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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
29/55

大中


 俺はエイジと一緒に林から飛び出す。

 ほぼ同時に牛車が前を通り過ぎるところで、御者台で口を引き結んだ老人が目だけで一瞬こちらを見た。


「行って!」


 エイジが叫び、すぐ牛車の後ろについて走り出す。

 俺もすぐにエイジの横に入る。

 その時追ってくる猪が視界に入ったが、うん、3匹いるねー。

 大、中、小。確か猪の雄は子育てしないからママと長男、次男かな? 元気にみんなしっかりと、殺気バンバンで追っかけてきているねー。家族仲良く、じじいに追い込みですか?


 で、どうするよ。


「どうするよ!」


「ね!」


 ね! じゃねえし。


「とりあえず俺らに的を移させて、逃げきりゃいんだよな」


「せえので行く?」


「いや、エイジから、順に!」


「あいよ!」


 とっさの考えだが、エイジが全部連れてったら俺もそっちに行けばよし。0ならエイジが戻ればよし。一部なら、まあ残ったのを俺が頑張って連れてく感じ。二人離れといてまだ牛車のフォローが必要、という事態は避けたい。


「ハイハイハイハーイ!」


 エイジが減速しながら若手インストラクターみたいに手を叩き、道から左へと逸れていった。


「ハーイおいでー!」


 エイジの派手な身振りと声に、ん、ついていったぽい?

 俺は素早く振り返る。

  ゲ。行ったの猪(小)が一匹かよ。いや十分大型犬のでかさなんだけど。てか、前に倒したサイズがあれっぽいんだけど。げげー。

(大)(中)はもっとでかいし。うわー、俺が考えうる最悪パターンやん。てかチラ見しても(大)のサイズやっぱりえげつない。牛? 牛なの?


 エイジの声が響く。


「あれー? すまーん。たのんだ!」


 球技大会のパスミスのときくらいのテンションを最後に残して、エイジは林の中へ消えていった。

 


 えー。


 えー。


 この二匹を、牛車に一匹も残さないで、連れ去れと。別段彼らと一緒にいたい情熱なんてメーターゼロである俺が、両方のハートをゲットしろと。


 くそう。


 俺は心を決め、さらに牛車へと近づいた。


「よっ」と言って、幌なし荷なしの荷台の上に飛び乗る。てゅるるるるるるるビヨーンっと。


 そして(大)と(中)を見下ろして、お得意のゲスコール&ゴブリンダンスを発動。


「ゲースゲスゲスゲス! うえーいぃぃい♪ うえーいぃぃい♪ ゲッスッスーー♪」


 めっちゃ二匹と目が合ってる気がする。そう! あたいだけを見て! バーチャルなこの胸を!

 サービスにくるりと前側を向く。


「ゲッス♪ んゲッス♪ ゲッス♪ ン♪ ゲッス♪ 」


 声を張ってお尻を振る。

興が乗って半ケツを出す。


 そのとき御者台の老人が顔だけこちらを向いた。目が合う。老人が前に向きなおる。


 いやいやいや、気を遣った感じ出すなし。あんたのためにアタイは、猪相手に魂を売ってんやぞ?


 再び猪の方を向く。

 と、おお、スピード上がってる?

 あたいだけを見てる! っぽい! 完全に!

 てかもう追いつかれそう!


 俺は急いで荷台にぶら下がり、足をとっとっとっとってやってから手を放す。

 

 行くぞー。

 手をバッと上げて、最後にお尻をぶりんと振ってから右舷へ離脱を開始。


「はーい! ソウマ推しの方はこっち並んでー!!」


 絶叫する。


「ブッパンカイシシマアス!」


 バッと林の中に飛び込む。


「チェキセンエンデエス!!」


 足音は?

 来てる! 来た来た二匹とも! 両方来た!

 よーし。

 ん。よーしなのかコレ? いいのか俺? まあいいや。


 木を、避けて、また木を避けて、茂みを飛び超える。

 後ろからは、ズボッとかガンッとか音をさせながら、猛スピードで二匹ともついてくる。

 コースを瞬時に先々まで計算しながら、次々それをクリアしていく。これぞパルクール、なのかも。ずっと集中し、ずっと意識を張り巡らせながら全力で走る。

 猪の野蛮なコース選択の割には、なかなか間があかない。色々ぶつかってるはずなのに。

 二匹とも前に倒したやつよりでかいからかな。


 そのとき、まだ先の方向だが、ガサリと何かが動く音がした。


 やば!


