たかり、カツアゲ
そのとき後ろから「へ……へへ。そういうことか」と言って笑い合う声がした。
「おいおい。物乞いみたいな恰好しといて、お前金あんだなあ。ゴブリン買って、次はランクを金で買おうってのか? どこのボンボンなんだよ」
「ちょっと! ジャンさんは待っててください」
「えーと、ミィノさん……」
俺は後ろはいったん放っておいて口を開いた。
「はい?」
「納品でのギルドポイントは、じゃあ俺たち、要らないでゲス。買取だけ頼んでもいいでゲスか?」
「ん、え、いいの?」
「ハイゲス。これを売って、お金は早めに欲しいでゲスから。でもポイントはとりあえず、何かに書き残しておいてもらえればいいかなー、と思うんでゲス。一応」
エイジを見上げ「どうでゲスか」と問う。
エイジは一瞬上を見て考えたあと、コクコクコクと頷く。たぶんミィノさんに疑られるというこの状況が良くなるなら、ポイントなんて捨てるとだって言うんだろう。
「まあ台帳にカッコでも付けておけばそれはできるんだけど………。むむ?? なんかすぐに引き下がるし謎だなー。君たち、お姉さんに謎だぞ?」
「いやいや。変な感じのことして、すまんでゲス」
「何か事情あるんなら、相談乗るけど? 大丈夫?」
「ハイゲス。これからは採集とかから普通にやって行くでゲスよ。ただもし、もしもまた同じようなことあったら、ポイントはカッコを付けといて、買取の方だけはお願いしたいでゲス」
「それはいいんだけどさー」
ミィノさんは、謎だなー、という目で俺とエイジを順々に見ている。
エイジはへどもどしていて、こりゃしばらくはポンコツだな、と思っていると、
「痛って!」
と突然声を上げて、咄嗟に後ろを振り向いた。
「へへ。だせえんだよ。ボンボンの棒使い」
「ちょっとジャンさん! ギルド内での揉め事は許しませんよ!」
エイジが小突かれたと分かったのだろう。ミィノさんが慌てて声を上げた。
いや、揉めないでゲスよ? 俺らは揉めないでゲスよー。
その時に、後ろでドサッと大きな音がした。
「んー?」と野太い声が聞こえる。
振り向いた俺のすぐ前にあったのは大きな袋。袋からは足が四本、たぶんホーンボアのやつ、が飛び出ていて、その袋の後ろにはプレートの胸当てをした2メートル超の男が立っていた。
昨日の初ギルドの時に入り口で話した男だ。後ろにはフヒフヒしていたローブ男もいる。
床に投げ出した袋の底の方には、ホーンボアから流れ出た血が溜まって赤黒く透けているのが分かる。
「揉め事か。ミィノ」
「感心しませんねえ? フッヒヒ」
「ガンさん、コバージョさん。完了報告、ですか?」
「ああ。ホーンボア二匹丸ごと。処理は手間賃差っ引きでそっちで頼む。あと緑と赤の人鬼の魔石がいくつか入ってるから、これも買取だな。で、これ、ギルドカード四人分だ」
「はい! お疲れ様です。しゅにーん、パーティー二組分の、買取と、納品お願いしていいですかー?」
「はーい」
「で? こいつらは何だ。揉め事か?」
ガンと言われた大男がミィノさんでなく、ジャン達四人を後ろから覗き込む。ジャンよりさらに大男なので、全員を見下ろして覆いかぶさるようだ。
「おい。俺ぁ聞いてんだ。ギルドで揉め事か?」
「へ……へへ。いやあ? 話は終わったよ?」
ジャンがすり抜けるようにして後退し、入口の方へ向かった。残りの三人もそれに続く。うわあ。だせえ。ジャン、お前らちょっとの間にセブンアップにびびってガンっていう冒険者にびびって、小物感の宝石箱かよ。
まああいつらの強さ自体は分からんけど。自信あるくらいには、町で立派にごろついてたんでしょーね。ジョブを先回りで持ってた奴もいたみたいだしなー。そういう手もあるのかー。
まあ今は先輩冒険者の百戦錬磨な雰囲気に完全に気圧されたようだけどね。
「すんません。ありがとうございました」
エイジが二人にお礼を言い、俺も会釈をする。
「ん」
