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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
24/55

緑へんてこマン


 町の西側を回って北に出る。

 北門から見えるのを避けて来たから予想になるが、恐らく北門の位置からはさらに北の方角へと伸びる一本道が伸びているだけだ。

 そこに入って周りを警戒しながら歩いていくと、両側に広がる植生が十傑草原からさらに変わり、俺の身長以上に草丈があるブタクサっぽい雑草や、群生した低木、そして遠くには南に比べて明らかに森林密度の高い森林を擁する山が見える。


「なあ。どっからが北の森というんだろか」


「んー。まあここら辺からはもう魔物が出てもおかしくない、って扱いじゃないかねー」


「あれか。ついにRPGで言う初期の町を出た感じか」


「猿さんが初期の町、とかをもし考えてくれてるとしたら、まあ、そうだね」


「……緊張して行こう。耳、鼻、フル回転で」


「うい。ネズミっぽい音でも、近ければ一回警戒しとこうかー」


 エイジは無鉄砲キャラに見えてここら辺がちゃんとしてて助かるなー。

これが俺の現実感と合わないヒャッハー!タイプとか、やだ怖い!絶対に兎狩り!タイプだったらもうちょっときつかった。


 俺は右腰にぶら下げてある鉈を軽く触る。肩から斜めに下げた蔦の先に絡めてあって、試行錯誤の結果指を差し込んで引っ張るとすぐ握れるようになっている。飛んだり跳ねたりで落ちないことも実証済みだが、いかんせん鞘とかカバーがないので少し行動が制限される。持つにも重いし、ほんとにいざって時には見捨てるつもりだ。


 いまのところは草木の密度が高くなったり草原に戻ったりという感じで、何度か立ち止まりはしたけど小動物の気配もあんまりない。

 むしろ十傑草原よりも少ないといえるかもしれない。敵が多いからじっとしてるのかもね。

 しかし1時間弱歩いたところで東側が傾斜になり、道のすぐ脇からが林になった。その奥は………ううむ。


「森っぽい」


「森っぽいね。行きますかー」


「ええ? え、ええ。うん」


「うは。心の準備?」


「……うーし。色々決めたんだしな。心の準備、出来た」


 作戦では、あまり奥に行かずに、数百メートルまで。ナイフで幹に印を付ける。そして、百メートル程度進むたびに木に登って、そこで30分くらい周りの気配が動くかを待つ、となっていた。

 豹とかは狩った獲物を奪われないようにわざわざ樹上に持っていくし、飛べる奴はみんな地面より木の枝に居つくくらいだから、基本的には地面より樹上の方が安全だろう。


 とにかくモンスターのことは、木の葉の間から出来るだけ一方的に観察したい。

 気を付けるのは木から木の間の移動時と、登るとき。今ではエイジにも【パルクール】の登攀スキルが生えて、上手く、素早く登れるようにかなり練習している。


 俺たちは森に踏み込んだ。

 木々が徐々に密集し始めて日が差し込まなくなる。暗視のおかげで細部まで普通に見えるし、逆に下草の元気がなくなったおかげで歩きやすくなったぐらいだ。

 見通しがいいってことは、つまりやっぱり身を隠すなら登攀したほうがいいってことだね。


 しばらく進んだところで、前を歩くエイジが足を止める。

 目の前の木を指さした。

 そろそろ登る? ってことね。俺は周りを見渡して、頷く。

 エイジが注意深く手を掛ける。俺に比べて普通の木登りだ。たまにカサカサとはなるけど、何とかゆっくり音を立てないように登っていく。

 時間を置いてから、俺も若干弱めの助走を取って、幹ダッシュをした。


「そっちのが静かなんだねー」


 隣り合った太めの枝の上に座ったところで、エイジが辺りを見ながら囁いてきた。


「幹を足裏で上がるからな。エイジのダッシュ力なら出来そうだけど、音は、体重的にどうなんだろうなあ」


「ふむ。今度やってみよう」


「で、ここら辺の匂いってどうだ? エイジ」


「ん……。草原より色んな匂いが混ざってる。直近で魔物や獣がここにいたとか近くにいるだろ、みたいなのは感じない」


「そか。とにかくここで待ってみよう」


「鼻で分かるのは最近の動向とか、近くでじっとしてるやつがいるかどうかだねー。遠くの動きなら耳に頼った方がいいと思う」


「なるほど」


 俺は耳に集中する。

 近く、遠くに鳥の音が重なり合っている。

 あとは虫の羽音、木々のざわめき。

 そう言うと音の大渋滞みたいにきこえるけど、音の粒? 音域? みたいなのがそれぞれひとつずつ独立していて、ああ、これが獣の聞こえてた世界なんだなー、と思う。

 ちなみに、時々ゲァアアアって中低音が聞こえてくるけど、あれも鳥、だよね?


