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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
34/55

武器屋の生首


 帰りに昨日見かけた武器屋に寄っていくことになった。

 昨日じーさんと歩いた時に予想した通り町には南門と北門の間に目抜き通りが走っていて、武器屋はその南門寄りに立ち並んだ商店通りの中にある。


 周りを抑えめにきょろきょろ見ながら歩く。

 呼び込みにまた会釈して、露店のパンや果物、掻き込み飯などの値段を覗き、すれ違う人をチラ見したりしていたときに、初めてエルフを見た。

 うーおおー。ガチのエルフだ。しかも乙女エルフ。

 やっぱ、美しいんだなあー。弓持ってるから狩人か。軽装だから余計目立つけど、ほっそいなー。


 そのエルフを含んだ美人女性三人とベビーフェイスの革鎧の男性一人という、うらやま薄い本パーティーの一団は、ちょっかいを出し合いながら俺らのすぐ横を通り過ぎていった。

 あああー。そっちの転生が……そっちの転生がいいよう!

 童顔剣士の鎧のひれを思わず掴みそうになったけど、ぐっと抑えて、俺は深い息をついた。


「――見たかね、エイジ」


「ん。エルフって、やっぱいるんだねー」


「なあ。綺麗だったなー? 俺はああゆう人憧れるわー」


「うは。ゴブリンとエルフねえ」


「うっさい」


「あはは。……うん。でも、俺は」


 エイジが寂しそうな顔で道の先を見る。


「耳が、違ったかな」


 この子はもう。

 俺は再びエイジの尻を叩き、武器屋の軒先の方へと入っていった。




 見かけたときにも大きめの武器屋だとは思っていたが、恐る恐ると中に入ってみて驚いた。剣や鎚、ダガーなどが置いてある武器コーナーは思ったよりかは小さく、といっても20畳程度はあるが、でも屋内の半分以上は、カウンターの奥に構えた鍛冶場が占めていた。

 はー、鍛冶場兼武器屋かー。いまは炉の火は消えているようで、店の奥側は薄暗くなっていた。

 そしてその境目にあるカウンターには髭面の生首が置いてある。

 ヒィッ。

 音の出ない息を大きく吸い込んだところで、生首はじろりとこちらを見てから、無言でまた眉毛の下に目玉を隠した。


 ……ドワーフ、さん? ドワーフ爺さんがカウンターの向こうに座ってて、その、座高問題? ってことだよね? うわーびくっりしたー。


「ああ、いらっしゃーい」


 鍛冶場の陰からエプロン姿の年配のおばさんの女性が出てきた。小柄で恰幅がいいけど、こちらの人はドワーフじゃない、よね。人間サイズの小柄さ。


「来るのは初めてだね。防具なしで簡単な武器だけってことは、ルーキーの子たちかい。何を探してるんだい?」


 こっちは装備見てすぐルーキーor notを判断するっぽいなー。

 まあ冒険者相手の人たちにとったら当たり前か。エイジは木の棒だけ持った皮の服だ。一般の町人とも思えないし、一目瞭然なんだろう。むしろ自己紹介しないでも初心者前提で話してくれるから助かる。


「あ、えーと今日買うかは分かんないけど、棍が見たいっす」


「棍。へえ。珍しいね」


「あ、やっぱそうなんすか」


「まあでも武器として悪くない、らしいよ。誰かさんが言うにはね」


 そう言ってちらりとカウンターを見る。

 置きっぱなしの生首は、目を眉毛の下に隠したままだ。


「棍は表に出してないんで、こっちに入ってもらえるかい」


 そう言っておばさんはカウンターの端っこの押戸へと向かう。


「あんた、鍛冶場に入れるよ」


 首はすんとも言わない。

 中に入った時にカウンターの裏側をチラ見する。首から下……、あったあった。だよねー。良かったー。生首町人が普通に出てくる異世界ストーリーは、ちょっと一筋縄では進められそうにもない。


 おばさんは鍛冶場に入ると左奥へとずんずん進んでいって、店内からは見えない場所にある樽のところで立ち止まった。その中には無造作に長短混ざった棍がさしてある。15本くらいか。


