スタミナ検証
「えー、勝手に全額使うか、普通?」
「それ何回言ってんの。はい、中身確認するよー」
背負い袋を受け取ってから町から数キロ歩いて手頃な木立の中に入る頃には、草原はもう薄暗くなっていた。俺たちはねぐらを決めて焚き木を集め、火を熾してその前に座っていた。
リオン先生から聞いた情報によってもう火を咎めるような生き物も人もここにはいないだろうということが分かり、これからは夜の休憩は基本的に焚いておくことになった。
焚火の向こうでエイジは袋の中からひとつひとつ「ジャン」とか「ズドン」と言いながら上機嫌に取り出して並べていく。
その最初に取り出したものに驚いた。これは、鉈?
鉈というかマチェットというか。ゆるく湾曲した内側にだけ片刃が付いてて、菜切包丁みたいに先が四角く、先端部分が内側に向けてトゲのように尖っている。
柄も峰も刃もすべてひと繋がりとなった金属で、柄部分は太くなって包帯のような布で巻かれている。
先の方の峰にも緩い厚みが付いている。回し投げたときに刃先にも重心が行くようになってるのかも知れない。
「格好いいなこれ。便利そうだし」
「なー、じゃソウマが使う?」
「え。嬉しい。……が、重いかな。保留」
「ぬはは」
袋から出てきたもの。
・鉈
・火打金と火打石
・ひょうたん中と小。俺が知ってるひょうたんよりは口が広く、コルク蓋が付いてる。
・中古のブランケット。てか厚布。大小。
・釣り糸と釣り針
・がっちり固い黒パンが、隙間を埋めるようにたくさん
最後に「ん?」と言って袋から紙切れを取り出して、「何か書いてある。読んでー」と言って渡してきた。
「えーと、『パンと袋以外は倉庫の中古などだから、気にするな。アッソには秘密』だって」
「お下がりってことか。十分使えそうだけど、確かに古びてるの多いね」
「ええ? それって元手は安いってことだよね。じゃあ余計にお釣りはよ」
「んー。 あっ」
エイジが素早くひょうたん(小)に手を伸ばし、振った。カラコロと音がする。
ニヤリと笑って、「小石でも入ってんのかと思ったけど」と言って俺に差し出す。
俺は急いでひょうたんを受け取って、コルクを引き抜いて逆さに振る。
中から銀色のコインがすとっと落ちて、焚火に赤くきらめいて反射し、俺の目の前がぱあっとなる。
わあ!
ラルーナたん!!!
別れを覚悟しつつあったから、再開の喜びが半端ない。素敵。素敵な丸さと硬質さ。この鈍い照り返しがまたたまらない。ヤバい。俺、どんどん彼女を好きになっていく。肖像はおじさんだけど。
「うはは。良かったねえ。えーじゃあ、ここらへん全部リオンさんの奢りってことか。わざわざ集めてくれて? ほんといい人だねー。アッソさんが言ってた通り、おせっかいというかお人よしというか」
「神。もう神だ。リオン神だな」神兼隊長兼先生。
「ね、アイテムもそれぞれセンスいいし。前は冒険者とかだったのかな」
「なー。絶対役立つのばっかりだ」
エイジはブランケット(大)を身体に掛けて寝っ転がり、「おー」と言っている。今まで草葉のベッドでも寝れるは寝れてたが、朝方に水蒸気吸って湿気るのがつらかったので、これも大助かりだ。
エイジが寝釈迦のポーズになってこちらを向いた。
「あれよ。ソウマ、謝んなきゃね」
「んむ。リオン神には全力でお礼と疑った懺悔をする。〇ネ夫にはそのうち軽めに『ワリ』と言う」
「ぶは。〇ネ夫かー」
「俺と先方の顔面の双方に非があったケースだな。まあ会うことあったらお釣り入ってましたと詫びを入れとこう」
「んだね」
「火打石、いいな。これならすぐ点きそう。パンは……ガッチガチだねこりゃ」
「1個食ってみね?」
「ん? エイジ……」
俺はにっこりと笑う。
「これからは、お身体いじめの時間です」
「……あー……」
「飢えと疲労と睡眠欲がエイジを襲います」
「……あー……」
◇
俺は休憩がてら爪を伸ばし縮めしながら、エイジを見ていた。
棍を本気で振って練習してる姿を今まできちんと眺めたことはなかったが、結構、良いのでは? と思った。
ビュンとかブオンという棍がしなって空気を裂く音が連続で聞こえてくる。
元々運動神経オラオラのタイプだから思い切り身体を動かすことに頭が慣れてるし、身体能力の限界が広がったことについてあっさり適応してるようだった。
あと、何より楽しそう。高校生活でもそんなエイジをよく見かけていたが、体を動かすときにシンプルな喜びというか脳内物質というかをドバ出ししてるのが分かる。飛び跳ねたり身体をひねったりするたび、(ヒャッハー!!)と心の声が聞こえてきそうだ。へん。へんな奴なのだ。
俺も、鉈の感覚を試してみる。
んー、重い、が、使いようによっては? か。要検証。