ガンたちの後ろにさらに冒険者が並んできたので、四人でカウンターの脇へとのいた。ミィノさんも俺たちに目線で会釈をしてから、「はいこんにちはー!」とほかの冒険者の受付を始める。
「フヒ。なんかそっちのゴブリンはふらついてますねえ? 今日は馬の日だから、ジョブ付与でもやってたんですか?」
「あー、はい。こいつは二回やって。相当来てますね」
「ヒッヒヒ。それはそれは、ねえ? 今日は納品だけ依頼して、早めに帰ったらどうです?」
「でも明日、防具屋に行きたいんすよね」
「回り道でも、今日はギルドにお金を預けといて明日取りに来るのを、私はお勧めするんですけどねえ?」
「なんでですか?」
「フヒヒヒ」
エイジが問うても、フヒヒは目を上げて楽しそうにしてるだけだ。
エイジが俺を見下ろす。俺はー。別にどっちでもかな。納品時の査定って、預けといて済ませてもらうこともできるのか。まあ俺たちは納品じゃなく買取だけど。
明日は防具屋に行ってから、森に行きたいんだよなー。あ、でもミィノさんが言ってたギルド保有の薬草見本も見たいか。今日はこれ以上は脳みそやばそうだし………。ふむ。明日は最初にギルドに行ってお金の受取と見本の勉強、そんでちょっと大回りだけど防具屋に行ってから北門。その順序でもいいか。
俺はエイジを見上げて、頷いた。
「んーじゃあ、そうします。ミィノさーん、お金、明日朝に取りにきます」
「はーい」
「フッヒヒ。お疲れ様でしたねえーヒヒヒヒ」
「はい、どもども! ありがとうございましたー」
◇
おんぶするかー、というのを断って、若干フラフラしながら歩く。オンブドゴブリンが町でどう見られるのか、色々常識が足りないしな。まだまだチワワウォークする元気はないので、ペースが遅くなってすまんが我慢してもらおう。
ふと大通りで前に大きな荷物が歩いてるのが見えた。ぼんやりと目線をやりながら何人かを挟んでその後ろを歩く。大きな荷物は俺と同じように右に左にふらつきながら、じきに角を曲がり、消えていった。
「……なあ」
「んー」
「いまの巨大な荷物持ってた小柄なの、やっぱ、ゴブリン?」
「だよねー。子供だったら虐待でしょ」
「ああ……! お前、この世界観的な差別ならまだいいのに……!」
「んー?」
「いまお前の中に純粋な差別をみた……。カッコゴブリンならいいだろうけどカッコ閉じ、子供なら虐待でしょって……思いが隠れて。お前という筆者の……ああ、気持ちが………ッ!」
「あー。ほんとだ。アハハ。ゴブリンってかまあ、ソラマメ差別かな? キャンキャン言った後で持つなら持つ、捨てるなら捨てる、だろうし。でもゴブリンってあんな荷物も持てるんだね。つまり、これが極振り、だっけ?」
「あれで軽いってのはなさそうだったな。個体差がいろいろあるのかー、それか俺だけが変なのかは、まだ分からん」
ぼそぼそと話しながら俺たちも大通りから曲がって細い道に入っていく。
ややもしないうち、すぐ後ろから「おー、エージくんたちじゃーん!」という声が聞こえて、俺は乱暴に腕を掴まれて投げられ、宙に放り出された。状況がつかめないまま勢いよく地面に落下して、濡れている土の上をゴロゴロと転がる。
何だ? さっきの道から、さらに細まった道へと、放り込まれた? 顔を上げるとエイジもつんのめるようにして俺のそばに来る。
「なあ、元気ー!?」
小径の入口部分が人影で塞がって、ギャハハハと笑い声が続く。
……ったく、こいつら……!
俺は後ろを見る。細かいごみが散乱した道の奥の方は段々と暗がりになっているが、その向こうにぼんやりと見えるのは。あー。袋小路も把握済みってことか。
「なあー」
ジャンが壁に寄りかかってこちらを見る。
「なあー、お金ー。金持ち冒険者ー」
「お、カツアゲ? かなー」
俺とエイジは一歩後ろに下がる。
エイジの持ってるのは幾らだっけ。3ラルーナ弱、か。そして俺は……! ラルーナたん……!!
