冒険者のルール
いっときの水素燃焼的な笑いが収まると、頓着した様子もないミィノさんが口元に微笑を浮かべて話し始めた。
「ではまず、冒険者ギルドの役割から説明します。冒険者ギルドが行っている仕事のうちでこれからみなさんに関わりがあるのは、冒険者の管理のほか、クエストの発注や達成報告の受理、報酬の支払いと依頼者への報告、といったあたりが主なものとなります。あとは各ギルドの担当区域の状況調査や治安維持なんかも行いますが、これは、どちらかというと職員がメインで温度を取ることが多いですかね。今これから行うのは冒険者の管理のうちのひとつで、新規冒険者へのギルドの決まりの説明と、冒険者登録及びパーティー登録、そしてジョブの付与式となります。ここまではよろしいですかね?」
「はい!」
「はい、エイジさん元気がいいですねー。では、このまま冒険者ランク、パーティーランクと受注票の関係、あとはジョブについての説明に入りたいと思います」
そこから続いたミィノさんの説明によると、大体ランクについては以下のようなことになっているらしい。
【個人ランク】
・AからGまであって、最初は全員Gランクでスタート。
・ランクはギルドカードの内部に保持されたギルドポイントの値によって上昇していく。
・ギルドポイントの増え方は二通り。
1.モンスターを討伐したときにそのモンスターのコアが魔石化されて、
その魔石とギルドカードが反応して自動的に加算される。
2.クエストの完了報告時に、難易度に応じて受付カウンターで手動で付与される。
内部で達成ポイントと納品ポイントに分かれてるが、冒険者はあまり意識しないでいい。
・ギルドが発注するクエストは討伐と納品依頼がメイン。納品依頼には採集とモンスター素材とがある。ほかにも特定地域やダンジョンの調査依頼、護衛任務。様々な作業の人足や手伝いなどがある。作業なら商業ギルドにも募集があるが、そちらは店員や事務などで、冒険者ギルドの募集は刈入れから建設現場までの肉体労働。まあホワイトカラーとブルーカラーやね。
・クエストを受注してない場合でもモンスターの討伐時にポイントが自動付与され、基準に到達すればランクアップも行われるが、受注>討伐達成による付与>達成報告による付与、に比べると上げるうえでの効率は悪い。
・素材や薬草などは正しく処理されていないと納品できない場合があるので要注意。
・クエスト失敗が続いたり、活動報告が長らくない、などで降格や抹消の可能性がある。抹消されるとギルドカードの魔力が失われ、本人確認などの用をなさなくなる。高ランクは滅多に抹消されない。『理由はひいきです』とのこと。
【パーティーランク】
・パーティー単位で、個人ランクと同じくAからGまで。
・ギルドから付与され、カードの裏にパーティー名とともに記載される。一人ひとつのパーティーにしか所属できない。
・クエストを受注できるのは、難易度がパーティーランクのひとつ上まで。
・ランクは、パーティーメンバーの個人ランクと、ジョブの構成、そしてパーティーごとのギルド貢献度や連続達成数から計算される。ジョブの構成は、戦士系二人、魔法使い、僧侶の四人パーティーを基準としている。これより少なかったり偏ったりしていると、パーティーランクの設定上では少し損。
・パーティーメンバーが入れ替わったときには、貢献度が引継ぎされる場合と一部しかされない場合があるので注意が必要。
【おまけ話】
・ランクはだいたいDまで上がったらいっぱしの冒険者扱い。どこでも信用されたりモテたりするらしい。
・AA、AAA、Sランクなんてのもいるけど、それは吟遊詩人とかに歌われるような人たちであり、要は規格外。上がる際の明確なルールもなくて、AAまではギルド独自で付与することもあるが、それ以上はギルド長と町長や貴族、王族などで話し合って付与されたりする。
・クエストを受注してなくても素材買取はできるのでいつでも来てくださいねー。納品ポイントもちょこっとずつ増えていきます。
「いったん、以上です。ここまでで何か質問はありますかー?」
