店頭お受け取り
まだ日は真上だから、時間は正午になったか少し過ぎたかぐらいだろう。
門から距離を取った後でエイジと話し合い、残りの日中はまた兎狩りに費やすことにした。日が傾きかけたら門に戻ってリオン先生から水を入れる容器を受け取り、夜はねぐらを確保してから【スタミナ】の検証と各自熟練度上げ。
川に魚いるのかなーなんて話も出たけど、なんせ糸がない。蔦はまあまず無理そう。ここは下流に近いらしくて、流れは緩やかだが30メートルぐらいの川幅と多分深さもあって、渓流みたいな掴み取りは無理そうだね、ということで却下となった。そもそも俺は身長的に超浅瀬しか行けないしなー。
夜の【スタミナ】検証というのは、要はエイジを使った耐久度調査だ。学問の進歩のため彼には礎となってもらう。
尊き犠牲、エイジの昼飯は当然抜きで、夜も運動しながらギリギリまで食わないことにしてスタミナをいじめまくり、身体能力への影響と危険度を把握するのが目的。
できたら【スタミナ】を一桁まで減らしたいなー。
エイジは飯抜きの話の時点で「げげ」と「げげげ」しか言わなくなったが、ここは頑張ってもらおう。
あ、不眠の影響も見たい。「げ」が増えるから夜までは黙っておこう。なむなむ。
カサ
おっと?
来たね。近いの。
二人して歩を止めて、姿勢を低くして音の方を見つめる。
んー、たぶんあそこらへん。
何度も耳に集中してるうち、音と距離感とは少しづつチューニングが進んでると思う。
で、音の感じからすると、サイズもほんのちょっと兎寄り? ボリューム2ミリ分くらい。こっちは確証はなく、気持ちそうかも、ぐらいだ。
幸いなことに、音がしたところの周辺は俺の身長まで丈がありそうな草むらが各所にある。かなりの好条件だ。
俺はエイジに目で問う。
彼には鼻情報もあるんで、俺よりもまた少し精度が高いのだ。
エイジは首をひねってから、頷いた。兎っぽい(かなー)、の意味だ。ふむ、消極的二票ね。
エイジは棍に結わいていた蔦を外して、そこにぶら下がった兎を地面にそっと置いた。俺はそれを目の端に入れながら移動を開始する。
まあ巻き狩り猟っていうよりは、ただの挟み撃ちだね。
草食動物の警戒度っていうのが意外と低いのは、そういや動物ドキュメンタリー番組の感じとかと一緒なんだなー、と分かってきた。草食動物にしても自分以外のあらゆる音に怯えてなんかられないから、たぶん「ヤバい奴が、自分を狙った様子で、ある距離まで近づいてきてる」っていうあたりが判定ラインになってるのだろう。あとは自分が子連れかどうかとかね。
こっちの会話や歩く音は向こうにも認識されてたはずだから、俺たちにとってここから大事なのは、「実は君を狙ってるよ」というのを相手に気付かれることなく、どれだけ近くまで忍び寄れるかになる。
だから大回りの時は距離をなるべく開けるのが大事。そしてエイジと対角線になったあとで距離を詰めるときには、ボリュームゼロと気配ゼロをずっと保つのが大事。繰り返しているうちにそういったコツみたいなのが徐々に分かってきた。
移動してるうちに対象が四歩くらい動いた。向こうが気づいた様子はー……、うん、なし。ただの気まぐれ移動だろう。
そして、やっぱり兎と判明。よっし。
ではこちらも四歩分方向を調整っと。
エイジの棍が草の間から見えるか見えないかでゆっくり上がり、そして降りていく。
エイジの配置が完了し、ここを一端にして挟んでくれ、のサインだ。
はーいりょーかいっす、俺はもう少し近づいてみるから待っててねー。
自分の歩幅で、対象まで八歩。まだ、行けるか。
超ゆっくり。気を付けて一歩。七歩の距離。うし。
投石やナイフは使わなくなっていた。当てるにしても驚かせるにしても、運要素が強くなるし、予備動作やら投擲後の態勢やらがちょっと微妙になるのだ。素早さだけの勝負になるのでこのちょっとというのが意外に大きい。俺に至っては投げる筋力もないしね。
代わりに爪に意識を集中する。
俺の【爪】は、サブスキルに【伸縮】が発生して1センチほど伸ばせるようになっていた。先端はちょっと引いちゃう感じに尖っていて、以前だったらもう絶対コンプレックスになってたような仕上がり方。
まあ一応絵ヅラ的なアレで、背中あたりの毛皮が覗いている草の間を見つめながら、片手を顔のそばまで上げてニタリ、と悪そうに笑っておく。何のため? 念のためだ。
ゆっくりとしゃがみ込み、両足のバネを意識しつつ、飛び込みやすい態勢を準備。
3………2………1………はーじーめーのー!
