いとことの邂逅
私の名前は「惣火 ゆま」。惣火の分家の娘らしい。
分家と本家に分かれるほどなのだ。どうやら惣火は大層立派なお家らしい。私が「惣火」という苗字になんとなく聞き覚えがあるような気がするのもそのせいなのだろうか。ちょっとよくわからない。
「ついたわよー、ゆまちゃん」
「あい!」
そう言って車を降りて手を差し出してくれたのは母親だ。
今日はどうやら噂の本家にお邪魔しにきたらしい。一体なにをやらかす気なのだろうか。
見上げるとひっくりかえってしまいそうなほど大きな豪邸。池では鯉が跳ねていた。驚きすぎて何の反応もできずにいると、気付いたらどこかの部屋の中に入っていた。
きりりとした厳しい顔つきの美人が、私と母を一瞥した後去っていく。
後に残されたのは、私と、母と、―小さな男の子だった。
「ゆまちゃん」
母は私に微笑みかけた。
「郡くんよ、ゆまちゃん」
その言葉に、男の子はびくびくしながらも俯いていた顔をあげた。
赤みがかった茶髪に、翡翠色の瞳。
惣火 郡。
「ゆまちゃんの、いとこなのよ!」
…どこかで聞いた名前なような。
ともかく、なんと返すのが正解なのかわからずにぼうっと座っていると郡くんはぷるぷる震えながら、不意にぱっと姿を消した。
「えっ?!」
「あらあら」
狼狽える私に母は呑気なもので、口元に手を当てて穏やかに笑んでいる。どうやら緊急事態ではないらしい。気を取り直してきょろきょろしてみたら、よくよくみると目の前に紅褐色のちいさなもふもふが丸まっていた。
ばちり。目が合う。
へにょりとしおれた耳。ぷるぷると小さく震える身体。うるうると今にも涙が零れ落ちそうな瞳。
なんだただの天使じゃないか。
「かわいいっ…!」
目の前の小さなもふもふをぎゅうっと抱き締めた。
驚きすぎて抵抗もできないのか、もふもふは大人しく私の腕の中に納まっていた。
『おれ、…かわいい?』
「うん!すっごくかわいい!」
『…へんじゃ、ないの?』
「…う?…べつに、へんじゃないとおもうよ?」
頭をなでなで、耳の後ろをかりかり、顎の下をわさわさ。次第にリラックスモードになっていったもふもふは、なぜか唐突に泣きだした。
「え?え?なんで??」
『だってぇええぇっ!!おれいらないこっていわれてたもん!!かわいいなんていわれたことないもん!!うわぁあぁああんっ!!』
えぐえぐ泣き続けるもふもふとどうすればいいのか分からずおろおろしている私を見て、母は穏やかな微笑みを浮かべ、一言。
「じゃあ、郡くんを引き取っちゃいましょうか」
すがすがしいほどの笑みに、最初から計画されていた邂逅だったのだと、私は思わず遠い目をしてしまった。きょとりとしている郡くんが唯一の癒しだった。