争乱への備え
神の名のもとに人間絶対主義を掲げる絶大な権力を持つ三家。彼らは俗に「教会三家」と呼ばれ、人間以外を過剰なまでに排除することで有名な一族だ。
獣人としての形質が現れれば一族直系であっても即抹殺で、その癖、神の祝福を受けし一族であるため一族に獣人が存在したことは一度たりともないと豪語する、恐ろしい盲信者。
独立二家と同じくより人間として完成された血筋になるためならば近親婚も辞さない一族で、血の濃さ故かそれとも本当に神の加護があるのか、精霊魔法の使い手に恵まれていて、三年に一度は使い手を排出している。
家名はそれぞれ、「祈部」「招見」「降」。
神に「祈り」、そして「招き」、最後には「降ろす」という意味合いで付けられた家名はそれ故に序列が決まっていて、祈部から順に招見、降と続く。その他にも色々と面倒な問題などがあって派閥争いなどあるらしいのだが、獣人との諍いなどで前面に立つのは幹部たるこの三家と教父ぐらいしかいないので割愛する。
ともかく、彼ら三家は教会派というグループ内においてかなりの権力を持っているのだ。教会派の派閥内で実質的にナンバー2を誇っている彼らさえ後ろ盾にできれば、教父直々の命で動いているだとか父が理事長だとかそんな不確かな情報なんて無くたってクラスどころか学園丸ごと掌握だって余裕だ。
そして、案の定、その懸念は当たってしまった。
「―もうほんっとヤバいんだよ。祈部はなんでだかベタ惚れだし、狂犬とか言われてた招見も早々に懐いちゃうし。降はまあ、―好感度は高いけどフツー、みたいな感じだったのは救いだけど。
あと、『本当のあなたを見せて欲しい。私は絶対に受け入れるから』っつってすげー付き纏ってくんのがウザい。教会派筆頭みたいな選民野郎のクセして何言ってんだよっつー感じ。まじ授業ボイコットしたい」
そう言って、春日井くんは人の姿のまま私をぎゅっと抱きしめた。あれから数週間。事態は恐ろしい速さで進行しているようだ。
「あー…。マジゆまならこんなにもかわいいのに。アイツは顔だけだよ、顔だけ」
そう言いながら春日井くんは私を抱きこんでほっぺとかをすりすりしてくる。正直、男の子の姿でそういうことをやられると「セクハラですよ!」と叫びたくなるのだがちらっと見えた春日井くんの目があまりにも虚ろだったので下手に拒絶も出来ず、私はぬいぐるみよろしく大人しくしていた。先生や郡も一瞬身構えたのが気配で分かったけれど、珍しくどんよりモードな春日井くんにドン引いたらしく今回は放置に落ち着いたようだ。
「…クラスの雰囲気はどうなんだ?」
どんよりモードが幾分か落ち着いた頃、御上土くんが声を低くして問いかけました。
「もうサイアク。オヒメサマのやりたい放題。
つっても、オヒメサマのこと好きで従ってるのは三家以外いないっぽいけど。
『権力が怖いから指示には従うけど、アイツ自体が気に喰わない』って子、多いみたいでさー。おかげでいじめもオヒメサマの目がある場所ではされてるけど、内容が骨抜きになっちゃって。
あと、オヒメサマがあまりにもヤなヤツすぎて、教室内での妙な連帯感生まれちゃったみたいで?なんか普通科と魔法科の生徒間でも友情育まれ出してるんだよね」
やれやれと首を横に振りつつ、春日井くんはソファに腰かけた。
ちなみに、本日巧闇くんはにゃんこ光井くんとともに仮眠室でお昼寝中だ。真っ黒にゃんこと真っ白にゃんこが身を寄せ合ってすよすよ寝息を立てている光景は正に眼福だった。
っと、今はそんなこと考えている場合じゃない。レナさんが酷い人すぎて、普通科と魔法科の生徒が友情を、
…うん?