一歩! 両足踏切で飛ぶ。俺の右足が着地する寸前まで兎は気づいてない。よっし! これはいつもより向こうの反応が遅い!
二歩! しかも向こうは驚きでコンマ何秒か躊躇。身体をビクッとさせただけ。これは……ッ!
三歩目を踏み切った俺の視界の中で兎がぐんぐんと迫ってくる。俺は踏切の反動に利用するため回していた腕を、そのまま前方へ思い切り伸ばす。
兎の下半身が力を溜め、飛び出すために力を蓄える筋肉の動きのひとつひとつがはっきりと見える。そこへ伸びていく俺の邪悪なゴブリンネイルつまり爪。
いっけえ!
兎の一歩目と俺の爪の先という二本の動線が、交わるのか接しないのかのギリギリ。
俺の爪が兎の右太ももに引っかかった。
夢中で手指を内側に巻き込む。
引っかかった爪が毛皮の内側に食い込み、腕に対象の重さが伝わってくる。
そのまま腕を振り抜き、逃げるつもりだった方向の真逆に飛ばされた兎に、すぐにまた再び飛び掛かって、首を上から抑え込む。
「っしゃあ!」
草むらから飛び出してきていたエイジが、「すげえ! 単独?」と言って駆け寄ってくる。
単独だ。
弱い認定の俺が、単独狩猟。やった。
兎より強い俺。
微妙ではあるけど、ちょっとだけ自信回復。
俺の手の下で、兎の鼓動がトトトトトっと素早く打っている。
◇
その後、もう一匹の兎の狩りに成功したところで、食べるペースと肉が痛む時間とを考慮して狩りは終了。意外とボリュームあるんだよね。三匹の兎を棍に吊り下げながら町までもう少しのところに戻って、あとはスキルや身体能力系の自主練をした。
食材の保存かー。異世界というと、魔法袋とか、空間魔法といった魔法系だよなー。時間止まったり容量めっちゃ入ったりするアレは、ここではどうなってるんだろか。欲しい。まだろくに武器もないのにもう欲しい。
ちなみにもう一匹の方はラストはエイジが捕獲。まあまだ調子に乗れるほどじゃないってことね。
地面すれすれに振ったエイジの棍が兎の首下に直撃し、吹っ飛んだ兎にすぐにエイジが飛びかかって捕まえた。当てたのもだけど、当てたと同時に棍を手から離して飛ぶ判断スピードの方にもびびった。
あとは地上をずんぐりした鳥が歩いてるのも見つけて、すわニワトリ系かと興奮しつつ近付こうとしたが、こっちに気づいたのか自分のタイミングなんだか、普通に羽を広げて飛んで行った。
ということで日が草原に差し掛かるころ、俺たちは川で水を飲んでからそのまま川沿いに進んで門へと向かった。兎は持ち過ぎても下手に色々と聞かれるので、木の上に隠して昼と同じく一匹だけ吊るしている。
「あれ? 4人いる」
視界に門が入ったところでエイジが呟いた。
本当だ。守衛が4人、それぞれの門柱に立っている。
「リオンさんいないんかな。大丈夫かねー」
「ええ? じゃ、ラルーナは? お釣り、あるはずだよね?」
「知らんー」
不安になりつつ歩く。四人の姿が徐々に分かってきた。
「あ、小太りアッソはいるか。話通じるっぽい。良かったー」
「お前、それ絶対本人のいるとこで言うなよ」
「そう? ある時点では無言肉まで降下したけどな」
「ぶはは」
向こうからも分かる距離になったところで、俺たちはアルカイックスマイルモードへと入る。
