剣と棍
「3? ねえなんであれで3なの?」
「ビビってたもんねえ。あの感じは、あれだよ、完璧にヘビに睨まれたアレだったねえ」
「3000の間違いじゃなく? せめて300はいくはずでしょ」
「あれかな。種族的にゴブリンだと竜が苦手なのかね。ああ、竜ってヘビに近い? そんでゴブリンってカエルに近いのかな。うははっ」
「そんな大きくなかったよね? いやでかいけど。でも馬をひと、ふた回りぐらいだったよね?」
「しっかしスキル増えるねソウマは。俺やばいなー」
「ガチのガタイのドラゴン見たら心臓止まるの俺? 無条件に? 内臓がピュッピュって飛び出るの? あれで恐怖耐性3? 設定大丈夫?」
「あれじゃん、本人が恐怖を耐えるかどうか」
「あ、そうか」
そういえば恐怖に耐えようとはしてなかった。震えてただけでそれを抑え込もうとはしなかった。実際それしかできなかったのだ。なるほど、育成にはそういうのもあるか。
「落ち着いた?」
「んー。自分じゃないみたいだったけど。まだ身体がなんかおかしい。でもステータスは、……うん、何も減ってないっぽいな。……あー、これはほんとに、やばいなあ」
恐怖耐性の成長が急務だ。ドラゴンが特に怖いのかどうかは分からないが、ほんとに蛇に睨まれた蛙状態だった。
あんなんなったら何も出来ない。窮鼠猫を嚙めない。
…恐怖耐性か。
恐怖ってどう鍛える?
「ちょ、エイジさ。今夜寝る前とかに俺仰向けになるから、その棒で顔の横をバシバシ叩いてみてくんない?」
きょとんとしていたエイジが、意味がやっと分かって吹き出す。
「よく思いつくねー。そか、そういう感じで育ててくのか」
「いや大急ぎだよこれは。死活問題。もし俺が俺より強いのにエンカウントするたびにあの状態になるんだとしたら、たぶんいくらも生き残れないでしょ」
最弱設定なのだ。
最弱設定な上真っ白になって固まっちゃうなんて特技まで持ってたら、この世界で多分ニワトリや栗よりも食べやすい認定がなされしまう。
「いいけど、まあ後でねー。とりあえず暗くなってきたし町と川見に行かない? もうちょっと歩いたぐらいのところにあったよ」
「お、おお見えた? 町も川も? ……そうかー、ついにかー」
俺は手いじりしていたコインをポケットにしまい、膝をギシギシといわせながら立ち上がった。
「もうあの丘の向こうからすぐだよ。歩きで15分くらいかなー。で、中の建物とかは見えなかった」
「人は?」
「門はもう少し先行かないと死角になってて見えなかった。塀の周りとか上には見当たらなかったねー」
「そっか。うし。じゃあ気を付けながら行きますか」
日が沈もうとしていく中俺たちは立ち上がり、お互いの杖を手にして移動を開始した。
◇
町は大きくて立派な石組みの壁で囲まれていた。
高さは6メートルくらい? で、さらに近づいていくと大きな門があるのが見え、その向こうにももう少し壁が続いて、それが切れた向こう側には川が流れていた。
川は広めで町の外を通っているから、ここからじゃ分からないけど町に向けては水路か何かが通ってるのかもしれない。
恐らく日没が閉門時刻なのだろう、門はいままさに二人の衛兵によって閉められようとしているところだった。ここまで歩いてくる間にエイジと、今日は焦らない、野宿でゴーと話し合っていたので、俺たちは木立ちの陰に留まって遠くからその様子を見守る。
一組の親子が川の方から速足で現れて、衛兵に手を挙げて入っていくのが見えた。
ふむ、住民かな。そんで住民だったら片手挨拶で中に入れちゃう感じか。
木製の立派な門が二人の衛兵によってぴったりと閉められて、ふいに町の周囲には動くものがいなくなった。
俺たちは頭だけひょっこり出しながら見守っていたが、しばらくしても、見回りとか夜衛みたいなのは出てこない。
