アンと魔法
アンと魔法
「できた……」
砂国の一室。空が白み始める時間となっても、一人黙々と作業していたアンが、ほっとした様子でつぶやいた。以前主人から言われて作っていた試作品が、ようやく形になったのだ。
帝都の研究者ヴィエタから仕入れた不思議な立方体。振ったり衝撃を与えたりすると振動を溜め込み、銀色の面を押すと金色の面から衝撃が放出される。なぜこのような現象が起きるのか、アンにはわからなかったし興味もなかった。しかし初めてそれを見たとき、すぐに思いついたものがあった。
それがいま、目の前でようやく形になった。それは先の尖った杭のようなものが、鉄筒から先端だけ飛び出している見た目の奇妙な武器だ。鉄筒の直径は10cmほど。中には空洞にすっぽりと杭が収まり、その後端には例の立方体が、金色の面を面して設置されていた。そして反対側の銀色の面には木材を配置し、筒の後ろ側に抜けている。
筒にはがっしりとした鉄製の取っ手が取り付けられており、見た目には頭でっかちなハンマーのようだ。
アンはさっそくそれを、手近にあったエボニーの端材に試用することにした。取っ手をもってぶんぶんと十分に振り回した後、杭の先を端材に添え、後端の木材を掌でたたいた。
ガン――という音と衝撃とともに、杭がほんの少しだけ押し出される。ゆっくりと試作品をどけると、エボニー材にはまるで切り取ったように穴が開き、さらにその穴からは全体へとひび割れが広がっていた。
(よかった……成功した)
立方体から放たれる衝撃はそのままでも確かに強力だった。しかしアンが実験した結果、せいぜい割れるのはレンガ程度の硬度まで。今回のエボニー材や鉄などを破壊するには威力が足りなかった。しかし彼女は、先端の尖った杭に衝撃を伝えることで威力を上げることを思いついたのだ。
まだまだ実用的とは言えない構造で、改良する点はいくらでもある。しかし最初の一歩としては十分な結果だった。
(ご主人様はこんなもの、喜んでくれるかな……」
心配にはなるが、一生懸命作ったのだ。ダメだったとしても、あのご主人様ならきっと、怒ったりはしないだろう。アンはなんとなく思った。
「アン。起きてる?」
「あ……ナスタ」
猫獣族のナスタがやってくると、散らかった部屋を見るなり呆れていた。
「また徹夜したのね。もう」
「……ごめんなさい」
「別に怒ってないけど、今日は朝から全員、ご主人様のもとへ集合よ。寝ていなくて大丈夫なの ?」
「あっ……うん。多分」
「そっか。でも気分が悪くなったらちゃんと言うのよ。ご主人様が心配なさるわ」
「……わかった」
「それじゃあ、準備ができたら出発しましょう。ラピもそろそろ来ているはずよ」
「うん」
ナスタは居間で待っていると言って出て行った。残されたアンは、急いで外出の準備をする。
まずは試作品を木箱に丁寧に収納し、その上から頑丈な鉄の板で蓋をした。いままで暴発などはしたことがないが、威力を考えると下手に置いておくわけにはいかない。とくにロルは好奇心が強いため、勝手に触ってしまいそうで危険だ。あんな可愛らしいロルの顔が、自分の装置によって傷つけられたらと思うと、アンは一人でゾッとしてしまった。
続けて作業衣を脱ぎ、外行き用の一張羅である綿のワンピースに袖を通すと、アンは居間で待っていたナスタと一緒に倉庫へ向かった。倉庫の入り口で、ダークエルフのラピスと合流する。
「ごめんねラピ。待たせちゃって」
ナスタが申し訳なさそうに言うと、ラピスは気にしないでと首を横に振る。
「まだ向こうは夜明け前だと思うから大丈夫だと思うわ。行きましょう」
「……うん」
三人は揃うと、扉を使って南部諸島へと移動した。
◆
主人に呼び出された日。皆で集まって丘の上から見たものは、信じられない光景だった。入り江を飲み込むような大きさの海蛇と、祭壇の上で立つ少女が、互いに海水を自在に操作して戦っていたのだから。
結局は少女は力尽き、魔物に食べられてしまったが、アンは今目の前で繰り広げられた戦いが目に焼き付いていた。
「あれが魔法……」
「アンさん?」
隣にいたノーラの心配する声も届かず、アンはじっとリヴァイアサンの姿を見つめていた。
(私に、あの生贄の子のような魔法が使えたら……)
アンは昔から、魔法使いにあこがれる少女だった。子供の時は箒を手に、祖父に読んでもらった物語本にでてくる魔法使いになりきって遊んだものだ。
しかし成長するにつれて、魔法使いとはほとんどの人がなれないという現実と、自分もそのうちの一人だという事実に気づいてからは、魔法への憧れは心の内に隠していた。
しかし今になって自身と同じような歳の少女が、目の前で魔法を使ってリヴァイアサンとの激闘を見せたことに、アンは嫉妬に似た感情を感じていた。
「魔法については俺も興味がある。アン」
突然、主人から名指しされたアンは、慌てて姿勢を正して返事をする。
「あっ……はい、ご主人様」
「何かわかったら教えてやるから、お前は取りあえず例の仕事を進めておいてくれ」
「……わかりました」
魔法が使える少女は確かにうらやましい。しかし自分には、主人から任されている大事な仕事がある。何としてもこの仕事を完遂せねば。そう決意し直したアンは、今朝できた試作品をもっと改良し、ある程度実用化してから見せることに決めた。
◆
その数日後、例の魔物はアンの目の前で倒された。主人のとんでもない御力に驚きつつも、人は知恵と武器さえあれば強大な魔物にも立ち向かうことができるのだと感心した。
あれから何回も作りなおし、改良を重ねることによって、前回見せることができなかった試作品も形になった。次は実際に魔物に使ってみて効果があるか試す段階だ。今度ロルあたりにお願いして、魔物退治に付き合ってもらおうとアンは考えていた。
リヴァイアサンが倒された翌日、再び主人に呼び出された。ナスタとラピスの三人で扉をくぐると、主人の横には美しい黒髪の女性がいた。それはテルテナ島で見た人魚族の魔法使いだった。
「アン……ドワーフです」
自分の自己紹介を簡単に済ませると、魔法使いは嬉しそうに声を掛けてくる。
「ドワーフ? それじゃああなたがそっか。明日からよろしくね」
「……はい」
話の意図が見えなかったアンだが、とりあえず頷いておいた。後で主人に聞いたところ、彼女の魔法を観察できるように魔物討伐の仕事が与えられるらしい。本来あまり得意ではないが、今は例の試作品がある。ちょうどいいなとアンは内心喜んだ。
その後、実際に魔法使いによる魔法を目の前でみて、アンは感動すると同時に思った。自分にはこの人のような魔法の才は無い。しかし自分には、例の試作品がある。あの武器の制作がうまくいけば、ご主人様のお役に立てるはずだ。アンはそう自身に言い聞かせた。
「凄いな。よくこんなものが作れたものだ。よくやった、アン」
数日後、完成した武器を見せると、主人は手放しに喜んでくれた。ぽんと頭に手を乗せられ、優しく撫でられる。アンは嬉しさを表情に出さないまま、小さく頷いてそれに応えていた。