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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
27/55

エイジがウサちゃん


 俺たちは町を大回りして、十傑草原の方へと歩く。もう今日は店じまいして、川のそばで夜営するためだ。

 エイジの背負い袋は猪の素材でパンパンだ。

 袋はエイジの弁ではかなり使いやすいらしくて、容量が大きい割には持ち運びの邪魔にならないそうだ。ただし角と牙までは入りきらないのでエイジが両手に握っていて、さらに肩に毛皮を下げてるから立派なバーバリアン状態だ。山ブドウの方は俺の腰にぶら下げている。かなり豊作。

 兎と猪と山ブドウ。食材が広がりだしたねえ。おばさんが言ってたギィツの実も、近々探してみたいところだ。

 俺たちは移動しながら今日のバトルデビューについて感想と反省を話し合っていた。


「攻撃役と囮役はやっぱりあった方がいいな。攻撃に集中できるってのは大事だ」


 ミギウデン戦も猪戦も、片方が囮役をやることによって勝利を収めたと言える。


「ああ。間違いないねー。全力で打ち込めるチャンスは段違いだろうな」


「ゲームでもそういう担当が大事ってなってて、盾役って言うんだよね。鎧や盾を完全装備したやつ。でも俺らは、鎧どころか盾もないからなー」


「へえ。まあだから盾で受ける代わりに、俺達だと回避役ってことでしょ」


「ん、そうなんだが……。複数敵になるほど、これだときつくなるかもなんだよなー。攻撃を避けるのも、相方の攻撃タイミングも」


「あー、だね」


「んー」


 エイジがしばらく考えて、口を開く。


「敵が複数いたら逃げの一手、を決まりにしとこっか。ミギウデンなら行けそうな気もするけど、あれが連鎖攻撃になったときはやっぱり怖いよね。無理して勝つ必要ないし。で、だからそのために足を磨こう。つって、ああ、走んのやだなあー」


「うはは、自分で言ってへこむなよ」


 まあでも、エイジの言う通りな気がする。俺達の足の速さと持久力は結構上位層のはず。そして俺たちに戦闘で無理して勝たなきゃいけないようなしがらみはないのだ。


 あとの課題は、モンスターと対峙中の警戒。あとひびが入ったっぽい棍をどうするかと、今後しばらくの生活方針。


「てことはさーエイジ、攻撃役は攻撃タイミングを見定めながら、周りも警戒するってことになっちゃうな」


「それはきついねー。回避役も、どっちもきつい」


「両方いつでも、周囲を警戒する癖は付けよう。そんで、戦闘中は特に攻撃役がメインで担うこと。で、いい?」


「ん。まあ、そうだね」


「あと、棍はどうする? このまま棍で行く?」


「のつもりよ。まあその鉈はソウマ使いなよ。合ってきてるし、すごかったじゃん。ロリンナ・タータック」


「なーにそれ。まあ、俺が鉈をもらうとするとエイジの方は剣にしろ棍にしろ長さの違うただの棒だからなー。盾もないから、このまま棍が距離と威力でベストか」


「ん。棍続行で。折れかけだから探したいんだよね。町のそばにあるといいけど。前に拾った場所は、ほかにも候補の棒が結構いっぱいあったんだよねー」


「生える木が変わってるのかな。どうする。水もあるし、今日行けるところまで戻ってもいいぞ」


「いや。今日は町のそばで寝る」


「そう? なんで」


「んー。疲れ?」


「お互いスタミナたいして減ってないじゃん。まあいいけど」


「明日の昼くらいから、そうだね、ランニングで行こうか」


「そうだな……。いや。ダッシュ走と大休憩の繰り返しで行こうぜ。ただのランニングだとエイジの【持久力】が伸びないからね」


「くはー………」


「あとは、今後の方針というか、狩り生活ってどうしていくか、エイジは意見ある?」


「ん、これでいいんじゃない? 行って、無理しない狩りをして、草原に戻って寝る。レベルアップと、一応素材集めも兼ねて」


「じゃあ何か特別なことがなければ北の森にするか。何か思いついて修業したいときとかは、お互いに言って草原でやろう。あとはその時のやり方なんだけど、俺はもう少し北の道の近くで、見晴らしのいい場所をさがしたいなー」


「なんで? 道を見たいの」


「それもあるけど、理由としては小さいかな。それより狩り中の拠点みたいな感じのを、出来たら、複数作りたい。で、そこから勝負できそうな相手を見つけて見定めてから、倒して、帰ってくる。そうじゃないとさー、もし森を進んでたら逃げるとき森の奥に行かざるを得なかったり、やっと道側へ戻るっていう途中でモンスターがたくさん出たり、っていうのが結構怖い」