ミィノさんが見渡す。
なんか説明を開始すると喋るときの雰囲気が変わって、素敵女史って感じになるなー。
素敵女史モードとうさ耳職員モード、そして気安い美人先輩モードか。エイジ、詰んだわー、格が上過ぎる。
セブンアップの存在が効いてるのか、ゴロツキ―ズは大人しくしているご様子。
俺は、そっと手を挙げる。
「はい、ソラマメさんどうぞ」
「えーと、クエストに行く前に受注するのと、クエスト達成後に受注といっしょに完了報告するのとは、何か違うでゲスか?」
「お! 先受けと後受けですねー、お目が高い。その答えとしては、ズバリ、変わりません!」
「えー。そうするとみんな後受け? になるんじゃ……」
「クエストの人気度次第ですねー。難易度の割に報酬が良いクエストなどは取り合いですので、後受けにすると帰ってきたときには受注票がない、なんて状態になります。泊りがけのクエストで謝礼金が高いけど買取料金が低い素材、みたいな場合だと、もう悲惨ですね。対して、貼りっぱなしの受注票とか、薬草をX日までいくつでも、という累積系のクエストは、前受しない方が失敗報告や罰金がないので良いかもしれません」
「なるほど。どうもでゲス」
「はーい。ほかには質問は? ありませんか?」
ミィノさんが見回す。
あれ? みんなない? 俺はまだ手を挙げたくなったが、ゴブリンが連続でどうよとも思ってやめておく。ミィノさんに直接聞いてけばいいや。小鬼目立つべからず。
「では、パーティーについて確認です。エイジさん組とジャンさん組は、それぞれ今回パーティーを組みますか?」
これは話し合っていた通り、エイジが「はい!」と元気に手を挙げる。ゴロツキーズも組むようだ。
「では、パーティー名を教えてください」
「『草原と青空』です」
地味なパーティー名。こういうのはイキらない方がいい。ほかにも案はいくつか出たが最後にはもう景色でいいよな景色で、となって、こっち来て最初に見た風景そのままで行くことにした。最初に、というところでは『コインとナイフ』も出たんだが、これでもちょっとスカシてる、となった。
「はい、『草原と青空』ですね。ジャンさんの方は?」
「ふん。『ジャンの超刃乱伐陣』、だ」
俺とエイジの息を吸い込む音が、部屋の後方で本当に微かに響いた。『ジャンの』がなければまだイケた。いまかなり際どい。セブンアップも大きく息を吸っていたように見える。あいつ見た目も振る舞いも暗い感じに仕上げてるが、ほんとは立派にゲラじゃないのか。
ミィノさんは慣れたものなのか、『超刃乱伐陣』の一文字ずつを丁寧に聞いていく。
ジャンはドヤりながらぶっきらぼうに答えていく。
地獄の時間。
ミィノさんは最後に「おおー、強そう」とサービスさえ入れた。
「へっ」
俺とエイジは丁寧に、繊細に息を重ねる。
「はい、申告いただいた名前でパーティー登録は進めておきますね。では、次に、ジョブの付与式へと移ります。事前にお話ししていた通り、魔力と体力を消耗するので帰り道では気を付けてくださいね。あと『ジャンの超刃乱伐陣』のレットさんとニディアーニさんは一年前にジョブ登録だけ済ませているので、今日は冒険者登録とパーティー登録だけですね」
ミィノさん不意打ちで陣名を入れないでほしいな頼むから。
ミィノさんがバルザ夫人と頷き合う。
夫人が台車にかかっていた赤い布を丁寧な所作で取り、一歩前へと出た。
台の下側の棚には、握りこぶし程度の大きさの水晶玉が7つ並んでいた。7つとも色が違い、それぞれ小さな台座の上に載っている。
「では、ジョブ付与式を行います。ジャンさんは戦士、サイナウスさんは剣士、エイジさんも戦士ですね。ゴブリンのソラマメさんは、ジョブを決めてきましたか?」
「あ、狩人を一回試してみたいでゲス。駄目なら盗賊で」
「分かりました。ゴブリンさんだと盗賊の適性はありますが、狩人がある確率は半々くらいです。もしも付与式を二回連続でやることになったらかなりしんどくなりますからね。パートナーのエイジさんは気を付けて送ってあげるようにしてください」
俺は頷き、エイジもピカピカの小学生的に返事をする。
