大中
俺はエイジと一緒に林から飛び出す。
ほぼ同時に牛車が前を通り過ぎるところで、御者台で口を引き結んだ老人が目だけで一瞬こちらを見た。
「行って!」
エイジが叫び、すぐ牛車の後ろについて走り出す。
俺もすぐにエイジの横に入る。
その時追ってくる猪が視界に入ったが、うん、3匹いるねー。
大、中、小。確か猪の雄は子育てしないからママと長男、次男かな? 元気にみんなしっかりと、殺気バンバンで追っかけてきているねー。家族仲良く、じじいに追い込みですか?
で、どうするよ。
「どうするよ!」
「ね!」
ね! じゃねえし。
「とりあえず俺らに的を移させて、逃げきりゃいんだよな」
「せえので行く?」
「いや、エイジから、順に!」
「あいよ!」
とっさの考えだが、エイジが全部連れてったら俺もそっちに行けばよし。0ならエイジが戻ればよし。一部なら、まあ残ったのを俺が頑張って連れてく感じ。二人離れといてまだ牛車のフォローが必要、という事態は避けたい。
「ハイハイハイハーイ!」
エイジが減速しながら若手インストラクターみたいに手を叩き、道から左へと逸れていった。
「ハーイおいでー!」
エイジの派手な身振りと声に、ん、ついていったぽい?
俺は素早く振り返る。
ゲ。行ったの猪(小)が一匹かよ。いや十分大型犬のでかさなんだけど。てか、前に倒したサイズがあれっぽいんだけど。げげー。
(大)(中)はもっとでかいし。うわー、俺が考えうる最悪パターンやん。てかチラ見しても(大)のサイズやっぱりえげつない。牛? 牛なの?
エイジの声が響く。
「あれー? すまーん。たのんだ!」
球技大会のパスミスのときくらいのテンションを最後に残して、エイジは林の中へ消えていった。
えー。
えー。
この二匹を、牛車に一匹も残さないで、連れ去れと。別段彼らと一緒にいたい情熱なんてメーターゼロである俺が、両方のハートをゲットしろと。
くそう。
俺は心を決め、さらに牛車へと近づいた。
「よっ」と言って、幌なし荷なしの荷台の上に飛び乗る。てゅるるるるるるるビヨーンっと。
そして(大)と(中)を見下ろして、お得意のゲスコール&ゴブリンダンスを発動。
「ゲースゲスゲスゲス! うえーいぃぃい♪ うえーいぃぃい♪ ゲッスッスーー♪」
めっちゃ二匹と目が合ってる気がする。そう! あたいだけを見て! バーチャルなこの胸を!
サービスにくるりと前側を向く。
「ゲッス♪ んゲッス♪ ゲッス♪ ン♪ ゲッス♪ 」
声を張ってお尻を振る。
興が乗って半ケツを出す。
そのとき御者台の老人が顔だけこちらを向いた。目が合う。老人が前に向きなおる。
いやいやいや、気を遣った感じ出すなし。あんたのためにアタイは、猪相手に魂を売ってんやぞ?
再び猪の方を向く。
と、おお、スピード上がってる?
あたいだけを見てる! っぽい! 完全に!
てかもう追いつかれそう!
俺は急いで荷台にぶら下がり、足をとっとっとっとってやってから手を放す。
行くぞー。
手をバッと上げて、最後にお尻をぶりんと振ってから右舷へ離脱を開始。
「はーい! ソウマ推しの方はこっち並んでー!!」
絶叫する。
「ブッパンカイシシマアス!」
バッと林の中に飛び込む。
「チェキセンエンデエス!!」
足音は?
来てる! 来た来た二匹とも! 両方来た!
よーし。
ん。よーしなのかコレ? いいのか俺? まあいいや。
木を、避けて、また木を避けて、茂みを飛び超える。
後ろからは、ズボッとかガンッとか音をさせながら、猛スピードで二匹ともついてくる。
コースを瞬時に先々まで計算しながら、次々それをクリアしていく。これぞパルクール、なのかも。ずっと集中し、ずっと意識を張り巡らせながら全力で走る。
猪の野蛮なコース選択の割には、なかなか間があかない。色々ぶつかってるはずなのに。
二匹とも前に倒したやつよりでかいからかな。
そのとき、まだ先の方向だが、ガサリと何かが動く音がした。
やば!
