ソラマメとセブンアップ
帰ったらばーさんが店番をしていた。
少し微笑んで少し背を曲げて、もうきっとずうっとこうやってきたんだろうと自然と伝わってくるような年季の入った座りっぷりだ。
「ばーさん、帰ったでゲスよー」
「ああ、お帰りなさい」
「じーさんは、どうしたんでゲスか?」
「お父さんなら、色んなところへあいさつ回りに行ってますよー? まあねえ、ずっとやってたお店をたたむんでねえ」
「ほー」
それはそれは、俺としたら意思疎通の故障車が縦列しなくて良かったでゲスねえ。俺入れて三台も。
「このお店って何年くらいやってたんでゲス?」
「ふふ。三十六年、ですかねえ」
「へー。そりゃあ長いでゲスねえ」
「ソラマメー、俺、あそこに行ってくるよ。ソラマメは?」
「あ、あとで行くでゲス」
「あいよー。んふ。ムフフフ」
エイジは袋をダイニングの方に置いてから、ムフムフと棍を軽く振りながら表へ出ていく。
この店から100メートル程度東側に行ったところに草むらがあって、そこでおニューの棍を使った自主トレをするんだろう。かなりだだっ広いそこは、たぶん広めに塀を作って、まだ町としての開発計画下にある場所みたいな空き地だ。
俺もそこで身体を動かすべきだが、ばーさんの座ってるのを見たら、何となくもう少し一服しよっかなーと思った。
昨日の框が気に入ってしまったのでまたそこに座って、足をぶらぶらする。ばーさんのちょい斜め後ろから、二人して入口の外を眺めた。
「冒険者ギルドは、どうでしたか?」
「まあ、へんに優しいおっさんらとか仕事できそうなお姉さんとかいて、特に問題もなく話ができたでゲスよ。すぐにはカードもジョブもそろわなかったでゲスけど」
「あぁ、お姉さんっていうのは、ミィノさんかしら? あの、兎の獣人さんの」
「ああ、兎の獣人だったでゲスね。え、みのさん?」
「ふふ、ミィノさん」
ミィノさん。それはよかった。毎回違うおじさんが浮かんじゃうとこだった。
「あの子は、よい子でねぇー。とっても励みになることを、私たちみたいのに言ってくださって。ああそうか、お店を閉めると、ミィノさんともなかなか会えなくなっちゃうんですねえ」
「その人俺たちにも褒めてたでゲスよー、ここの背負い袋のこと。冒険者にオススメですって言って」
「あら、あらあらあら」
またばーさんは嬉しそうにする。
まあ三十六年の売り物だから、そりゃ嬉しいだろうなー。
しかし、それにしても客が来ないな。まだ店に客が来たところを見たことがない。閉店セールとかはしないんだろうか。
「ばーさん、籠と袋がまだいっぱいあるけど、ちゃんと売り切れそうなんでゲスか?」
ばーさんは店内を楽し気に見回す。
「いっぱいあって、これはまあ、売り切れませんねえ」
「え、どうするんでゲス?」
「ふふ。ここの土地を買い取る人に、いっしょに買い取ってもらうみたいですよ? そこは町一番の大店だから、きっと伝手を使ってまたどこかに売ってくれるんでしょうねえ」
「あ、ちゃんと売れるでゲスね。へえー、これだけいっぺんになら、ラルーナちゃんがいっぱい入ってきて、いいでゲスねえー」
「どうでしょうねえ? まあ買取というよりかは、引き取ってもらうと言ってもいいぐらいですから。お父さんは、10分の1にもならんって、言ってましたかねえ」
え、ぐぅわ。もったいねえー。そんなん絶対原価割れじゃん。
「お父さんがねえ、買いに来てくれた人の欲しいものがないのが、すごく嫌な人でねえ?」
そう言ってまた棚の一つ一つをゆっくりと見ていった。
ほんのり薄暗い店内は、しかしばーさんが朝晩に掃除をしているみたいで埃っぽさとかはない。
壁際の棚と部屋の真ん中の台に積まれた多くの籠と袋たちは、日中差し込んでくる日に焼けないようにうまいこと配置されてるらしかった。勘定台の横には細かい歯がたくさん付いた木製の編み機があって、そこでじーさんは袋を作り上げるらしい。
「お店を畳む前日にでももし何かが売り切れてしまったら、たぶん、お父さんは、また作っちゃうんじゃないですかねえ? フフ」
「はー。職人根性ってやつでゲスかね。ちなみに今日はいくつ売れたんでゲス?」
「ええと、ひい、ふう……よっつ、ですかねえ」
「それはー……、たぶんどれも売り切れないでゲスね」
「ふふふ」
ひとつのパターンの籠にしたって、パッと見るだけで15個以上は作られてる。なんかもーちょい、なんだっけ、最適在庫とかさ。
「まあつつましいながらも、二人でそれなりに楽しくやってるんですよ? でも、そうねえ。昨日の食事は、なんだかとっても賑やかで、懐かしかったですねえ。ほんとに美味しい、いいお肉で」
ばーさんは肉ほとんど食ってなかったし、俺は始終エイジを睨み上げてたけどな。