おつかれさまでーす。
良いゴブリンですよー、あなたをアサシンしませんよー、耳なら見せまーす。
小太りアッソがほかの3人に何か言って、周りの警戒レベルが下がる様子が分かった。
「こんにちはー。アッソさん、あの、リオンさんと昼に話した件なんすけど」
「おう。おい、隊長から預かったってやつ持ってこい」
小太りアッソがもう一人に言うと、その痩せ顔が門の奥に入っていく。中に詰め所か倉庫かがあるんだろう。
無口な小太りアッソにしては色々と話が早いね。ノーマルアッソに昇格させてもいいかも。
ていうか、リオン先生って若く見えてたけど、先生兼隊長だったのかー。
痩せ顔が袋をひとつ持ってきてエイジに「これだ」と渡す。エイジがお礼を言って受け取った。袋は口に革製の蓋が付いていてその端を結わくようになっていて、ナップサックのような肩掛け紐や、外側に大きめのポケットも付いているのが見える。エイジはその袋を早速開けた。
俺は3人の顔を見回す。あれ、あれは?
「お? おおー、なんか色々入ってる」
エイジが袋の中に手を伸ばして確認しながら言うと、小太りアッソが、「ち……。ほんと良くも悪くも、色々おせっかいでな」とぼっそり呟いた。
俺は3人を見上げてまた順繰りに見る。いやおせっかいなのはいいから。
「えー、すげえ。なんか、あざっす」
「俺じゃねえよ」
「いやほんと、ありがとうございました」
エイジがアッソと痩せ顔に向き直ってきちんと頭を下げた。
俺はいっしょに頭を下げるどころか、高速で3人の顔ををぐるぐると見回す。
「あの、お釣り……ないでゲスか?」
3人とも「ん?」という顔になったあと、小太りアッソが痩せ顔の守衛に顔を向ける。
「ああ? 預かってねえぞお」
ほんとに? 痩せ顔の人、ほんとに袋だけだった?
え、疑ってごめんなんだけど……、でも……でもなんかお兄さんって、顔がス〇夫だし……。
「全部使ったのかなあ。なんか色々、そこそこしそうなのも入ってるし」とエイジが言う。
「俺は北門に向かう隊長からこの袋を預かって、渡す相手はアッソさんが知ってるって言われただけだ」
えー。えー。……ほんとに?
俺の真実を見通す視線を向けられて、痩せ顔がエイジと小太りアッソに向かってキョロキョロし出す。
「おいおいこのゴブリンむちゃくちゃ俺を疑ってやがるぞ?」
「こらこら」
えー。だって顔が……スネ……。
「俺は守衛だぞ? そもそも隊長がやり取りしてる相手から小銭ちょろまかすか? っていうか、とにかくその目で見んのやめろ!」
えー。
でもほら口とがらせて汗飛ばしてるところとか、完全にスネ〇じゃん。だから絶対盗ったじゃん。
「ほら、行くよ! なんかすみません。あの、あれです。『小鬼にコイン』ってやつなもんで」
エイジに引っ張られる。俺の後ろから続けて守衛たちに向かってお礼を言う。
「とにかくありがとうございました! リオンさんも、お二方も! また何かあったらよろしくっす!」
「ん」
「おい! 目をやめろォ!」
俺はエイジにズボンの尻を掴まれて引きずられながら、〇ネ夫を見つめたまま門から離されていった。