姿は未確認だが、この場所で出るのは間違いなく別モンスターだ。いまここでお代わり&挟み撃ちコースってのはまずい。
左? 右? 下手に左行くとまた道に戻っちゃって、結局牛車と再会してしまう。
俺は右へと転回していく。
森の奥はまずいな。またぐるりと道に戻るコースしかない。
んー。でも曲がり方がキツイ。猪が直線コースを取ってくると追いつかれる、か?
俺の頭を嫌な予感がよぎったそのとき、猛烈な音と殺気が後ろから迫った。
ブワッと全身が総毛だつ感覚に襲われ、咄嗟に右手の木へ斜めに飛び、後ろを確認する前にもう一度右手へと飛ぶ。
空中で確認すると、猪(大)が俺が直前までいた場所を突進していくところだった。
なんだ? 速度が急に変わった。
え? スキル?
メキメキメキ、とそこに立っていたはずの木が隣の木へと倒れていく。
猪は横滑りにこちらへ回頭しながら、また土を蹴り上げてダッシュを開始する。俺はそのときにやっと着地。右手では木が地に倒れ落ちようとしている
ぐぅおう!
ギリギリで猪側に大ジャンプ。俺がジャンプしたとき、向こうも遅れて一瞬浮いた。
追尾かよ!
でかい角が股の間を本当にギリギリのところで掻いくぐっていく。
また後方で猪が木にぶつかり、幹が裂ける音の中、俺は着地と同時に地面を蹴って全力のロンダートで二回転分を逃げる。
俺のさっきの着地場所付近を猪(中)が駆け抜けた。これは倒木の音に混ざってなんとか聞こえていた。以前だったら感知できなかったけど。
(大)は?
来る。
(大)と(中)がほぼ並んでいる。そして、同時に走り出す。
どうする。
(大)の追尾がどこまでかが一番初めの一番でかいリスク。
そして、やっぱ二匹は時間差になりる配置のようだ。
考えてる間に(大)のスピードが一気に増す。
俺は背中を向けて二歩走り、大きな木の幹を二歩駆け上がり、そこから猪側に思い切り飛んだ。
上にはそこまで行けないはず! と! 信じたい!
(大)の角が俺の踏切地点だった場所を貫くのが、【円】で回転する俺の目に映る。
(中)はといえば、俺の着地点へと向かってカーブを描き、突っ込んでくる。いやらしいねえ。想定してたけど。
俺が地面につくのとほぼ同時に突っ込んでくるが、次は、着地するつもりはない。目的はただの【円】の接地であり、着地ではなく加速だ。回転が乗った俺はそのままベクトルを地面に水平側へと逃がし、(中)の前に落ちたと見えたその瞬間に眼前から消えた。
(中)は一瞬混乱し、しかしブレーキをかけて振り返る。そしてその瞬間、自分の角が何かに掴まれて、軽い生き物が自分に乗っかってきたことに気付く。
すぐそこの木の幹には俺の二回目のターンで使った足と手の爪痕が、深々と残っているはずだ。
どう出るどう出るどう出る?
いななきながら体を起こす(中)の角にぶら下がって、俺はすぐに(大)を確認する。
ここまで、鉈を出す暇はなかった。なかったというか、鉈を手に掴んでいたらここまでの回避行動は取れなかった。
さあ(大)よ、俺は(中)に乗っかったぞ。
攻撃できるか? 同じように突っ込んでくるのか?
俺は暴れる猪を角と足の三点で何とか押さえて騎乗状態をキープしながら、片手で鉈を取って握った。
この後これがどんな展開になるにせよ、このまま(中)を万全の状態で開放することは絶対にできない。
(大)は一歩、ゆっくりと進んできた。
俺はそれを睨みつける。
自分の正当化と、自分でもウエッとなることをやることに対して、すまん、と意味もなく呟いてから、ピッピッと(中)の両眼を素早く潰した。
大きないななきが上がって身体が持ち上がる。予想済みなので素早く両手で角を掴んだ。
(大)はどうするんだよ? どうするんだ? 俺は目を離さない。
そこから、予想もしてなかったことに、ゆっくりの一歩目から、一歩、また一歩と、(中)のいななきを聞いた後も全くペースを崩さずに、(大)は俺の横を森の方へと歩いて行った。