 俺たちは枝の上で黙ったまま何か動きがないか待ち続けた。

 命がかかってる問題だからじっとしていても退屈だー、とはならないけど、緊張が続くのは少し疲れるな。

 だいたい30分くらい経ったという頃に、エイジが「行く?」と聞いてくる。


「ん。次から木の上で集中するのは順番にしよか。聴覚同じくらいだし」


「んだね。これ続くとそのうち疲れそうだわ。鼻は、俺が何か感じたら言うね」


「お、頼む」


 膝を使って降りて、また先を目指し出した。

 しばらく行くとエイジがふと立ち止まって首をめぐらしてから、気持ち左側に進路を変えた。ん? と思いながらその背中に付いていく。

 周りを見渡していたエイジが木々の一角を見上げて立ち止まり、にんまりと笑った。

 その先には、何本かの山ブドウが鈴なりに吊り下がっていた。


「おお」


「森の恵みってやつだね。肉ばっかだったから、これでビタミンが取れるっしょ」


 確か肉にもビタミンAやBは入ってるけど、そこはまあどうでもいいや。とにかくでかした。肉一辺倒から脱出できる。

 登れる系の木ではないためエイジが背伸びして背負い袋に入れていってくれる。しばらく見上げてたが、手持無沙汰だったしせめて俺は横で小さく踊っておく。ゴブリンがお送りする感謝と喜びのダンス。効果:ほどほどに周囲の神経を逆撫でする、だ。

 ちなみに背負い袋の中身は、ひょうたんと黒パン一個ずつを除いて草原にあった穴倉とか木のうろに分散して隠してきてあって、だいぶ余裕がある。

 こっちに泊まる気とかはないからねー。


 山ブドウを5房詰めて、俺たちは再び歩き出した。

 やっぱ便利やなエイジセンサー。

 この先匂いの意味が繋がっていくと活躍の場が加速度的に増えそう、と思いながら歩を進める。


 そのとき。何かが動く音がした。今までの雑多でささやかな森の音とは異なる、大きな生き物が複数の草木を踏みしめた音。

 俺達の進行方向の右手。まだ遠い。だが俺とエイジは一瞬で緊張する。

 エイジはすぐに周りに首をめぐらした。

 左前方にある太めの木を指さして、登るよね、というサインを送ってきた。

 登った方が……いいよね。やるなーエイジ。俺ってば今、ただ緊張してそっち見ながら耳を澄ませ続けてた。


 俺たちは足裏に細心の注意を払って、エイジが指差したがっしりした木の根元へと移動した。

 また先ほどの方向から、重めの何かが草土を踏む音。

 まだ、十分遠い。移動ペース的にこちらに気付いて近づこうとしているのではない、気がする。そうだといいな。


 太い枝が木の上の方にまで伸びてるのを確認して、俺たちはうなづき合う。

 エイジが俺を指さして、次は上を指す。

 先登れ、と。


 いやん、ありがとう。

 ここは男気に甘えておこう。

 騎竜隊のときのような、遠くの足音だけで危機感が魂からあふれ出てくるような恐慌状態には陥ってない。けど、それでもなお俺の方が色んなリスクを持ってしまっているのは確かなのよね。


 助走範囲内の土の出ている位置、木の幹や枝の配置から登攀ルートを定めて、すぐに登る。

 一回枝が揺れてガサっと音がした。

 俺は枝の上で、エイジは地面で息をひそめる。

 ……すまん。


 また何かが動く音がする。気づいた様子では、ないよね?


