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ゴブリンダンス ~余命一年の最弱魔人~  作者: 百号
友人獣人俺ゴブリン 篇
1/55

草原と青空


 目の前に広がる草原。

 そのなだらかな稜線にくっきり切り分けられた澄んだ青空。

 ウィンドウズXPの、デスクトップ画面みたいだ。

 ぽわん、と、クエスチョンマークが一個俺の頭の中に浮かび上がる。


 友人との下校路だったはずだ。

 今日は始業式なうえ部活禁止だったからほとんど一斉下校みたいになって、コミュ障の俺はろくに挨拶もしない顔見知りだらけになった下校路を避けて、ひと駅分を歩いて帰ることにしたのだ。

 唯一と言っていい友人のエイジもそれに付き合ってくれて、まったりとだべりながら線路沿いの道へと入る。

 そんな、何でもない帰り道。左手が線路で、右手が住宅の、いつも通りの超どうでもいい景色。それがスコンといま草原と青空に変わった。ような気がする。ようにしか見えない。


 俺は呆然としたまま、ゆっくりと隣を向く。


 そこには、でかいエイジがいた。

 先程と変わらずに俺達は並んで立っている。

 なんだけど、なんか、横にいるエイジはでかいエイジだ。


「おおおー」


 阿呆みたいにでかいそいつが、草原を見ながら阿呆みたいな声を上げた。


 いやちょっと待て。待ってください。

 エイジのでかさが異常だから。ちょっと目線で見上げるとかじゃなく、しっかり首を曲げてやらないと顔も見えない。もともと俺の方が顔半分ぶんくらい背が高かったのに、今、俺の目の高さは彼の腰のあたりにある。


「ん、なに……何が起きた? エイジ、だよな」


 どこを突っ込んでいいか分からず呆然と言うと、エイジがこちらを見た。


 俺をじっと見下ろし、呼吸半分くらい考えて、


「……ソウマ……?」


 と首をかしげて聞いてくる。


「そうだよ。なんか突然…どうなったの今?」


「……ソウマ」


 彼は何かを消化するように俺をじっと見つめている。

 そして、


「どぅおっほ! お! おお! ソウマ! ぶははははは!!」


 と、爆発するように笑い出した。


「いや、じゃなくて、何だこれ? でかくなったよなお前急に」


「う、うっひい! しゃ、しゃべひいい!」


「いやしゃべひいって、お前、これやばくね? なんか突然草原で」


「ソウ、ソウぶふーーっっ!!」


 苦しそうに崩れ落ちていき、彼は俺の前で四つん這いになる。


「おい! 落ち着け! 場所もそうだけど、エイジもいきなりでかくなってんだぞ。髪もオレンジ時代に戻ってるし」


 俺はエイジに今の見た目を伝える。

 しかし彼には届かないようで、いまだ口からへんな空気音や摩擦音を出しまくっている。


 ダメだこいつは。

 ちょっと今エイジの脳の配線がおかしくなってるけど、ここはとにかくまず俺が落ち着いて、


「とにかく、いまの状況認識は俺が!」


 バッと周りを見回す。

 前、うん。

 右、ふむ。

 左、後ろ、ほほう。


 うんどっちを向いても草原だな。

 ただただ草原と、あとは青空だ。超広がってて、超綺麗。


 バッとエイジを見る。

 やっぱりでかいな。髪が半年くらい前のオレンジ色に戻ってる。口や鼻からまだへんな音を出している。


 以上、俺の周りには三つだけ。

 草原と青空と、でかい爆笑エイジ。だいだい色Ver。


 そこでエイジがやっと顔を上げた。

 口を押さえてまだフルフルと震えている。涙目で何か訴えようとしている。

「ん、はあっ」とか苦しそうに唾を飲んだ。

 喋ろうとしているようなので、俺はそれを黙って待った。


「……緑……緑ぃ……。状況にん……うふひゅーっ!!」


 うっざ。こいつうっざ。クソ馬鹿にされてる気がする。


 緑ってなんだ。草原は確かに異様に広くて緑だ。

 α波でも受信しておかしくなってやがんのか。

 ていうか気付いたら草原に放り込まれてるなんて、普通こんな笑えたりしない話だろうに。


 ん?

 草原で笑ってるんじゃないのか。


 え、てことは?


 俺?



 俺はばっと両手を見る。


 え。


 手?


 え、手? これ。

 いやたぶん、手だ。

 めっちゃ普段より近い場所に、小っちゃい子供みたいな手が二つある。


 小っちゃい、よね。

 自分の視点で普段手を見る大きさから、距離も近いしサイズも明らかに小っちゃい。

 色がおかしい。サイズも形状も全部おかしい。

 爪が異様に長い。2センチくらいある。爪赤い。高二男子なのにネイル冒険的。そして指も手の平もみどりい。何か色がみどりい俺の手。


 続けて体を見る、と…上半身裸だ。制服吹っ飛んで、生成りの短パンしか身に付けてない。

 そして短パンから伸びた足がやはり細っこくてみどりい。

 おなかは白くてゴムまりみたいにポッコリ出てる。

 そんでお腹周りがやっぱりみどりい。


 「お? おお……、お?」


 顔を手で触る。

 鼻、鼻が……ああ、あったあった良かった、明らかに小さくて低くなってるけど。てか鼻梁って存在しないぐらい? 顔の真ん中がほんのりせり出して、そこに急に鼻の穴みたいな?

 目や口は……ぱっと分からん。で、えーとスキンヘッド? いや頭頂部に…生えてるわ、良かった。いや、良くない? 片手で握れるくらいの申し訳程度の毛髪。え?



 えー?



 やっと落ち着きだしたエイジが、のそのそと緩慢に座り込む。

 そして、こっちを見ながらほんのり微笑んで、仕方なさそうに言った。


「ソウマさ……、いきなりでよく分からんけど、とりあえずゴブリンじゃんね? それ」



 え……。



 ええー。




 えええええええええええええええええええええー?



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