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扉の管理者『閑話集』  作者: グゴム
5章 開拓
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テナとお給料

テナとお給料



「テナ、約束していたものだ。受け取れ」


 雇い主である商人のリョウが、麻の小袋を差し出しながら話しかけてきた。いつも足まで覆う長衣を着ているリョウなのだけど、カルサ島にきてからは手袋と帽子も身につけて、とっても怪しげな格好だ。本人に言わせると虫対策らしい。


 はるか西方からやってきたという胡散臭いこの男は、リヴァイアサンの生贄に捧げられる私を助けてくれた恩人だけど、得体の知れない魔法の使い手でもあり、今は私の雇用主で護衛の対象だ。リヴァイアサンに滅ぼされた島に拠点を作るというので、面白そうなのでテルテナ島を出てついて来ていた。


 しかしそれよりも、この男と約束なんかしてたっけ? 


「そう、ありがとう」


 思い出せないが、くれるというなら受け取っておこう。小袋は結構重たく、中身はなんだろうと思わず首をかしげてしまった。


「なんだ。足りないのか」

「いえ、そういうわけではないのだけど」


 リョウは何か勘違いしているようだけど、とりあえず気にせずに中身を確認。そこには青や白色をした貝殻が大量に入っていた。これはもしかして――


「これは宝貝?」

「あぁ。もしかして初めて見たのか?」


 そういえば護衛の対価として宝貝をもらうことになっていた。特に興味なかったので忘れてた。


「そうね。昔父様に連れられてアスタへ行った時に見たことがあるだけかしら。テルテナ島じゃあこんなもの使わなかったしね」


 島では皆助け合って生きるのが当たり前だ。宝貝なんて必要になることはない。でもこの綺麗な貝殻が沿岸都市では商品と交換できるという話は知っている。


「そうか。まあアスタでは大体なんでも買える。街まで出かけて、好きなものを買ってくればいいさ」

「いますぐにはいいわ。アスタまでは片道3日はかかるから、その間、仕事や大工衆をほったらかしじゃあまずいでしょ」

「じゃあ俺の扉を使うといい、アスタの倉庫に繋がっている」

「ほんと? それならお願いするわ」


 今いる場所とは異なる別の場所につながる不思議な扉。リョウが使う魔法はとても便利で、同時に恐ろしいものだ。海辺で戦えば私の水魔法のほうが強力だと思うけど、彼の魔法には計り知れないほどの有用性がある。それこそ私には思い及ばないほどの影響力があるのだろう。しかし今は単純に、アスタの街に一瞬で行けるのは助かる。


「あぁ。ただし扉のある倉庫を出入りする際には、絶対に人に見られないようにしろ」

「かしこまりました。ご主人様」

「……その呼び方はやめろ」


 冗談めいて、いつもお話ししているリョウの奴隷の娘たちのように返事をすると、微妙そうな顔で文句を言われた。反応に困ってしまうみたい。そういうところは真面目なのよね。




 リョウのテントから繋がる扉からアスタの倉庫に移動し、裏口から人がいないのを確認して外に出た。一応大雑把に街の地理は聞いてきたけど、アスタに来るのは数年ぶりなので少し不安だ。


「それにしてもロルちゃんもアーシュも貸してくれないなんて、ケチくさい男ね」


 本当は暇そうな奴隷を誘って一緒に行こうと思ったのに、彼女達がリョウに許可をもらいに行くとダメだと断られてしまっていた。人魚族と他の種族が一緒にいたら怪しまれるかもしれないからと言われたが、納得いかない。


 特にアーシュにはぜひ一緒に来てもらいたかった。彼女はリョウの奴隷達の中で一番センスがある。背格好もスラリとした長身で私と似ているし、服や装飾品を選ぶのに助言してほしかったな。


「はー。やっぱりアスタは人が多いわねぇ」


 市場にたどり着くと見渡す限りの人の群れにため息が出る。活気溢れる雰囲気もワクワクとした気持ちになるが、それよりも気分を高揚させるのはこの香ばしい匂いだ。誘われるがままに屋台を覗くと、そこで焚き火にかざされて焼きあっているクフィムの肉があった。


「おじさん。一つ頂戴」

「あいよ」

「宝貝と交換でいいかしら」

「あぁ。赤貝なら3枚、白貝なら1枚でいいぞ」


 小袋をのぞくと白貝と青貝しか入っていない。白いので払っておこう。


「それじゃあ白貝1枚ね。ちなみに青貝は使えないのかしら」

「青貝なら今焼いているの全部でも足りないくらいだ。嬢ちゃんだけじゃあさすがに食い切らねぇだろ。ほら」

「わぁ、ありがとう」


 白貝を一枚と交換でクフィムの焼き串を一本手渡された。香ばしい匂いに思わず唾を飲む。まずは一口。


「んー、美味しい!」


 やっぱりクフィムの肉は美味しい。テルテナ島にもいたけど、貴重だからあまり食べられないのよね。鶏も悪くないけど、こっちの方が味が濃くて食べ応えがあるし、黒コショウとの相性も最高。


 しかし先程の店主の口ぶりからすると、青貝の価値は白貝のそれよりもずっと高いのか。みたところ小袋には青貝が数十枚は入っている。もしかして私、結構なお金持ちなのかも。


「うん。ごちそうさま」


 食べ終えた串をぽいっと草むらに投げ捨て、市場を見回ることにした。島で必要な食料や武具はリョウに言えばすぐに用意してくれるから、ここで買うのは主に身の回りの物だ。


 まずは下着。胸に巻くさらしとパンツは、海水で濡れても透けない分厚い生地のものを選ぶ。奴隷のみんなが身につけていた綿という生地でできた下着は、着心地こそ良かったけど、あれで海に入ると透け透けで裸で入った方がマシなくらい。海に入らない日に着るのはいいかもしれないけど。


