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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
17/55

川辺の会話


 翌日。

 俺たちは夜明け前に前日のねぐらを出発し、門とそこそこ距離がある木立の中へと入った。門との間に丘を挟んで地面にいる分にはお互いに見えない場所を選んだ。俺は木の上に登る。葉が多めの広葉樹を何本か透かし見た向こう側で門の全体が確認できる枝を見つけて、そこに腰かけている。

 木を選んで登ってから、5分程度で朝日の頭頂部が見え始め、それとほぼ同時に門がゆっくりと開いた。

 やっぱ、朝早いよねー。そこは読み通り。


 開門を待っていたらしい5組の町人が中から出てきた。2組は壮年の男性で、ヤクだか毛長牛だかみたいなのに荷を引かせて俺たちが歩いて来た西の方へと進んでいく。3組は歳がばらばらの男女だ。それぞれが農具や手押し車を手に川向こうにしずしずと歩いていく。


 と、いうことでまとめてスルー。

 んー。見た目って普通に町人と農民やねー。川向こうには田畑があるのかな。


 待つ。

 待つ。

 お? ……スルー。

 待つ。


 たまに下を見下ろすと、エイジが棍でゆったりと演武みたいなのをやってるのが見える。

 んー、頑張りたまえ。

 もともと体動かすの好きだったしね。良い脳筋に育って、俺のこと見捨てずに守ってほしいなあ。きっといいことあるから。


 さらに待つ。


 暇だし、レコードスキルでどこまで判定できるかなどをテスト&練習中。

爪もうずうずさせておく。


 ちらほらと門から現れる人の姿を見ていると、武装してるのはあんまりいないんだねー、と分かる。ショートソードを引っ提げてる人はたまにいるけど、レザーアーマーとかはまだ一人も出てこない。

 まあ確かにここまで進んできたところではモンスターの気配も痕跡も全くなかったし。盗賊の類にしたって、こんだけ昼日中に潜めそうな場所がないと、相当やりづらそうな気がする。

 そうなるといよいよ昨日の軍隊は何だったんだ、と思ってしまう。あれを見ちゃったせいで、この世界は平和なんだ! なんて楽観的なことは思えないんだよなー。まあいいや。のちのちこっちの雰囲気は分かってくるんだろう。



 待つ。

 待つ。

 まあ、次にあの軍隊の奴らに会ったときには俺のこの爪がガッと。こうガッと。

 ………ククク今宵は爪がうずく。

 とか何とかと考えつつ待つ。ちゃんと静かに早朝の木漏れ日を浴びさえずりに包まれながら待つ。


 お? 


 おお!

 待て待て落ち着け。

 よく見ろー。


 んー、今度こそ合格……っぽい。合格だよね!


 出てきた人から目を離さないまま、俺はポケットから小石をひとつ取り出して、そ、と手を広げて下に落とす。

 エイジの振っていた棒が止まった。





「あ」


 川辺に座っていた少年が、町の方から子供を二人連れて歩いてきた年配の女性に気付いて顔を上げた。(エイジ)


