ギルドでも困りがちなの。足りなくて困ったときはこれからエイジくんたちに頼もうかなあ」だそうだ。

 三つのセリフを全部キモくモノマネされた。二回。


 勉強なるなー。冒険者(♂)をご機嫌にしつつ、今後の話でやる気も出させて手札にしておく。エイジがチョロいのもあるんだが、ミィノさんてば男子テイマーのジョブでも持ってるんだろうか。

 今日ずっとエイジは俺に溌溂とした小声でキノコの在り処をてきぱきと指さしてくる。

 もう俺にはなむなむとしか言えねえ。


 昨晩の夕食のときもエイジはそのご機嫌状態のまま、むっつりしたじーさんに色々話しかけていた。じーさんはそれに「ふん」か単語か咀嚼音を返す。まあここまではいつもと大差ないが、食事が終わったところでじーさんが珍しく文章を喋った。

 曰く、「明日になったら、明後日の頼みごとをするかもしれん」だそうだ。さすがコミュ障。変な文章。

 まあ明後日は引っ越しの前日だから、荷造りの手伝いとかだろうか。いま頼めばいいのに。


 ともかく今日のところは、いまだに小さく鼻歌を歌ってるチョロジとモンスターを避けながら川までの往復を順調に終えて、俺たちは日没前に門まで戻ってきた。

 ギルドで九種類覚えたキノコだったが、今日のコースで見つかったのは四種類。まあそもそも道沿いはあまり生えてないのかもしれない。キノコにとっても森の奥の方が暗くて生えやすいんだろうしね。

 薬草もまだ見つかったが、今日は全部は取りきらないで数本残すように注意した。

 あんまり詳しくないけど、やっぱ採りすぎると生えなくなっちゃうよねーといまさら気付いたのだ。昨日取ったコースは緩やかな蛇行状なので、根こそぎ取って絶やしちゃいないとは思うけど。



 キノコには処理も何もないはずなので、北門からそのままギルドに寄ることにした。

 採集した中から、昨日と同様に一日のだいたい1.5倍分くらいだろうという量をピックアップ。ギルドに入るとミィノさんがおらず、明らかにテンションが落ちたエイジと納品を済ませてギルドを出る。

 1.8ラルーナだった。

 俺の適当換算に従うと、1万8千円。

 初級者向けとは言え、危険を伴うんだからもうちょい貰えてもいいんだけどなー、なんて思う。でも町人に取ったらこれで十分な稼ぎなのかも知れん、とも思う。感覚がまだ分からないね。