「えっと…?」
「―権力者は常に自らのもつ力に見合う態度をとり続けなければならない。
まあ、そういうことだろう」
「傲慢で愚かな暴君なんて誰だってオコトワリ、ってこと」
御上土くんの言葉に、郡がなんでもないようにさらりと付け足した。確かに、無能な人間にトップを任せるとか碌でもないことにしかならないだろうなあと思うけど。
「それでさぁ。別に仲良くなるのはどうにでもして、って感じなんだけど。
―抑圧された感情が、もうそろそろ爆発しそうだなぁ、って思って」
「それは警告か?」
「えすおーえすっしょ。センセ」
茶化したように返してたけど、瞳の奥ではゆらゆらと不安が揺れていて。
彼の不安も、尤もと言えた。
「これが普通科だけならまだどうにかなるけど、…魔法科のヤツもだからねぇ…」
郡が溜息を吐き出した。
「あ?いざとなりゃ纏めて沈めりゃいいだけだろ」
首を傾げる御上土くんは頼もしいことこの上ないのだけれど、…その発想は、聊か楽天的ではないでしょうかねぇ。
「御上土くんの言葉は非常に心強いのですが、…現実的に考えて、そう簡単に事は運ばないかと」
「…惣火。何が言いたい」
睨みつけてくる御上土くんの様子に頭痛を覚えていると、東雷先生が補足するように口を開いた。
「元々治安維持部隊は魔法科が発祥だ。
魔法ってモンは、普段は凡庸な才に過ぎなくても暴発となるとその威力は計り知れないからな。数多くの不確定因子を抱え込む魔法科には設立当初から抑止力としての治安維持部隊が組み込まれていた。
―分かるか?個々で独立二家並なんだぞ?」
単純に考えて、巧闇くん、光井くん並の実力者がわんさかだ。そんなのを纏めて沈めるとか…。無謀にも程があるかと。
「『教義』への信仰心が抑圧の鎖の代わりを果たしていますが、それでも彼らは一人一人が爆弾を抱えているのと同じです。一つ一つと対峙することは易しくても一斉に攻撃をしかけられたら、いくら防御に特化した御上土くんでも危険がないとは言えませんよ?」
「っち。…ならおまえが守れ。無効化は得意なんだろうが」
まあ確かに、自分が使役する魔法と同じ系統の魔法というのもあって、解除を施すのは属性魔法に対するものよりもかなり余裕ではあるのだが。
「目の届く範囲でしかできませんよ。さすがに」
「おい惣火。視認できれば可能とか聞いてないんだが」
「え?解除ならば式が完成する前に介入すればいいだけですから割と簡単に―、…先生?」
「…なんでもない。惣火はそういうヤツだったよな。続けてくれ」
なんだか先生がぐったりしてるみたいだけど、…まあ、よく分からないので放置の方向で。
「一気にカタをつけたいのは分かりますが、御上土くんや郡と相性の悪い属性が相手になった場合、分が悪いでしょうし、数の暴力で押されても困りますから。私が色々やって撹乱しますから、それで混乱したところを御上土くんと郡が高火力で叩く、ということで―」
「待って。ゆま待って。なに参加する気満々なの」
「一理あるな。万が一が起きたらそれでいくか」
「御上土も待って。ゆまは女の子だよ?」
解せない、という顔をしている郡を見やって、私と御上土くんは思わず顔を見合わせました。
「元々普通科教棟で治安維持に当たっていた三家は現状抑止になるどころか生徒たちのフラストレーション上昇の元凶と化しているようですし、普通科教棟の備品修理申請の書類が最近こちらに流れてきていることからも通常時の組織より機能が低下していることは明白」
「と、なりゃぁいざ騒動が起きた時に当てにされるのはもう一つの治安維持組織である俺たちだ。何れ来る事態に備えて最善の策を練る。何もおかしかねぇだろ」
「いやいや、何もゆままで出なくても―」
たぶん、これは心配してくれてるんですよね。
でもですね。私にも引けない理由があるのですよ。
「多数の属性が使えない以上、ほとんどの場合、打消し呪文の使用は不可。その上、防御として魔法を展開するにしても相性がありますから防御効果すらない、という展開もあり得ます。その点、私の解除ならば使用する魔法式事態を捕捉することさえできれば確実に効果が打ち消せます。
加えて、私が長期詠唱の大規模魔法以外の高火力の呪文を持ち合わせていない以上、短期詠唱可能な高火力の魔法を持つ御上土くんと郡の魔力を温存すべく私が防御に回るのは当然でしょう?」
「戦略的には何も間違ってないけど…!」
そう言って郡は頭を抱えた。
大丈夫。たぶん魔法科では「解除」の概念自体ないから「いきなり魔法が消えた…!」ってびっくりしてる間に隙を突けば割とすぐに一掃できちゃうから。きっと。
「じゃあ俺っ!!せめて俺がゆま乗っけて駆ける!!」
唐突に挙手した春日井くんに、御上土くんがふむ、と考え込むように顎に手をやった。
「確かに、惣火は機動力に難ありかもな。そのままじゃ攻撃避けるとか厳しいだろ」
「いや、でも春日井は普通科だろ?肉体強化できないだろ、おまえ」
東雷先生に指摘され、春日井くんはしょんぼりと肩を落とした。でも、…そうだね。研究に携わって特殊な講義の組み方してたから、私体術方面の教科がっつり削られてたんだよね…。体力には自信ないよ。
「あ、じゃあ本番は高坂くんに頼んでみます」
「あー、あの不良っぽいヤツ?隆盛サンほどじゃないけど優秀らしいし、…まあ、妥当なんじゃない?」
郡が大分投げやりに答えた。うーん…。適性的には問題なさそうだからいいとして、引き受けてくれるかな?
あと、高坂くんの名前を出したら更に春日井くんがへこんでしまった。
ごめん、春日井くん。春日井くんがいない時に話すべきだったね。