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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
32/55

小鬼が銀貨を渡す


 ばーさんがかまどに向かって料理を始め、俺たちはこれから数日間の方針を話し合った。この先デルガへの旅に出るために、これからやっておくべきこと。薄くても先の道が見えたことで、俺の気持ちも大分落ち着いてきていた。

 あー、やっぱエイジ、いいやつだなー。自分で付けといて『ソウソラマメ』って言っていることを除けば、ほんとにいいやつだ。俺は感謝を込めてエイジを見上げる。


 あ、そうそう、さっき点滅してたスキルも確認しなきゃね。

 猪を倒した後で一度確認はしたし、以降はそれっぽいこと何もしてないんだけど、何きっかけだったんだろうか。

 んーと、どれどれ。どこが変わったのかなー?


 ………。


 ふっと頭が真っ白になって、俺は気付いたらジャンプしてエイジに殴り掛かっていた。

 エイジがウオッっと言ってガードする。


「防ぐなし!!!」


もう一回ジャンプする。ホッとか言ってスウェーバックで回避される。


「よけんなし!!!」


「何だ何だ」


「何じゃ? 乱心か? さっき落ち着いたところと思ったが」


「あらあらまあ、じゃあ、ご飯にしましょうねえ」



 俺のステータスは、何だかこうなっていた。


 名前:ソウマ

 年齢:17

 種:ゴブリン

 属:魔人属

 真名:ソラマメ


 HP:19/19

 MP:25/25

 スタミナ:82/82

 力:12

 頑健:10

 素早さ:51

 器用:37

 魔力:24

 魔法抵抗:25


 ワールドコマンド参照C⁻

 寿命1.2倍

 グランドル大陸語(話80、語80)

 隷属(フクノ エイジ、 信頼度:90)

 授受(+7)

 遠路

 回復力(HP回復5、MP回復5、スタミナ回復5)

 感知(視力強化60 聴覚強化70、気配察知10)

 耐性(恐怖耐性 8)


 円(遠心増加20、回転操作2、回転速度 20)

 レコード(参照深度 12)

 パルクール(登攀 5、垂直走行10、猿飛8)

 身体能力(ジャンプ25、ダッシュ20、持久力60、回避力40)

 爪(硬化 10、伸縮 5)

 小刀(攻撃 5、防御2)





 隷属。

 隷属ですって。

 エイジに? 俺が?


 意味が分からん。

 意味が分からん。


 憤りと混乱とやるせなさとでメコメコの説明に陥りながらも、エイジに何とかそれを伝えると、彼は、「はー」と言って、その後に、「へー」って言った。

 もう一回飛び掛かるが、エイジは同距離を飛びすさる。


 じきにばーさんが食事の準備ができたことを伝えて、俺はエイジに促されてともかく食卓に付かされる。そして俺がエイジを睨みつけっぱなしの和やかな食事は終了し、俺たちはじーさんに連れられて町に出て、いまは肉屋の前に立って計量を待っていた。


 ちなみに久方ぶりの屋内での食事は、隷属騒ぎに思考を持っていかれそうにはなりつつも、ここのところ舌が欲しだしていた『味付け』というのが加えられているものだったので無茶苦茶に美味しかった。元の世界で言う猪肉と野菜のしゃぶしゃぶ。と、麦がゆ。

 しゃぶしゃぶは漬けダレにとろみがあってタレというよりはむしろソース風味だったのだが、この強くて濃厚な味が余計に食欲を刺激し、俺は無言の怒った顔でずっと箸を動かし続けた。野菜の歯ごたえも歯というよりは頭蓋骨の中に直接響いてくる感じで、野菜ってこんなに身体が嬉しいものなんだったんだなーと、これまた怒った顔のままで実感。

 エイジはといえば、にこやかにじーさんばーさんに話しかけながら俺と目があってはてへぺろし、せわしないながらも結局一番大量に肉を消費。じーさんはたまにエイジに「ん」か「ふん」を返していたが、基本は俺と同じに無言でただバクバクと食っていた。ばーさんは、始終にこにこしながら小さな鳥みたいにちょっちょと野菜をつついていた感じ。


