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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
31/55

寿命1.2倍


「ソラマメて! おいソラマメて何!」


 中世風の街並みを見回すのも、ついに町に入れて感動するのもそこそこに、俺は荷台の上でエイジに怒鳴った。


「なんじゃ、変わった名とは思ったが、違うのか」


「ちげーよ! ちげーでゲスよ!」


「あー、まあほんとは、ソウマって言うんす、こいつ」


 御者台に座ったじーさんが片目だけでこちらを見る。


「……それは言えんな」


「なんでだよ! 俺のれっきとした名前じゃん!」


「あんなー、たまたまリオンさんに聞いたんだけどな」


 ん? 朝に肉を渡しに行ったときの話か? てかそーだ、その話も済んでない。結構勝手な単独行動だと思うけどどうよ?


「ソーマって神様が神話に出てきちゃってるらしくて、ね。重要キャラで。たぶん暮らしづらいというか、吊るされるみたいなんだよね」


「ふん。まあ、だろうな」


「……えー、なんだよそれ」


「その神にあやかって男児にソーマと名付けられることもたまにはある。が、それさえ不遜という言われることもあるくらいじゃからな。ゴブリンの名がソーマだと教会に知れたら、確実に殺し終わるまで白銀軍を投入されるじゃろうな」


「白銀って、あれすか? 騎竜隊だっけ」


「そうじゃ」


 ………アレを!? アレを死ぬまで投入!?


「………ソ………ソウマは、分かった。でも、でもソラマメって! ほかになんかあるっしょ!」


「いやー。降りてきた」


「ほら、俺長距離得意だから、メロスとか、爪が尖ってるから、スラッシュとか。せっかくこうなったんならせめて格好いいっぽいやつが!」


「えー、豆のくせにー?」


「そこはゴブリンのくせに、だろ! てかゴブリンだってほんとは!」


嫌だって叫びそうになって危ういところで止める。


「あれ、そういやゲス語は? 周りに聞こえるよ?」


「ほかにもあるでゲシょうよ! って、あれ!?」


「あははー、活用むずいのあるんだ。」


「もう他人と話す時だけにするわい! てか、ソラマメで衛兵に覚えられちゃったじゃん、さっきもじっと見られて、こいつが……ソラマメ……。って! 一人はなんか書類に書いてたし」


「まあソウマと音が似てる言葉を探して、とっさにね。そしたら、うっかり色まで合っちゃったねー」


「てへぺろじゃねえ!」


 俺は肩で息をして、にこにこしてるエイジを見据える。あー、駄目だコイツ。効いてる気もしねえし聞いてる気もしねえ。


「でも、グラントさん、ほんとにいいんですか?」


エイジが御者台へ向き直る。


「なんじゃ、要らん世話だったか」


「いえいえいえ! すげー助かります。でもなんか引っ越し、とか身分保障とか、迷惑になることばっかになるんじゃ」


「……ふん。一週間しか泊めん。そのあいだに何かのギルドに行くか、職を探すんじゃな」


「あー、じゃあ、冒険者ギルドってありますよね。近々行ってみます」


「冒険者か」


「はい。こいつもいるし。二人して色々修業中っす」


「……ふん」


 牛車は大通りをしばらく進んだあと、左に折れて小径へと入っていく。

 まあまあ活気がある街並みだ。

 それを見回しながら、俺は何か忘れてる気がしてる。何だっけ。


 あ。


「エイジ、ゴブリンの寿命っての、なんだ」


「……あー」


「リオン先生やスネマルに何聞いたんだ?」


「スネマル?」


 

 エイジが片眉を上げる。


「それはいいから! ゴブリンの寿命っていくつなんだ」


「……」


「……お前、歳分かるのか。いくつじゃ」


「あ? 17でゲスよ」


 じーさんが振り向いてまた片眉を上げる。だからー、なんだっての。


「言わん意味があるのか」


「いやー、ソウマ……、ソラマメさ」


 くっ。突っ込まん。

 俺はエイジを見据える。エイジは自分の頬を親指で撫でながら、目を合わせてこない。珍しいことだ。


「じーさん。じーさんはゴブリンの寿命、知ってるんでゲスか」


「ん……」

 

 じーさんは前の道を見た。


「いずれ、知れるぞ。言わんならわしが言うか?」


 エイジは頬をかいたままだ。


「………ふん。おい、ソウマと言ったか」


「ん。うす」


じーさんは俺を名前で呼んだ。


「ゴブリンは大方は、寿命以外の理由で死ぬがな。それを免れた場合、その寿命は15年と言われておる。まあ、ごくたまにじゃが、20まで生きた奴の話も聞くが」


 頭が白くなった。

 気付いたら荷台に背中が当たっていた。


「え……てことは……え?」


「お前は、わしといっしょで、寿命を越えて生き永らえているってことじゃな。うまくは言えんが……毎日を大事にせえ」


 15?