「あんたが今持ってる長さだと、こいつらだねー。短いのはいいかい?」


「はい。長いやつお願いします」


「んー、ここだと暗いね。やっぱカウンター持ってくか」


 長い棍は8本あり、あとは短いのと真ん中くらいのとの二種類の棍だ。時代小説で出てくる杖術とか半棒術とかで使うやつか。

 8本の棍をいっぺんに抱えようとして諦め、おばさんは4本を持ってカウンターへと持っていく。

 エイジがすぐに残りの4本を持ってついていった。


「ああ、あんがとねー」


 カウンターに並べられた棍は、木製が3本、金属製が5本。


「はい。好きに持ってみていいよ」


 エイジは棍を順に握って、軽く振ってみる。


「重さとしなりが、それぞれ違うんすねー。木と金属は感じが全然違う」


 金属を一本ずつ持つ。


「金属だからすげー重いってわけでもないっすね。でも同じ金属でも重さが結構違うのか。やっぱ金属が折れないし、威力も高いんですか?」


「そうじゃないかね。あんたどうだい?」


 おばさんが顔をドワーフ生首に向ける。


「…………」


「合ってるってさ」


「へえー」


 俺が見る限りでは生首は微動だにしてない。袋のじーさんといい、こっちでモノづくりに携わる老人男性は意思疎通の面で必ず何かを発症するという爆弾でも抱えて生きてんのか。


「お値段は、どんな感じで」


「ええとね、いいやつの方から、これがドラゴイト鋼の打撃強化付与付きで70ラルーナ、これがグレセント鉄で30、これが魔鋼鉄の青を軽目に鍛えたやつで20、こっちは同じく黄で15、こっちは普通の魔鋼鉄で8だねー」


「おー、ピンキリ。70は高いけど、打撃強化かー。なんかそう聞くと確かに握ってみて違う感じがしてきたー」


「ハハハッ、まあ気のせいだろうねー。あんたら、完全にこっからなんでしょう?」


「まあそうっすねー。そういう場合、お店ではどれがお薦めなんですかね」


「んー、どうだい? あんた」


 またくりんとドワーフを見る。


「…………」


 まさかこれで翻訳できるんじゃねえだろうなさすがにツーカーが過ぎるぞ、とドキドキしてたら、ドワーフはゆっくりとエイジに向けて手を開いて伸ばした。

 え……まさか、手話……かッ!?


「持ってんの見せろってさ」


 あ、そういうことか。ちょっと構えすぎてた。


「はーい。でもアレっすよ、それただのそこらの木だから」


 ドワーフ爺さんが片眉を上げてエイジの棍を見て、すぐに返しながら、「50」と言った。


「え、50って? どれでしたっけ」


「ああこれだね。ラルーナじゃなくて50ラル。まずこれを使えってさ」


そう言っておばさんは木棍の中から色が濃いものをとってエイジに渡す。


「折れん。で20」


「…えっと?」


「今お兄さんが使ってるそれは折れやすいって言ってるんじゃない? この木棍ならそれよりは丈夫なんだって。で、お金が溜まったら20ラルーナのやつを買う、っていうのが順番的にいいんだってさ」


「へえー。50ラルならいま買えるなあ。んー……、うん、重さ同じくらいだし、良さそう。んじゃ買っちゃおうかな。いいよねソラマメ?」


 俺は頷く。

 ちゃんとアドバイスくれるんだね、あの生首。お仲間の袋屋さんよりかさらに症状はひどいみたいだけど、頑張ってね。


「ソラマメ、あと何だったっけ」


「砥石でゲス」


 あら、という顔でおばさんが俺を見たあと、腰に下げた鉈を見る。


「そうそう砥石だ。って、ここで置いてるんですか?」


「あるよー。その鉈を研ぐの? ちょっと見ていい?」


「ハイ、でゲス」


 俺が鉈を渡すとおばさんはそれを持ってからひっくり返したりして、「あんたー、これどこのだっけ」と言って生首の前に出した。


「………騎士」


「ああ、そうそう。デルガ騎士団の森林行軍用の支給品だ。ちゃんとしたのだねえ。これ、売ってもそこそこするやつだよ」


 えー、デルガってあの? 嫌な印象しかない集団の? 森にもたむろしてんの?


