館の中で
館に入り、一番に感じたのは埃臭さであった。
浩次が床を懐中電灯で照らすと、まんべんなく薄い埃の層ができているのが分かった。
光を床から上に向ければ蜘蛛の巣を多数見ることができた。
「うえー、俺虫嫌いなんだよね。みんなは平気なのか」
博人がそう皆に尋ねた。
上級生の2人は皆オカルト研究部をこれまでやってきてもう慣れたという話をした。
青葉はそれに対して虫がすごく苦手であるという話をした。
浩次を除く4人は楽しそうに談笑しているのを浩次は雑音として聞いていた。
しばらくして麗奈がそろそろ行きましょうかというと5人は館の部屋を物色しながら歩くことにした。
館の内部の荒れようは廃墟と言われて想像するような塩梅であった。
廊下はゴミであふれ、木でできた家具が散乱していた。
「汚いですね」
青葉がふと声を漏らした。
「そうだな。あんまりおもしろい物も見つからないし」
博人が青葉の会話の相手になるようであった。
「こう、なんていえばいいんですかね、もっとすごいオカルティックなものが出てくることを期待したんですけど」
「日本人形とか?」
「そうですね、そういうのがあれば博人も面白い反応してくれるでしょうに」
「まぁ、脅かすために館を作ったわけじゃないからねー」
麗奈が2人の話に参加するようであった。
「うーん?期待しすぎたんですかね、私」
青葉は少ししょんぼりとした表情である。
「俺も怯えすぎてたかも」
他方博人は何が面白いのか大笑いしている。
「2人はどうー」
麗奈は会話に参加していなかった琴音と浩次に気を使ってかそう話しかけた。
どう、浩次は少しこの館の構造で不思議に思っているところがあるのだが、それをみんなに言うかどうかを迷った。
しっかり説明できるか分からないから、おそらくその作業はめんどくさい。
自分からめんどくさいことをする理由もないなと思ったのである。
「ああ麗奈、……この館の内部構造変じゃないか?なんか館の方形の中心部分にあたる場所にスペースが開いてるんだ」
浩次は琴音も同様の疑問を抱いていたようである。
「どういうことですか?」
青葉が話が呑み込めないようで、怪訝な顔をしている。
「あー、えっと……この館の中心に、正確に言うと中心と中心から廊下に通じる空間に通路も、部屋もないんだ、って言えばわかるかな……あ!、カタカナのコの字の中の空白部分にあたる部分がこの館は入れなくなっているんだ。普通に家を建てる時にこんな無駄なスペースを残す意味がないと思うんだけれど……」
琴音はそう言いながら手でコの字を作り説明した。
「そうなんですか!じゃあもしかしてその空間にすごい物があったりするんじゃ!」
と青葉が興奮気味に言った。
「そうですよ!どこですかその空間に接しているのは!」
博人も青葉と同じように興奮している。
案外2人は似ているのかもしれない。
「えっと、じゃぁついてきて」
琴音は困惑しながらもコの左側の空白に当たる場所に案内した。
琴音が指す場所はコンクリートでできた壁である。
「ただの壁ですね……」
青葉は不満そうだ。
「うーん、この壁を破ればいいんじゃなーい」
麗奈はあまり現実的ではなさそうな案を提案した。
その言葉は言動からおふざけの範疇なのだろうと感じた。
「あ!じゃぁ俺ハンマーにもなる懐中電灯持ってますよ!」
博人が嬉々としてカバンからその懐中電灯を取り出した。
ただの冗談を本気にするなよと思った。
また浩次はこいつのカバンはドラえもんのポケットかなと内心苦笑した。
博人が取り出した懐中電灯は確かにごつごつとしていて、固そうである。
博人はそれを器用に変形させ、よく見るトンカチの形にした。
そしてソーレという掛け声のもとそのトンカチを振り上げ壁を強打した。
壁はゴーンと、響いた音がした――それは中が空洞になっていることを示していた。
しかし壁にはヒビが入ることは無かった。
「い、ってぇ!」
博人は大きな声で叫び、手首を抑えた。
「お、大丈夫か?」
浩次は博人にそう声をかけた。
「痛いんだよぉ……」
博人は手首をさすりながら、まるで独り言のようにつぶやいた。
「今の音聞きました!」
青葉はおもちゃをもらった子供のようにはしゃいだ。
「おい、そんなことより鈴木君の心配をしてあげなさい」
琴音は怒りなれてない人特有の、敬語が混じった口調で青葉を叱った。
「え、あ、ご。ごめんなさい」
青葉は怒られると思ってなかったのか、すぐさま委縮した。
「あ、いや、すまん。そんな、怖がらせるつもりはなかったんだ」
「そうよー、青葉ちゃん、琴音はいつもこんな風に怒ってるような顔してるし、そんな気にすることじゃないわー」
