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扉の管理者『閑話集』  作者: グゴム
2章 西方諸国
3/8

アーシュの世界

閑話 アーシュの世界



 世界はどうして、こんなにもつまらないんだろう。


 手にした物語本を読み終えて顔を上げると、目の前に広がる鬱蒼とした景色に溜息が出た。



 私の故郷はイシリオンと呼ばれるエルフの里だ。その名を持つイシリオン湖のほとりに4つの族が集まってできた村で、私はイクシオン族の当主の娘として生まれた。名前はイクシオン・アーシュ・レルタ。一応長女なので、族長候補なのかな。


 子供のころは、じじ様の家にあった物語本に夢中だった。色々な話を読んだけど、特にドラゴンを倒す勇者の話に憧れた。勇者になりきって、幼馴染のみんなと英雄ごっこをするのがお気に入りだった。


 そういうこともあり、子供の時からおてんばだと言われて育った。母様からはよく、大人になればお淑やかになるかしらと心配されていた。自分でも落ち着きがないという自覚はあったけど、気にしても直らなかったし、直す必要も無いと思っていた。


 成長するにつれて、イシリオンはつまらない里……というより、エルフってつまんない種族だなって思うようになった。女の子は家事かお花かお肌の話しかしないし、男達ははっきりとしない口調で抽象的なことを延々と議論している。どれも私にとって、つまらない世界だった。


『父様、母様。アーシュは戦士になろうと思います』


 ある日そう宣言すると、父様も母様も半分諦めた様子で認めてくれた。お前ならそう言う気がしていたよと言われて、少しだけムッとしたことを覚えている。けど文句も言わずに認めてくれたことには、とても感謝している。


 里を守る戦士となってからは、少しだけ楽しくなってきた。巡回と称して森を探索することができたから。たまに遭遇する魔物を倒しながら、日帰りで探索する日々は楽しかった。しかし森はどこまで行っても同じ風景が続いている。そのことに気づいてからは、やっぱりつまらなくなってしまった。


 そして今、私は里の外の木陰で巡回をサボりながら、じじ様の家から持ち出した物語本を読んでいた。子供の頃から読んでいるからすでに内容は丸暗記しているけど、何度読んでも楽しい。


 物語の登場人物みたいに、世界を旅して秘境を巡り、強大な神獣と死闘を繰り広げる。最近はいつもそんなことを夢想している。そうしなければどうにかなってしまいそうなほど、いまの生活はつまらなかった。


「退屈は人を殺すとはよく言ったものね。掟なんか破って、外の世界へ行ってみようかしら」


 何かの本に書いてあった一節を思い出しながら、出来もしない独り言をつぶやいた。しかしすぐにむなしくなって、再び溜息をついてしまった。


 ――!


 その時、風に乗って悲鳴が聞こえた。もしも同胞のものならば里の戦士として駆けつける義務がある。急ごう。


 槍を手に取り、木々の間を縫うように走り抜ける。やがて少し開けた広場に、剣を片手にガタガタと震えている男がいた。

 

 同胞ではなかった。恐らく人族だろう。耳の短い男がグロウワームに襲われている。周囲にはすでに肉片となった別の人間も倒れていた。


 同胞以外は助けるものではない。そんな掟を思い出すよりも先に身体のほうが動いていた。


「さがりなさい」

「なっ……」


 男の前に躍り出ると、芋虫に似た体の中心に槍を突き立てる。全身をうねらせて抵抗するグロウワームだったが、そのまま穂先を横に振り回すと、切れ味鋭い黒曜石の槍が胴体を引き裂いた。すると魔物は茶色の魔核を残して消えてしまった。


「あ、ありがとう」


 礼を言ってくる男を無視し、魔核を拾い上げる。持って帰れば、じじ様がお菓子をくれるだろう。


「もしかして、君はエルフか?」

「この耳が見えないの? エルフに決まっているじゃない」

「確かに」

「それよりも人族がこんなところで、なにしているの」

「それは……エルフの里を探して」

「里を?」

「あぁ。俺は冒険者なんだ。皆と一緒に大森林にあるというエルフの隠れ里を探していたんだが……」


 彼は散らばった仲間の身体に視線を送った。一瞬だけ悲しそうな顔をしていたけど、すぐに気を取り直した。


「撤退するしかないようだな」


 どうやら今日のところは引き返すようだ。しかしエルフの里に危害をくわえる可能性があるならば、戦士としてはここで彼を排除しなければならない。黒曜石の槍を男の胸元に突きつける。


