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設定ガール  作者: 述べるラー油
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第一章

 時は日曜日の午後に戻る。外はよく晴れていたが、家から出ることはない。

少女は一週間、ずっとこんな調子だ。

日も傾き始めた頃、少女は突然スマホを放り、

「飽きた。」とだけ呟いた。

それはそうだろうと思ったが、これまで食う、寝る、スマホをつつく事ぐらいしかしなかった少女だから、その発言は少し意外でもあった。

よく、その身の細さを維持できるなと内心思う。

「散歩がてら、コンビニにでも行くか?」

俺は冷蔵庫の中を物色しながらそう返す。

夕食はコンビニ弁当で済ませるか……

「やだ。外暑そうだし、日焼けしたくない」

少女は自身の白い腕を見ながらそう答える。

俺は心の中で舌打ちをしながら、夕食について改めて考える。

弁当なら俺が適当に選べば済むのだが、どうにか退屈する少女を、一週間ぶりに外に出せないものか。

とはいえ、無理に連れ出すのも気が引けた。大体、何にもないワンルームに籠って、ネット意外で暇つぶしなど出来るわけが無い。

とりあえず、夕食だけでも調達する必要があるから、「弁当は適当に選んで来るからな」と伝えて玄関へ向かう。

「ちょっと待ってよ」

少女が俺を引きとめるのは、最初に会った時以来だ

「暇だって言ってんのに放っとく気?」

「じゃあついてくるか?どの道メシを買ってこないと」

少女は腕を組んでうつむく。そんなに考えることなのか

「外食なら行く」

少女の結論は思いもよらなかった。

今度は俺が腕を組む。

薄っぺらい財布をポケットから取り出す。

もちろん外食を楽しむような余裕はないが、なんとかなるか……?

「仕方ないな。贅沢はできんぞ」

少しだけ溜息を混ぜて言う。

「わかった!」

少女の目が輝き出す。

現金なやつめ、とは思いながらも、外出のきっかけになるなら悪い出費ではないだろう。

サンダルを履くのも、少女にとっては一週間ぶりだ。


飲食店を探すなら駅まで少し歩く必要がある。

「外食って言うけど、何が食べたいんだ?」

少女は少し考えて、ラーメン と答える。

「ラーメンなら大丈夫……ん、どうした?」

突然、少女は立ち止まり、俺の背中の後ろに隠れた。

服を掴む手は、小刻みに震えているようだ。

よく分からないまま俺も立ち止まると、電柱の陰から男が現れた。

「やあ、久しぶりだね。しのちゃん」

男は、にやにやした表情で表情で近づいてくる。

詰襟を着ているところからして高校生と推測される。もしかして少女の同級生だろうか。

その少女は、シャツの背中をつかむ手を一層強くして隠れる。

しのちゃん、というのが少女の名前なのか。

「一週間も休んでいたから心配したよ。明日からは学校、来れるのかなぁ?」

ねっとりとして滑舌の悪い、気持ち悪いしゃべり方は風貌によく合っている。

「あの男、お前の知り合いなのか?」

俺は小声で少女に尋ねる。

しかし少女はそれには答えず、『うまく追い払って』とだけ耳打ちする。

追い払う手段は思いつかないが、とりあえず何とかする必要はありそうだ。

俺は表情を少し険しくさせて、

「何だあんた、俺のしのに何か用か?」

とさっき知ったばかりの名前で呼んでみる。どこか後ろめたさを覚えたが、気にしないことにした。

この言葉で、男の眼は鋭いものに変わる。

「それはこっちのセリフだろうが。どこの誰だか知らねぇが、何の権限があってしのって呼んでんだ?」

威勢はいいようだが、凄みはまるでない。年下だからなおさらだ。

「しのの夫だ。他に説明がいるか?」

淡々と言っているが、言った後でとんでもないことを言っているなと自覚する。

「ふざけんな!」

男は目を更に真っ赤にして怒鳴る。

「さぁ、しのちゃん。そんな訳のわからない男は放っておいて、一緒に帰ろう。」

男は一歩近づいて手を差し出す。

面倒くさい男だ。本当に何なのだろう。仮にも夫だぞこの野郎。

脅しの類が苦手な俺は、どうしたらこの気持ち悪い男が居なくなるかを考える。

睨みあったままの沈黙が数十秒流れる。

しびれをきらしたのか、突然少女が俺の前へ飛び出した。

その右手には銀色の何かが握られていて、そのまま野球のピッチャーのようなフォームを構える。

「訳が分からないのは、お前の方だよこのストーカー!!!」

Tシャツの袖から伸びる白い腕は勢いを持って振りおろされ、右手からは銀色で平らな物体が放たれる。

『あれ、いまのって……』

やがてそれは男の顔面へ直撃して落ちる

倒れ込む男を目の前に、少女は満面のしたり顔だ

俺はふと、足元を見降ろす。

男のすぐそばに、武器となったものが無残な姿で転がっていた。

リンゴのマーク……あれ?

「なあ、お前のスマホ、iphoneだったけ?」

少女は「え?」といった後、

「xpriaだよ」

と答える。

俺は転がっているものを拾う。

傷だらけのiphone。画面にはクモの巣状のひび。

そしてジーンズのポケットに手をあてる。

あれ、スマホが無いぞ。

視線を少女に戻すと

「ごめん、ちょうどいい石が無かった」

と舌を出して言う。

「だからって……」

iphoneの電源を入れようと試みるが、つかない。

これは買い替えするしかなさそうだ。

「なぁ、これ設定で何とかならないか?」

少女はおどけたようなジェスチャーをすると

「そう都合よくは行かないものよ。だいたい、あんたは余計なこと言い過ぎ」

それに関しては反省が要るだろうが、失ったものが大きすぎやしないだろうか。

「それとあと言っておくけど、私の名前『しの』じゃないから。」

そうだったのか……


気づけばすっかり日が暮れて、辺りは真っ暗だ。

……今日は、カップラーメンを買って帰ろう。

俺はそう決めて、駅に向かうのとは違う方向に歩き出した。

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