「これ……持ち歩いてても、大丈夫でゲスか?」


「ん? 平気じゃない?」


「あー、もらいもんなんですけど、変に盗品扱いとかはされない?」


「いや、たまにこれも出回ってるわよ。まあ退役するときに返却するものだから正規ルートではないけど。えーとね、言っていいもんかしらね……」


「あ、聞いときたいです」


「あー、支給された騎士が死んじゃったときには、軍に返さず遺族に遺されるからね。れっきとした遺品だし。兵士にしたってそういうお下がりは、いくら打ち直されても使いたくないんじゃないかねえ」


「へえー、なるほど。なら俺らは大丈夫か。ね?」


「ゲス」


 リオン先生がどこから入手したかは謎だが、まあ生きてる人がくれたもんだし、遺品だったところで俺はそんなに気にならんかな。むしろあの愚連隊とオソロ、っていう方が、持ってて何かちょっと怖い。


 ふいにドワーフ爺さんが椅子の上に立ってから、カウンターの上に上がった。


「あんた、脚立あんだからカウンターに乗んのやめなって言ってるさね!」


 ドワーフは黙ったままカウンター横の商品棚へと行き、四角い紙包みの中からひとつを選んで、ぴょいとカウンターの向こうに飛び降りて消えた。


「……刺刃」


 と、向こうから聞こえてくる。


「ったくもう、聞きゃあしない。ほら、ゴブリンの方のあんた。なんか研ぎをやって見せてくれるんだってさ。その、トゲみたいな部分? が研ぎ方難しいんじゃないの。あの人についてっときな」


「あ、はいでゲス」


 このおばさん、すげーな翻訳スキルが。ドワーフ検定いったい何級だ。


「おー、俺も見たい」


「ああその砥石、開けちゃったら買い上げだけどいいかい? ちょっといいやつで12ラルだよ」


「ゲス。ゲス?」


「うん、いいっしょ。はーい」


 ドワーフ爺さんは炉の横にある水場にしゃがんで砥石を置き、水をかけてから、ん、と手を俺たちの方に差し出した。

 俺は鉈の柄を渡してその横にしゃがみ込む。

 あ、この爺さん、たぶん身長俺と同じぐらいじゃん。ガワ部分に親近感。でもお互いに人との接し方で病んでるから、中身部分は同族嫌悪。


 爺さんはごっつい指を使って、しかし手早く鉈と水、砥石を扱っていく。砥石と刃が擦り合う、意外と心地のいい音が鍛冶場に響いていく。

 俺は、トゲ部分、刃部分のそれぞれの研ぐ方向や回数、水の使い方などを記憶にとどめるようにする。


 研磨が終わったようで、俺の前に無言で鉈が差し返された。

 おおー。なんか鉈が光って、喜んでる? うまくは言えんが、とにかく、何ということでしょう。

 

「ちょっと、やってみていいでゲスか?」


 眉毛の下の目が少し俺を見たあと、ドワーフの爺さんは俺に場所を譲るように立ち上がった。

 爺さんが横に立って、見下ろされてる元での初挑戦。俺は先ほど見た手順を呟きながら手を動かし始めた。


「トゲはー、まずー、こうでゲッスー。水ゲス。ずらすゲス。でこうでゲッス―。刃はー、こうで、こうでゲッス―。水ゲス。ずらすゲス。こうゲシてから、繰り返すでゲッス―」


「『ゲシてから』、って何」


 よーしよし。合ってるはず。耳と口と体で覚える学習方法。


「出来上がりゲス!」


 ドワーフは無言で鉈と俺とを見て、無言のまま眉毛を下ろし、カウンターへと歩いて行った。ビヨンと飛び跳ねて生首に戻る。

 ん、大体大丈夫ってことでいいのかしらね。俺は砥石を拾い上げて、水を切る。


「ありがとうでゲシたー」


「どうもー」


 そう言ってカウンターから出る。

 おばさんにもお礼を言って、お会計をした。


「なんかあんたら、面白いわねえ」


「そうすか?」


「ああ。そのゴブリンの子、お兄さんの従者とか奴隷っていうよりかは、何だか友達みたいじゃないか」


「あーまあ、実際友人っすからねえ」


「あっははっ。いいじゃないよ。ねえあんた?」


「……」


「こっちが見てて居た堪れないのも多いからねえ。まあ、またおいでね。その鉈も、魔鋼の棍を買ったあとも、もし痛んだり曲がったりしたらあの人が鍛えなおしてくれるから。余程の壊れ方以外なら数ラルーナで収めといてやるよ」


「おお、マジすか? んじゃあまた来ます」


「どうもでゲスー」




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