ツノ持ち猪
俺たちと目が合った瞬間、猪は突進を始めた。ドゥッコココ、と土を飛ばしながらスピードを上げてくる。
「ぐぅおう!」
きょとん、の状態から解放されて、必死で飛びのく。エイジと左右に分かれた。
猪がブレーキを掛けつつ回頭する。
次の狙いは、エイジか。
ゴフ、ゴフ、と息を吐きながら、すぐに走り出す。
速い。速いし、逃げた方に微妙にカーブしながら追ってくる。
エイジが大きく飛ぶ。
「カーブして追ってくるぞ!」
「うい。はええし、角がこっわいな」
そうなのだ。体格は猪のままだが、牙に加えて、太く大きな角がある。すべて上向きに反っていて、薄紫の不思議な色をしている。血が通ってるんだろうか。
またエイジに突進し、止まるかと思いきや、カーブを描きながら俺に向かってきた。
「フオウ!」と叫んで飛び上がって避ける。
また突進が外れたことで猪は怒りを募らせて、俺たちを見ながら高いいななき声を上げた。
「エイジ、棍大丈夫か」
「んー、さっきいい音がして……来た!」
二人左右に分かれて逃げる。
また連続ダッシュだ。今度はこっちに来た。
後ろにあった木を使い、三角飛びで逃げる。少しずつ、だが恐怖感が薄れてきた? と気付く。
いや怖いんだが。効率的に回避することとか考えられ始めてる。
と思ったのは嘘。
何、木の幹が折れるって。そこはディ〇ブロスみたいに角が刺さっちゃってぶひーぶひーじゃないの。
「やばいやばいやばい」
「うは、すげえなあ」
そういえばさっきミギウデンが殴ってた木のはずだ。耐久値が下がってた、と思いたい。
しかし、走行速度的には、逃げれる、かも。直線は俺たちのが速い。マックススピードでの持久力はどっちが勝つか不明。猪ってそもそも、程よい速度で持久走とかはできるんだっけ。
で、エイジの棍は折れかけてそうなんだよなー。こいつ腹とか以外は堅そうだし。そうすると武器は俺の鉈しかない。この腕力で、鉈がどこまで通るか。
「エイジ」
「おー」
「もう少し、見に回りたい」
「けん」
「様子見。向こうのパターンを観察して、逃げるか、やるか、相手、が!」
ジャンプ。
「相手が疲れるかとか見たい。要はもう少し頑張って避けましょう、だ」
「オケ―。絶対、続けたら向こうのが疲れるよね」
そして俺たちは繰り返す。
突進とジャンプ。
突進、ジャンプ。短い踊り。突進、踊り、ジャンプ、短い踊り。踊り。
こちらはエイジと俺の二人がいるので、踊りの回数を増やすことも可能なようだ。
エイジは踊らない。そうゆうとこスタイリッシュじゃないのよね、彼。野暮なの。
「あんま舐めちゃだめだよ」
「ん。でもうん、これは種族特性」
エイジも短く笑う余裕はある。持久が心配だが、息も上がってない。
「最初焦ったけど、避けれるねー、あとは攻撃だわ」
「俺はかすっただけでも死ねそうだけどな。もーちょい疲れさせたら、エイジ、さっきの俺の役出来るか」
「さっきのって、え、俺が避け役?」
「棍やばいしょ」
「んー。鉈くれたらやるよ」
「いっしュン!」
ジャンプ!
「一瞬動きを止めたいんだ。でかい木を背にして、やれる?」
「おう。いいけど」
「上じゃなく、左右に避けてくれ」
続けて二人で4回分のジャンプ。
向こうの助走距離やスピードに衰えが見え始めた気がする。このまま行くべきか、長引かせないほうがいいのか。うーん、経験値が足りないなー。
「んじゃ行くよ! あの木ね」
おっと。行くか。やっぱ行くのか。
あれでうん、ああ行くってことね。じゃああの木で……。はいはい。
やべ、緊張してきた。
「ハイハイハイ!」
エイジが猪と正対して手を叩く。俺は移動を終えた。
怒りを高め切った猪がエイジを睨み上げ、我慢できないように走り出す。
ドココココ!
猪と同時に俺も走り出す。猪と俺のコースが垂直に交わる方向に、裸足の足指で土を踏み込みながら前傾姿勢で駆ける。
猪が俺の目前を通り過ぎた。
エイジがぎりぎりまで引き寄せてから、真横に飛ぶ。
ゴウン、と音を立てて猪が木に突き当たった。角は、刺さったか? 刺さってないか? まあ、どっちでもいい、と俺は自分のすぐ真下にいる猪を見下ろしながら思った。
エイジが狙った木の、隣の木をめがけてダッシュで駆けあがり、エイジが元いた場所を目掛けて、回転しながら落ちていくところだ。
何度も練習したから目算は取れている。
2回転分の遠心力。鉈、腕、背筋が生み出す、バネと筋力、遠心力を織り交ぜた力。腰から下の重心分の反動。
なるべく体の全てを活かしながら両手に構えた鉈の、トゲ部分を、猪の脳天に叩き落とした。
決まったー!
ゴブリンソウマ、決めました! でもそのあとのこと諸々考えてなかったから、そのまますとん、と猪の背中に着地してしまう。
やばい、猪のダメージは? と鉈を抜こうとして抜けない。
猪が倒れだした。うおう、っと鉈をあきらめ、背中に足を乗せて飛びのく。
猪はドサッと、土を飛ばしながら横倒しに倒れた。
「………行った?」
「ぽい。行ったよね?」
エイジが近づいて来て、一緒に猪を見下ろす。
俺は頭の方に近づいて鉈を取ろうとして、あきらめてエイジに頼む。
「うお、トゲじゃなくて刃の方までめり込んでるよ」
「ローリング鉈アタック」
足を使ってエイジが引き抜く。血が音を立てて飛び出た。
「うわすっげ。ナタータックやるじゃん」
「香辛料ぽく言わないで。あれこいつ、消えないのか?」
猪が消え出さない。
俺は【レコード】を使ってみる。
(魔獣)
んー。
(の死体)も出ない。毎日疲れ溜めながらやってんだけどなー。
で、さっきのミギウデンは(魔物)で、猪は(魔獣)。兎は(獣)。違いがあるのか、ないのかが分からん。
まあミギウデンは見た目がめっちゃ魔法生物だったから、消えるのは違和感ないしなー。
あ、それよりも。
「エイジ、これ大事なことだが、いつでも警戒しないとだ、俺たち」
「警戒? あーこいつ、いつの間にか来てたね」
「そう。いまのときもそうだけど、戦闘中には周りに気を配れてないとまずいな。てか、猪がもう少し早く来てたら俺らやばかったかもしれん。どっちかが不意打ち受けてたかも」
「だね。でも、むずいな」
「まあせめて、実際に攻撃したりされたりしてない方は、周りにも気を付けよう」
「それが課題だなー。了解よー」
そのほかの反省会、感想会は南に帰ってからでもいい。
「じゃあ警戒しながら、解体、するよね」
「大物だから俺やるよ。ナイフだけじゃきつそうなんで鉈も貸して」
俺は鉈を手渡す。
「猪って何取れるんだろ」
「毛皮と角、牙は取っときたいね。肉は、持てる分だろうな。ああ、俺は肉を包めるようなでかい葉っぱ探すわ」
葉っぱ探しながら、警戒しながら、ステータスも見よう。むずいけど。
あ、ミギウデンの魔石は?
あったあった。




