改めミギウデン
何を求めてどこへ進むの。
のろのろと進む魔物の背中から、徐々に距離を詰めていく。
向こうの目指してるものが分からんなー。
緑へんてこマンのペースは遅いまま一定だ。こっちは足を下ろすときに土や木の根を選んで音がしないように気を付けてる。無駄なんじゃ? と思うくらい、なんだか気付かれる感じがしない。
俺達と緑へんてこマンの距離が縮まったところで、エイジがそっと袋を肩から下ろし、棍を両手で持った。
ぐわーバトルか。ついにバトルか。
置かれた袋を見て結構喉が渇いていることに気付いたが、当然我慢。
俺も腰の蔦を親指で押し広げて開き、鉈を握った。
使う気はないけど、一応だ。
エイジが忍び寄る。俺は4歩ほどあけてついていく。
5メートル。
3メートル。
エイジが棍を肩の後ろへと振りかぶり、大きく一歩を踏み込んだ。
俺も緊張してるためだろう、棍の軌道がスローモーションみたいに感じる。
よし、そのまま当たれ、と見守る中、唐突に魔物が振り向いた。
エイジもそれに気づき、躊躇いが生じたのか軌道から外れてしまったのか、振っていた近は振りぬく感じじゃなくなって相手の肩をかすって流れた。
え、なんで、気付いた? 先手打つ時にも音はほぼ立ててなかったはず。気配?
エイジがすぐに後ろに飛んで距離を取る。
すでに俺は後ろの木の陰からぴったりと顔半分だけ出している。
「しくったー」
前を向いたまま、てへぺろの悠長さでエイジが呟く。なんというか、こういう奴だ。
緑へんてこマンがこちらへ一歩踏み出して、ボゥオオー! と、息じゃない、威嚇の声を上げた。
一歩、二歩と進んでくる、エイジが距離を取る。また一歩、二歩進んでくる。
おう。遅い。遅いぞ。やっぱり見てたまんま。
「やっぱ遅いぞ、エイジどうする!」
「んー、あっちの攻撃って、見てみたいよねー」
ああ、ですよねー。エイジそうですよねー。
俺のセリフには本当は、(逃げるか? 逃げるよね?)が大きなカッコで入ってたんだけどね。作者の感情なんてシカトですよねー。
エイジが後退を止めた。
「木に、気を付けろよ」
「ほいよ」
エイジ目掛けて近付いてきた緑へんてこマンが、そのまま振りかぶった。
回転幅が思ったより大きい、腰の駆動域が人間よりでかいのだ。
そこから、しなるようにして右腕が落ちてくる。
エイジが横に大きくジャンプする。
エイジがいた場所へと、緑へんてこマンの先の方が丸く膨らんだ右手が突っ込んだ。
ドゥン。
クレーターではないが、地面の揺れが伝わってくる一撃だ。
モーニングスターとかいう、鎖に鉄球が付いた武器みたいな? 関節がなく、しなりで攻撃してくる。そのしなりに合わせて腕も少し伸びたようだ。
上半身がエイジの方を向き、また一歩進んだ。
大きく振りかぶる。
ガン!
