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68.和解〜理奈side7〜

 私が住む地域で行われる、最後の夏祭り。

 八月下旬に開催されている場所は、一つしかない。

 かつて私と陽が通っていた小学校が、その舞台だ。

 そこで私は目撃してしまった。

 陽と藍田さん、二人が屋台を回っているところを。

 仲の良かった用務員さんが屋台を出すという噂を聞きつけて、お手伝いに赴いている最中に視界に入ってきたのだ。


 ──なんでいるの。


 私は思わず電信柱の影に隠れて、二人の様子をほんの少しの間見守った。

 二人は愉しそうだったから、本当に数秒だったけど。

 私は気持ちを切り替えて、屋台で裏方を手伝った。

 小一時間ほど経ってからコンビニへ休憩しに行くと、藍田さんがいた。

 会計を終えたばかりの様子だ。

 華やかな浴衣に身を包み、同性の私でも思わず口をぽかんと開けてしまうくらい綺麗な立ち姿。

 店内を見渡すと、陽の姿はない。

 藍田さんが、入口付近で佇む私の姿に気が付いた。

 私は思わず顔を逸らす。

 藍田さんは陽とのお祭りデートで、浴衣姿。片手には手持ち花火の入った袋をぶら下げている。

 それに比べて、私は動きやすさ重視のジャージ姿で、屋台裏方のお手伝いだ。

 用務員さんのお手伝いをするのは楽しいけど、いざ藍田さんを目の前にすると居た堪れなくなる。

 先に口を開いたのは、藍田さんだった。


「ちょうど良かった」

「……え?」


 思わず訊き返す。

 私を二人きりで相対しているというのに、藍田さんの声色は今までに覚えがないくらい柔らかいものだった。


「少しだけ話せる? 時間は取らせないから」


 藍田さんは静かに誘ってきて、外へ足を進める。

 カランコロンと鳴る下駄が、夏の情緒を匂わせる。

 コンビニの側にあるベンチに腰を下ろすと、私は藍田さんに質問した。


「陽はいいの?」

「うん。先に花火できそうな所に行ってもらってる」


 何気ない返事。

 そこから二人の積み上げてきた時間を感じる。

 もう藍田さんは、すっかりあいつの彼女なのだ。


「私、今日桐生くんと別れると思う」


 だから唐突に放たれたその一言に、耳を疑った。


「はっ……え!? なんで!」


 私の反応を見て、藍田さんは小さく笑う。


「なんでかな。私が、間違えたからかな」


 淡々と言葉を並べる藍田さんは、これから起こることを悟っているような表情を浮かべていた。


「……やっぱりあんた、ほんとに陽のこと好きだったのね」


 もう、認めざるを得ない。

 中学の時がどうであれ、恋仲になるきっかけはどうであれ。

 藍田さんは本当に、陽のことが好きだったのだ。


「いつから?」

「……ずっと」

「そう」


 私が短い返事をすると、藍田さんは意外そうな顔をした。


「信じるの?」

「……信じるわよ。陽が地区大会でケガした時から、そうかなって何となく思ってたから」


 あの時好きな人のために怒っているように見えたのは、気のせいじゃなかったということだ。


「もしかして私、あんたのこと誤解してたんじゃないか、とも思ったわ」


 中学三年の秋。屋上での出来事は、未だに鮮明に覚えていた。

 もしかしてあの発言には、何か裏があったんじゃないかと最近は思う。

 さすがにあの場所まで付いて行ったことを知られたくないから、直接訊きはしないけれど。


「愚問かもしれないけどさ。香坂さんは、桐生くんのこと、好きなんだよね」

「……好きよ。幼馴染だし、昔からずっと一緒にいるんだもん」

「逃げないで」 


 藍田さんが今日初めて鋭い視線を投げる。

 美人なだけに迫力があって、背筋が伸びた。

 ……いや、それだけじゃない。

 指摘されたことに心当たりがあったからだ。


「今の答えだと、恋愛感情かどうか分からない。はっきりして」


 そうだ。

 私は今、逃げていた。


 ──幼馴染。


 陽との仲を表す、最も簡易的で、分かりやすい言葉に逃げたんだ。

 あいつが自分にとって大切な存在だということは、既に中学の時に自覚している。

 だけど、あいつと恋仲になりたいとか、そういうことはあまり考えないようにしていた。

 陽と藍田さんが付き合い出してからは、尚更だ。

 でも、そんな重要な気持ちをはぐらかせるような人間に、あいつと付き合う資格なんてあるはずがない。

 今のあいつは、悔しいけど、本当に悔しいけど、目の前にいる藍田さんの彼氏なんだから。


「……好き。付き合いたいって思ってる」


 私が言うと、藍田さんはゆっくりと、深く頷いた。


「──やっぱり、香坂さんはすごいね」

「……何が凄いのよ。一度逃げたことは間違いないのに」

「私は、ずっと逃げてたからね」


 藍田さんはそう言って、夜空を見上げる。

 大きな瞳が、微かに揺れた気がした。


「じゃあ、私は最後楽しんでくる。これから、桐生くんのことよろしくね」

「なによ。調子狂うんだけど」


 言葉を返すと、藍田さんはクスリと笑った。


「このまま変わらなかったら、私にとっては良い結果なんだけどね。でも、香坂さんも心の準備はしておいて?」


 藍田さんはそう言って、私に背を向ける。

 歩き出そうとした足を止めて、顔だけこちらに振り向かせた。

 端正な横顔が、月の光に照らされる。


「あと、言い忘れてた」

「ん?」

「そのジャージ、あんまり似合ってないね」

「……は、はぁ!? うっさいわ!」


 私が驚いて大きな声を出すと、藍田さんは悪戯っぽく笑う。

 今度こそ陽のいる公園へと歩いていく藍田さんの後ろ姿を眺めながら、私はポツリと呟いた。


「……あんた、そんな顔もできたんだ」


 友達になるのは、多分難しいと思う。

 人には相性というものがある。

 私たちの相性は、恐らく良くはない。

 でも大切にしているものが同じなら、いつかは歩み寄れる日も来るのかもしれない。


 私は似合っていないと言われたジャージの袖を思い切りまくり上げて、夏祭りの会場へと戻った。

 会場の喧騒は、先ほどよりも心地良く感じた。

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