 まあじーさんバッグの中には、今日の未納品分があと2ラルーナ分くらい入ってるんだよね。充分よしとしとこう。



 時間に十分余裕があったので一端袋屋に戻って荷物を置いて、しばらくまったりした後で、リオン先生と待ち合せている広場へと向かった。

 夕食前後のいい時間帯ということで、道にも時計台の下にも多くの人が行き交っている。

 リオン先生はまだ来てないようだ。

 いいタイミングなので待ってる間に、エイジと今後の鍛錬の方針や住居、直近の稼ぎ方とかを話し合う。

 さすが3年来の友人ということで、だいたい今後のことを同じ流れで考えていて、まあまあ安心できた。

 できるだけ安全策を取りながら、探り探り、分かることを増やしていく。うんうん。ノードラマチック。ネバーアドベンチャー。


 だいたい話し終えたところで、北門に通じる道からリオン先生がやって来るのが見えた。

 なんと後ろにセブンアップを連れている。


「おう」と言ってリオンさんが手を挙げる。俺達は「お疲れ様ですー」「ゲス―」と言って軽く頭を下げた。


「こいつはセブンアップって言う、長らく冒険者ギルドに詰めてる奴なんだが、お前らは会ったことはあるか?」


「あ、はい。ジョブ付与式で」


「そうか、なら話は早いな。こいつとはよく飲みに行くんだ。いっしょでもいいか」


「あ、僕は。ソラマメもいいよね」


 衛兵とギルド職員って、俺らに何かまずい話があるんじゃないよね、と実は内心緊張度が上がったんだが、断れるものでもない。

 俺は特に気にした風もなく相槌を打つしかなかった。


「ゲス」


「よし。じゃあ行くか。お前ら飯はまだなんだよな?」


「あーなんかソラマメが食うっていうから、グラントさんところで軽く。でもまだ食べれるし、飲めるっす」


「そうか。まあついてこい」



 二人とも革鎧のままなんでちょっと違和感と怖さがあったが、町をぶらりと歩きながら話をしてる感じを見て、徐々にほぐれて来た。セブンアップが来たのは、リオン先生が飲みに行くからほんとについでに誘ったというような流れらしい。

 そういえばリオン先生はバトルアックスじゃなくてショートソードを腰に下げているから、仕事は終わっているってことでいいのかな。でも革鎧の兵装のままで飲むのか。あ、あれかな、コンビニに警官が買い物行くっていう防犯策みたいな。


 リオン先生は大通りから逸れて数分歩き、道にテーブルが並んでる場所で立ち止まった。


「露店のなかじゃここが安くてうまい方だ。何杯かここで景気付けしてから、本腰を入れて飲む店を決めるとするか」


「お、なんかプロっぽいすねえ。お任せしまーす」


「セブンアップも、それでいいか」


 セブンアップが無言で頷く。


 俺たちが席につくと、リオン先生は「エールでいいよな」と言ってエール四杯と豚の腸詰、兎肉入りのポトフを女店員に頼む。


「ああ、そういやソラマメは酒は飲めるのか?」


「どうだろ、ゴブリンって飲めるものなんすかね?」


 前の世界では、俺もエイジもそれなりに飲めた。いや、未成年だから違法なんだけど、うん、なんでかな、特に酔い潰れたり性格変わったりせずに、結構飲める。そんな気がする。

 でも、こっちではどうなってんだろうねー特に俺。


「人間といっしょで強い弱いはあるだろうが、ある程度はな。クエストに成功したらしいパーティーが酒場でゴブリンにも飲ませてるのなら、見たことがあるよ」


「じゃあ、まあ、気を付けつつ飲むでゲス」


「ちなみにセブンアップは、結構飲めるぞ。こいつは酔い方が面白い」


「……そうか? お前はよく言うが」


「ふふ。ああ。面白い」


 そのとき、木製のいかついジョッキが四つテーブルに運ばれてきた。女店員が「はいよー」と言ってドン、ドンと泡を飛ばして真ん中に置いていく。


「来たな。ではとりあえず、乾杯をするとするか」


 そして俺たちは、「シアンテの今宵の平和と出会いに!」というリオン先生の掛け声に合わせて、なみなみと注がれたエールで乾杯した。





「ゲースゲスゲスゲス! スカシ! スカシ野郎でゲスねえこのセブンアップの旦那は!」


「スカシ野郎ではない。俺はスカシてなど断じてない。断じてだ。俺のどこがスカシてるというのか。否だ。俺はスカシてない。いいかここできちんと順を追って説明しておくぞ、最後までよく聞くんだ。俺はスカシてない。分かったか?」


「スカシてるでゲスよー。ねえねえあの目ぇやってくだゲスよー、あの目。『お前らにカードを渡さないだけだ』、『キリッ』の、あの、『キリッ』ってやつ。いやー、あーれジャンが震え上がってやがったんでゲスよ? ゲススーッ! ジャンのあの顔!」