琴音が青葉に抱き着き、慰めた。
青葉ももう抵抗するつもりはないようである。
「おう、まぁ気にするほど痛いわけじゃないし」
博人がどうやら痛みも引いたようで、へらへらと笑って青葉を励ました。
「あの、ごめんね、博人……」
青葉は申し訳なさそうに博人に謝った。
「いや、気にしなくていいから」
浩次は早くこの茶番が終わらねぇかなと思って4人を眺めていた。
しばらくして浩次の願いは叶った。
「それでですね、この壁を打った時にすごい響いた音がしたんですよ!」
青葉は目を輝かせながら言った。
「それは、つまりこの壁の奥に空洞があるってことだよな」
博人は青葉の話を要約した。
「そうです!ですからこの壁ぶち破ってほしいんです!」
青葉は興奮しながら言った。
浩次は、水道管とかが通ってても響いた音がするじゃないのかと思った。思ったが空洞の大きさからそれは無いかと考えを改めた。
「浩次、頼むわ」
博人がそういって浩次にそのトンカチを手渡した。
浩次はそのトンカチを受け取ると、それで壁を叩いた。
浩次が柔道で鍛えた体はその目的を遂行するに十分発達しており、その壁にヒビを入れるのに至った。
「すげー!」
博人が感嘆の声を上げる。
浩次は、思ったより頑丈じゃなかったなと思いながら、作業的にその壁をトンカチでたたき、壁を取り去った。
その壁の奥から現れたのは、地下へと伸びる階段であった。
「えー!、なんですかこれは!」
青葉はそれはもうはちきれんばかりに興奮していた。
「皆行きましょう!」
そういって博人の手をつかむと階段を駆け下りて行った。
それに麗奈は続いた。
その場には浩次と琴音が取り残された。
「ねぇ」
琴音がうつむき、弱弱しい声で浩次に話しかけた。
「何ですか」
「この階段ってわざと隠されてたんだよね」
「まぁ、そうですね」
そういうと2人の会話は途絶えた。
浩次は何やら悪い予感をその階段の下から感じた。
それは廃墟という環境が浩次にそのようなイメージを持たせているのであろうなと分析した。
あるいは過去の経験が浩次に警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
「怖い」
琴音はしばらく黙ったのちにそう呟いた。
自分から、空白の空間があることを言って、何かがあることを皆に言っておきながら、今更怖くなるものなのかなぁと疑問に思った。
まぁ、想像することと実際に経験することは異なるということだろう。
「じゃぁ、ここで3人を待ちましょうか?」
浩次はしばらく思案したのちに琴音にそう提案した。
「いや、行くよ。見に行く。見に行かないとどっちか分からないから」
「そうですか、じゃぁ行きましょうか」
浩次はそう言いながら階段に向かって歩き始めた。
しかしその歩みは手を引っ張られることによって阻害された。
どうやら琴音がその手を引っ張っているようである。
「ここで待ちますか?」
浩次は再度提案した。
「いや、行く。行くけど。……手をつないでほしい」
浩次はよく手の感触を確かめれば琴音が震えているのが分かった。
「いいですよ」
浩次はばくつく心臓の鼓動をごまかしながら了承した。
地下。その主な効果音が遮断されることであろう。
そう思いながら浩次が琴音の手を引き、懐中電灯の光を頼りに降りた。
階段はとても長かった。
おおよそ3階分は降りたように思える。
なぜこんな深く掘る必要があるのだろうか。
降りた先はその答えを提供してくれるのかもしれない。
10はあるか、それだけの数の鉄格子で囲まれた小部屋があった。
ほかに大きな鉄格子の部屋が、小部屋からは見えない位置に存在した。
どちらの部屋もマジックミラーで覆われているのが分かった。
その小部屋の中には、小さな鉄製の輪が鎖でつながれているのが分かる。
そのほかに、トイレ、ベット、机、椅子、等々の生活するためのものが置いてあった。
どうやら経験によって警鐘がならされていたらしい。
琴音の握る手の力が一層強まり、浩次に体を近づけた。
「これって……」
琴音がそうつぶやき、黙り込んだ。
何を言おうとしたのか分からないが、言わなかったことは聞かれたくないのだろうと浩次は思って、あえて聞くことはしなかった。
浩次は、その景色を見た瞬間、体が一瞬のうちに張り詰めるのを感じた。
頭の中を誰かこの中に潜んでいるのではないかとか、実は監視カメラで自分たちがこの館に入るところを見られていたのではないかという、妄想が通り過ぎていった。
しばらくして、それを考慮していたらきりがないなと、その思考を切り捨てた。
