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扉の管理者『閑話集』  作者: グゴム
1章 プロローグ
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学校1

閑話 学校1



「姉様。やっぱりロルには勉強は無理です……」


 先ほどから何度も繰り返されるロルの訴えを、リースは無視し続けていた。二人はアモスという男の屋敷に向かっている最中だ。


 今の主人に買われて数日しかたっておらず、ロルはいまだ本来の明るさを取り戻せていない。足取りの重いロルの手を、リースがぐいぐいと引っ張って半ば無理矢理に歩いていた。


 やがて屋敷の前にたどり着き、玄関をノックする。しばらく待つと犬獣族(ワードッグ)の少女が顔を出した。


「リョウ様より遣わされたリースと申します。こちらはロルです」

「はい。先生から話は聞いております。どうぞ中へ」


 ロルは犬獣族の少女が現れたことに安心すると同時に、自分とそう年齢の変わらない少女の立ち振る舞いに感心した。


(私もこれくらいできないと、ご主人様に捨てられるのかな……)


 そんな不安を感じながら、ロルはリースと共に屋敷の中を進んだ。やがて通されたのは机の並んだ一室だった。


「リース君とロル君ですね。どうぞ、空いている席に座ってください」

「はい」

「は……はい」


 指示をしたのは、特に身なりの良い男性だった。温和で知的な雰囲気がある。ロル達が席に着くと、男が皆の視線を集めて言った。


「今日はこれで全員揃いましたね。お話ししていた通り、今日から新しい仲間が二人増えます。まずは自己紹介をしましょう。私はアモスといいます。この屋敷の主人です」


 屋敷の主人と聞いて、リースが立ち上がりうやうやしく礼をする。


「リョウ様の奴隷のリースでございます。座ったまま拝聴してしまい、大変失礼いたしました」

「リース君。丁寧にありがとう。ただこの教室では私が立ち、君たちが座った状態が普通だ。気にしないでください」

「は、はい」


 注意されたリースが、少しバツの悪そうな表情で座り直す。


「それじゃあ順番が逆になりましたが、先輩から自己紹介しましょうか。シータ」

「はい」


 シータと呼ばれた女性が立ち上がる。背が低く、猫髭を持った女性だ。


「シータと申します。アモス先生の下でお世話になっている妖精猫族ケットシーで、歳は17でございます。よろしくお願いいたします」

「フリオ。牛獣族ワーカウ。14歳。よろしく頼む」


 シータに続けて、頭に角を生やした男子が非常に簡潔な自己紹介をし、すぐに座ってしまった。アモスが苦笑しながら補足する。


「二人と次に自己紹介するネルは、屋敷に住みこんで働いています。よかったら授業以外の日も訪ねに来てください。それでは、ネル」

「はい」


 先ほど案内してくれた犬獣族の少女が立ち上がり、丁寧に礼をする。


「ネルと言います。アモス様に拾われ、お世話になっております。同じ犬獣族ワードッグの方が来られると聞いて、先日から楽しみにしておりました。同じ種族の方々と一緒に学べることを、大変うれしく思います。どうか仲良く――」