「おー、なるほど。確かにそうな。ソウマ色々想定すんねー」


「まあ、臆病だかんねー」


 俺は胸を張っておく。

 これで、だいたいの方針が決まったかな。


・回避役と攻撃役を分ける。攻撃役は距離を置いてる間、周囲も警戒する。ただし警戒はどっちもいつもできるように練習していく。

・敵が複数いたら逃げる。

・エイジは棍使いのまま。直近は新しい棍を探す。

・道と森のあいだの林に拠点に出来るような木を探し、狩っては戻るかたちに切り替える。


 狩りをいつまでやるのかは、まあもう少しレベルを上げたらでいいか。とにかく安全策を取りながらやっていこう。


「うーし、あと1時間くらいか。走って、20分にしようか」


「……あいよー」





 夜に鍛錬してから、焚火で猪と兎を焼く。

 魔獣である猪は食べて大丈夫なのかが少し心配だったが、焼いて匂って噛んでみたら、もう焼肉以外の何物でもない。安心して食べることにした。

 少し硬いが脂身の少ない豚という感じで、十分な旨味が感じられる。

 でも、ちょっと調味料は恋しくなってきたかなー。一口目は美味い! って思えるんだけど、ずっとただ焼いた肉だからなー。兎と猪肉の食べ比べもしたけど、やっぱ両方肉は肉だね。