 姿は未確認だが、この場所で出るのは間違いなく別モンスターだ。いまここでお代わり&挟み撃ちコースってのはまずい。

 左? 右? 下手に左行くとまた道に戻っちゃって、結局牛車と再会してしまう。


 俺は右へと転回していく。


 森の奥はまずいな。またぐるりと道に戻るコースしかない。

 んー。でも曲がり方がキツイ。猪が直線コースを取ってくると追いつかれる、か?


 俺の頭を嫌な予感がよぎったそのとき、猛烈な音と殺気が後ろから迫った。


 ブワッと全身が総毛だつ感覚に襲われ、咄嗟に右手の木へ斜めに飛び、後ろを確認する前にもう一度右手へと飛ぶ。

 空中で確認すると、猪(大)が俺が直前までいた場所を突進していくところだった。

 なんだ? 速度が急に変わった。

 え? スキル?


 メキメキメキ、とそこに立っていたはずの木が隣の木へと倒れていく。


 猪は横滑りにこちらへ回頭しながら、また土を蹴り上げてダッシュを開始する。俺はそのときにやっと着地。右手では木が地に倒れ落ちようとしている


 ぐぅおう! 

 

 ギリギリで猪側に大ジャンプ。俺がジャンプしたとき、向こうも遅れて一瞬浮いた。

 追尾かよ!

 でかい角が股の間を本当にギリギリのところで掻いくぐっていく。

 

 また後方で猪が木にぶつかり、幹が裂ける音の中、俺は着地と同時に地面を蹴って全力のロンダートで二回転分を逃げる。

 俺のさっきの着地場所付近を猪(中)が駆け抜けた。これは倒木の音に混ざってなんとか聞こえていた。以前だったら感知できなかったけど。


 (大)は? 


 来る。


 (大)と(中)がほぼ並んでいる。そして、同時に走り出す。


 どうする。

 (大)の追尾がどこまでかが一番初めの一番でかいリスク。

 そして、やっぱ二匹は時間差になりる配置のようだ。


 考えてる間に(大)のスピードが一気に増す。


 俺は背中を向けて二歩走り、大きな木の幹を二歩駆け上がり、そこから猪側に思い切り飛んだ。

 上にはそこまで行けないはず! と! 信じたい!

 (大)の角が俺の踏切地点だった場所を貫くのが、【円】で回転する俺の目に映る。

 (中)はといえば、俺の着地点へと向かってカーブを描き、突っ込んでくる。いやらしいねえ。想定してたけど。


 俺が地面につくのとほぼ同時に突っ込んでくるが、次は、着地するつもりはない。目的はただの【円】の接地であり、着地ではなく加速だ。回転が乗った俺はそのままベクトルを地面に水平側へと逃がし、(中)の前に落ちたと見えたその瞬間に眼前から消えた。


 (中)は一瞬混乱し、しかしブレーキをかけて振り返る。そしてその瞬間、自分の角が何かに掴まれて、軽い生き物が自分に乗っかってきたことに気付く。

すぐそこの木の幹には俺の二回目のターンで使った足と手の爪痕が、深々と残っているはずだ。


 どう出るどう出るどう出る?

 

 いななきながら体を起こす(中)の角にぶら下がって、俺はすぐに(大)を確認する。

 ここまで、鉈を出す暇はなかった。なかったというか、鉈を手に掴んでいたらここまでの回避行動は取れなかった。

 さあ(大)よ、俺は(中)に乗っかったぞ。

 攻撃できるか? 同じように突っ込んでくるのか?

 俺は暴れる猪を角と足の三点で何とか押さえて騎乗状態をキープしながら、片手で鉈を取って握った。

 この後これがどんな展開になるにせよ、このまま(中)を万全の状態で開放することは絶対にできない。


 (大)は一歩、ゆっくりと進んできた。

 俺はそれを睨みつける。

 自分の正当化と、自分でもウエッとなることをやることに対して、すまん、と意味もなく呟いてから、ピッピッと(中)の両眼を素早く潰した。

 大きないななきが上がって身体が持ち上がる。予想済みなので素早く両手で角を掴んだ。


 (大)はどうするんだよ? どうするんだ? 俺は目を離さない。



 そこから、予想もしてなかったことに、ゆっくりの一歩目から、一歩、また一歩と、(中)のいななきを聞いた後も全くペースを崩さずに、(大)は俺の横を森の方へと歩いて行った。



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