縁と緑
「縁がねえ……。あると思うんですよ」
「………縁?」
そよそよと、框に座ったばーさんが扇ぐ柔らかい風が届く。
俺たちは夜寝るときにはダイニングに売り物にならなくなったという籠を逆さに並べて、上に借り物の綿敷きやブランケットを敷いているが、いまは早い時間からそれを作って横にならせてもらっている。
絡まれイベントもあって、ボロボロに疲れた。
あの後とかもあまり記憶がなく、あっさりと訪れた微睡みに俺はほとんど身を任せている。
確かスタミナの自然減少がいよいよ始まったってのをエイジに報告はして、で、そこからは気づいたら今ここって感じ。
何か食べ物を口に入れられたような気もする。
いま、エイジは……いるんだっけ。空き地いったっけ。
このまま俺が寝ちゃうと…。みんな夕食どこで食うんだろうか。でも……。
「こうやって、ボロボロになって帰ってこられちゃうとねえ、こうゆうことがあの子に出来なかったなあって」
「……ん………」
「何もしてあげられなくてねえ」
「…………」
「あの子が冒険者になっていなくなって、二十年。お父さん最初から反対してましたから、ねえ? きっと色々思いながらも、ほとんど意地みたいにお店をやって来て」
「…………」
「いま、やっと畳む決心がついたってときにねえ。お父さんが特に嫌いな若い冒険者に、自分が、助けられちゃうなんて」
「…………」
「ふふ」
「…………」
「たった一週間だけど、この家に来てもらうなんてねえ」
「…………」
「はーあ。どんな縁なんだかは、私もよくは分からないんですけど」
風がふ、と止まった気がする。そしてしばらくしてまた、そよそよと頬に届いた。
「……でも、ねえ。待ってみるもんなんですねえ」
「…………」
「ふふ。小さな頃に少し似てるなぁって思うのは、耄碌なんですかねぇ。寝入るときの様子なんかそーっくり。そう、優しくてねえ、不器用で。少し色は違うけども」
◇
俺たちは道から少しそれた林の中を歩いていた。森に入る手前の、まだ明るい、道が見え隠れする辺り。
「あの三本目の木の、あの、根元あたり」
エイジが斜め前の辺りを手で示す。
「あいよー」
俺はエイジが指した場所へと音を抑えて走り、そこら辺の地面に生えてる草を見回した。お、これかな? 確か、えー、アレチノノゲシ。
【レコード】で見てみるが、表示は案の定、(草)。うんうん。まだまだ使えないねー。随分使ってみてるつもりだけど、ゆっくりたまに1ずつ伸びるだけだから、【参照深度】もまだ12だしねー。こいつとはじっくりやって行くしかなさそう。
俺はしゃがみ込んで、爪を伸ばす。バババーッと土を掘り返し、7本を根っこごと取って掴み、歩を進めるエイジの元へ走って戻った。
「はいよ。確かアレチノノゲシってやつ」
「アレチノノゲシ、ね。なかなか覚えられんなー。で、またあったよ。次は、えーとボアなんとか。と、あと処理が難しいって言ってたやつ」
「一個はボアグラリス、かな。どこらへん?」
「あそこ。その、木と茂みの間あたり」
「あれね。あいよー」
俺はエイジに採集した草を手渡して、そちらへと走る。
今日は基本的なやつだけ覚えられたらいいので、処理が難しいって言ってた方のやつはシカトだ。その基本的なやつにしたってほんとは葉だけとか根だけみたいに必要な部分が違うらしいんだが、それは帰ったらばーさんが教えてくれることになっていた。今回のところはちょっとくらい荷がかさんでも、根っこごと全部持って帰ることにしている。まあかさむったって所詮草だしねー。
ばーさんは、村の娘っ子時代に薬草のことは色々覚えさせられたらしい。村娘にとったら常識なんだそうだが、これは非常に助かる。
しかし、ばーさんの娘時代かー。ちょっぴり興味あるけど。
やっぱ写真なんてこっちにはないんだろうなー。
今朝早くにギルドに行ったときに、薬草見本を借りてエイジに匂いを覚えてもらってあった。袋に個装された薬草見本を次々と何周も嗅いでたときには、匂いが混ざりそうだー無理だーと言ってはいたが、実際町の外に出てみると、ああこれ嗅いだやつだ、と意外と思い出せるものらしい。