 猪は袋に結構パンパンまで入れたので、二人で腹いっぱいに食べて、明日の分を差し引いてもかなり残る。

 これからは、食いきれる分しか解体して運ばないでいいかも。もったいないけど持ち運んだうえ傷んで捨てるのも無駄だし。腹壊すのはもっとやだし。


 俺たちはブドウを摘まみながらまったりと火を見ている。

 ブドウは酸味とさわやかな甘みの両方があって、当たりだった。久々のフルーツの瑞々しさと、口いっぱいに広がる甘さが最高に美味しい。


「猪肉って、たぶん、食いきれないよね」


「うん。持つのも明日いっぱいかなあ」


「リオンさんにあげちゃだめかなー」


「え、んー……袋のお礼?」


「まあ」


 うーん。

 俺たちが猪を狩れたことを知られるのは、どうなんだろうか。というか北の森に出入りしてるのはいいんだっけ? もしもそれを止められたら、面倒だな。


「やめといたら? お礼はしたいんだけど」


「んー。お、あれ?」


 エイジがきょとんとする。


「あ、なんか生えてる。え、いま? キマイラ?」


 なんか意味不明なことを呟きだした。


「ソウマ、これ読んで。【合】のところにいま生えた」


「え? いま?」


 エイジが細い薪を使って焚火の横の地面にグランドル文字を書いていく。


 合

  一種合成

  兎化


 うおう。

 一種合成と、兎化。

 え……、【合】って、そういうことか。

 俺は思わず顔を上げてエイジを見る。


「一種合成と、その下に兎化って書かれてるぞ。だから……、エイジの【合】は、合成獣ってことだ。合成獣、キメラだよキメラ」


「キメラ? って鳥の?」


「それはなんていうかあのゲーム独自だ。正しくは、獣同士、っていうかまあ別の個体同士が一つの体で混ざり合ってるやつの名前」


「へー。混ざり合う……か」


「あれ、そーいやお前、自分でキマイラって言ったよな」


「なんか、読めた」


「キマイラってキメラの語源の、神話かなんかだ確か。ライオンの頭に、蛇の尻尾と、あと何か。どこを読んだん?」


「位置的に、【合】の真下だねー。ソウマが読むと一種合成になるの? 俺には、キマイラって読める。っていうか文字見ると頭の中に浮かぶ」


「あ、じゃあ、呪文みたいなもんか」


 俺たちは一瞬黙って見つめ合う。

 パチパチと音を立てる炎が、エイジのオレンジの頭と顔と、結局全部をオレンジ色に染め上げている。


「試してみっかね」


 うーし、と言ってエイジが立ち上がる。


「上脱いだら」


「ん。キマイラって言えばいいのかね。もう言ってるけど」


「念じるだけか、念じて言うのか、『兎』とか『兎化』も付けるのか」


 エイジが目を閉じる。念じてるらしい。

 そして目を開ける。駄目だったらしい。


「あ、エイジ! 先に【スタミナ】と【MP】! 確認しといて」


「お」


 しばらくして、エイジがもう一度目を閉じる。


「……キマイラ」


「……キマイラ、兎」


 その瞬間、薄く淡い光がエイジの身体から上がる。

 ぼわんと全身に同時に浮かんですぐ消えた後、エイジは変身していた。


 現れたのは。


 上半身が気持ちしゅっとして、



 オ…………。

 オレンジ。

 オレンジうさ耳。


 すごい光景だ。

 エイジの顔付きは、もともと少し垂れ目気味だが眉毛が太く凛々しく、目力あるね、とよく言われていたタイプだ。

 そしてそれが、オレンジうさ耳。

 短髪で男らしいベリーショートを時々変な色に染めたりするが、男らしくも見える小顔にその髪が不思議と似合っていたりしたものだ。

 そしてそれがいま、短髪オレンジうさ耳。


「ブッホォ!!」


「ん、ん? どうなった」


「ブハハハハハハ!」


 思い切り笑い出した俺を見ながら、エイジが頭に手をやる。

 片方の耳に触って「おお!」と言って折り曲げてみている。

 片耳折り曲げ短髪オレンジうさ耳、目力あり。

 やばいおもろい、息ができない。


「笑うねー、え、変? 変?」


「グヒュフー! ゲスー! ゲススー! オオオレ、ンヂィィ……」


「髪はオレンジのまま? あ、腕にも毛が生えてる」


 エイジの両手の前腕部分を覆うように、ファーカフスみたいな毛が生えている。それも鮮やかなオレンジ。芸が細かい。


 もー無理。

 全体かわいい。でも顔強い。顔が目力少年。オレンジうさ耳で。

 もう、無理ゲスー。無理ゲスよー。ゆるしてー。





「はあー、はあー」


「ったくよー」


「はあー、あー復讐できたー」


「んあ? ああ、ゴブリンなったときの? でも、え、変かなー」


「そこまで、変じゃないよ。でもな、いいか」


俺は呼吸を整える。


「今日からお前は、オレンジ短髪うさ耳コスプレイヤー、エイジだからな」


「ぐわ! そーれは嫌だなー」


「あーあ、笑ったー。で、どうなん? 身体の感じは」


「ん。上半身、何か痩せたよね俺? で、代わりに太ももがね、太くなってんのよ。あとこの耳でしょ」


「つまり、兎の特徴か」


「そう、仕入れてそうだね、これは。ちょっと飛んでみるね」


 エイジが焚火から離れて、しゃがみ込み、垂直飛びをした。

 おおう。


 うっわー。飛んだー。

 え、なにあれ。2は越えるよね? 3メートル? 二階に階段いらない人?

 エイジが嬉しそうに「ヒャッハー」と笑って飛び跳ねてる。


「よしよし、よーし。次はランね」


 エイジが木立の外へと出て行く。

 スタンディングの体勢を取って一呼吸置き、自分で、ドン! と言って走り出した。

 これも、速い。

 あっという間に丘を登りきり、あっと、その前にこけた。


 俺も丘を登る。

 だいぶ盛大にこけたようだ。仰向けになっている。


「大丈夫ー?」


「うわー。これは慣れないとあかんわ」


「体の感じが違うか。怪我ない?」


「んー、うん、大丈夫。でもこれって、使えそうじゃない?」


 エイジが起き上がって体の確認も兼ね、何度か軽く飛び跳ねてみる。それで楽にエイジ自身の身長越えだ。


「はー。だな。変身前後に慣れるのと、戦いではどうやって使ってくか、か」


「ん。で、MPがいまねー、あ、5減ってる。そんで、スタミナも、多分行動ごとで少しずつ減る感じだな」


「おー。じゃあ変身の時点でMP消費なんだろうね。で、行動時はまたスタミナ消費なのか」


「たぶんそうだわ。まじかー」


「ご愁傷様」


 なんかエイジのがスタミナ必要なのが生えちゃったなあ。

 まあ頑張ってもらうしかない。


「あと、スキルが変なタイミングで発生してなかったか?」


「そりゃー、兎食べたからじゃん? さっき」


「ああそっか。確かにありそう」


「食えばほかにもなれるってこと?」


「たぶんそうだよね。それってすごくない? とにかく今まで食った兎の数を思い出してみよう。あと、倒した数って関係あるのかないのか」


「あー。今日は倒してないけど。でも累積とかだと分かんないね」


「ただ食えばいいなら楽だけど、楽過ぎな気もする。複合条件かも疑って見ていこう。うーし、まあなんにせよやること増えたね。すごくいい意味で。【合】が分かって良かった」


「ふむ。これはちょっと楽しみだーね」


 そう言ってエイジはうさ耳をくりん、と振った。

 やめろ。




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