「なんだそれは。俺がやったのか。こうか?『お前らにカードを渡さないだけだ』。こうか? どうだ? 合っているか?」


「ゲースゲスゲスゲス! それ! それゲス! 『キリッ』ゲス! 旦那ぁもう飲も! 飲もう! 最高ゲス!」


「飲んでいる。俺はさっきから飲んでいるんだ。スカシてなどいない。なぜなら飲んでるからだ。見ろ。酒だ。ほら。どうだ、飲んだ。どうだ飲んだぞ、見ていたか?」


「旦那ー? それちゃんと酒でゲスかあ? セブンアップじゃないんでゲスかあ?」


「セブンアップは俺だ。酒はこれだ。そうだ、いいか? セブンアップという名は普通だからな。スカシてない。普通の苗字だ。これは普通の酒だ。酒の、そう、あの、エールだ。エールを、飲んでるんだ俺はセブンアップだ」


「へーんな名前ー! でーもおーれなんかソラマメでゲスよー! ゲースゲスゲゲッゲッゲッ」




「……面白い酒が、二人になるとはな」


「あーなんか、すんません」


「いや、俺はこういう方が好きだから構わん。ああ、でも俺たちまで酔う前に、エイジとは話をしておかないとな。そっちも話があるんだろう?」


「あ、はい。お先どうぞ」


「改まるなって。酔ってはしゃぐゴブリンも、はしゃぐ兵士たちもいいもんじゃないか。フフ。まあじゃあ、俺の話からだな」


「はい。何でしょ?」


「む…。そうだな、お前ら、グラントさんのところに今はいるんだろうが、もう数日のうちに引っ越すんだろう? そのあとはどうするんだ」


「三日後ですねー。で、引っ越しの日は店に泊まっていいらしいんで、引越しの日か翌日かに宿屋を探そうと思ってます」


「金は、あるのか?」


「はい。狩りと採集が意外とうまく行ってて、暮らしていけるんじゃないかってくらいには増えてます。50ラルーナには全然だけど」


「……ふむ。……そう。そこなんだよな。その狩りの部分について、聞いておきたいんだ。まず、最近森にヌシと呼ばれてるホーンボアが出るんだが、アッソ達から聞いた話、お前ら、そいつに会ってるんだよな?」


「……あー。その、ヌシかどうかってのは……。まあでもそうなの、かも?」


「ヌシは四つ足の状態で人の背丈ぐらいある、と聞いたな」


「じゃあ、そうかも。っす」


「そうか。で、お前らは追われているグラントさんをかばいながらそのヌシから逃げおおせた上、そのときにDランクかEランクのボアを一匹、討伐したんだってな。ジョブ未付与の、人とゴブリンとで」


「えーと」


「まあ、ポイントはギルドには受け付けられてないらしいけどな」


「ああ、え、なんか色々聞いてるんすねー」


「職業柄、な。……ふむ。おーい、こっちにお代わりだ! 四つでいいか。セブンアップはこっからが長いんだが、ソラマメはどうだ」


「あ、知らないっす」


「まあいいや四つくれ。あとテーブルがジョッキでいっぱいなんで下げてくれないか」


「ええと話って、今のっすか?」


「ん。んーまあ、あれだ。職業柄って言ったが、やっぱりお前らが実力を隠して入って来た悪人なんじゃないかってところだよ」


「……」


「まあ俺もお前らを気にしてはいたんだが、なんせ身元の保証は取れてない。でも、何やかやがあってアッソ達が町にもう入れちまったからな。ほんとにこいつら大丈夫なのか、っていうのを、俺としてはもう一度確認する必要がある」


「……ええと、はあ」


「まあ、聞けよ。そしてな、もしもその可能性がまだ少しでも残ってるままだとしたら、つまりお前らが町に危険をもたらす存在かもしれないのなら、その実力がどれぐらいかっていうのを見積もっておきたかったんだ」


「はい」


「でもな、もういいよ」


「え」


「もう気が抜けた。シラフんときの勘にだって自信はあるんだが、一緒に酒を飲んだら、まあまずどういうやつかは分かるもんだ。フフ」



「ゲースゲスゲス! 旦那! もっとゲス! 俺の大きな胸を見るゲス!」


「いいや見えない。俺には見えないぞ胸などは。見えな・・・ん? 見え・・・うむ?」




「……フー、お前も含めて、悪い奴にはやっぱり思えないんだな、俺には。それに、基本的に隙だらけなんだよ、お前らは。Gランクのルーキーそのまんまに見える。だから余計にボアの話も不思議でな。なあ、なんか、――なんかお前らは隠し持ってはいるんだろう?」