 飯のあと、くちくなった腹を幸せそうになでながら「隷属っつっても、まあ何がなんだか分からないんだしねえ」と言うエイジを、「ちょっと来い」と家の裏の庭に呼びつけた。

 家の構造は、通りの側から一直線に、お店、ダイニング、居室(たぶん寝室)、庭、という並びになっていて、どの部屋にいても誰がどこにいるのか見通せる。

 俺は店とキッチンにそれぞれいるじーさんばーさんのことをちらりと確認してから、少し声をひそめた。


「俺の名前呼んで、何か命令してみろ」


 エイジはきょとんとしてから、「ソラマメ、お座り」と言った。

 俺は緊張して自分の体の反応を待つ。


「じゃあ『ソウマ』でも、試してみて」


「おう。ソウマ? お手」


 しばしの沈黙。

 俺の右手がゆっくり上がりだす。

 エイジの左手の上空で止まる。

 そして、「フンッ」と言って俺に命令を出したエイジの腹に右ストレートを入れてみる。


「クンッ」


 自分の意志で、当てれた。

 エイジは身体を折っているが、俺の身体に異常はない。とりあえずのところ最悪の事態ではないらしい。


 なんだよもー。

 謎設定がこれ以上増えんなよなー。

 【授受】は、ミギウデンの二匹目を倒した時になぜかアイコンが光って、7が埋まっていたやつだ。

 フィジカル系のスキルじゃないっぽいし、何をどうしていいのかが分からない。心身ともに目立った変調も見当たらず、今後要経過観察としてピン留めしっ放しになっている。



 隷属、遠路、授受、という、俺の謎スキル。

 まあこん中じゃ隷属が重要度ピカイチのSランクになるんだろうなー。

 たぶん、あれだ。

 門のところでエイジに『ソラマメ』と名前を付けられたときにエイジの名で埋まったんだろう。信頼度……たっけえな。言わないけど。信頼度と『名付け』。ここらへんが関わってるんだろうか。


 はてさてこいつはいったい、どんな弊害を持っているのか。

 庭から戻った後にじーさんに人とゴブとの関係について聞いてみたが、詳しく知らないというか、金を出して買ったらそいつのもんだ、というのが一般にまかり通っている認識のようだった。そのとき主人が名前を付けてるかどうかは分からないとのこと。


 あとの謎スキル、【遠路】と【授受】は、まあ、響きが不穏じゃないからまだいい方かな。

 でも仮にプラススキルだとしても効果をまったく知らないのは、もったいないし気持ち悪いんだよなー。


 ったく。もっと直感的にしろ、と。それかもしくは攻略wikiを所望。




 肉屋にはいかにも肉屋的なおっさんがいて、デカい声で挨拶をしてきたその主人にじーさんは黙って猪肉を渡した。

 顔見知りからの予期せぬ大量入荷に驚き、事情を聞きたがる主人に対してじーさんは「ふん」だけでかわし続け、結局肉屋は「とにかく助かるぜ、色付けるからよ」と言って、分銅の垂れ下がった原始的な秤へとブロック肉たちを持って行った。


 その結果……俺はエイジの手のひらの上にある硬貨を、瞼が取られた囚人みたいにしてじっと見つめている。

 まばたきと、息、できない。


 ふあああああ……、ラルーナたん。

 3枚も。

 と、60ラルたん。

 ラルたんは、どうもー初めましてー。銅色の優しい素朴さが素敵だよ。田舎はどこだっけ。髪切った?


 ざっくりの目安で36000円、てところか。元の世界の猪肉の相場を知らないけど、十分じゃないの?

 俺はエイジの手の平に向けて手を伸ばし、上から硬貨をそうっと撫でる。


「俺らの初の稼ぎだねー。これは、ソラマメが持つ?」


 ……くあ!


「……くあ!」


「おお?」


「……ッく、……くあ!」


「おいおい、どしたよ?」


「……いや別に? 何でも。……くあああ!」


 魂で叫んだあとは、ゼエゼエと何Pも消費してないのに肩で息をしてしまう。


「それは、エイジが、持っといてくれるか? 俺にはな、それ、危険だから」


 誘惑を我慢するのがこんなにキツイとは思わなかった。

 ねえ、誘惑って何なん。こんなに形と重さを持ってたん。

 もう、危険ドラッグかと。コイン、ダメ、かと。


「んー俺はどっちゃでもいいんだけど、お前大丈夫かー? ほんとにいいの?」


「俺はな、ゴブリンだから、な。チンピラに絡まれて巻き上げられるのもまずいし、俺が必要な時に手放したがらないかも、っていうのも、まずいだろう」


「まあ絡まれた時には、逃げれば良さそうだけど」


「いや、とにかくいい。持っててくれ。俺はこの子オンリーで。この子一人を、大切にするわ。代わりに頼みたいんだが、これからは金には余裕を持ってもらって、今後もこの子のことだけは、俺に使わせないでほしい」