 で、俺が17?


 え、あ、ちょっと待て。寿命1.2倍ってのあったじゃん!

 計算、えーと。1.5歳が二回で……。


 18。


 マジか。


 え、そーゆう計算? そーゆう設定? え?


 普通にゴブリンに転生するとすでに寿命以上ってことになっちゃうから、それを収めとくために、寿命1.2倍を後付けで付けた?


 え、余命、1年………?




 エイジは頬を掻いたまま俺を見ている。

 けど、何も言わない。言えないでいるようだった。





 俺は、板張りの壁に寄りかかっていた。

 前には籠と袋が天井に届くほど雑然と積まれた棚がいくつもあり、そしてその向こうの細い道では、日が差す町の中を人々が行ったり来たりしていた。


 挨拶とか近所同士の軽口、井戸端会議、物売りの声や馬の足音などが店の中にまで届いているが、それらはまるで水中で聞いてでもいるかのように遠く、こもって感じられた。


「お連れの子、ソラマメさん? ずいぶん元気ないみたいだけれど……」


「あー、なんか、すみません」


「………ふん」


 後ろからじーさんとばーさん、そしてエイジの声が聞こえる。

 3人は店舗兼住居が連結している家の、住居部分、多分DKにあたる狭めの部屋に車座に座っている。

牛車から降ろされてこの店に入ったときに、エイジとばーさんが何だか挨拶をしてるのは分かったが、俺はふらふらと歩いてそのまま店と住居を繋げる框のところでしゃがみ込み、そして、それからはずっとそのままだ。

口を開けて外を見たまんま。

 

 真っ白になっていた。

 たぶんコバエも飛んでいたと思う。


「ねえ、ねえソラマメさん? ご飯食べるかい? それか、部屋で休んだ方が……」


「放っておけ」


「あ、あの子、言葉は分かるんですかねえ?」


「ふん。通じる」


「でも……でしたらほら……」


「………そいつはな、17年生きとる。ついさっき、わしと同じく寿命を越えて生き永らえてる、というのを知ったばかりでな。それからずっとああじゃ」


「あら、あら、あら」


 また俺の背中へ、ばーさんの笑みを含んだ声がのんびりとかけられる。


「長生き、してるのねえ?」


 ………。


「ふふふ、3人、いっしょねえ?」


 ………。


「………放っておけ。それより、わしが店を空けているあいだ、どうじゃった」


「いつも通りですよ?」


「変わったことはなかったか。ソロンの店の者とか、ギルドのやつらが何か言いには」


「いいええ。いつも通り、ちょっとお客さんが来て、ちょっと何かを買っていって、また次の日には店を開けて、ちょっとものが売れて。その繰り返しでした」


「ふん。そうか」


 風が店の入り口から吹いてきて、俺の一握りの毛髪がそよぐ。


「ソウ、ソラマメ―? ギルド行かない?」


………。


「あ、そうだ。お爺さんお婆さんて、ホーンボアの肉って食べます?」


「あら、あらあら。ホーンボアですか?」


「はい。さっき獲ったやつが、大量にあるんすよ」


「ほんとにいいんですかねえ? ええお父さんがね、好きなんですよ? クワエナを煮出したおつゆでさっと湯通ししたやつ。ねえ? 良かったですねえ」


「……ふん」


「お、じゃあどんどん食べちゃってください! どんぐらい要ります? ほんと袋に大量にあって、むしろご近所さんとかに……」


「四人で食える分を取ったら、袋にいれたまま、そこに置いとけ」


「え、どうするんすか?」


「……あとで肉屋に、売りに行っといてやる。あいつがあの調子じゃ、今日はギルドに行けんじゃろう」


「あら? ねえ、お父さん」


「何じゃ」


「その袋、ほら、お父さんのを使ってくれてるんですねえ。あらあら。ふふ」


「え? あ! そうなんすか。そこの店に置いてあるやつ?」


「ええ、そうですよ。旅人さん向けのね、しょい袋」


「これ、めっちゃ使いやすいんすよ! 容量たくさん入るし、持ちやすくて、とにかく丈夫でー」


「あら、お父さん、ほら、あらあら」


 ばーさんの少し華やいだ声や、じーさんがふんとかすんとか出す音、そして街路の雑多な音が俺の耳を通り過ぎていく。



 ………一年。

 一年て。

ガン告知か。


 なんで、こうなった?