「ヨーキだ。よろしくな。革細工屋のオグ様のところで働いている。分からんことがあれば俺様に聞くといい」


 ネルがあいさつを述べていると、隣の人族の少年が立ち上がって言った。自信満々に胸を張るヨーキの横で、ネルがジト目になって言う。


「……なぜ、そんなに偉そうなのですか」

「だって、初めて俺より新しい連中が入ってきたんだ。ようやくお前みたいに偉そうに振る舞える」

「私は偉そうではありません。大体、今は私の自己紹介の最中です。お静かに」

「お前は話が長いんだよ。つまらんし」

「なんですって……」


 いきなり言い争いを始めた二人に唖然とするロルだったが、アモスがニコニコとしながら言う。


「二人とも、終わったのなら座りなさい。ロル君の自己紹介がまだだ」

「……はい」

「へーい」


 ネルとヨーキは、それぞれ不満顔で席についた。つづけて促されたロルが立ち上がる。


「あ……あの、ロルです。リース姉様とおなじく、リョウ様の……奴隷です」


 消え入りそうな声であいさつをすると、すぐに座って顔を伏せてしまう。その様子をネルは心配そうに見ていたが、ヨーキは興味津々に話しかけた。


「姉妹なのにずいぶんと性格が違うんだな。お姉さんの方は俺と同じくらいの歳?」

「私は16で、ロルは11です」


 うつむいてしまっているロルの代わりにリースが答える。


「へぇ。それじゃあ同じようなもんだな。俺は14だし」

「2つも違うじゃないですか……」


 ネルがぼそりと言うも、ヨーキは気にせずロルに語りかける。


「ちなみネルはこう見えても12歳のガキなんだぜ。生意気だよな」

「えっと……」

「それにあと、今日はいないけどケンとヌヌっていう鍛冶屋の兄弟もいるんだ。今度紹介してやるよ」

「ロルちゃんが困っているでしょう。やめなさいヨーキ」


 ネルがヨーキの腕を掴み上げて止める。その時、パンパンとアモスが手を叩いて視線を集めた。


「それじゃあ自己紹介も済みましたね。先ほどヨーキ君も少し言っていましたが、今日ここにいる以外にも生徒はいます。彼らとは、また会った時に自己紹介しておいてください。それでは授業を始めましょう。今日はまずニッツカルティ叙述詩を朗読して、書き写して貰います。手本を見せるので聞いていてください」


 そうして授業が始まった。叙事詩の一節を朗読し、その後書き写しをしながらアモスが簡単に内容を解説していく。それが終わると簡単な足し引きの計算練習をこなし、最後にアバカスと呼ばれる計算器の使い方を習った。


 リースは問題なく授業を理解して、与えられた課題もあっさりこなし、授業後に質問に行くほどだった。その際にアモスから、もっと難しい本を貸すので読んでみて、わからないことがあれば質問しにくると良いと助言されていた。


 一方でロルはついていくのがやっとの状態で、その日の授業が全部終わっても最初の叙事詩の書き写しが全部終わっていないというありさまだった。


 授業が終わったのち、まだ課題を終えていないロルにリースが話しかける。


「ロル。アモス先生には許可を取りました。居残りしてもよいそうです。私が買い物を終わらせてくるので、帰りに迎えに来ますね」

「うん。わかった」

 

 居残って課題をこなすことになったロルが一人机に向かっていると、ネルが心配そうな表情で話しかけてくる。


「大丈夫?」

「あっ、ネルちゃん」

「気にしないで、ゆっくりやればいいよ」

「うん……でも、全然うまくできないの。こんなんじゃあ、ご主人様にがっかりされちゃう」


 ロルが大きくため息をつく。姉のリースどころか、ほとんど歳の変わらないネルと比べても自分は圧倒的に出来が悪い――そう弱気になるロルを、ネルは手を取って励ました。


「私も最初、全然わからなかった。でも先生や姉様が何度も教えてくれたからわかるようになったの。だから大丈夫。私ももう一回やるから、一緒にがんばろ?」

「うん。ありがとう、ネルちゃん」



 ネルが隣の席に座り、一緒に書き写しを終わらせる。続けて足し算の計算練習だ。一桁同士の計算ならロルもできたのだが、二桁同士の計算になるととたんに分からなくなってしまった。


「うーん……」

「これはね、まず一桁目同士を足すと繰り上がるから……」


 困っているロルをネルが優しく指導し、何とか課題を進めていく。そのうちに、フリオと共に中庭で遊んでいたヨーキが教室に戻ってきた。


「お、頑張ってるなー。居残りか?」

「邪魔しないで、ヨーキ」

「まあまあネル、いいからさ。何が分からないんだよ。教えてやる」


 そう言ってロルの前に立つヨーキだったが、ロルが2桁の足し算ですでに困っているのを見て驚いてみせる。


「おいおい。こんなのも出来ないのかよ」


 その言葉にロルは泣き出しそうになったが、その前にパンっと乾いた音が響いた。ロルが仰ぎ見ると、ネルが真っ赤な顔で手を振り上げていた。どうやら彼女の平手打ちが、ヨーキの頬に入ったらしい。驚いたヨーキが頬をおさえながらネルを睨みつける。