緑へんてこマンの拳はエイジが避けたすぐ後ろにあった幹へと当たった。太い幹は折れはしなかったが、樹皮が飛び散る。
バシン、とエイジの棍が胸の上に当たる。腰は入れてないが両腕の力で振り下ろし、すぐに飛びすさる。
ボォウ! と吼えた。
エイジは右に、右にと飛びながら、ヒットアンドアウェイを繰り返した。
緑へんてこマンが振りかぶるとき、短い左手がそれなりに牽制になっているようで、エイジも思い切り当てられていない。
5回、同じことを繰り返し、いまのところ相手の息が切れた様子はない。だが相手の攻撃パターンは単調で、右斜め上からの振り下ろし以外はやってこない。緑へんてこマン改め、ミギウデンにしよう。右腕大好きミギウデン。
そのミギウデンの大ぶりの一発は、当たった時のリスクが大きい。一回一回が骨折じゃすまない音を出している。
エイジも思い切り打ち込めていないようだ。
うー。
でも……。
うー。
俺はかがみながらゆっくりとエイジの後方へと移動する。その途中で、鉈を下へ投げ置いた。
またミギウデンが振りかぶる。エイジが飛びすさって、直後に一発。そしてミギウデンが身を起こす。
その咄嗟の隙に、俺はエイジとミギウデンの間へと飛び出した。
「ヘイヘイヘイ! ヘイヘイ! ゲスゲス!」
相手の間合いのギリギリでゴブリンダンスをかました。もし俺におっぱいがあったならそれがゆさゆさ揺れる感じに肩と上半身を振る、アレのことだ。どれのことだ。
「ソウマ!?」
「ミギウデンの攻撃の回避役は、俺がやるでゲス! エイジは思い切り打ち込んで!」
俺は両手を上げバンザイの体勢でバーチャルおっぱいを揺らしながらエイジに言う。
「ミギウデン? ああこれ!? ブハッ」
「ゲス! でも向こうが新しい予備動作した瞬間に、猛ダッシュで逃げるからね!」
ひと呼吸おいて、エイジが「うっし」と後ろで言うのが聞こえた。
ミギウデンが、振りかぶる。
俺は攻撃するつもりが全くないんだから、このときにブインっと回ってくる左手は気にしない。
右腕が振り落ちてくる。寸前に、飛ぶ。今度は左後方へ。
「もっかい! 頼む」
「ゲスゲスゲス! ゲスゲス! ウエイ! どしたーい!」
ヘイトの稼ぎ方は分からんが、間合いの中で声上げてバーチャルおっぱいを揺らしとけば、たいがいの男は大丈夫だろう。
案の定ミギウデンが身体をこちらに向けて、1歩、2歩、進んでくる。ほうら、男ってみんなそう。
「来るの!? ユー来ちゃうの! どうせ、あたしのボデーが目当てなんでしょう!?」
振りかぶる。
バーチャルおっぱいをどこまで振るのかが難しく、引いてはそれがヘイトの真骨頂だ。たぶん。
しなる。
寸前から、横にある木に幹ダッシュを三歩かけて、ジャンプ。
エイジがいるミギウデンの左後方側は広く空けておきたい。ミギウデンの右腕の軌道からさらに上に飛びあがった。
拳が地面へと振り下ろされるのを見下ろしながら、助走をつけたエイジが左後方から棍を思い切り振り下ろすのを見守った。
ガン! と音を立て、ミギウデンの上部がたわむ。ミシ、とその時棍から音がする。
俺はエイジの横に着地。
うわー、棍が体にめりこんだ。
こんなめり込むの? というぐらい左肩部分へとめり込んでいる。
ミギウデンが意外と柔らかいのか、エイジの身体能力なのか分からないが、棍の先は胸の上に開いている口の下側まで入り込んで、その形をゆがませている。
エイジが棍を引き、俺といっしょに距離を開けながら、ミギウデンの反応を見据える。
その中を、緑色の魔物はゆっくりと倒れていった。
◇
「こういうのって、ほんとに倒したかどうかってどう確かめるんだろ」
「知らんー。行けた手ごたえではあったけど。心臓とか脈とかってあんのかね、なんかなさそうだけど」
「とりあえず見守るか。あ、俺、鉈置いてきたから持ってくるわ。エイジ気をつけろよ」
俺が木立の中にいくと「あ! ソウマ待って!」と声がした。
鉈を取り上げて小走りで戻ると、ミギウデンがエイジの前で煙とともに溶けていくところだった。
ゆっくりと溶け、後には濃緑色の石がひとつだけ残った。
「おー、消えた」
「消えたね。魔石タイプかあ」
「魔石? これ? アイテムってこと?」
「ん。換金だったり討伐証明だったり、ほかのアイテムを練成する素材だったり」
「へー。まあ倒せたってことだよね。んじゃまあ! まあまあまあ、ヘイ」
そう言ってエイジは身を屈めて右手を上げてくる。
ああ、初討伐のあいさつってことね。
確かにめでたい。俺も役に立てたみたいだし。けど、エイジのその体勢はむかつく。
「エイジ普通に立って。で、右手あげて」
「ん? こう」
俺はそれを待ち、ビヨンと飛び跳ねて、エイジの手に自分の右手を打ち付けた。
うっはは、とエイジが笑う。
「イエ―」
「やれたねえ」
「なー」
やれたやれた。ヒヤヒヤはしたがモンスターを倒せたぜ。俺も笑う。緊張が緩和する。
「アイコン光ってるよ。エイジも? 確認しとこうぜ」
「あ」
「ん? あ」
その時に、俺たちは7メートルぐらいの距離に大きな猪が現れていることに気付いた。




