私って希少な存在だったのか…!
『契約をした一族』と呼ばれる古代魔法を扱える人間が生まれる一族には獣人以外生まれたことが無い。
それが現状であると、先生は言った。そして、私がその例外であると。
「失礼ながら、ゆまお嬢様も郡様も、獣人と呼ばれる存在のことについて、まだあまりお詳しくないのでは?」
「…そう、だね。あんまり、しらない、…かも」
郡くんは自分が当事者であるのに自分自身のことについて知らなかったのがショックだったらしくしょんぼりと落ち込んでしまったけれど、正直今の私には慰めるだけの余裕もなかった。一体なにを以てして私が例外だというのだろうか。
「まず、獣人にも色々います。狐や犬、狼や猫など種類も大きさも様々ですが、大きさに関してはその獣人に流れている血の濃さが関係してくるのです」
「こさ?」
「ええ。血は濃ければ濃いほど獣化したときの体格は小さくなります。ただ、一定以上の薄さを超えると獣化しても耳や尾が生えるだけで身体は人間のまま、という人間もいますね。ゆまお嬢様のお父様などがそうです」
「ちがうすくなってもおみみとしっぽはかならずはえるの?」
「ええ。長らくの間、そう思われておりました」
と、いうことはこれもまた今では違うと考えられているのだろうか。なんだかややこしい。
郡くんなんかは考えすぎで頭が痛くなってきたらしく、うんうん唸っていたかと思うと遂にはぱっと狐の姿に変わって椅子の上でぺたりとへばってしまった。私は先生に一言断わってから椅子を立ち、狐になった郡くんを抱き上げると郡くんを抱えたままもう一度椅子に座りなおした。顎の下を撫でてやるとくるるるる、と鳴き声をあげて顔を擦りつけてくる。こんなときになんだがすごくかわいい。
「郡様もお疲れのようですし、今日は獣人のことについてのお話で最後にしましょう」
私はその言葉にこくりと頷いた。これ以上難しい話をされたら知恵熱でも出てしまいそうだ。
郡はというと既に限界らしく、すりすりと私の手に懐いているばかりである。癒されるから気にしないけど。
「長らくの間、どれほど血を薄めようとも獣の業からは逃れられないと実しやかに囁かれてきましたが、どうもそうではないようだ、ということが長年の研究からわかったのです」
「どうちがったの?」
「『そもそも血を薄めること自体が難しかったのだ』と。彼らはそう判断したのです」
『血を薄めること自体が難しい』?
というか、そもそも血を薄めるってどういう意味だよ。
…ここは、素直に質問しておくとするか。
「せんせい」
「なんでしょう」
「『ちをうすめる』って、どうやってするの?」
「それは、…ですね。なんというか……」
「せんせい?」
「…ともかく、ですね。
簡単に言うと、獣人じゃない人との間に子供を儲けるんです。
ゆまお嬢様も、旦那様に似ていらっしゃるところと奥様に似ていらっしゃるところがそれぞれおありになるでしょう?
獣人と獣人じゃない人との間に生まれた子供は、獣人じゃない人に似る部分が出てくるので、獣人としての形質が薄くなる、と。そう考えられていたそうです」
なるほど。そんな感じで、受け継がれていく『獣人としての血』を少なくしようと試みた、と。
こくりとうなずくと、多少狼狽えていた先生の顔が一気に明るくなった。幼気な幼児たちに説明しづらいこと聞いてごめんなさい、先生。
「先ほど説明したように、獣人ではない人との間に子供を儲けられれば一気に血は薄くなります。獣人としての血は半分しか受け継がれないわけですからね。
しかし、市井からも獣人としての形質をもつ者が生まれたことから、その形質を顕現していない者にも少なからず獣人の血が流れているらしきことが発覚したのです。
見分けることが困難であったこともあり、今では獣人の血が全く流れていない人間は存在しないと言われています」
んんん?
取りあえず、落ち着いて話を整理してみよう。
まず、獣人の血が全く流れていない人との間に子供が出来た場合。
この場合、単純に考えて生まれてくる子供に流れる獣人の血は半減する。血を薄めたい旧家にとってはこれが一番良い選択肢だが、実際には獣人ではない者にも潜在的に獣人の血が流れており含まれている獣人の血はゼロではない。
次に、取りあえず獣人ではない人との間に子供をつくる場合。
この場合は、獣人としての形質が現れていない以上、獣人同士で子供をつくるよりは一応マシ、と言った具合だろうか。
しかし獣人ではない人同士の間にも獣人(?)が生まれてしまったことから果たして獣人ではない、という理由で相手を選んだところで生まれてくる子供に流れる獣人の血は薄まるのか否か、微妙なところだろう。事実今まで旧家は獣人の形質を持たない子を生み出せなかった、と。
…ちょっとまってくれ。
私って、もしかして大分レアなケースなんじゃ…?
「あの、せんせい」
「はい」
「つまり、もう、ちをうすめるなんてむりなのかな、っておもってたけど、できちゃった、ってかんじなの?」
「そうですね」
「わたしは、すごくめずらしいの?」
「そうですね」
「…ゆま、けんきゅうされちゃうの?」
私は非常に稀有な存在であるとすれば、学者たちは私を被験体として欲しがるのではないだろうか。
想像するだけでも怖くて、恐ろしくて、膝の上の郡くんをぎゅっと抱きしめながら涙を堪えているといつのまにやら先生がすごく近くまできて私の顔を覗き込んでいた。郡くんは話こそ聞いていなかったようだが、私が落ち込んでいるのを感じ取ったのか先生にむかって小さな体で精いっぱい威嚇してくれていた。こんなときだけどときめく。郡くんありがとう。
そんな私たちを見て、先生は唐突に笑い声をあげ始めた。
「―いやはや、少し驚かせすぎてしまったようですね」
先生は愉快そうに喉を鳴らしながら、唖然とする私たちに向かって得意げに話しはじめた。
「今まで話したことは全て本当のことだし、ゆまちゃんが被験体として研究者に狙われているのも否定できない。
でもね、ゆまちゃん。ゆまちゃんの味方には、『惣火の猛将』と呼ばれた未だ現役バリバリの隆盛がいるだろう?隆盛が元気でいる限り、誰も君を酷い目に遭わせようなんてしないさ」
先生はそう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
今までの敬語からタメ口になったし、雰囲気も柔らかくなったしで、ここにきてなんだか一気にフレンドリー度がアップしたような気がする。ていうか、惣火の猛将の隆盛さんって一体誰だよ。