「……」


「ククク。言わんでいいよ」


「えーと」


「いいって。冒険者になっちまったからなあ?冒険者に詮索は無用だというのぐらいは知っている」


「……いや。でも悪人では、ないつもりですよ? こいつと俺は。自分で言ってもアレっすけど」


「ああ。分かったよ。まあお前も飲め」


「はい。ところであの、やっぱ俺って、全然隙だらけっすかね? 鍛錬でどうやりゃ伸びんのか分かんなくて、悩んでるんすけど」


「あー、棍はなあ、俺にも教えられんな。デルガに行けば実力者がそれなりにいるんだが。そういえばお前、『気』は?」


「気?」


「まだ練ってないのか。そういえばジョブも付いたばかりだったっけな」


「はい」


「いいか、棍は武器の中でも比較的腕の延長と捉えやすいものだから、攻撃に『気』を込めて威力を高めることができる。一応どの武器でもできるはずだが、中でも棍と無手が、とりわけやりやすいんだ。だからその方向で考えれば、まずは扱い慣れていく中で腕の延長として捉えるところからだな。無手についても鍛錬に入れてもいいのかもしれん」


「『気』ってあの、飛ばしたりするやつっすか」


「なんだ、知ってはいるのか。ああ。無手の達人が複数の剣士に勝てたりするのは、そこらへんも込みだな。腕で剣を受けた上、囲んでる四人を一気に数ユー吹き飛ばしたり、竜に乗った騎兵を離れた間合いで撃ち落としたところを見たことがある」


「へー! 『気』があるんだ! お! それ面白そう!」


「おう。急に元気んなったな」


「だって、めっちゃ面白そうじゃないすか」


「フフ。まあ、頑張れよ。で、お前の方も話があるんだよな。聞くぞ?」


「あ、そーだった。えーとソラマメー……は、俺が聞いとけばまあいいか」


「だいぶ酔ってるようだな、相方のゴブリン殿は」


「あー、ですねー。あ、ところでこのままここで飲みます?」


「む……河岸を変えてもいいな。ああそうだ、お前ら、これから定宿を探すって言ってたよな。じゃあひとつお勧めのところを教えといてやるか」


「お? ぜひぜひ。お勧めの宿屋っすか」


「ああ。そこの店はな、宿賃は平均より少し安いぐらいだが、程度が平均よりずっといいし、女将の気も利いている。そして、何より飯がうまい。場所が悪いから流行ってはなくてな、つまり穴場だ。おい、セブンアップとソラマメ、『胡桃の中の鳥』亭に行くぞ」


「ゲスー……。胡桃? ……ゲスッゲスッ……」


「ああ。でもあそこは最近混んでいると聞いたが。まあ行ってみてもいい」


「ん、セブンアップは一周目が終わったか。しかし、そうか。穴場がばれだしたのかなあ」


「一周目がよく分からないが、ギルドの噂だと見た目が随分といい女中が入ったのだそうだ。冒険者の中で広まったらしい。ああそれと、ソラマメはどうする? 顔が茶色くなってきたぞ」


「うわーあ。すんません。げげ、ほんとに緑と赤がまんま混ざってやがる」


「……ゲス……いまはペプシが…………ゲスか……ら旦那も……」


「うむ。エイジは店の場所が分からないだろう。リオンとエイジで先に店に行っておいてくれるか。こいつは俺が送ってやる」


「え、いやいやいや」


「甘えとけ。そう遠くないし、酔い覚ましにもいいだろう。じゃあセブンアップ、店で待っとくからな。残りは三人で飲むぞ」



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