ついさっきまではエイジと一緒に草の生えてる場所まで行って一緒に採集していたが、途中からは作戦を変えて、エイジは蛇行しながら道沿いの林を進み、俺はエイジが嗅ぎ分けた草を走って回収する、という効率重視の方法に切り替えた。
またラッキーなことに、途中でエイジの【嗅覚強化】が10上がった。どれぐらい違うか聞いても「おー、うん、クリアになった」というざっくりとした感想だったが。
まあ三時間程度の採集コースで10上がるということは、積み重ねもあったんだろうけどいい行軍なんだろうなー。
これまでの経験と観察で、スキルの数値の上がり方は1ずつとか5ずつ、10ずつみたいなパターンがあることが分かっている。ここら辺に種族特性とか個体ごとの適性? が入ってるはずで、同じ時間、同じ修業を積んでも1上がる人と10上がる人に分かれる、みたいな感じなんだろう。ちなみに10上がると実感として明らかな違いが出る。エイジの場合はボキャブラリーが残念なだけだ。
イノコヅチを何本か取り終えてエイジの進んでいるコースに戻ろうとしたときに、耳が何かの動く音を感知した。
15歩ぐらい向こうにいるエイジも立ち止まる。
しばらく待つ。そして、もう一度、音。
んー。
ミギウデン、だな。
エイジがこちらを振り向いて右腕を上げ、それを左手で叩くような仕草をしたので、俺も頷いてエイジの方へ足音控えめで歩き出す。
距離と相手から、警戒レベルを引き下げてそのまま静かに行動しよう、という判断だ。
ミギウデンと何度か戦ううちに、向こうの感知能力は正面で動く物体か、または数歩内の距離に入ったものだろう、という当たりが既に付いていた。
たぶん魔力か何かを察知できるんだろう。初回のエンカウントでのエイジの不意打ちがばれたのも、音とかではなくて近づいたら単純にあいつには気付けるのだ。
まあ、居ると分かったらお互いの耳でミギウデンの動向にはずっと注意するし、たとえエンカウントしても危うげなく倒せるようになってるしなー。今回も基本はスルーで。
俺たちは、薬草やキノコについて丁度一回勉強しておきたかったのと、エイジが本気で今は討伐納品にネガティブなので、数日間戦闘は極力避ける方針だった。「ずっとじゃないけど、ずっとじゃないけどね? ギルドの人に、てかミィノさんに、徐々に強くなってる感は出したい、なーってね?」だそうだ。そんぐらいあの八百長事件というか、「エイジくーん??」がこたえたみたいね。
「しばらくはいいよ。でも、モンスター倒した方がスキルの伸びがいい、てのはエイジくん、もちろん分かってるよねー?」と念だけ押しといてある。
てか、ギルドカードに自動加算されるポイントを見ていってもらえば、八百長じゃないことなんてすぐにわかってもらえるはずなんだし。
蛇行コースに戻ると、エイジが俺を迎えてイノコヅチを受け取った。
「はい確かに。ところで一個前の音って、あれはなんだったんだろうなー」
「姿は確認しときたかったね。スライムとか、げじげじとかかな」
「おお。スライム。モンスターってまだ二種類しか見てないからなー。スライムはちょっと見てみたい」
一個前の音というのは、ミギウデンの少し前に、森側からこちらを目指すようにして近づいてきていた音のことだ。まあまあの速度で、ミギウデンともホーンボアとも違う、地面を這いずるような音を俺もエイジも感知した。
俺とエイジは離れていたのでそれぞれ近場の木に登って隠れたが、音は半円を描くようにして森に戻って行ったので、結局姿は見れずじまいとなった。
這いずり系でまあまあの速度かー。あんまり会いたい感じはしないけどなー。
「エイジ、そろそろ袋は溜まってきた?」
「んにゃ。相当取ったはずだけど、やっぱちょっと押すだけでまだまだ詰められる。半分以下かな。さすがお爺さんの作品だねー」
「ん、作品か。エイジはえらく気に入ってるよな」
「おう、リスペクトだこれは。何かがひとついい感じなんじゃなくて、色々全部いい感じなのよ。それにそもそも、職人ってなんかカッコいいしね。ソラマメはお婆さんとはちょいちょいのんびり話してるけど、お爺さんとはご飯の時も、ほとんど話してないよねー」
「いやだって、相当キツくないかあの人?」
