月、2個
月、2個かー。
うん、異世界だもんね、あってもおかしくないよ? あれが月なのかただ近い星なのか分からんけど。
でも、青い三日月と真っ白い満月って? これはやりすぎではないの? ファンタジり過ぎたのではないのか?
んー? もし太陽的なのも二つあって、別々の角度から照らせば、ありうる? 月同士はちょっと離れてるし? 白のが明らかにでかいし?
この理科的な考え方からしてもう外れてるのかしら。理由はずばり「魔法的な」って? 「青き満月の夜に、アイスクリスタルの丘でホニャララの力が」とかローブ爺が言い出す?
俺とエイジはいま、くっそ美味い兎を食い終わって、焚き火の前で食休みをしていた。
解体は話し合いながら試行錯誤で何とかできた。内臓切らないように気を付けながら腹を縦に切って、より分けた内臓を穴掘って埋めて、肉から切り離した毛皮は木にかけて、切り分けた肉を枝に刺して焼いた。
ナイフを差し込めば毛皮って意外とスムーズに剥がれてくもんなんだね。取っといて何に使うかは分からないけど、一応、初入手アイテム的な?
肉の量は思ったより多くて、エイジが3/4、俺が1/4で試してみよう、と申し出て、少しやり取りはあったが結局それで食べた。結果として、俺はもうちょい食えはするけど、まあ十分だ。
塩も何もない焼肉だったが、超美味いと思って食えた。エイジも同じらしい。ゴブや獣人というのが職の好みに影響してるのか、それとも単純に空腹とエネルギー消費のせいかなのは、まあちょっと分からない。食って美味いからそれで幸せだった。
それに、この草原で、食物が手に入る。その試みが成就したという事実は精神的にとっても大きい。
食後に確認してみると、【スタミナ】は俺が満タン、エイジがもうちょいまで回復していた。
睡眠じゃなく、食事でも回復するのね、とわかる。いや、行動を止めて休息したから、という線も残ってるか。今後要チェックだな。
「水が手に入ってないのが、ちょっとまずいかもだよなー」と俺はコインをいじりながら言う。
「ああ。食べ物からの摂取ってのはどうなの?」
「普段俺らの食事って飲み物と食べ物で半々くらい摂取してるらしいけど。いまのは焼肉だからなー。必要量の1/4とかかもしれん」
「朝露に期待か。どうせたぶん早起きするよね」
「ん。あとは火も日も当たりすぎない方がいいかも。まあ明日あの町っぽいところに着けるだろうから、そこまでは持つかな」
「とりあえず、しっかり休まないとね。今夜寝るのって交代制にする? 要らんかな」
「限りなく要らなそうだが……。夜はまだ知らんからなあ。火も逆に消すか? 気温あったかそうだし」
「えー。せっかく…」
「うはは。気持ちは分かる。でもどっちが安全かは諸説あるなあ。獣に寄られないように枝を紐で降ろして隠して焚いたりもするらしい」
これは想定してなかったのだが、俺もエイジも、結構夜目が効いた。
あれ? と思って火から離れて視力検査してみたが、結構見通せる。俺の方が見えるらしい。
夜でも視界が通るとなると、消した方が安全なくらいか。
さらに二人耳がいいが、どんぐらい寝入っちゃうのかちゃんと物音で起きれるのかがちょっと分からん。ガワの入れ物が変わっても、中の中身はまだ安全慣れしてるからなあ。銃器抱いてウトるだけのゲリラ兵みたいにはまだなれなそうだ。
ということで、火を消して交代で見張りをしながら眠ることにした。
◇
「ソウマ」
エイジに揺り起こされて、枯れ葉や草を集めたベッドから身を起こす。あれ。わー、結構しっかり寝れたー。
自分のタフっぷりにちょっと引いたが、まあ一人じゃないしなー。
「おう。何もなかった?」
「ん。何も。昼より静かだね。暇な間に自分についても色々調べてみたけど、そっちも何もだねー」
あ、目が眠そう。そかそか、おつかれー。
俺はエイジにベッドを明け渡し、そこから数歩離れてから地べたに座る。
見上げると木々の合間から月明かりが少し覗いていて、あとは虫の声と風の葉音。確かに平和そうな夜だ。ここが異世界じゃなければ『都会の喧騒を忘れて』とか言い出せたんだろう。