 エイジが樹上を見上げて俺の位置を確認し、登り始めた。うわあー、ドキドキする。枝に手をかけて揺れるたびに肩が強張ってしまうが、エイジのはゆっくり目の登攀なのでそこまでの音はしてないはず。俺のは速くて静かでも、一回でもしくじったときにガサッと鳴ってしまうのよね。


 そのとき、木々を挟んだ向こう側で何かが息を吐く音が、聞こえた。

低く、のどにかかるような音。

ぐっと近い。

 俺たちは地上7メートルぐらいの位置の枝に並ぶ。周りは広葉樹の葉が茂っている。息を潜めて、その間から音の元の方向を見つめた。

 いまでは一歩一歩ゆっくりと踏みしめる音が全て聞こえている。

 そしてそれはゆっくりと近づいて来て、いま木々の間から、見えた。


 緑色の、何だ? 

 二足歩行だ、腕もある。

 けど、何にも似てない。だって頭がない。手には指がない。人間でいう肩に当たる部分は横幅があって、左右非対称。

 濃緑色の粘土をものすごく雑に人型にして、首から上を取っ払った感じ? 右腕が膝下ぐらいまで伸びている。左腕は華奢に細まっていって腰ぐらいの位置で消えている。そして手足ともに、関節に当たるような部分が見当たらない。表面でのっぺりしてない部分としては、唯一胸の上部に穴が開いているが……あれ、口か。


 動きは緩慢だ。

ときどきブシュグルーって、胸の穴から息をする。

 うわー。魔法生物ってやつ? なんか進化のツリーから出来上がった感がない。


 俺たちが息をひそめて見つめる中で、その緑へんてこマンは木に見え隠れしながら10メートルぐらい先をゆっくりと進んでいく。エイジの膝までぐらいしかない短い脚で緩慢に動いているため、かなりノロい。

 目や鼻や耳を探そうとするが、緑色の表面は口以外がつや消し加工した分厚いシートみたいになっていて、それっぽい穴とか切れ目とかは見当たらない。でも木にぶつからず歩いてるところを見ると、何らかの方法で周囲を感知はしているようだが。


 プシュゴー。


 俺はそいつの背中を見つめつつ、【レコード】を起動した。


 (魔物)


 うっそありがとう助かった。じゃあ切るね。


 俺たちは方針通りに、向こうに気付かれない限りは距離が離れるまで動かないし、話もしない状態を維持した。

 ずい分とゆっくりかけて魔物はいなくなり、それでも少し余裕を持って待った後、エイジがこちらを向く。


「感想言っていい」


「ん」


「なんか、いけそー」


 少し笑ってしまった。


「いきなりかよ。まあ言いそうな気はしたけど。動きは、トロそうだったね。バトルになると急に早いって感じでも、ないよな?」


「うん。そういうのって足運びとかにも出るじゃん? あれは亀みたいな印象。とりあえず、もしやばくなったとしてもいつでも逃げれそう」


「まあ、一緒の印象かな。未知数なのは特殊能力がないかと、あとはパワーだよな。形状からして、腕がしなって伸びそう」


「あー。で、それがゆったり、ドス、ぐらいなのか、地面にクレーターなのかは分からんね」


「クレーターやだなあ」


「んー……。それは分からんけど」


 エイジが目を見てくる。


「行っちゃっていい?」


 うおー、まじか。


「いま? あれと戦うってこと?」


「うん。いま、実は全部ベストコンディションじゃない? 腹も疲れも大丈夫。どっか痛めて回復待ちとかもない。状況的に先手取れそうだし、俺らが何かしてた最中だとか、周りに別の魔物がいそうとかでもないし」


「んー」


「戦うデビューだけしといて、やばそうなら逃げられそうなんだよねー、あれなら」


「………そこまでは全部、正論」


「ハハ、あとは心の準備? てか俺が行くから、距離開けて見とくだけでいいよ」


「いやーそれは俺も行くっしょ。せめてそばに寄るだけだけど」


「ん、まあお互い危険のないように」


 言い終えるとエイジはするすると枝から降りだした。ぐおーマジか。行動はええよ。

 

 むー。

 行きますよ。ええ、行きますよ?

 戦闘に入ったら俺は鋭い目で安全な距離をパーフェクトに見定めつつ、エイジを後ろから見守ってやりますよ。そしてもし戦局不利なら適切なタイミングで「ヤバい! ずらかれ!」って凛とした声で言ってやりますよ。

 ビビりつつ、俺も降りる。

 そして緑へんてこマンの消えていった方へ進むエイジの背中を追った。


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