爆発(nonside)
無理矢理に抑え込まれ続けた感情は些細な切っ掛けで爆発する。だからこそ、絶対的な権力の元に統治を行う者は、その不満を溜めこませる前に何らかの形で軽減させる努力を行っている。
例えば、共通の敵を見出し、志を同じくする者として団結を測るだとか。
より立場の弱い者を更に追い込むことで優越心を抱かせ、また、階層で各々の立場を区切ることで団結を阻み、クーデターの可能性を事前に潰すだとか。
なんらかの大義を掲げ、自らの行う策がさも彼らにとって有用なものであるかのように振舞い、そもそも理不尽さに気づかせないとか。
漸納レナはどれも全て中途半端だった。
共通の敵として獣人を掲げているくせに獣人の姿を見せても受け入れると嘯き一人の生徒に付き纏っているし、階層こそ作っているものの従順さと顔面偏差値のみが重視されるソレは彼女の気まぐれと共にふらふらと変動するためあまりにも不安定だった。
教会を盲信しているかと思えば三家以外の派閥上位者には擦り寄ることもせず剰え無礼な態度も平気で取るし、不信からわざと手を抜いた制裁を行っても情報網も碌にもっていないのか報告を鵜呑みにするだけで現状把握さえ満足に出来ない。
つまり。
彼女は権力こそもってはいるが、確固とした信念に裏打ちされるカリスマも、聡明さも、狡さも、その無能さを補いうる部下(手駒)を見抜く審美眼も、何一つ持ち合わせていない酷く足らない権力者だった。
そして、愚かではない生徒たちは、そのことに気づきはじめていた。
権力こそもってはいるが、その他にはなにも持ち合わせていない権力者なぞ怖くない。
彼女を擁護しかねない三家さえ気にしていれば、他はどうとでも誤魔化せる。
世渡りのために培った愛想笑いを貼り付け、心にもない世辞を述べれば美貌だけは一流のオヒメサマは疑うことなく頬を染め喜んだ。
―穢い、と言ったのは誰だったか。
あからさまに男に媚を売り、気に入らない女を排除していく様はまさに尻軽。
―気持ち悪い、と称したのは誰だったか。
獣人を悪と定めながら、一方で自分だけはその悪を受け入れるという矛盾。そもそもその悪を作り出したのは誰だったのか。実際には獣人である普通科の生徒のみならず、魔法科の生徒も自らの誇りを傷つけられたと顔を歪めた。
その日は、起こるべくして起こったと言えるだろう。
***
漸納レナは放課後と呼ばれる時間、いつものように気に喰わない女子生徒を虐めていた。
理由なんて権力の前ではどうとでもなるのだ。
三家の方々に媚を売っていただとか、教会に属する者として相応しくない振る舞いをしただとか、それっぽいことを言っておけば誰もレナには逆らってはこなかった。
だからレナは有頂天になっていた。
だからレナは、―調子に乗りすぎた。
「貴方、―気持ちが悪いのですよ」
その生徒はきっぱりと漸納レナに言い放った。
「当初は教義を重んじる敬虔な生徒かとも思いましたけれど、貴方獣人を糾弾する一方で獣人を受け入れるだとか仰っているのでしょう。一体どちらなのです?」
「っなによ!アンタなんかいなくなっちゃえ!!
…さあみんな。あの女を酷い目に遭わせてちょうだい!」
レナは、いつものように威圧的にお願いという名の命令をした。しかし、返ってきたのは冷たい視線だった。唯一異なる視線―呆れた視線を向ける目の前の女子生徒は、疲れたように溜息を吐き出した。
「…この後に及んで、どこまで無知で無能な方なのでしょう。―もういいです。貴方方も、もう我慢する必要はありません」
その言葉と共に、教室内に暴風が吹き荒れ、炎が躍った。
窓ガラスは割れ、壁も一部破壊された。
魔法科の、人気のない空き教室での、突然の強大な魔力反応。これが何を意味するかわからないほど魔法科の教師は無能ではない。女子生徒としては、せめてもの情けのつもりであった。最も、これから起こすクーデターの最中、誰かが彼女を助けに来ることができるかどうかなどは知ったことではないが。
「漸納レナさん。私、謳衣と申しますの。この御名前に心当たりはなくって?」
「しっ、知らないわよそんな名前!」
「…そう。それは残念でしたわ」
女子生徒は憂い気に目を伏せる。これは、女子生徒が漸納レナに与えた最後のチャンスであった。
「謳衣は教会派の中でも幹部に位置する名でしてよ、堕ちた家、漸納のレナさん。では御機嫌よう」
「まっ…!」
どぉんっ!!
手を伸ばすレナの行く手は土くれで阻まれた。今や謳衣を囲んでいた全ての生徒たちが敵と成り果てた。なぜ、どうしてと目を泳がせるレナは来ることのない助けに歯噛みするが、そもそも助けに成り得る三家自体も今現在、手一杯な状態であった。