たまーに遠くでカサリ音が聞こえる。ウサギも昼行性ってより薄明薄暮性だからなー。昼夜ぼちぼち動いたりするんだろう。ネズミは? どっちも元気なんだっけ。
さて、時間はたっぷりあるし、俺も色々試したり考えたりしてみよう。
まずは、やっぱりスキル。
特に【円】。エイジの【合】と合わせて、これはかなりキモになるスキルだろう。
円ってなんだろう。
んー、丸、〇、回る、¥。
円形、角がないこと、欠けがない完全な様子。
やっぱ異世界モノだとすると、俺が回るか、円形の何かが飛び出す感じだよなー。
でもそうするとエイジの【合】はよ、となる。
練成しか浮かばん。えー、獣人がー? あ、あとは合わせ技とか。合わせ技? 合わせ技一本? むー。
木々の間を見据えて精神統一しながら両手を交差させ、「………円」と言ってみる。ふた呼吸ぐらい待つ。
今度はV系アーティストみたいに手を後方に広げてもう一度。重い声で。
「………円」
ポーズを変える。
「………円」
次はプロポーズのOKサインみたいに。
「………円」
「………」
交差状態からバッと広げて「……気〇斬!」も小声で試す。
またふた呼吸くらい待つ。
虫が鳴いている。
夜空に月が凍えたように張り付いている。
あとエイジの肩がなぜかフルフル震えている。ホームシックだろうか。
うーん。発動にもっと修業や条件がいるのか、それとも自分が回る系なんだろうか。
これは明日、日が昇ったらぐるぐるしてみるかな。エイジが悲しみに沈んでるみたいだし、もう大人しくしとこう。
そもそもどのスキルにしても謎が多すぎるんだよなー。
夜闇のなか右上で灰色に反転してる点をクリックして、ウィンドウを開く。
スキル名の横に説明文付けようよ。こんなんじゃダウンロード者もすぐに消しちゃうよ? よし、運営にもっかいちゃんと要望してみよう。
さあ、説明文プリーズ!
………。
出でよ! 文!
……虫がうるさく感じてくるね。
あと、レベルがないし。例えば【パルクール】って今日のデビュー戦と、これから毎日練習した後だと絶対うまさって変わるはずだよね? 表記変えないでいいの?
全部ただ【パルクール】って雑じゃねー? 開くアイコンとかこっちにも出せよ、と抗議の意思を込めてスキルを見つたら、
フン、と【パルクール】の右上に点が浮かんだ。
「ぅわ!」
思わず声が出る。
「……おーい、うるさいよー」エイジが首だけこっちに向けてのんびり言う。
「おう。……大発見。……明日報告する」
「んー。あ、おやすみー」
「おやすみね」
わ。わ。わ。
そうかー。そっちかー。アイコンで統一してんのね。
見たいスキルについてアイコンが表示されるよう意識すると出てくる、と。説明文を求めるんじゃなくて点の出現を意識する感じか。
えーと。では、クリックしますよ。
意識で、ぽちっとね!
ふよん、とスキル表記の下が開いた。
はー。ドリルダウンってやつだね。
それからひとつひとつの項目をクリックしてみるが、開くのはスキルだけ。なので、その中身を吟味していくことにする。
おお、なるほど。なるほどねー。あ、【感知能力強化】はやっぱりこうなのね。
そして【円】が何かも何となく分かった。これはでかい。でも試してみるのはやっぱ明日だな。
【ワールドコマンド】。まだ謎は残るが、何となく予想がついてきたな。
【レコード】。ふむふむ。
俺はエイジの背中を見つめ、心の中で「レコード」と言ってみる。
何も出ない。
あ、そうだ。全てのスキルウィンドウを閉じてから、もう一度試す。
すると、横になったエイジの後ろ姿の右上に、アイコンが出た。
それをクリックする。
下に、
獣人
と書かれたウィンドウが出た。
おー、パチパチパチ。
自分のウィンドウをHP/MP/スタミナだけの表示状態にして、試す。
出ろ!
よっしゃ、出た。ウィンドウ同士の重ね出しだけ駄目なのか。
……鑑定! コレ鑑定ター!
やった、超重要スキル!
表示情報的にはまだ何も見えないのと変わらないけど。でも今後に期待していいやつで間違いないよね。これ、絶賛育てる対象だよね!
