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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
37/55

二度目のジョブ付与


 台車越しのバルザ夫人が俺をいたわるような視線で見下ろして、口を開く。

 

「狩人のジョブ付与は、残念ながら失敗したようです。すでに疲労感を感じているはずですが、続いて盗賊の付与を行いますか?」


 うわぁ。あー……そうか、失敗か。

 確かに最後全身が光らなかったんだよなー。地の地味な緑のままだった。


 俺はステータスを見る。【MP】が14/28、【スタミナ】が48/96になっていた。え? ほんとに綺麗に半分じゃね? これもっかいやると0/0になるんじゃないの? まだ試してないけど、ステータスって0になっていいもんなのだろうか。


「あのー、二回やって死んじゃったり後遺症とかは、今までいないでゲスか?」


「いないですね。でも本当にギリギリな様子にいつもなるので、こちらで微量ながら携行食を用意しています。今日はそれを摂って寝ることしかできなくなるでしょう」


「なら……うん。盗賊を、お願いするでゲス。エイジ、帰り頼むでゲスね」


半分に減ってるが、そこまでの疲労感はない。頭と体が若干重く感じて、確かに疲れたかなー、くらいだ。でももう一回やるとほぼゼロになるので、間違いなくキツイだろう。

 エイジが頷く。


「ハハ! えー、呼び捨てかよ? 奴隷ゴブリンに舐められちゃってんなー」


「マジかよ。しかもジョブ取得に失敗してるようなゴブリンに」


 とジャン組が笑う。

 あー、呼び捨てかあ、そういうのも周囲は見てんのか。え、じゃあ、エイジさん? いやいやいや。マスター? ゴスズン? いやいやいやいやいやいや。

 エイジもスルーの方針なようなので、俺も反応はせず夫人のことを見つめる。


 夫人は頷いて、緑色の水晶を下げ、代わりに灰色の水晶を台車の上へと置いた。

 まあ盗賊にはなれるらしいから、それについての不安はない。それよりもギリギリレベルでしんどくなるのが怖いのと、夜の鍛錬はお休みかー、っていうのがもったいない。まあまあとにかく、リラーックス。ふしゅうー。


『――富と繁栄の神ガネシュールよいま理のもとで利を求め宵闇のもとで宝価を求め……』


 秘密の話を伝えられてるみたいな囁き声で呪文の詠唱が始まる。

 おおー。灰色の光って、初めて見た。確かに光ってる。周りがグラデーション的に明るくなってるし灰色に染まってるから。だけど色は灰色、っていうのがなんか不思議だね。黒い光とかもあるんだろうか。


 じきに光が強くなり、夫人は目線を水晶からこちらへ移した。

 ゆったりと回していた両手からその灰色の光が俺へと向けて差し伸べられ、俺の胸の中に吸い込まれていく。


 水晶消灯。


 ……え? 

 あれ、いま………?。


 がくんと両ひざが勝手に床につく。痛い。体のあらゆる筋肉が重く、視界が朦朧と一気にぼやけた。受け身も何もなく体が崩れ落ちていった。疲労、なんてもんじゃない。あ、死ぬ……という単語しか頭に浮かばない。つこうとした手も自分の制御の外で勝手に崩れていく。


「私も初めて見ました。が、残念ながら盗賊のジョブ付与は失敗しました。エイジさん、とにかくすぐにこれを彼に与えてください」


 え……。失敗………?


 ゴロツキ達が声を上げ笑う音がグワングワンと響く。

 その中を、エイジの駆けてくる音がする。





 俺たちはギルド一階のテーブル席に座っていた。周りでは冒険者パーティーたちの話し声や足音が行き交っている。

 テーブルにはギルドカードが二枚置いてあった。

 白色で、名前とランク、シアンテ冒険者ギルド事務局、とあって、一枚はジョブのところが空欄だ。

 俺は溜息をついた。


 盗賊になれなかったね問題については、いまはあまり考えたくない。記憶には、灰色の光が尻すぼみに消えたとき、省略状態のウィンドウの【MP】と【スタミナ】が1になっている光景が残っていた。

 携行食を無理やり口に入れられてしばらく、やっと俺はまともな意識を取り戻し、エイジに背負われながらギルドの一階へと降りて来て椅子の上にどっさりと置かれたところだ。

 俺の【MP】は5、【スタミナ】が6に微差ながら戻っている。携行食はカロリーメイト一本にそっくりな形をした、多分最低限のやつなんだが、モソモソとしたスティックタイプだった。しっかりお金は取るようで俺が食べたあとでエイジが10ラルを夫人へ支払っていた。


「落ち着いてきた? んじゃ今日はもう、帰るべ?」


「ん…」と俺は考える。

 この状態は確かにだいぶしんどいんだけど、以前実証した通り、たぶん寝れば治るんだよな。町なかでリスクもほかの予定もないんだったら、まだなるべくは効率を追いたい


「いや、行っとこう。俺聞いてるだけになるかもだけど、せっかく持ってきたんだし。とにかくいったんまず、掲示板に」


 俺は軽くふらつきながら立ち上あがる。空腹でも睡眠不足でもないので、運動をしなければ徐々にでも【スタミナ】は上がっていくはず、というのはエイジのスタミナ検証を経て分かっている。