まあ、いいけど。俺やエイジにしても、焚火を挟んで差し向いじゃない『食卓』的な食事は、なんだか久しぶりだった。
「うまく見つかればまたお肉を獲ってくるでゲスよ。でも楽しくやれてたんなら、なんでお店閉めちゃうんでゲスか?」
ばーさんは下を向いて、またふふと笑う。
「もう普通に歳だし、娘もずっと呼んでくれてたし。きりもいいですからねえ」
「ふーん」
きり? 36年を何で割ったかのかしらん、なんて他愛もないことを思ったりしながら、俺はばーさんといっしょに日が沈みかけた通りを眺める。
明るい声で話す人、足早に通り過ぎていく人、その他色んな音同士が混ざり合って、町の平常運転を伝えてきていた。
「……それはそれは、なんというか、お疲れーでゲスねえ」
◇
翌日はこちら側の時刻で七半の時まで空き地で鍛錬をしてから、エイジとギルドへ向かった。
カードができるまでは町の外に出るのは控えることにしていた。つってもまあ一日の話だけど。
時間の単位だが、こっちでは一日をシンプルに十二分割だったので、八の時とはつまり前の世界の十六時だ。分かりやすくて良かった。あとは八半の時とかまでしか普段使わないらしいので、こっちの世界は時間にだいぶルーズな設定らしい。
ギルドのカウンターにはミィノさんは見当たらず、ほかの職員から説明会の場所を聞いた。案内通りに二階に上がって板張りの廊下を歩いていく。ギルドは三階建てで、扉にかけられた札を見る限り二階部分は執務室や応接室になっているらしかった。一階の役所みたいに雑然とした雰囲気に比べて、古びた校舎に来たような雰囲気だ。
指定の部屋の前までくると、中から「ギャハハハハ!」と騒いでいる声が聞こえてきた。
うぇ、という、スクールライフで培った嫌な予感が通り過ぎるが、エイジは特にためらうことなく扉を開ける。
部屋の騒音がふいに静まり、中を見ると四人の男が部屋の真ん中で椅子に行儀悪く腰かけて、こちらを見ていた。年の頃は俺たちとそう変わらないか、少し上ぐらいだろうか。大柄な奴、小柄な奴、痩せぎすな奴、普通な奴、とそれぞれいるが、どれも同じような、まあつまり、面倒そうな雰囲気を持っていた。
あのー。椅子に足乗せちゃ、いけないんでゲスよ?
「どもー」
四人が俺たちを見つめたままの中で、エイジが軽く言った。
「ここ、説明会の部屋? で合ってますよねー」
四人はエイジのことを見つめたまま、答えない。しばらくして、フンッと一番大柄な奴が鼻で笑い、残りの奴らとにやにや視線を交わした。
うっわあ感じ悪い。シカトだー。鼻笑いだー。こいつら、ゴロツキレベルをそれなりに育ててやがるな。
エイジは「ん? まあ、いいか」と言って部屋の奥に進む。二人で窓際の椅子に座った。部屋には二十脚ほどの椅子があり、前に置かれた机には小さな黒板が立てかけられていた。今のところ俺たちとゴロツキ集団しかいない。
「おい」
俺達が座って五秒と待たずに、一番大柄な男が椅子の背からこちらに身を乗り出してきた。なんかさっきから一番偉そうに座ってる奴だ。
「そのゴブリン、てめえのか」
「ん? ああ、こいつ? 俺のっつーか、まあ普通に、友人?」
あああ、エイジー。それ、言わんでもいいのよー?
しん、と静まった後で、案の定すぐに爆笑が起きる。
「友達いねーのかよ」とか「笑わす! 友人!」とか四人それぞれがやいのやいのと大声を上げている。
エイジがこちらを見て肩をすくめた。
俺は、気持ちは嬉しいんだけどねー、と思いつつ、四人のことを見る。四人のうちの大男を入れた二人は同じ型の皮鎧を着ていて、片方は薄紫、もう一方は赤だった。
あとは黒いスエード地のローブと、プレートの胸当てだけを着けた軽装。うーん、上から目線で笑うは、笑うのかなー。こっちは皮に穴開けたような蛮人衣装と、さらに上裸とだからなー。
でもでも、冒険者としては全員が今日説明聞いて登録ということで横並びのはずなんだけどなー。
ひとしきり愉快そうに笑っていたリーダー格がまたこちらを向き、「おいじゃあてめえは……」と言いかけたところで、扉が開いた。
口を笑顔にしたミィノさんが入ってくる。
「はーい、何だか騒がしいですねー。建物古くて、響いてるから気をつけてくださいねー。では! ではでは、登録説明会とジョブ付与式を始めますよ?」
エイジが隣でピシッとする。やんちゃな一団などもう意に介してない。今日説明するのがミィノさんであることを、いま全シナプスを使って喜びの電気信号で表現しているところなんだろう。
「お? ミィノちゃんじゃーん」
と思ったら、一瞬でエイジの敵認識された。よせ。場が荒れだす。