 そう言って俺はポケットから一枚のラルーナ硬貨を取り出し、背中に恋人を守っているかのような強い目でエイジをまっすぐ見る。


「あ、ああ」


「頼むぞ。本当に頼む」



「……終わったか。行くぞ」






 じーさんがまだ買うものがあるというので俺たちはその後ろについて歩いて市場へと出た。


 通りは道幅と賑わい方からして多分この町のメイン通りで、身長的に遠くを見通せはしないんだけど、恐らく南北の門へとも繋がってるんじゃないかしら。

 じーさんは果物屋の兄さんとか乾物屋のおばちゃんとかに呼ばれたり挨拶されたりしてるんだが、本人はといえばミリ単位で頷いたり絶対聞こえない「ふん」を呟いたりするぐらいで、一定のペースでゆったりと通り過ぎていく。

 何だか……じーさんのコミュニケーションってかなり相手に甘えてね? 俺が言うのもさ、何なんだけどさ。


 俺とエイジはそれぞれきょろきょろとしながら、軽食の屋台の間や奧に武器屋や道具屋っぽいのを見つけては「へえー」と雰囲気を確認する。

 薬草だかポーションって、やっぱりあんのかな。あ、それよりまずは、エイジの棍だな。猪やミギウデンをぶったたいても折れないやつ。

 など考えたりエイジとちょっと話したりしながら歩いていく。俺達にも屋台の呼び込みが掛けられるが、それはエイジと会釈してやり過ごしておく。


 そんな折に、じーさんがほんの少し首をこちらに向けてぼそりと喋った。


「……それは」


「ん?」


「…………」


 ん?

 俺は自分の体を見回す。それは。どれは?


「あ、もしかして、このコインでゲスか?」


「どうしたんだ」


 噛み合ってんのかこれ。いやもうちょい言葉積めし。


「えっと、手に入れた経緯のことでゲスか? あー、それは分からねえでゲス。なんかいつのまにか、気づいたら」


「……ふん」


「……」


「……お前を想ったもんが、こっそりと入れたんじゃろう。大事にしとけ」


 そういや市場をラルーナを見せつつ歩くっってのもゲスだな。注意されたってわけでもないだろうけど。ないよね?

 でもだって、いじりたくなっちゃうんだもの。

 俺はコインを持った手をポケットの中に入れて、隠れていじることにする。


「はあ。俺を想ったもん、でゲスかねえ」


 いやそれ、絶対違うんすよー。白いアホ猿が適当にポッケに放ったんすよー。しかもそのアホ猿は今となっては完全に俺の敵認定。やつが憎い。神殺しの剣がほしい。


「コインの慣用句を、知ってるか」


「『小鬼にコイン』でゲスか?」


「ん? ああ、『猫にマタタビ』、『熊にカモイカエデ』か。違う」


「はあ」


「……」


「……」


 知らねえしカモイカエデ。そして早く会話繋げし。


「『小鬼が銀貨を渡す別れ』、という」


「はあ」


「……」


 繋げし。


「ゴブリン同士でも、本当の別れには、泣く泣く自分の一枚を渡したりするんじゃ」


「へえー」


「銅貨や半貨じゃなく、とっときの銀貨を贈るほどの別れ、じゃな」


「ほお。へえー」


 そりゃあ、アホなゴブリンもいたもんだ。


「……例えばゴブリン兵にじゃがな。軍から、コインが一枚支給される。それだけでゴブリンは、使い潰されたりただ殺されに行くような悲惨な戦況でも、恐怖が薄まるんじゃ。まあコインというか、財宝そのものを好むらしいがな」


「そりゃあ、誰でも好きでゲス」


「正常な判断も怪しくなるぐらいに、目がないってことじゃ。だから余計に、その一枚きりのコインをほかの兵士が簡単に巻き上げる。勝てば五倍になるとかって言って賭け事に誘えばイチコロじゃよ。……そういう誘惑に、抗えんようなっとるんじゃ。コインを目の前にぶら下げられたら盗賊の口車にも乗るし、善悪の判断なく何の手先にでもなる」


 ありゃりゃりゃ。マジか。

 それで色々特別扱いなのね。


「ちゃんとした軍ならゴブリンとの賭け事は一切禁止にされてるがな」


「ほー」


「………」


 ふむふむ。


「………」


 え、あ、終わり?


「ご忠告って、感じでゲスか」


「……益体もない、暇つぶしじゃ。お前は変わり種の小鬼みてえなんでな」


 んー。じじは分かりづらすぎる。まあ、あいよー。



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