エイジが下がりながらも俺のことを見る。俺はかかとがゴミか何かに引っかかって尻もちを付き、膝を苦労して立て直しながら立ち上がってから、ちゃんとエイジを見上げて首を振った。
こいつらは倒せん、今は戦えない。
「お前らって結構羽振りいいんだねえー。なあ、さっきのは幾らで売れたのかな? ゴブリンちゃんを買って、ギルドポイントも買おうとして、なあ? 同じ冒険者として、情けな過ぎて評判わるくなるじゃん」
「そうそう、だからあ、ちょっと注意をね?」
「ギャハハ! そう。教育、教育」
「これからもさあ、一緒頑張ろうな? 頑張ってお前もまた、稼いでさー、そんでまた、ククッ」
ゴロツキ現役生め。
でも、くそ。こいつらは倒せん。
町での冒険者同士のトラブルとか、正当防衛について聞いてなかったなー。まあ聞いたところでこいつらは、衛兵が出てきたときには絶対に嘘も上手いだろうし、ゴロツキなりの処世術を色々心得ているようなやつらだ。最悪こっちが絡んだことにるんだろう。
今もこの先も俺たちがシアンテにいる限りは、何がどうなるか分からんサイコロなんか振ってはいけない。ジジババに迷惑が掛かる。
だから、もう逃げの一手に決まってるんだけど、現状逃げれもしないしなー。まだスタミナは1戻っての7かー。エイジもさすがに俺を負ぶって人間飛び越えるのは無理だろうし、兎化も見せるわけいかない。ジャンとサイナウスは剣に手をかけてるから、下手に鈍くさく動いたって抜かれて足あたりを切られて動きを封じられる。
くっそ。クソ野郎。
俺たちの背中が建物の壁につく。くそついでに、町までどういう作りにしてんだ、と。
エイジが囁いてくる。
「戦ってみちゃ、だめなんだよねー」
「んむ」
「逃げチャレンジしてもいいけど?」
「刃物ある。殴られた方がましだろ」
「あー。はは。じゃ、しゃーあないねえ」
「次からまあ、俺ら町の中の気配も? だね」
あきらめて俺も少しだけ笑ってみせる。ラルーナ……たん………。
諦めてまな板の鯉の俺たちにニヤニヤ笑いながらあと数歩までの距離にち近づいて来た四人は、そこから同時に地面に仰向けに寝そべった。
?
え? とか、お? とかも思えずに、ハテナしか出なかった。こっちの喧嘩のやり方は違ってるのだろうか。
ふと気付くと、俺とゴロツキたちとのあいだで壁に寄りかかって立っている、濃紺色のローブの後ろ姿があった。その背中から一度小さくフヒ、と聞こえる。
「まあーあ、ガンが帰り道をえらく心配しましてねえ? ヒヒ」
「な!?」
四人が水たまりに足を掻きながら立ち上がり、その中でジャンは、起き上がりきる前に腰へと手を掛ける。
瞬間、ローブ姿はジャンの目の前へと飛び、すぐ元の場所に後ろ飛びして戻っていた。こちらからは大きな布が前後にはためいたようにしか見えなかった。
「ヒッヒヒ。抜くとねえ、殺し合いですよ? まあこんなのは特に欲しくもないんで、帰るならお返ししますけどねえ」
その手に握った剣の刃を検分しながら、フヒヒが大して面白くもなさそうに笑った。
「あなた達、たまに町で見かけますよ。ヒヒ、冒険者は助け合いなんですけどねえ。あなたたちはいつ頃それに気付けるんですかねえ? フヒヒ」
そしてまたいつの間にか、彼はジャンとキスが出来るような距離に立っていた。ローブが思い出したかのように遅れてついていき、ゆっくりと彼の背中を覆う。
「死んでから、ですかねえ? やっぱり」
さっきの剣はジャンの柄の中に既に仕舞い終えていて、フヒヒはでもそのまま彼の顔を目の前から眺め続けていた。
しばしの沈黙。完全に気圧された四人組はその中で一歩、二歩と後退し、最後に「クソ!」というジャンの声を合図に細い道を駆けだした。
「ヒッヒヒ」
「あの、ありが……」
「ガンがねえ、ヒヒ、とても心配したんですよ。礼はガンに」
「え、じゃー今度お酒とか、奢らせてください」
「ヒ? フヒヒ、そうゆうのはやってませんねえ。結構。ヒヒ」
「あ、あの、今の速さと、強さって、ランクはどれくらいでゲスか?」
「なんだか順応早いですねーえ? フヒヒ!」
フヒヒがフードの中の顔を半分こちらに向けて突っ込む。
まあでもびっくりだったので、これは是非とも聞いておきたい。先ほどの受注票やミィノさんの反応もあって、ホーンボアを討伐した自分たちは結構やれる方なのかも知れない、と思い始めていた。だがフヒヒの今の動きを、俺は目でほとんど追えてなかった。そもそも気づいたら二歩ぐらいの距離に立ってたし。気配系と、速度系? あとはもちろん戦闘慣れなんだろうけど。
「お恥ずかしながら、『珊瑚河の精霊』っていう、Cランクの、下位ですよ? フヒヒ、さらに恥ずかしいことに、これでシアンテでトップパーティーなんかをやらせてもらっています。平和な町なもんでね」
フヒヒが歩き出す。
「なので何かあったら言ってくださいね? 今みたいにはしゃぐのは大体ルーキーだけで、ほかはお人好しが多い町みたいですよ? フヒヒ、お酒は、要らないです」
そう言ってひょいひょいと水たまりを跳んで避けながら、彼は明るい通りの方へと去って行った。