個人的所感ではああいうのこそが老害的なムニャムニャムニャ。
「そうかなー。まあつっけんどんだけどね。でも職人なんだし、そもそも俺ら恩あるし」
「んむ、まあそれを言われると…」
「そもそも気づいてる? 入って初日だって、肉屋の帰りは俺らに町を案内してくれたんでしょ」
まあ、そういう見方もあるの、かなー。でもなー。
「いいかエイジ。お前はルールを知らないだけだ」
「ルール」
「コミュ障はな、二枚揃えると、消えるんだよ」
「……ブハッ、なんのゲームよ。んじゃドワーフのおっちゃんも入れっと三枚じゃん」
「三枚揃うと場が爆発する。だからくれぐれも俺たちを俺たちだけにするなよ?」
「アハハ、オーケー了解」
「まだ袋に余裕があるんなら、満杯になるより時間で戻るのが先になりそうってことね」
「そだねー。折り返しまではあと一時間くらい?」
「ん。そう。半時くらい」
「あー。そうね、半時」
「次は道の反対側だけど、余裕見てもう戻ってもいいよ」
「んー。日があるうちに帰っても、お婆さんに教わって今日の納品分の処理するだけだよね。まだいいんじゃない?」
「おう。じゃ行きましょ」
「オケ。実は次のも見つけてあってねー。あそこのでかい木の横の茂みの、多分奥あたりかな」
「はいよー。パシリ行ってきまーす」
俺は木の枝を避けながら裸足で走り出す。
そういえば、防具屋には結局行かなかった。うっかりと開店時間のことを考えてなかったし、まあ、どうせ行ってもいまの経済状況じゃ多分買わないだろーねー、時間空いたときに覗けばいいよねー、となった。
エイジは20ラルーナ貯まるんなら、革の鎧じゃなくて魔鋼鉄だかの棍の方を買いたいらしい。お前いつの間にそこまで棍厨になってた? と思う。
で、俺はと言えば、この紙の防御力が所詮初期装備ぐらいで紙じゃなくなるわけないんだし、むしろ特性的には動きを阻害される方がヤバいよなー、と。そんなことからやっぱり防具屋には惹かれない。皮製でさえ固いやつは着たくない。
そもそも短パン一丁で全然困ってないんだよなー。この体ってスラムどころか野原や森育ちの設定だし。
防具屋じゃなく服屋で布の上着ぐらいなら買ってもいいんだけど、これはこれで別の理由で気が乗らない。元の世界ならそりゃあ年頃だったし? それなりにカッコよくしたがってたんだけどね? まあもちろんニワカなんで余計にサムいことには、なってたんだけどね? で、それがいまはさらに俺、ゴブリンなんだしね? と、いうことで更衣室出てエイジにプギャーされるのが目に見えてるから、これも保留で。
少し進んで行くと、川の流れる音が聞こえ出した。たぶん町の横の川が森の奥をぐるりと回ってこちらまで流れてきてるんだろう。そのまま歩いていくと草木が低くなっていって、川と、そこに懸かった橋が見えた。
川のほとりでは商人の馬車と護衛の冒険者たちが休んでいたので、またエイジメインで情報収集してみることになった。
聞いたところでは、こんな感じ。
「川の向こうか。まだしばらく森が続いてるが、途中から地形が険しくなるよ。ああ、そりゃあモンスターも変わる。翼を持つものが増えるな。町のそばよりも強くなるが、鳥除け笛が効く程度だから、そう心配もいらん」
「這いずってたやつ? 一匹か? じゃあ森トカゲかバイパーか。スライムもそうだな。動いてる感じが速そうだったんなら、森トカゲかバイパーだな。亀? ああ、あいつか。まあ道のそばまで下りてこないだろうが、亀だったらやばかったな。会わないでラッキーだ」
「森はそりゃ奥に行くほどヤバいよ。馬車や牛車にとったらホーンボアだって十分怖いんだがな」
「森を一両日進んだ奥には遺跡があるが、そこはDランク以上じゃないとまず探索すべきじゃないな。ダンジョン? あるよ。川向こうのメイビーの町のそばにふたつある」
ふむふむ。やっぱ川を越えると出現モンスターが変わるもんなんだね。へえー、元の世界のゲーム作成者って、どっかに転生経験でもおありなんだろうか。
あとは、森の中のモンスターは爬虫類両生類寄りがそこそこいるっぽい、速い亀とは会わない方がいい、森の奥もヤバい、か。
エイジと俺はお礼を言ってから町への折り返しへと入った。




