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もふもふ!【改訂版】  作者: min
高校編(一年生)
21/39

「コオリ」との邂逅(高坂side)

 何度か会う内に知ったが、女は「惣火 ゆま」というらしい。

 確か転科しまくるとか獣人じゃねーとか聞いた気がしたが、ガキはガキだ。特になんの感慨も浮かばなかった。

 ゆまはあの日からちょくちょく俺に会いに来るようになったが、毎回会うたびにコオリがコオリがとうるさい。最近では放課後も付き合わせてくる癖に話題は一貫して「コオリ」。やかましくしてくるくらいなら寝とけ、と尻尾でべしべし叩いたのも数えきれない。

 あと顎さわんな。

 なんだかんだでそこまで嫌じゃない自分が不可解だった。


***


 ある日、校舎内でゆまと顔を合わせる機会があった。


「おい」


 声をかけたが、気付かず通り過ぎようとしたので腕を掴んで引き留めた。


「おいっつってんだろが」


 ゆまはぱちぱちと驚いたように瞬きをして、俺を見上げると、「ああ」と納得したように呟いた。


「高坂くん、…ですか?」

「わかってんならシカトしてんなよ」

「いえ、わかりませんよ。狼じゃない時に会ったのってこれが初めてですよね?」


 そういえばそうだった。


 なんとなくもやもやして口を噤んでいると、しげしげと顔を眺められているのに気付いた。


「…おい。なに見てんだよ」

「綺麗な顔だなぁ、と。高坂くんてモテます?」

「…獣人だぞ。モテるわけがあるか」

「そんな感じなんですか?」

「そうだ」

「そうですか」


 なるほど、とこくりと頷いたゆまには害意も悪意もない。単純に、世間というものをあまり知らないのだろう。


 ―『籠の鳥』。


 何故だか、そんな単語が脳裏を過った。


「つか、それならなんで気づいた」

「配色と、声、…ですかね。あと、話し方、とか。高坂くん以外に私にこんな風にフレンドリーに話しかけてくれる方なんて、数えるほどしかいませんから」

「インネンつけられたとか思わなかったのかよ」

「みなさんそんなことしませんし、できないと思いますが」


 できない、という言葉のところで眉間に皺を寄せれば、「言ったでしょう。私、怖がられてるんですよ」とゆまは悲しげに告げた。


「…しけた顔してんじゃねー」


 ぼそぼそ言いながらぐりぐり頭を撫でまわしてやれば、ゆまは、ふふふ、と機嫌良さげに笑った。


「私、高坂くんのそういうところが好きですよ」


 ―そうかよ。


 いつものように、返そうとした時だった。


「―ゆまっ!!」


 一瞬、背筋が凍る位の殺気が向けられた。


 思わず後ろに飛びずさると、紅褐色の髪の男がゆまに後ろから抱きついていた。翡翠の目には、嫉妬の色。その悍ましさに、寒気すらする。


「郡。今日はもうおしまいですか?」

「そ。だから帰ろ?」

「はい。…あ、高坂くん。彼が郡です」

「…どーも」


 先ほどまでゆまに向けていた表情とは一転、不機嫌そうに投げかけられた挨拶に、取りあえず「ああ」とだけ返す。


 ―まじかよ。


 冷や汗がだらだらと流れ落ちて止まらない。


 惣火 郡。


 あの難解な古代魔法の上位に位置する属性魔法を一年にしてそれなりに使いこなしているという鬼才。外面はそれなりに繕っているが、親しい友人は作らないし深いところまでは人を寄せ付けない。実は人嫌いとさえ噂されている男。


 確かに先祖返りで属性魔法の使い手だから傍にいられる時間はあまりないだろうが、初対面の獣人相手にいきなり抱きついて泣きつくような無防備の塊みたいなヤツの旧友だなんて思うかよ!!


 ゆまは俺の内心なんて気づきもしない様子で穏やかに笑っている。おい、そこ。後ろの惣火は般若だぞ。


「高坂くんは見た目に寄らず世話焼きさんで面倒見がいいんですよ?郡と一緒にいられる時間が減って落ち込んでいた私を、慰めてくれたんです」

「ゆま…。ゆまも、寂しいって思ってくれてたの?」

「はい。でも、郡を困らせる訳にはいかないと思って…」

「ゆま…」


 甘い雰囲気だが俺には分かる。ゆまの方は惣火に恋愛感情なんてもんは塵ほども抱いてやしない。あるのは混じりけ無しの親愛だ。

 「大好き」なんて言葉をなんの下心もなしに簡単に言っちまうガキ。

 そんな女だ。コイツは。


 他方、惣火の方は、ガチだ。しかも拗らせてやがる。

 汚いモン全部、見せない気でいやがる。

 そんなんできるかよ、一人で。複数で囲い込みでもしない限り―。


 瞬間浮かんだ考えは、見なかったフリをしてかき消した。


「おら、保護者来たんなら帰れよ」

「保護者じゃないです。家族です!」

「っせぇ。危なっかしいから一人でちょろちょろすんなよ」

「私だってもう高校生です!」

「でもゆまは女の子だし、一人で行動するのは危ないんじゃない?」

「うー…」


 ちらり、と翡翠の目が俺を見た。


 ―逸らせない。


 唇を噛んで拳を握る。せめてもと睨み返せば、面白がるような色が浮かんだ。


「ゆま。遅くなるし、帰ろう」

「…はい」


 どこかむくれた様子のゆまの背を押し、惣火が声を出さずに告げる。その言葉が、胸に突き刺さった。


 ―おまえも同族?


 ちがう、と言いたかった。


 ちがう、と言えなかった。


 獣人を怖がらない、初対面のデカい獣に抱きついてわんわん泣く甘っちょろいガキ。

 害意に敏感で、一度懐いたら疑うことすら考えないバカ。簡単に好き好き言っちまうし、下心もねぇのに大好きとか言っちまう。分厚く囲って、怖いモンなんて見せずにべたべたに甘やかして、一生そのまま甘っちょろいままでいればいい。それの何が悪い。


「…っ気持ち悪ィ」


 ソレを嫌だと、駄目だと思えない自分が悍ましくて、それでもやっぱり、ソレを願ってしまいそうだった。


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