その代わり、トンカチをいつでも振り下ろす準備をしたほうがよほど建設的であるから。
浩次は琴音をどうしようかと考えた。
「戻りますか?」
浩次は琴音にそう提案した。
「うんうん。行く。みんなもここにいないってことは先に進んだってことだし。みんなが心配だから」
琴音は怯えながらも首を振って、強くそう言い切った。
浩次はその勇気をうらやましいと思いながら、皆のことを少しも考えていなかった自分を恥じた。
しばらく、その地下施設を行ったり、来たりしていると他の場所とは異なり、綺麗な部屋を見つけた。
全面がマジックミラーで囲われた部屋で、中からは外の鉄格子で区切られた部屋が一望でき、多くの武器と、質のよさそうな家具が配置されていた。
そこにはほかのオカ研メンバーも集まっていて、浩次がその部屋に入った時、思わず身構えてしまった。
そのメンバーは地下への入り口を見つけたときのようなテンションではなく、開けてはいけない箱を開けてしまった男の心境であろうか。
3人はその部屋を漁っていくつかの紙の資料を見つけていたようで、その資料を読んでいた。
「何を見てるの?」
琴音がそう声をかけた。
「……見ればわかるよ」
そういって麗奈は琴音に資料を手渡した。
その資料を目を通すと、琴音はひどい顔をした。
その際、手が離れたので浩次は、ふと目に着いた、小汚く、使い古されたノートを手に取った。
1ページ目をめくると、告白と銘打った文章がそこに書かれていた。
文章は乱雑で、思い付きで書いたようであった。
告白
この施設、およびこの施設を扱う組織について。
この施設は、このノートを手にした人間であれば分かると思うが、第一の目的は人間を監禁するための施設である。
第二の目的として繁殖、および質の改良。
この施設では主に0から6歳まで成長させることを目的としている。
地下の施設は母体を管理する個別の部屋、および子供を育てる大部屋に分かれ、その子供が成長し、顔のレベルが判別できるようになれば、そのレベルをもとに、愛玩用の教育、あるいは労働用の教育、そしてその他のレベルが低ければ殺害するという三つの目的を持ったほかの施設へ輸送されるまでを担う。
母体は15から25歳まで、それを超えた場合は殺処分が行われ、一人当たり10人の子供を産むことを目的としている。
無論、子供が何らかの事情で産めなくなった場合は、しかるべき処置が彼女らに与えられた。
子供は、無垢に、そして逆らわないように教育をされ、日本語ではない独自の言語を使うことで、社会との分断を図る。
社会との分断は何重もの手段で行われる。
我々、管理者は、多重債務者、元前科者など、社会で生きていけないような人間を、何らかの方法で縛ることで社会に告発できなくされている。
重要なことは、警察等の治安維持組織にも多くの組織の人間がもぐりこんでいることである。
その数は分からないし、本当はブラフかもしれないが、少なくともそれによって多くの管理者が警察に告発することができないのだろう。
無論我々、施設の管理者同士が接触できない組織構造となっているため、類推に過ぎないが。
この文章を残す理由は、私がこの組織に賛同していないこと、一方で私が自分の命をかけて組織を告発する勇気がないことである。
この文章が残せる理由は分からない。
ただ、この施設の閉鎖のやり方がかなり雑な事であろう。
少なくとも私が事前に知ることは不可能であっただろうが、なぜか今回はそれが可能であった理由である。
浩次はそこまで読んで、顔を上げた。
この文章を読みながら浩次は1人の男のことを考えていた、それと初恋の女の子のことも。
さらにそこからの知識を用いて、この文章からでは分からない、いくつかの謎を補完することができていた。
しばらくして、今現状について考えが及び始めた。
この施設は破棄された……ある程度は安全であろうが、やはりこんな場所に長時間いると神経をすり減らすことは明白であった。
「皆、帰ろう」
浩次はそう提案した。
それに皆応じ、帰ることとなった。
浩次らはそこにあるそこにある資料をすべて持ち帰ることにした。
全員の服のポケットなども含めたすべての収納スポットを使ってすべての資料を持ち帰ることに成功した。
5人はその資料をどうするかということになり、浩次はその資料をひとまず自分の部屋で保管すること、そして先ほど目を通したノートに書かれた警察に対する言及を話、警察に通報することはひとまず避けることを皆で確認した。
そして、このことに関するすべてのことは後日相談して決めることにした。
その後、浩次は帰りの電車に乗りながら、今後のふるまいを漠然と考えていた。
続きは3月を目標に書きます。