「惣火」というもの
郡くんがウチに来てしばらくたったある日のこと。
情緒面もそれなりに落ち着いてきて唐突に子狐姿になることも減ってきたということもあり、惣火の直系たる郡くんと私はまだ幼いながらも勉強を始めることになった。
まあ、郡くんって本家の坊ちゃんだしね。私は郡くんと仲良いし、ついでってことなのかな。
このころの私は、そんなことをのんびりと考えていた。
***
一夜明けて約束の日。家庭教師の先生だという男の人がやってきた。
郡くんはというと、何を教えてもらえるのか楽しみなようで先生が来るまでずっとうずうずしていた。私はぼーっとしていたが。やってきた先生はそんな私たちを見て微笑ましそうな目を向けて穏やかに笑っていた。年は、父と同じくらいだろうか。柔らかな雰囲気を持つ人だ、と私は思った。
「『惣火家』について知るために学ぶとのことでしたね。
ならば、まずは『魔法』についてのお話から始めましょう。惣火と魔法は、切っても切れぬ関係ですからね」
よくわからんが先生は主に「惣火家」について教えるために呼ばれたらしい。
先生の話曰く、こうだ。
この世界には魔法を使える人と使えない人がいて、使う魔法も精霊にお願いして使う精霊魔法と古代魔法という分類に別れている。そして、古代魔法は旧家と呼ばれる古い家系の血縁者のみが扱うことのできる特別な魔法なのだ、と。
…ゲームにそんな設定あったっけ?
内心首を傾げる私を尻目に説明は続いていく。
「と、いうのも、『古代魔法』は古の契約魔法を祖として成り立つ魔法であるため、単に契約を交わした子孫以外は力を使うことが出来ない、というだけのことなのですが」
「けいやく、ってどんなけいやく?」
「詳しくはわかりませんが、なんでも、強大な力を持つ者から力を借り受ける約束をしたんだとか。その一族は力を借り受ける代償として、一時的に獣に成らざるを得ない身体になったとか」
ありがちな話だな、と前世の私が顔を出す。
まじか。ありがちな話なのか。
でも確かに、何かを得るなら何かを差し出さなければならない、って別に普通だよね。
「そのいちぞくが、『そうか』なの?」
「その一族の一つが、です。惣火家は火の力を持つ者と契約を結んだ一族で、他にも、強大な力を持つ者は、水、風、土など様々な種類の力をもつものがおり、それぞれ異なる一族が契約を結んでいるとのことです」
「じゃあ、おれもまほう、つかえるの?」
「才能はあるでしょう」
郡くんはしげしげと自分の掌を見つめていました。実感ないんだろうなぁ。実際、強制子狐化はともかく魔法が暴発ー、なんてことは今までなかったし本家にいる頃もなかったんだろう。私は追加で質問をすることにした。
「だいしょうについて、おしえてもらってもいい?」
その言葉に、びくりと郡くんが肩を跳ね上げた。
「だいしょう…。そのいちぞくのひとたちがけいやくしちゃったから、おれはきつねになっちゃうの?」
かなしげに目を揺らす郡くんに、先生はいっそきっぱりと言いきった。
「そうとは言い切れません」
「え?」
「『代償』という大袈裟な言葉を使ってはいますが、獣化と古代魔法の因果関係が分かったこと自体が割と最近の話ですから。一部の学者の間では『代償説』を疑問視する声もあがっていますし、正直、あまり確かな情報ではないのですよ」
なんだそれ。
ていうか先生も因果関係とか難しい言葉を幼児たちに使うなよ。郡くんもなんとなくわかったようなわかってないような顔してるだろ。
ビミョーな顔をしている私たちに、先生はやれやれといった様子でこう続けた。
「まあ、『代償』かどうかはさておいて、『契約をした一族』と呼ばれる古代魔法を扱える人間が生まれる一族には獣人以外生まれたことが無い、というのが現状でしたからね」
なるほど、と頷きかけて私はぴたりと止まった。
おいおい待て待て。…今、過去形で終わらなかったか?
「まあ、現在における唯一の例外が、ゆまお嬢様なわけですが」
にっこりと浮かべられた笑顔。幼女の力なんてたかがしれてるだろうけど、その顔思い切りぶん殴ってもいいかな?