そして棍のトレーニングが終わって小休止してから、本気の【スタミナ】いじめが始まった。
いま、エイジは俺の横で再び息が上がり始めてる。
もうすぐ周回ポイントだ。
「今、いくつだ?」
「………27」
「あい、もう一周。頑張ろー」
俺は横で幾分余裕でてゅるるる走りをしながら、持ってる板切れにナイフで数字を刻む。
隆起が分かりやすい丘を選んでその外周を回り、1周ごとにエイジのスタミナ差分を残しているところだ。
ここまででスタミナは、
・何かしらの活動をしてるだけでゆっくり減っていく。睡眠、食事で回復。
・激しい運動だとその運動量に応じてぐんぐん減っていく。休むとぐんぐん戻るが、運動開始前よりは少し減る。
・激しい運動でスタミナを一桁にしたときは、普通の人間通りヘロヘロになって、休むと普通の人間通りに戻る。
が分かった。
あとは俺の【レコード】連続使用のときに分かったことだが、
・スキルではスタミナが減少する、ものがある。
といったところか。
いまは、空腹時や、平常時のスタミナ自体が少ないときに激しい運動をした場合の減少具合を調査中だ。加速度的か、一定か。
やっぱり木の皮にナイフじゃうまく書けんし、色んな情報をまとめていくためにも、メモとペンが欲しい。最悪スマホでも構いません。
検証スタートしてから、休息は挟みつつも4時間ぐらい走ってる。
そう考えてみるとすごいなー。人間時代に比べて、いまの俺の場合はそもそも走り続けることに忌避感が全くないや。なんか自分の中で徒歩とランとに差がなくて、どちらも生物としての通常行動な感じ?
エイジがスタミナ枯渇寸前で休んでるときも、俺は続けて外周を走ったりしてる。だもんでしんどいエイジも文句を言えなくなっているようだ。おし、後半は【レコード】も起動してやってみよう。
【レコード】は注視した対象しかアイコンが発生しない。動きながら咄嗟に確認できて、運動そのものにも全く影響を与えないようになるのがベストだ。まあ言っても今は(草)とか(木)とか(獣人)なんだけどね。
「残、り………7! 休んでいい?」
「んー、ポイントまで。ペース落としてもいいから」
「ヒイー」
「ガンバレー」
棒読みで声援を送ったその時ふいに、俺の視界上のアイコンが光った。
え、ここで?
急いで小ウィンドウを、スキルなど全表示モードへと切り替える。
ポイントへと到達し、エイジが四つん這いでぜいぜい言いながら、俺に指を4本立てた。
俺は「お疲れちゃん」と言ってナイフで木の皮に4、と刻み込みながらも、自分に何が起きたか考える。
「エイジは、いまスキル生えてない?」
「……あ? ……生えて、ないよ」
んー。
新たに俺に増えてたのは、恒常効果スキルの、
身体能力強化(ダッシュ力5、持久力10)
だった。
でもエイジより俺のが走行距離はいくらか長いけど、ほぼ同程度走ってたんだよねー。
何で俺だけ? ゴブリンが獣人より育ちやすい説? あー、それとも種族ごとの得意ってやつかな?
そっちっぽいな。やっぱり自分が強い特性の系統スキルの方が生えやすいってことか。それが俺の場合は【持久力】と。最初からスキル化されてないしどこにも可視化されてないけど、種族によって才能が寝てるって感じかな。
【ダッシュ力】は? これはエイジのが強そうだけど。
あ、そうか。エイジが今ずっとやってたのは普通の持久走だけど、その速度にずっと付き合ってた俺はてゅるるる状態のチワワ走、イコール、ダッシュ走に近いものをやっていたっていう違いかな。
俺だけダッシュだったから【ダッシュ力】が生えて、さらに持久走と言えるレベルで長くやったから【持久力】も生えた、と。ふむふむ。筋は通ってるかな?
んじゃ、ちょっと方針転換した方がいいかな。ゼハゼハ坊やに伝えよう。
「エイジ、いいお知らせです」
「……」
「持久走を、ここで終わりにします」
「……いいの……?」
「そして悪いお知らせもあります」
「……なに」
「えー、いまから、ダッシュ走を開始します」
「……」
エイジが後ろ手を付いて顎が上がってるまんま、こちらをぼんやりしたような笑い方で見る。
あ、これ機嫌悪くなりかけなやつや。ちゃんと説明しよう。
ダッシュ走頑張ればエイジもすぐに【ダッシュ力】生えるはず。得意のはずだから。これでエイジの得意がさらに得意化しつつ、エイジがさほど得意じゃない持久系は、まあ毎日ぜいぜいとやってればそのうちに生えるはず。
この2個のスキルって、地味に見えてもつまりは機動力と逃げ足、移動距離、スタミナ切れ回避あたりの全部のことになるんだよね。トップの優先度で欲しい。
さらにスタミナの不思議が解明した上自分がどの程度動けるのかも分かって、もううはうはだ。
エイジがつらいだけで。うはうはで、なむなむだね。