「いってーな」

「なんでそんなこと言うの。ロルちゃんは頑張ってるのに」

「だがよ。こんなの普通すぐに出来るだろうが」

「そんなの人によって違います。そんなこともわからないなんて、バカ」

「……ちっ」


 つまらなそうに舌打ちをし、ヨーキは部屋を出て行く。それを見送り、ネルが大きくため息をついた。


「本当にもう、あいつは」

「ごめんね、ネルちゃん」

「あいつ、思ったことをすぐに言う奴なの。気にしないで」

「でもヨーキさん……怒ってた」

「そんなことないよ。ああ見えてあいつ、結構繊細なやつだから。たぶん今ごろ反省でもしてるんじゃないかな」

「そうなんだ」

「そう。だからあんな奴のことは気にせず、頑張りましょ」

「うん」


 そのままネルに教えてもらいながら足し算の課題を終えると、続けてアバカスと呼ばれる計算器の使い方を復習する。ネルがやってみせる簡単な手本を真似することで、ロルも少しずつ手順がわかってきた。


「ネル。ちょっと手伝ってくれる?」

「わかりましたシータ姉さま。ロルちゃん、ちょっとごめんね」


 教室に顔を出したシータがネルを連れ出すと、ロルは目の前にあるアバカスの珠をパチパチと弾いた。結構高価なものらしく、主人の家ではみたことがない。今使っているものは借り物だ。リースが便利そうだと感心していたので、いつか買ってもらうのかもしれない。


 しかし実際に自分がこんなものを使って商売の勘定ができるようになるなど、ロルには全く想像がつかなかった。それよりも昔のように、槍を振るって駆け回りたいという気持ちの方が強い。しかし今は奴隷の身、それは叶わないだろう――そう思うとロルの気持ちは再び落ち込んでいった。


「よう」

「あ……」


 いつの間にか、目の前にヨーキが立っていた。先ほどのこともあったので、ロルが少し身構えるも、ヨーキは気にせずどかりと隣に座った。そしてあるものを取り出し、机に置いた。それは小さな革製のポシェットだった。


「あの、これって?」

「うちの商品だ。一応、俺が作った」

「作ったの?」

「あぁ。俺は革細工屋の徒弟だからな、こういうものをいっぱい作るんだ。まあ、これは親方に出来が悪いって突き返されたものだけど」


 出来が悪いと言われても見た目にはわからない。奴隷になる以前は狩りで毛皮を扱うこともあったロルだったが、彼女から見ても立派な出来だと思えた。


「それ、やるよ。出来の悪かったところは修繕したから使えるはずだ」

「え……いいの?」

「あぁ。さっきは悪かったな」


 ロルに顔を向けずに言うヨーキの姿を見て、ロルは少しおかしくなってしまった。どうやら謝りに来たらしい。ネルが言っていた通り、反省していたようだ。


「ヨーキさん……」

「あー、ヨーキでいい。またわからんことがあれば聞いてくれ。今度は馬鹿にしたりしないからさ」

「……うん。ありがとうヨーキ」


 ロルが礼を言うと、ヨーキは恥ずかしさをごまかすように頭を掻いた。


「ヨーキ! またあなたはロルちゃんをいじめて」


 用事を終えて戻ってきたネルが、ヨーキを見つけるなり声を上げた。


「ちっ、戻ってきたか。それじゃあな、ロル」

「うん!」


 ネルの姿を見て逃げるように教室を出て行くヨーキを、ロルは笑顔で手を振り見送った。



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