「あ、すみませーん、こんにちは」


 その少年は、挨拶しながら腰を上げる(エイジ)。

 母親は見たことのない人間に突然声をかけられて、一瞬警戒する。


 少年はさっきまで座っていた場所に立ったまま、邪気のない笑顔で母親たちの方を見ていた(この人エイジ)。

 少年の表情と軽装なのを見て母親は少し表情を緩め、背負子を背負ったまま子供の手を引いて近づいた。


「山菜取りですか?」そう母親に声をかけてから少年はまだ幼い二人の子供の方を向いて、顔をくしゃっとさせてから手を細かく振った(エイ略)。


「そうよ、ギィツの実と山菜、あと薪ね。ギィツはまだあればいいなー、ぐらいの時期だけど」


「ほー」


「あなたは? 手ぶらで何してるところ?」


「あ、実はー」


 そう言って少年は話し始める。



 しかしそのとき、立ち話を始めた人間たちのことを茂みの中から息をひそめて見つめている、一匹の魔物の姿があったのだった(俺! これ俺!)。


 まあ何というか、盗み聞きやね。

 出るわけいかないし。聴力あるから聞こえるし。

 もう俺この調子で茂みの中に住もうかしら。


 エイジは、打ち合わせたシナリオに沿って説明を進める。


「ほんとは商人のおじさんの荷車に乗って来てたんですけど、トラブルがあってはぐれてしまって……」


「あらー」


「自分、小さい村を初めて出てきたばっかりで、どうしたらいいものか途方に暮れてたんす。ここが目的の町だとは思うんですけど………あ、ここって、何て言う町ですか?」


「ここはシアンテよ。草原の北の町シアンテ」


「あ! じゃあここです! よかったー」


 エイジが安心したように笑う。

 おー、うまいうまい。

 嘘とか付けなさそうなタイプな印象あったけど、やれるやんやるやん。


「門の中って俺でも入れるんですか? あの、俺、何も持ってないんですけど」


「あら、衛兵さんにはまだ話してないの? たぶん入れるんじゃないかしら、あたしらいっつも素通りだし」


「あ、そうなんですね、良かった! いやー追い立てられたらどうしようと思って」


「追い立てやしないって」


 そう言って母親は笑う。子供たちも少し表情を緩めていた。


 よし、ここだ! 行け!


「あ、そういえば」


 エイジが何かを思い出した顔をする。

 よぅし! いい思い出し顔だよ! 程よい抜け感!


「ここらへんってゴブリン連れてる人いるんですか?」


 うわぉうシンプル! あれ? シナリオよりシンプルストレートになってるよ!


「ゴブリン?」


「え、はい、えーと」


 あー、忘れてるなあいつ。さすがエイジ。


「あ、そうだ。なんかゴブリンと一緒に歩いてる人見かけて。見間違いだったのかどうか。普通の子供だったのかな。話をしてるように見えたけど」


 そうそうそう! セーフ。

 よーしよし。こっからだ。

 さあなんて答える? 俺の死活問題に関わる、ドキドキタイムだ。


「そりゃ、普通にいるわよ。シアンテでも見かけるし」


 ゲットオオオオ!

 おらぁ来たあああ! 町暮らしへの栄光の道が、いまぁ、開いたーーーー!



「今まで見たことなかったの? 人と暮らす代わりに、奴隷みたいなことをしてるちび魔人たちでしょ?」


 そう言って母親は笑った。




 そもそも、『民』という字は針で目を刺された奴隷を模った表敬文字であり、つまりは民衆というその目に何も映さない蒙昧な衆愚の姿を現している。そう、俯瞰で見れば我々はおしなべて、誰しもが何かの奴隷だ。誰しも道を知らぬ暗愚であり、彼我のみならず財貨や名誉、漠然とした死への不安に対してさえも我知らぬうちに主従の誼を結ぶ。いつでも惧れ、いつでも欲し、かくして年百年中と何かに隷従するその哀れな姿から脱することが叶わない。

 そしていまその奴隷の一人、エイジの腑抜けた声が俺の耳に聞こえてくる。


「色々分かったねー。よかったよかった。まあ三件かかったけどね」


「……」


「ん? ソウマ?」


「……意外と、嘘、うまいんでゲスね」


「ん? あああれは嘘じゃなくて演技だって。シナリオも決めてたじゃん。まあ必要に応じて、そんぐらいはね」


「……どこから見ても素直な少年だったでゲス」


「そこらへんは俺の素だからさー。それにまあ、学校で劇っていうとセリフが多いのばっかやらされてたから慣れたかな。ソウマは?」


「……一回、出たでゲス」


「ふうん。何やったの」


「……無口な名古屋コーチンB」


「ん? ん、ああ」


「……でもここのところは、茂みの役をやるのが多いでゲス。演技の幅でも広がったんでゲスかねえ?」


「ソウマ? その、ゲスってやつさ……」


「演技の幅ってねえ? 奴隷の分際でねえ? フヒ、ゲスッゲスッゲスッ」


「……ソウマ?」


 そんな話をしながら、俺たちは門に向かって歩き出したんでゲスよ。





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