 エイジが背に軽く手を添えて掲示板へ連れて行ってくれる。

 あうー、高いとこの受注票を見上げる首さえつれえ。


 なになに? ホーンボアは……げ、マジか。ミギウデン……ってのは、これのことかな? で、兎……ふむふむ。ギィツの実もあるけど、50個で25ラル。これが最安っぽいな。まあ南でも採れるからか。

 15分ぐらいかけてざっと確認していく。エイジにも受注票の内容と文字を伝え、地道に単語習得をしてもらう。


「あ、ミィノさんだ。戻ってきたたよ」


「おう。じゃあ、行こうー」


 俺たちはカウンターへとゆっくりと歩いていく。


「あら、エイジくんとソラマメさん。さっきぶり。お、エイジくんってやっぱり棍変えたよね?」


 にこっとミィノさんが笑う。さすがだ。女子が髪型変えたのに速攻気付く男子と同等のパンチ力だ。エイジは今でへでへ笑ってるんだろう。見ないでも分かる。


「ソラマメさんは、大丈夫ですか? 今日は早めに帰った方がいいんじゃないかな、と思いますけど」


「あ、ミィノさん、自分にもさんづけじゃなくて、敬語なしで、話してくだゲス」


「くだゲス?」とエイジの声が上から聞こえる。うるさいなあー。ちょっとぼんやりしてるんだってば。


「あら、でも歳で考えたら……」


 ああ、そういう価値観の人か。人間にすると何歳、で決めてるのね。逆に100年エルフにタメ語使ったりもするんだろう。


「いや、ルーキーだし、生まれた年数ではミィノさんが純粋に先輩でゲスから」


「あら、そう? じゃあー、エイジくんとソラマメくん。改めてさっきはお疲れ様! ソラマメくんのジョブ付与は残念だったけど、それはまた来週以降にということよね。どうする? 来週の付与式の予約、もう入れとく?」


「あ、はいゲス」


「ジョブはどうしましょ」


「……えーと」


 第三希望は考えてなかった。戦士? はエイジと被るし、どうなんだ。ちょっと時間が欲しいな。


「また申し訳ないでゲスけど、次のときまでに考えといていいでゲスか?」


「今日の今日だし、それはそうよね。こちらこそ失礼。じゃあ来週にまた予約だけ入れておくから、忘れずに時間に来てもらえる?」


「ハイゲス」


「あとは今日は、何か追加の質問?」


「はい、えーと」


「あ、エイジ、すまんでゲス。先に短い用事」


 そういえばいま思い出したけど、早めに言わねばなことがあった。俺は疲れ切って見えないように意識しつつ、ミィノさんに話し始める。


「ええと、自分らが世話になってるって話した袋屋が、3日後に店じまいして、5日後にじーさんとばーさんが町を出ることって、ミィノさんは知ってるでゲスか?」


「え……? えー、ほんと?」


「ハイゲス」


「えええー……」


「知らなかったんでゲスね。まあじーさんはいま挨拶回りしてるらしいから、そのうち来るんじゃないかと。でもばーさんが、『ミィノさんにも会えなくなるんだねえ』と寂し笑いしてたんで、あの、もしお時間あったら、あの人にも顔見せてもらえるといいでゲス」


「……わー。わーほんとかー。ほんとなのかー。あそこ無くなっちゃうんだ。そしたら、お二人にも会えなくなるのか」


「ゲス」


「うん、ソラマメくんありがとう。私もお婆さまに会っておきたい。お店が閉まるのは三日後なのね? じゃあ、えーと、明後日かな? 私の方からご挨拶しに伺います」


「どうも、ありがとうでゲス。んじゃあ、エイジ」


 俺はこの要件は終わりとエイジを見上げて、バトンタッチする。


「えーとまず、僕ら昨日は大通りの『熱鉄武具店』に行ってみたんですけど、改めてミィノさんお勧めの武器屋、防具屋と、あと初心者向けの道具とかあたりを、聞いておきたくて」


「あら、『熱鉄武具店』。そこはあたしも一番お勧めだよー。腕がいいし、お値段も良心的かな。ただ、注意点というか、お店に少しクセみたいなのがあって……」


「あー、それは……何となく分かるっす」


 アレなー。うん。アレはなー?