 海に入らない時に身につけるサリーも幾つか買っておこう。これは一枚の長い麻布で、この辺りの女性はよく着ている。アーシュ達がたまに着ているワンピース型のドレスや、普段着にしている長衣も欲しかったので探してみたけど、残念ながらアスタでは売っていないみたい。今度リョウにお願いして用意してもらおう。


 次に探すのは櫛ね。テルテナ島から持ってくるのを忘れちゃったから、最近は少し髪が傷んでいる気がする。どうせだから今日ここで買っておこう。


「おじさん。この櫛ってなにでできているの?」


 目に付いた雑貨屋に並んでいた櫛を指差して聞いてみた。乾いた白色をした不思議な櫛だけど、たぶん何かの動物の骨だろう。


「お、姉ちゃんお目が高い。これは内陸にいる象という怪物の牙でできているんだ」

「象ねぇ。聞いたことないわ」

「クフィムのように大きく、豚みたいに太っている巨大な怪物だ。鼻と牙が人丈ほど長くて強靭で、この櫛はその牙を彫って作った象牙の櫛なんだ」


 鼻が人丈ほど長いって、そんな生き物がいるわけないじゃない。鼻づまりを起こしたらどうするのよ。でも強靭な牙から作られたという話は本当みたい。言うだけあってこの櫛は丈夫そうだし、手触りもいい。装飾もコショウの花が彫り込んであって素敵だわ。


「この櫛、いただくわ」

「おう」

「宝貝しかもってないのだけど大丈夫かしら」

「あぁ、もちろん。青貝と交換でいいぞ」

「そう。それならついでに、同じものをあるだけ貰えるかしら。同じ数の青貝と交換で」

「お、嬢ちゃん気前がいいねぇ」

「えぇ。ありがとう」


 象牙の櫛をあるだけ交換してもらって雑貨屋を後にした。帰ったら奴隷のみんなやカエラさんに配ってあげよう。きっと喜んでくれるはずだわ。


 さて、まだ青貝が数枚と白貝がたくさん残ってるけど、今日はもう買いたいものは買ってしまった。最後に美味しいものでも食べて帰ろっと。


「おじさん。それとそれを一皿ずつと、なにか飲み物をちょうだい」

「毎度。ココナッツでいいかい」

「えぇ。先に宝貝を払っておくわ。これで足りる?」

「白貝か。そんなにいらねえよ。3枚あれば十分だ」


 3枚か。これじゃあ使い切るのは難しそう。どうせ来月また同じだけもらうんだから、出来るだけ使ってしまおうと思ってたのだけど。まあ、仕方ないわね。


「それじゃあ、はい」

「毎度、ココナッツは置いとくから勝手に開けて飲んでおいてくれ」

「えぇ、わかったわ」


 テーブルの上に置かれたココナッツを短剣で開いて、中の果汁をすする。うん、おいしい。テルテナ島でもよく飲んでいたけど、そういえばカルサ島には生えてなかったな。


 続けて出てきた香辛料の効いたスープと焼き飯はどちらもとても美味しく、辛さでひいひいと汗だくになりながら食べた。それを食べ終わる頃、隣の椅子にやってきた商人風の人魚族が、店主に向かって噂話をしているのが聞こえてきた。


「聞いたか、クー街にある組合の建物が襲撃されているそうだ」

「イスタ族か?」

「あぁ」


 うちの部族の名だ。これは聞き耳を立てねば。


「例のイスタ・サルドが周辺部族を従えて決起したらしい。まずはアスタから、やがてはレバ海からクー国人を締め出すと息巻いているそうだ」

「リヴァイアサンを倒したという英雄か」

「あぁ。倒した証拠として掲げられていた神獣核をみたが、あれは間違いなくリヴァイアサンのものだ。見たこともない大きさと神々しさだった」

「それは一度お目にかかりたいね」


 神獣核か。倒した時に私も見たけど、確かに普通の魔核の数倍は大きかった。人の頭くらいあったかな。でもそんなことより、やっぱり兄様がリヴァイアサンを倒した英雄になってしまっているみたい。サルド兄様、最近会ってないけど、調子に乗っていないか心配だわ。


 兄様を英雄に仕立て上げたのは、おそらくリョウの仕業でしょう。もちろんイスタ族がレバ海で力を増し、繁栄するのは私にとっても嬉しいこと。でもその絵図面を引いている本人が、リヴァイアサンを倒したのは自分だと喧伝する権利はあるのに、一切関係ない振りをしてカルサ島で開拓を進めている。そのことが少し、私には気に食わなかった。


『世の中には名誉よりも利益を取る恥知らずな人種がいる。そういう奴は大抵、盗人か商人のどちらかだ』


 昔、父様がそんなことを言っていた。リョウは間違いなく名誉よりも利益を取る人でしょう。でも、恥知らずとまでは思わない。彼や以前島に来たシアンなどは、儲けることが生きがいで、利益を上げることが誇りなのだ。私達とは随分と価値観が違うけど、商人とはそういう人種なのだと、最近リョウと話してて気づいた。


「おじさん。とっても美味しかったわ」

「お、ありがとう。また来てくれよ」

「えぇ。ごちそうさま」


 それじゃあ、カルサ島に帰りましょう。お土産も買ったしね。そういえばリョウの分は買うの忘れてたけど……ま、いっか。



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