 先週まで俺は未来明るい普通の男子学生だったじゃんか。中身は根暗の闇深だったけど。

 もしかしたら、ずっとあのまま根暗の闇深な未来だったのかもしれないが、でもとりあえず未来はあった。


なんで?

 なんでってそりゃあ。

 白猿か。

 白猿は、何を狙って? なんのつもりで、どんな恨みがあって俺を寿命ギリギリの小鬼の中になんか放り込んだ?



 ………どうすりゃ、いい?

 なんか、この一週間頑張ってきたように、修練積んでスキルを増やして、危ない目あいながらもなんとか生き残ろうとする意味なんかは、もうないんじゃないのか?

今までは気づくたびにあんなに「お!?」となってたのに、いまは右上のアイコンがなぜだか光ってるのも鬱陶しい。



「ふん。おい」


 ………。


「おい、寿命をとっくに越えとると分かったのが、そんなにショックか」


 ………。


「今まで生きてきたんだし、この先も、胸を張ってとは言わんが、誰に悪びれることもなく生きていくのを、続ければいいじゃろうに」


 ………。


「ふん」


 ………。


「まあ、まだまだ生きられると思ってたとしたら、突然それを無くしたように感じるのは、分かるがな」


 ………。


「自分が現役のつもりで生きるのと、もうすぐ人生が閉じると分かってる中で、贈り物のように預かった日々を過ごすのとは、違うぞ」


 ………。


「………ふん。おい」


 ………。


「珍しいですねえ。ねえ? お父さんがたくさん喋るの。きっと、ソラマメさんが心配なんですねえ」


「………ち」


 ………。



「あー。あの、ソウ、ソラマメ―?」


 ………。


「これ、いまお爺さんが言ったのとは少し違うんだけど、言うかどうすっかずっと迷ってたんだけど、な?」


 ………。


「なんかな? 100年、200年生きてるゴブリンが一匹、いるらしいぞ」


 耳が、ぴくんと動いた。


「リオンさんが言ってたんだけどな。首都の、デルガだっけ、そこにそんぐらい生きてるゴブリンが、十年ぐらい前まで住んでたんだって。お爺さんは聞いたことあります?」


「ほう。いや、ないな」


「んー、何かにすっごい詳しいゴブリン? そっち方面では有名らしい。でも人嫌いが激しくて、そんでいまはずっと行方をくらましてるって」


 俺は、半分振り返る。


「俺らの旅の目的って、その人探しに行ってみるのでもいいかなーって。それで駄目なら、もうあとはお爺さんが言ってた通りになっちゃうけど」


 俺はまだ言葉が出ない。

 エイジはそんな俺を見ながら、「な?」とにかりと笑う。


「まあ。いいですねえ。旅の目的ですって、なんだかいいですねえ」


「でしょ? まあデルガも草原にあるし首都だから簡単には入れなそうだけど。でもこれから冒険者なって3か月くらいランク上げとお金を溜めて、そしたらゴブリン探しの旅に出てもいいかなーって」


「冒険者、ですか」


 ばーさんが、ちらりとじーさんを見る。


「なら、たくさん食べて力を付けないと、ですねえ。ソラマメさん少し早いけどご飯は? ホーンボアの湯通し」


「………食うでゲス」


「あら? そう? じゃあご飯にしましょうか。いま用意しますからねえ」


「……ふん」


 ばーさんが居室のキッチンへと向かう。

 俺は框をにじり寄って、部屋に入った。


「エイジ、ほんとか」


「うん。リオンさんに会って、もう少し詳しく知らないか聞きたいな」


「……その、いいのか」


「旅ってこと? え、いいっしょ。俺ら何をしていくか特に設定してなかったし。ソウソラマメばっかり、なんかきつめなんだしな」


 もう一度、エイジがにかりと笑った。


「面白そうじゃん。いや真面目にやらなきゃだけどさ。うん、探しに行こう」






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