「はい、ミィノですよー。ジャンさんも皆さんもこんにちはー。大事な説明会ですので、みなさんきちんと聞いてくださいね。これから、冒険者やギルドについての基本的なことをお伝えします」
その時、もう一度扉が開いて、赤い布がかけられた台車を押すローブ姿のおばさんと、短髪で軽武装したお兄さんが入ってきた。
お兄さんは部屋に入ってからゆっくりと座っている一人一人に視線を流し、そのもの静かな雰囲気にやんちゃな集団の方も静まっていく。
あれ、なんか衛兵の人たちと同じ鎧だ。薄茶色のシンプルな皮鎧。関係者かしら。
「えーでは、私とは皆さん顔を合わせていますよね。改めまして、ミィノです。そしてこの方々は、今日手伝っていただくギルド職員さんの、バルザ夫人と、セブンアップさんです。お二人とも元冒険者ですので、何か質問あれば答えていただけますよ!」
その名前を聞いて、俺はほぼ無意識というぐらいほんとに思わず、ピッと手を挙げていた。
「お! 早速すぎですねー。でもどうぞ!」
「あ、すまんでゲス。あの、セブンアップっていう名前? 苗字? が変わってるかなあって思わず……。ここではよくある名なんでゲスか?」
「ん? 変わってますかね? まあ多くはないけどたまーにいますよー。それより、相方さんの’フクノ’の方が、私の受付人生で初めてですかね。まあ人名、地名は地方色豊かですしね?」
「あ……、そうでゲスか」
しまった。変な空気になってしまった。たまにある苗字に超反応するゴブリン。
転生者繋がりじゃなかったかー。
だってしょうがないじゃん。緑の缶しか浮かばなかったし。ミィノ、バルザ、セブンアップで、仲間外れを探せと言われたら絶対そうなるじゃん。三段落ちを見た若手芸人みたいに突っ込むじゃん。
「なあなあ、そのゴブリン、喋れんだねー。高かった? 幾ら?」
また紫の鎧がこちらを向いて、俺とエイジを見比べる。
ぐわ、さらに要らんのも釣れてしまった。こういう人たちの共通特性と言われるゴロツキチンピラヤンキーフラグ略してゴロチャンフラグを立ててしまった。ゴロチャンフラグを立てると、彼らの面倒臭さに通常時の1.5倍補正が掛かるのだ。
紫鎧の質問に対してエイジがリアクションしようとしたとき、それより早くセブンアップが口を開いた。
「おい。俺の名なんてどうでもいいし、こっからガキがぐちゃぐちゃとなるんだったら、ギルドは今日の奴らにカードを渡さないだけだ」
セブンアップ氏は一度ミィノさんをちらりと見やってから、ふたたびゴロちゃんを見下ろす。
「俺は、それで構わん。終わるか?」
「あ?」
紫鎧がセブンアップの方に向き直る。
セブンアップは、壇上からこちら側にぼんやりと向けていた目を一度つむり、面倒そうに軽く息を吐いた。
そして、ふ、と、もう一度目線を上げる。
!
う、お、おおおぉー。
いま、ブルっときた。っていうか、座ってる男たちの全員が細かく動いた。エイジも顎を引いている。
あるんだ。
あるんだこうゆう、圧っての。迫力ってやつ。実在するんだ。
「ギルドについてミィノ、さんが説明をする。いまはそれを聞け」
そう言うとセブンアップは、また部屋の真ん中の空間辺りを見た。
ミィノさんが引き継ぐ。
「はいはーい、怒られちゃいましたねー。あれ? なんだか静かになりましたかね」
にっこり笑ってルーキーズを見る。
この慣れてる感じ、よくあるパターンなのかも知れない。
「ではでは! 今日は2グループの参加です。まずは出席を取っていきますねー。ジャン=アレイさん」
ミィノさんが紫鎧を見る。名を呼ばれて、拘束から解かれたように再び小さく身じろぎをしてから、一番絡んできていた男が少し手を挙げた。
「はーい。サイナウス=ポンドさん」
「はい。ニディアーニ=ジオさん」
「ハイ。レット=ジョンさん」
「ハイ。エイジ=フクノさん」
「はい!」
「ハーイ。最後。ソラマメさん」
「ゲス」
――。
――バッハァ!
部屋に、四人が一斉に噴きだす音が響いた。
……ぐう。むかつくけど、これはまあ致し方ないとも思える。
このタイミングで落とされるソラマメ名。
緊張と緩和、ってやつ? 場が完全に出来上がってしまっていた。
学校で教師が「お前ら授業受ける気あんのか?」みたいに一人でキレてる沈黙の中で、ふいに微かな屁の音が聞こえたようなもんだろう。
しかも周りから見りゃ、何ソラマメの分際で人の名前に突っ込んじゃってんの、って感じなんだし。
ズーン、とへこみながらエイジを見ると、なぜか誇らしげに微笑んでいるので、太ももを強めにつねっておく。
あと、おいおいセブンアップって人? なぜ半身によじらせてこちらに顔が見えないようにしてるのか。考え事でもしているように口に手を当ててるのか。ちょっと震えてるよね?
あんたの苗字だってなー。元の世界ならよっぽどなんだからな。




