彼は判ずるに相応しい人物なのか
「ちょっといいか、惣火」
そう言って声をかけてきたのは、普通科で精霊魔法について教えてくれている先生だった私はなぜ呼ばれたのか疑問に思いながらも促されるままに先生についていった。
先生は私を空き教室へと連れてくると、がちゃりと鍵を締めた。
「―さて。惣火は精霊魔法が使えるそうだが、どの程度使えるんだ?」
その言葉に、私は内心なるほど、と頷いた。
こんな密室に突然二人きりにされて、もしかするとよからぬことをされるのではないかと警戒もしていたのだが私の精霊魔法についての話だったのか。確かに、いくら公然の秘密とはいえこんなことを大勢の前で聞くわけにもいかないよね。一歩間違えれば嫌味にも取られかねないだろうし。
「それは、自己申告をするだけで構わないのですか?」
「できれば実演して欲しいが、―この狭さだからな…。今ここで、出来うる限りの精霊魔法を見せてくれないか」
私はその言葉に、きゅっと眉根を寄せた。
実力を見せろ=強い魔法をぶちかませならはっきり言って今ここで、は無理だ。教室どころか校舎諸共壊れてしまう。却下。
ならばコントロール力の凄さを見せろ、ということでいいのだろうか。
そもそも精霊魔法は呪文重視のある意味難しいと言われる魔法なのに、見極めるためとはいえ課題内容さえ生徒に丸投げとか、この先生、もしやバカ…?いやいや、今決めつけるのは早いか。だが、親し気な顔を見せているとはいえ聡明とは言えないだろう。
諸々を考えて面倒になった私は、取りあえず実践してみることにした。
「…わかりました。いきます」
「っおい!」
「『火を冠する精霊よ。我に力を貸し、闇を照らす炎を灯せ。
此の掌の上に小さく赤い、消えぬ火を与えよ。
其の火は何をも害さず、何からも害されぬ不可触の火。
今、我の紡ぐ声に応え、出でよ炎!』」
詠唱後。
ぽふっ!という間抜けな音と共に、私が掲げた右掌の30cmほど上部に、握りこぶし大の赤い炎が発生した。
「…炎、だな」
「はい。炎です」
「炎一つにあれだけ詠唱がいるのか?」
「コントロールを重視するのなら全ての魔法にあの程度の詠唱は必要です」
まず、使役する精霊の指定。
次に、目的の指示。
次いで具体的に何を求めているのかをなるべく詳細に述べ、最後に鍵となる呪文を詠唱。
これが精霊魔法の基本だ。
精霊魔法を得意としていた名だたる偉人たちはどうやら精霊たちとの意思疎通が極めてスムーズだったようで、教科書には使役精霊の指定と目的の指示だけして呪文詠唱をすれば大丈夫的なことが書いてあった。
しかしこれ、ぶっちゃけすごく難しい。
例えば、焚火に火をつけようとするとする。
教科書に従って唱えるなら、
『火を冠する精霊よ。我に力を貸し、薪に火をつけよ。出でよ炎!』
で足りるのだが大体の人は必要以上の大きな炎を発生させてしまいボヤ騒ぎとなる。酷い時は近くの建物諸共焼失だ。
精霊は人間ではないのだ。だから、単純に「薪に火をつけて」と言っても力加減がよく分かっていない。偉大なる先人たちはおそらく脳内イメージで補っていたのだろうが果たして誰もが咄嗟に鮮やかなイメージを浮かべられるだろうか?ちなみに私は無理だ。
だから、言葉を並べる。
どこに、どんな規模のものを、どんな目的で求めるのか。
呪文に含まれる言葉の内容の具体性が増せば増すほど、より緻密な魔法をかけることができるようになる。だから、先ほどの炎も黄色を、と願えば黄色の炎にできるし黒や青がいいなら別にそちらでも可能だ。
「…そうか。惣火の力はコレかぁ…」
先生はそう言って胡乱気な目を炎に向けた。
…こいつは、一体精霊魔法のことをなんだと思っているのやら。
教室を灼熱地獄にでも変えれば満足だったのだろうか。
私は酷く不快な気持ちになって、持っていた炎をぽいっと先生に投げつけた。
「うわぁあぁっ?!そっ、惣火っ!!なにをっ」
「熱くなかったでしょう?」
その言葉に、先生は大きく目を見開いた。
慌てふためき、脚をもつれさせ尻もちをつきながらも後ずさった先生。しかし、その周囲は燃えておらず、赤い炎はその形を変えることすらなく存在し続けていた。
まあ、当然なのだが。
「燃えたりしていないでしょう?消えても、いないでしょう?私がそう指定したからです。その炎は闇を照らす明かり。他者を傷つけるためのモノではないのです」
そう言って、私は先生に背を向けた。
そのとき、私は酷く失望していた。理論とはいえ精霊魔法について携わっていた教師が、この程度。この学園の質も知れるというものだと。
「『解除』。…それでは先生、失礼しました」
炎を消し、内鍵を開けて教室を去ろうとした時だった。
「少し待ってくれないか、惣火ゆま」
声は、教室の外から聞こえてきた。