欲しかったもの(おじいさまside)
私の妻は昔から変わり者だった。
旧家と言えど代を経た私の血は薄く、私は旧家に伝わる古代魔法を上手く操ることができなかった。その代わりに肉体を強化する魔法を学び、血の薄さから大きく獣化する身体を使って、領地に現れる魔物を蹴散らしていた。
そんな時に出会ったのが彩恵だった。
初対面なのにきゃあきゃあと声をあげながら身体を撫で繰り回し、思う存分もふもふなでなでした後、屋敷に戻るために獣化を解いた私を見て「なんだ人間だったのかぁ…」と心底残念そうな声を出したツワモノである。
割と有名な女剣士であったらしいが、常日頃から「もふもふは正義!」と宣言してはばからず、獣化して戦う獣人を先おいて進んで先陣を切りに行くじゃじゃ馬。庶民出で獣人に対する差別意識が根強い筈なのに耳があろうが尾があろうがまるきり獣のようになろうがもふもふなでなでして「かわいい」とでろっでろに甘い笑みを浮かべる。そんな彼女の対応に周囲が戸惑っている間に積極的なアピールを開始し、なんどもアタックを重ね恋人の座をもぎ取った時には思わずガッツポーズをしてしまった。育ちのいい坊ちゃんの青臭い行動に、周囲からは微笑ましい目を向けられたものだ。当然家も人の血が交わることを良しとし、彼女の家の方も彼女の意思を尊重してくれ、私たちは目出度く結ばれた。今では孫もおり、私は獣人には勿体ないほどの幸せを手にしている。そんなことを言えばあの世から戻ってきた彩恵にしばかれそうだが、長年抱えてきた卑屈は中々治ってくれない。
「じーちゃ、かわいーのー」
そう言ってすりすりと頬を寄せてくれる孫娘は長年ヒトとの交わりを続けたおかげか、旧家にあるまじき限りなく人間に近い存在である。唐突に人の姿に戻って抱き上げてみれば、きゃいきゃいと声をあげながらむぎゅりと抱きついてきた。その様子に、ことりと心臓が音を立てる。
ああ、そういうことなんだな。
時代の流れもあったかもしれないが、彩恵は獣人絶対主義者だった。それは人間絶対主義とは真逆に位置する考えだが、片方を至上とする考え方は根底では似通っている。それとは異なり、義娘は獣人であろうが人間であろうが全く気にしなかった。焦る気持ちから初めての対面で獣化を見せ驚きから気絶させてしまったにもかかわらず、急に倒れて驚かせてすまなかったと後から謝罪をよこしてきた孫娘も、そうなのだろう。
「ゆま。…ゆま。愛しているよ」
「ゆまもじーちゃ、すき!」
その言葉に、全て許された気がした。
彩恵の時とは違う、温かな気持ち。いつまでも変わることなく浸っていたいと、そう思わせるようなゆったりとした微睡み。
「また会いに来てくれるかい?」
「うん!!」
微笑を浮かべ、小さな体をそっと義娘に引き渡す。―だいじょうぶ、だいじょうぶ。扉が閉まった後、思わず大きな溜息を吐き出してしまった。
「欲しい、なぁ…」
きっと、本当に欲しかったのは分け隔てない愛情なのだ。囲い込んでいつまでも自分だけを愛でて欲しいと言う欲望にともすれば目が眩んでしまいそうで、きつく目を閉じた。