おおよそだが町の外側の雰囲気を確認し終わって、「んじゃ川に行くかー」と俺たちは動き出した。
「こっちが町の上流側でラッキーだったな。水、綺麗っぽいねー」
エイジが手の平で川の水をすくいながら言う。
「綺麗だ。綺麗なはず。これはー、もうさ、飲むよね」
「ん。俺は飲むよ、飲むっしょ」
「っし!」
かなり喉が渇きだしていた俺たちは、思い思いの体勢で川の水を口にし始めた。目の前で我慢は酷。これでもし腹を壊しても、下し耐性を育成してるんだと思おう。
「かーっ」
エイジが居酒屋みたいな声を出す。
俺も竜騒ぎのせいでくっつく程にヒリついていた喉がようやっと正しい機能を取り戻したような感覚だ。水が、冷たくてうまい。あと本当に冷たくてうまい。
川辺に腰を下ろし、「ふーっ」と人心地をつく。
こうなってみると今は水分補給もできたし、川沿いは木々が多くて寝床にしやすそうだし、兎だってもう確保済み。なにかあっても町はすぐそば。
今夜のところは安心して過ごせると思っていいかな-。
「町にあんな壁がなんで必要かは、ちょっと気になるね。やっぱ危険があるのかな」
「どこでもあるもんなんじゃないの、分からんけど。あの最後に入ってった親子って何もイカツイものは持ってなかったよね」
「ああ、そーいやそうだったな。普段着的な、布の服だった」
なるほどなるほど。それぞれ違うとこ見てるなー。
「じゃあ今日はもう色々揃ってるし、ある程度安心できるってことだよね。スキルの熟練度とか色々やってから寝るか」
「あ、そうそう。そーね。俺もなんか見つけなきゃって思ってて。んでさー」
エイジはそういって杖を持ち上げる。
「ソウマは俺剣と棒とどっちやった方がいいと思う?」
「お。戦う訓練をってこと?」
「おう。俺の特徴が体育会系ってんなら、そろそろそーゆうのに手を付けた方がいいっしょ」
ちょっと考える。
悪くない。というか、ほかに優先させるスキルがあるかも今は分からないのだ。身体を動かせるエイジが戦う練習を始めるんだったら早いに越したことはないだろう。
もちろんこの草原の調子で行くとバトルがないピースフル異世界転移の可能性もあるんだが、うーんやっぱあの物々しい騎兵隊の感じを見ちゃうと、備えといた方が間違いないかなー。
「確かに、そうだな。で、剣か、棍かー」
「やっぱ剣? 異世界っていうと」
「まあポピュラーなのはねえ。つっても今は棒しかないんだから、それが長いか短いか、か。えーと」
二つの違いを思い浮かべてみる。
まず、どっちも身体を思い切り使う系なのがエイジ向き。
あとは、えーと、近接と中距離とか、剣の場合は大きさによって盾持ちと両手持ちがある、とかか。フィジカル強い奴が盾を持つ重要性ってのがあるな。武器のメンテのしやすさ。あとは、師範なしでの上達度。今後の成長度。
んー。むむむ。
「色々あるけど、今は言っても一長一短になりそーやな。そもそもエイジはどっちやりたいん?」
「棒!」
エイジは両手に自分の身長を越える棒を掲げ持って見上げながら、元気に即答する。
「棍、な。まあ棒術って言ってもいいけど。えーとちなみに、なんで?」
「えっとねえ! こっちのがー、……長い。から得? 超長い。そりゃあ、振りたい。気持ちいい? 棒、だし。棍……がホラ……びゅんびゅんってさ……」
エイジが段々とうつむいて棍候補のことを見つめながら、尋問を受けてる不法入国者みたいに尻つぼみに答える。
「じゃーあ棍だな! そりゃもう絶対棍だよ!」
俺も細かくこだわるのはややこしそうなので任せることにした。好きこそものの上手なれ、だしね! まあ今決めたら固定ってわけでもないだろうし。
「よし! んじゃそれぞれ練習すっべ!」
エイジがわざわざ棍を肩に立てかけてから、パンと手を叩いた。
だいぶウズウズしてるみたいだけど。……ん、まー、明日の打ち合わせはまた後でもいっか。




