草原の決まり
いやいやいやいや。
善良なゴブリン。ほら見て。
善良な野良のゴブリンで同意したはず。お互いそこは握ったじゃないか。
入れないって何よ。
「え、あれ? 何でダメなんすか?」
「最初に警戒したのはお前らが異質だったし、手ぶらなのも荷や武装した兵を隠してるように見えたからだ。アサシンのゴブリンなんぞはかなり厄介なんでな。が、そこらへんの疑いはもうない。しかし、それはそれとして、だ。この町で定められたところに照らしてみて、ここを通せるような条件をお前らは何も持ってないんだ」
「あ、ナイフも杖も置いていけるけど、それでも?」
「うむ、ナイフは大した問題じゃないし返すよ。お前が言ってたギィルの村にしたって俺もアッソも聞いたことがないが、それもあまり問題じゃない」
あ、やっぱない? ギィツの実に名前寄せてみたんだけど。
「単純に、お前らを町に入れてしまうとここの草原の決まりってやつに引っかかるんだ」
「草原の決まり」
「この十傑草原は、特別に定められた『平和の法』によって守られてるからな。普通に生活してる限りは関わらないから領民でも知らなかったりするんだが、実は草原の外に比べると結構多くの制限があるんだ。今で言えば、門に入る余所者には善良の証明が求められる、とかな」
善良の証明とな。
「正直長くて面倒なところなんだが、領民以外がこの町に入る条件を説明してやる」
そういって若ひげは条件の説明を始めた。
・役所発行の許可証や、立場あるものによる紹介状、または商業ギルドの行商パス。それぞれ照合検査あり。
・冒険者ギルドでDランク以上(つまり、にわかはダメ)。ギルドカードに青印という犯罪歴が押されている、または盗賊持ちのゴブリンを連れている場合は、Dランク以上でもギルドカード以外の保証が必要。青印は内容によっては問答無用で不許可。
・保有資産50ラルーナ以上、及び5ラルーナの預かり金と、衛兵により身元に不審な点がないかの確認が必要。
・領民の知人親戚でその家に身元を寄せるという場合は、衛兵による身元保証人への確認が必要。
うわあ。めんどくっせえ。
しかもゴブリンの盗賊が特別扱い。
「これは非常に言いづらいところだが、要はただ困窮してる者も、入門不可なんだ。町に入ってからがどうなるか、悪さに走る可能性も排除できないし、胸を開けてもらって良心を目で確認することができない限りは、誰も証明できないからな」
「あー……」
エイジはなんとかならないかと頭をひねっているが、これは今いま、この条件を提示された中では門をくぐるってのは完全に無理めだろう。
若ひげが続けて、少しすまなそうにエイジに語りかける。
「つまりお前らの場合は、町の外でその商人のおじさんとやらを待つか、平和の法が適用されていない別の町へと移るかになるだろうな」
「はあ。えーと、あの……お名前は?」エイジが若ひげに手の平を差し向ける。
「あ? 俺か?」若ひげがきょとんとする。
「はい」
「リオンだが」
「リオンさん、と、アッソさんですね。改めまして、エイジです。えー……」
にこっと笑う。
「あの、もう僕らって、結構知人じゃないですっけ?」
にこっにかあっと笑う。
「あれ? まだです?」
……すっげえええ。
人たらしって、発想からすっげえええ。
それは思いつかなかった。唖然とするわ。こいつがこういうやり方でいままでうまく行ってきたというその事実からしてもうめっちゃビビるわ。
同じく唖然としていたリオンが、ふっと息を吐いてから、声を上げて笑い出した。
「クッハハハハハ! これまで何遍も入門を断ってきたが、これは初めて言われたな!」
エイジが気をつけする。
「はい!! エイジっす! 友達になりたいです、よろしくです!」
「ハハハハ! 内容はあまりにくだらない。だが、それをほんとに言ってのけるお前は面白いな。しかも、『戦斧持ち』の衛兵を前にして、か。まあ個人的には面白い男だと思うし、乗ってやりたいところだがな」
リオンは微笑みながら肩をすくめる。
「こっちも仕事なんでな。その手も駄目だ。アッソにしても新婚なんでな。」
「あ、やっぱし」
新婚無口な小太りアッソが、ここだけニヤリと笑って頷く。
「俺たちで町の安全を背負ってるし、実際に人を一人入れたために町が潰れたという記録もあるんだ」
うわあ。異世界エピソード。
町なんか潰さないよ? 俺達兎を必死で追ってる毎日なんだけど、害がないっていう証明がねー、出来ないんだよねー。
「ただ、ここより入門審査がゆるい草原外の町までの馬車に乗るなら、門を出るときに乗っけていってやるように手配してやることはできるぞ?」
「はあ。……それは、馬車代はおいくらで?」
「ゴブリン連れなら、値引いて80ラルかな。ただし丸2日揺られた上、飯も寝床も出ない」
リオンは続けて、「代わりに魔物は出るけどな」と言ってニヤリと笑った。
はーい出ましたー。ついに魔物の匂い。
まあ異世界で2泊もやり過ごせてるから、遅かったくらい?
えーとつまり、このコースに行ってどっかの町に入れたとしても、ラルーナちゃんの大半を失った上、町の外では魔物がウェイウェイ、になるのか。ここみたいにウサちゃんは引き続き狩れるのかしら、っていうのも謎、と。
これもきついな。エイジもそこらへんを考えてるのか黙り込む。
むう。
「あの………でゲスね」
「うん?」
またレオンがきょとんとした顔で俺を見る。
俺としては、移動するかどうかを決めるには、まずここの情報を知っておきたい。特にこの草原がどういう場所か、だ。ただし、斧でかち割られない程度にだが。
「十傑草原の平和の法、ってさっきレオンさん、レオン殿? が言ってたでゲス。これって、どこらへんがほかのところと、どう違うのかってのを知っておきたいなー、なんて……」
レオンが俺を見つめ続ける。
あれ。
やっぱ俺喋っちゃいかんかったかしら。
何? ちょっと見つめすぎじゃない?
でも、あ、意外と目が綺麗ねリオンって。あ、やだ違くて全然そういう意味じゃないんだけど。
俺がへどもどしていると、リオンが俺から目を離してエイジの方を向く。
「なあ、エイジと言ったか。このゴブリンは、訛りはなんだか変わっているが、かなり賢いんじゃないか?」
「あ、そうなんすか?」
「ああ」
そうなんでゲスか? ちなみにゲス語は訛りじゃないでゲスよ?