「あ、分かる? まあおばさまがいないときは、避けた方がいいかもしれないかなっていう、ね?」


 わー、いないときがあるのかー。それはもう何というか……、テロだね。街頭テロ。


「防具はねえ。えーと、鎧も盾にも、金属と革とがあってね。金属は普通のでも60ラルーナで、安くて40とかだけど、こっちの話、する?」


「うわ、たっか! そんなするのかー。なら、そっちは今は要らないっすね」


「まあ小手だけとかなら大店でバラで置いてるから、見てみてもいいかも。で、革鎧なんだけど、シアンテには製皮工房がほぼなくてね。普通に揃えられるのは、三種類だけ。いいやつと普通なの、あとカッコいいのの三つしか、だいたいどこも置いてないの。まあたまに中古で違う型は出回るんだけどねー」


「カッコいいの?」


「これがまあ、冒険者には一番人気なんだけど。質は普通のといっしょで、値段はいいやつに近いかな。でもほら、冒険者ってそういうのが好きでしょ?」


 男ってそうでしょ? みたいなお姉さんスマイルをする。


「もしかして、あのジャンっていう人たちが装備してたのって、カッコいいやつ?」


 カッコ、よかったか? あの陣の方々が来てた薄紫と赤のヤツ? 確かに肩当てに無駄なトゲとか、腹にはシックスパック的な無意味な凹凸、ひれに無用な三角形のマークとかとか。……いや、やめよう。さすがはジャンの超何とか陣。


「んー。そこは自分でお店で見てみて? って、おっと」


 そのとき、階段から靴音とギャハハ声とが聞こえて来た。

 噂をすれば何とやらで、彼の陣の面々だ。

 そのままカウンターの俺たちの後ろにまで歩いて来て、「んー?」と言った。


「ジャンさんたち、さっき終わった後上でもお話したけど、ほかにもご用事ですかー?」


「んん? そーそー! ミィノちゃんとお話したいんだよねー。早く、さあー」


 痛って! 「さあー」のところで誰かのつま先が俺のケツにささった。

 うーわー、クッソ、となりながら咄嗟に思考をめぐらせて、結局俺はいそいそとエイジの足の前に隠れた。後ろでにやにやしてやがんだろうなーあいつら。


「いまお先に質問を受けてるところなんで、待っててくださいねー」


 エイジが目線でミィノさんに問いかけ、ミィノさんも軽く眉を上げて頷く。たぶん「大丈夫?」「大丈夫ですよー」くらいだろう。

 ミィノさんは防具の説明をにこやかに続けてくれる。


「革鎧はいいやつが20ラルーナちょっとで、普通のが、10くらいね。これも大店なら全部そろうわ。ゴブリンさんの装備も、うん、上着とかマントとかなら、安くてちゃんと防御効果もあるからそろえといた方がいいはずかな。で、えーと、大店の中でもちょっと良心的なところだと、『熱鉄武具店』の裏の道の……」


 と言ってミィノさんは場所を教えてくれた。

 続けて初心者から持っておくべき道具のレクチャーも受ける。薬草系だけじゃなく魔道具なども入ってきて、なかなか情報量が多い。頑張って心にメモメモ。やっぱMP切れで聞くべきじゃなかったかなー。


「こんなところ、かな?」


「ありがとうございます!」


「ゲス」


「あと、ほかの用事っていうのは?」


「あー」


「おい、まだあんのかよ? もう行け」と後ろから声がかかる。


「いや、こっちが本題なんで」


 そう言ってエイジが背負い袋をカウンターに置き、口の紐をほどく。


「いまミィノさんに聞いたのを買い出しに行きたいって思うんすけど、先立つものがほしくて……。こういうモンスター素材っていま、クエストの後受けっていうのにしてもらっても大丈夫ですか?」


「え」


 と言ってミィノさんが袋を覗き込む。


「兎の毛皮はいいとして……。これは、緑人鬼の魔石? が1、2、3、4。で、え、これは、ホーンボア? 牙と角が二頭分……。毛皮も…」


 あ、やっぱ受注票にあった緑人鬼が、ミギウデンのことなのね。そうかー、ネーミングセンスがいまいちだなあ。

 ホーンボアの票は、『一頭分の素材』とか、『角(中サイズ以上)二本』とかの中に、『ホーンボアの魔石』とあったので驚きだ。やっちまったー。埋めた穴の中の、心臓だか頭骨ん中だかのどっかかなー。ランクについてはGどころかFランクも少なく、C、D、Eに散っていた。これらは今受けられないから、買取だけになっても仕方ないかもだ。


 俺たちは黙って査定を待つ。初なのでちょっと緊張ものだ。

 ミィノさんはしばらく検分した後、顔を上げ、ふすー、と息を吐いた。


 ジト目でエイジを見る。


「エイジくんソラマメくん、ミィノお姉さんはこういうの、ちょっと、感心しないかなー」


「え?」


「登録前にたまたま手に入った素材とか、自分で買ったものでギルドポイントを稼ごうとする人もいるにはいるし、そういうのに目くじら立てたりはしないんだけど、でもこれはちょっと手が込みすぎだよ?」


「え…、え?」


「未処理のホーンボアの角だなんて、どうやって手に入れたの? 特にこっちのはFどころか、下手したらEランク上位の大きさよ? まだ二人でその武装で、しかもジョブ未付与のパーティーだったら緑人鬼だって狩れるかどうか、なんて、そんなの新人職員でも分かるんだからね?」


「いや、ミィノさん、これはマジで……」


「エイジくーん?」


「いやいやほんとに……」


「えー? なにー?」


 何だか少し楽しそうにしながら、ミィノさんがエイジを睨む。

 エイジはへどもどしどろもどろ。


 これは………むむ、どうしよう。



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