俺のジョブは狩人を第一候補と決めてきていた。
やはりフィジカルが紙では遠距離攻撃が一番リスクが少ない、というのが昨晩エイジと相談しての結論だった。戦闘での囮役ができなくなるが、索敵による先制攻撃や、自然魔法による補助などを使って代替えできるんじゃないか、という目論見もある。
で、適性がなかった場合はやはり盗賊。ゴブリン盗賊は移動制限がありそうなのが怖いけど、上手くランクを上げるか身分証明書をどうにか手に入れてでも、戦闘時のうまみは取っておきたかった。
「では、ジャンさん、前に出てきてください」
そう言って赤色の水晶玉を台車の上に載せた。
「おう」
ジャンが椅子を引き、夫人の手が差す方へ導かれて、こちらから水晶を挟んだ二人が見える位置に立った。夫人の身長は小さく、190センチはありそうなジャンの前ではひどく頼りなく見える。
「危険はありません。体の力を抜き、受け入れる心持ちでいてください」
夫人はジャンを見上げたあと、水晶に視線を落として、ローブに包まれた両手をその上にかざした。
『戦の神ウォーディウスよ今新たな戦士の誕生に………』
小さな声の呪文? 祝詞? はすべて聞き取ることが出来なかったが、夫人が最後に水晶の上で柔らかく手を回すと水晶の赤みが増して光だし、その両手も光に包み込まれた。そして、両手をジャンの胸に向かって差し伸べる。
水晶と夫人の両手に纏わっていた揺らめくような光が、ジャンの胸へと伸びて、その中へと吸い込まれていく。
その後、水晶の光、両手の光の順で消えていき、ふ、とジャンの全身が赤く光ってから、すべての明かりが消える。
「戦士へのジョブ付与が完了しました。どうぞ修練を積み上げ、正しい戦士になってください」
「お、おお………」
ジャンは自分の腕や体を見回してから、仲間たちの方を向く。
「へへ。意外とあっさりだったな」
「次は同じく戦士の、エイジさん。前へどうぞ」
「はーい。ね、どうだった?」
「あ?」
エイジが歩き出しながら、いつもの無邪気力でジャンに向かって聞くが、相手のゴロツキ力のが勝っていたようだ。エイジもよーやるね。
エイジは「ま、いいか」と大して気にした様子もなく笑って、夫人の前に立った。
「お願いしまーす」
夫人は頷き、同じ呪文を唱えだす。
赤い光が水晶とその両手を包み、エイジへと向かって差し出された。
「おおおおおお」
光を胸に受けて、最後に全身が光る。
エイジはそのときショーシャンク的なガッツポーズをとった。
「来たあ!!」
皆が驚いてエイジを見つめる。
何だ? 大いなる力か? エイジが軽く微笑んでこちらに向き直り、歩き出した。
「へへ。嘘。なんか気分上がって」
……あんなー。みんなエイジに慣れてないんだから。
ミィノさんが微笑み、セブンアップが頬を掻いた。
「なんか、変わる?」
「んにゃ。分からん。実感はないけど光受けてた時に疲れた。てか」
エイジが声を潜めて「MPとスタミナが一気に半分に減った」と言ってくる。ほー。
「続いて、サイナウスさん」
サイナウスがオレンジ色の水晶から同じような光を受け取って、儀式を終える
「では、ソラマメさん」
「ハイゲス」
俺はひょこひょこ歩いて夫人の前に立った。台車の上に緑色の水晶が半分見え、夫人の頭がその向こうに見える。俺のサイズだとこういう位置関係になるのね。
「もう少し、下がって」
あ、そうか。台車の天板が邪魔になって光が当たらないもんね。俺は数歩下がって、水晶の全体が余裕を持って見れる位置に移動した。
『豊穣の神ルードディエネよいまその輪廻の御許で生きる新たな狩人の誕生を……』
おおー、光ってる光ってる。来る? あれが来るのね? 緊張するする、来たー!
緑の光が伸びて、俺の胸元へと吸い寄せられる。ステータス表示モードになってる右上ウィンドウの、【MP】と【スタミナ】のバーがぐんぐん減っていくのが見えた。
よし、来い! 狩人! ばっちこーい!
全身で受け入れ態勢を作っていると、最後に、ふぃん、と光が消えた。
夫人が小さくため息をつく。
え?
ん?