周りを見渡しながらレコードをかける。(木)と(草)だ。
自分が注目したひとつだけに対してアイコンが表示される。あと草の間に隠れてるだろう(虫)は出てこない。これからは有効範囲も含めて調べていってみよう。お、あれはなんだ? (棒)? 木に立てかけてある長短の棒。寝てる間にエイジが作ったのかな。
しばらく周囲に試したあと、再びスキルウィンドウを全展開する。
20回以上鑑定してみたけど身体のステータスに変化は……ない。でも体感的には、新聞とか英文みたいに頭を使う文章をしばらく読んででもいたような、脳のだるさを感じる。
これを続けると……? ほんとに特に何も弊害がないんだろうか。
とにかく、相方の安眠を考えると今は【パルクール】も【円】も練習できないので、代わりに熟練度稼ぎの対象として朝までやることがひとつ見つかった。
にしし、と思いながら、【レコード】祭りを始めるよりも先に、自分のステータスの見直しを始める。
んー。見るだけで一気にテンションがマイナスに落っことされるような、きっついステータスだなー。
【HP】と【頑健】のダブルコンボ。ヤシの実当たっただけで死ねそう。ヤシの実も敵の攻撃も亀の甲羅も、自分には当たらない当てさせない、というのに命を懸けるていくしかないだろうね。
そもそも何とも戦わない、っていう方針が可能なのかどうかも、もう少しこの世界の様子が分かったら真剣に考えてみよう。
ちなみにゴブリンって、通常はどうやって戦うんだっけか。
俺は記憶を掘り起こす。
まず、群れだよね。群れる仲間がいるならだけど。
えっと、ラノベ主人公に対して序盤で人海戦術を使ってきて、そんでモノホンの殺気とか殺し合いの恐ろしさみたいなものを学んでもらいつつ、ちゃんと必ず主人公に負ける。
そうなのだ。ゴブリンはしっかり勝てない。
英雄譚という、英雄が遥か高みへと登っていくための階段があるのだとすれば、その一段目か二段目あたりに陰惨に広がっている死骸。それがゴブリン。
あとは、チート魔法モノなら一発か。もう花火みたいなもんだ。
読者をスカッとさせるためだけに、生まれ、這いずり、貪りながら育ち、そして最期に華々しく散っていく。そうそれこそがモブの心意気。嗚呼ゴブリン心と冬の海。さあ、それでは歌っていただき…。
ハイ一回やめようこの話。
で? 何だっけ? そうそう戦うときには手に何を持ってるんだっけか。
……ダガー、……こん棒、……短剣、……。
無手はあったっけ。爪とか牙は使う? そこまで細かいイメージないけど、魔物なんだからきちんと所与の初期条件って活かしていかないと良くないよね。生き物はすべての形に意味があるはず。
んー、牙、は、でも実戦で使うの怖えよなあ。二足歩行が顔から突っ込んで噛みつくってどうなんだ? 隙だらけな気がする。これは初期の戦闘では封印して、狩り用じゃなくて固い肉とかの食事用ってことで。
あとの候補は爪かー。かなり頑丈だったし、俺のスピードと身のこなしは高いからねー。うまく使えば、格闘家タイプになるか。
これは、ありかもしんないな。
俺は五指を折って自分の爪を見つめる。
赤い。肌の緑と爪の赤の、対比がお見事。例えるならそばとうどん。一人クリスマス。あとは…一人ポンキッキーズもか。超便利。
……えっと、また脱線したね。何考えてるところだっけ?
まあ、でも実戦で武器を失ったときにまだ爪が残ってるというのは結構アドバンテージになるはずだ。
頼むよ、君。
そう思って見ていると、爪に違和感を感じた。うずうずする感じ? お、何だコレ? また何か見つけたか!?
試しに身体のほかの各部位にもひとつずつ意識を集中してみる。手足。目や鼻、牙。うん、これらは違和感が生まれない。
そしてもう一度爪に集中する。明らかに、うずくような感覚。しばらく集中するが、何も起きない。
……が、これは何かあるな。隠された、魔物的な設定がプンプン匂う。
これも今夜からの検証対象だ。
そうやっているうちに時間は過ぎていき、月が夜闇との間の輪郭を薄めながら沈んでいって、朝日が昇り始める。
エイジはほぼ朝日と同時に起きてきた。
「おう。おはよーさん」
「ん。うはよ……」
有意義な時間を過ごせた。
エイジの脳が起きてきたら色々共有することにしよう。