「なぜ、エルフの里を探しているの? 理由によってはあなたをここで排除しなければならないわ」


 男は驚いた様子だったが、すぐに手を挙げて無抵抗を表した。


「エルフの隠れ里というものに憧れて、行ってみたかったんだ。特に目的があったわけじゃあない」


 あんなつまらない場所に憧れるなんて。人族には変わった男もいるものね。


「目的もなく探していたの?」

「俺達みたいな冒険者の中には、秘境を探検するのが生き甲斐という奴もいる。俺もそうだ。しかし探すことも許されないなら、エルフの里は諦める。見逃してくれないか?」


 そうか。私にとってはエルフの里はつまらない場所だけど、彼らにとっては秘境なのか。それなら憧れるというのも分かる気がする。私だって、彼らの住む街には興味があるもの。


「このまま森を出るならば問題ないわ。去りなさい。ちゃんと去るまで追跡するから、変な気を起こさないようにね」

「わかった」


 男は頷くと武器を収めて歩き出した。あとは彼を追跡して、里を離れることを確認するだけだ。そう思っていると、歩き始めてすぐに男が立ち止まった。


「どうせついてくるなら、話でもしないか? 森のエルフさん」


 一瞬悩んだが、気が付いたら頷いていた。


「外の世界の話をしてくれるならいいわよ」



 その後、男とはしばらく一緒に歩いて話をした後、途中で別れて里に戻った。彼からは色々な話を聞いた。


 この森の東には帝都とよばれる大都市があること。北に行けばカルカル高地という荒涼とした山脈地帯があること。森を南に抜けると対岸が見えないほど大きな湖があり、ある時期になると毎日のように雷雨が降ること。そして帝都のさらに向こうに広がる、西方諸国の国々のこと。


 物語本で知っていた知識もあれば、まったく知らなかったこともあった。どれもこれもが好奇心を刺激した。それからしばらく、興奮が収まらず食事すら手につかないほどに。


 そしてついに、私は感情は抑えきれなくなってしまった。


「父様、母様……ごめんなさい」


 巡回の為に里を出ると、私は後ろを振り向いて頭を下げた。許可なく森の外に出た者は、二度と里に戻ることはできない掟だ。それは理解している。だけど、私は外の世界に向かうことに決めた。


 だって、この世界はつまらないんだもの。


 以前出会った冒険者を送った道をたどり、半日ほど歩き続ける。一晩野宿をして、さらに同じ方向に向かって歩き続けた。そうしているとやがて木々に遮られる光が少なくなり、周囲が明るくなっていった。そしてついに、視界が開けた。


 そこには見渡す限りの大地と、初めて見る地平線が広がっていた。その光景に圧倒されて立ち尽くしていると、気が付いたら涙が流れていた。






 外の世界は、こんなにも広いんだ。







 涙をぬぐい、期待感を持って走り出す。新しい空気と見たこともない景色を楽しみながら、夢中で進んでいると、そのうちに日が暮れてきた。適当に野宿をしようかと思っていると、ふと遠くで煙が上がっていることに気が付いた。


「人がいるのかな。行ってみよう」


 近づくと、耳の短い人間が集まり野営の準備をしていた。高揚感を抑えきれずに話しかけると、連中の一人が歓迎するといって輪に加えてくれた。初めて出会った外の世界の人たちとの交流に、胸がわくわくした。


 その後、日が落ちて始まった宴会では、初めて飲んだワインという飲み物に目が回ってしまい、すぐに眠りに落ちてしまった。







 朝起きたら、私は手足を縛られ、麻袋に入れられていた。





『お前は変態の慰み者になるんだ』


 私を捕まえた男は、麻袋越しにそんなことを言っていた。多少身体は触られたが、犯されることはなかった。しばらく荷車で運ばれた後、私は奴隷商人に売られたらしい。商人との会話の中で処女かどうかという話が出ていたので、高く売るために犯さなかったのだろう。


 そうして私は、奴隷となった。今は清潔な寝具が設置された一室で、色々な種族の女性達と一緒に生活している。捕まった直後はかなり乱暴に扱われたが、ここに来てからの生活はかなりまともだ。


 ただそれも売られるまでの間だけだろう。私を捕まえた男が言っていたように、どうやら私は姓奴隷として売られるそうだ。



『アーシュ。人族を恨んでいるか?』



 先ほど、奴隷を選びに来たであろう人族の男からそんな質問をされた。少し不思議な雰囲気の男だったが、人族からそんなことを聞かれるとは思ってもいなかったので答えに困ってしまった。


 捕まった直後は、どうしていいのかわからず嘆いていたし、こんな目に遭わせる連中を恨んでいた。しかし日にちが経ち、奴隷仲間の子達の話も聞いていくうちに、自分が馬鹿だったのだと気がついてきた。


 人族以外が迫害されるこの帝国で、エルフの女が一人で行動することがどれだけ危険な行為なのか、全く知らなかった。私は外の世界の事情を知らない、世間知らずなエルフだったのだ。


「アーシュ。お前は先ほどの御方に買われることになった。ついて来い」


 奴隷商人がそう言って、私を部屋から連れ出した。廊下を歩きながら、これから売られていく場所に思いをはせた。





 つまらない世界だったら、いやだな。





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